日本の近代農業150年の蓄積データを活かすには ~東京大学・二宮正士特任教授(後編)

大学・大学院といった研究機関で、日夜研究に邁進している研究者の方々に、スマート農業の研究やスマート農業普及のための課題、将来予想を聞くインタビュー連載。

二人目は、世界に先駆けて農業にITを導入し、農業情報学の創設を主導してきた二宮正士特任教授(東京大学)だ。2018年に日本農学賞/読売農学賞を受賞するなど、農業における情報研究分野の第一人者として活躍している。

後編は、農業データの蓄積と将来に向けたデジタル化の話題を中心に、日本の農業が蓄積してきたデータの活用方法と、狭小な日本だからこそ活きるスマート農業について伺った。

■前編はこちら
農業におけるビッグデータ時代の到来と課題(前編)~東京大学・二宮正士特任教授

二宮正士(にのみやせいし)
農学博士。東京大学大学院農学生命科学研究科特任教授。


日本の近代農業150年分のデータを活かすために

――過去のデータを活用するというのは、世界的な動きになりつつあるのでしょうか?

二宮:ええ、とりわけアメリカは進んでいます。USDA(米農務省)は実に100年間分ものデータをデジタルで蓄積しつつあるんです。米国では農業データの入力にも昔からタイプライターを使ってきましたから。タイプライターで入力した内容を、機械学習などでますます高精度になったOCR(光学的文字認識)で容易に読み取れるようになったので、過去100年分の膨大なデータもすべてデジタル化されつつあるんですね。

この点、日本は完全に出遅れています。日本は戦後も長い間手書きで、農業試験場の報告書もそうでしたから、デジタル化は容易ではありません。米国は持っているデータの桁が違います。

――日本ではいつ頃からデジタル化されたのですか?

二宮:1980年頃からぽつぽつと。この頃から県の農業試験場にもワープロやパソコンが導入され始め、Microsoft Excelなどを使うようになってきました。といっても当初は報告用の表の形で、データとしてそのまま使えないことが多いです。デジタル解析にすぐさま使えるようなデータで残されるようになったのは、ここ20〜30年くらいですかね。

――国家的にそれ以前のデータをデジタル化する話はあるのでしょうか?

二宮:あいにく私は聞いていません。ただ、放っておいては非常にもったいないですよね。

日本で近代農業研究が始まって150年近く、この間に膨大なデータが集められています。これをデジタル化する作業は非常に大事です。役に立たないと主張する人もいるけれど、そんなことはないわけです。それらのデータにどんな知識が埋もれているかわかりません。

たとえば、古い種が一つでも残っていて、遺伝資源として利用したいと考えたとします。それに関する過去の栽培記録、気温や雨量などの情報も残っていれば、その種がどういう環境にどう反応したか知ることができます。

現在、遺伝子情報と環境情報の組みあわせからその作物の性能(たとえば収量)を予測するモデル開発が、先端研究の話題になっています。わざわざその種をまいて何カ月も栽培しなくても、そのような研究に役立てられます。作るのは大変ですよ。

ちなみに、精度が高いそのようなモデルができれば、わざわざ栽培しなくてもいい分、育種は極めて効率化できますし、どの土地にどの品種が最適かといったこともシミュレーションだけで判断できるようになります。


日本におけるスマート農業活用の可能性


――ところで、そもそものお話になりますが、スマート農業の市場は日本にどれだけあるのでしょうか? そのことを思うとき、とりわけセンサーメーカーなどスマート農業関連企業は、日本だけを市場として考えているとビジネスとしてしんどい気がします。


二宮:ええ、そうでしょうね。日本にいる限り、市場が小さくどうしても国や自治体の資金頼みになってしまいがちです。農地が狭小で分散しているといった意味で同じような条件にある、アジアやアフリカも視野に入れた方がいいと思います。

経済的にみれば日本はほぼ30年間停滞していますが、ほかの国々は発展しているじゃないですか。実際、それらの国々でもスマート農業は大きな話題になっています。大手農機メーカーはどんどん海外に出て行っているから、センサーメーカーも海外に進出していってほしいですね。


狭小&点在する日本でこそスマート農業を

――ロボット農機についても、個人的には土地利用型作物向けのロボット農機は府県で使えるのか、疑問に感じています。日本は狭小かつ分散している農地ばかりなのに、費用対効果が出せるところがどれだけあるのかなと……。

二宮:たしかに日本は大規模化しても枚数だけが増えていって、150haという規模を経営していても農地が300枚や400枚もあるというとんでもないことになっていますね。土地改良すればいいのでしょうが、それには農家もお金を払わないといけません。そもそも大きな割合を占める中山間地では、土地改良にも限界があります。

そういう意味でいうと、日本の場合、スマート農業が最も貢献できるのはそこなんじゃないでしょうか。

ITを使えば、農地の筆数が多くても管理できます。日本的な制約、あるいはアジア・アフリカ的な制約といっていいかもしれませんが、そういう中でそれぞれの農地の条件に合わせた農業を展開できるわけです。

私が常々思っているのは、「インダストリー4.0」(第4次産業革命)は、農業に最も向いているということです。「インダストリー4.0」の最大のセールスポイントは、オーダーメイドでもマスプロ(mass production。大量生産)と同じ効率を上げられる点。まさに農業はそれです。農地が300枚あれば、それぞれの筆ごとに作り方はオーダーメイドになります。

農業は気象という不確実性と場所場所で条件が異なる地域特性に特徴があります。工業のような一般解が適用できないので、環境の変化に臨機応変かつダイナミックに適応していくことが求められます。

「スマート農業は何か」と問われたとき、私の頭の中にある結論はそういうことですね。

<参考URL>
二宮 正士 | 東京大学


【コラム】スマート農業研究第一人者に聞く「スマート農業最前線」
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  1. 堀口泰子
    栄養士、食アスリートシニアインストラクター、健康・食育シニアマスター。フィットネスクラブ専属栄養士を経て独立。アスリートの食事指導や栄養サポートの他、離乳食から介護予防まで食を通じて様々な食育活動を行う。料理家としても活動し、レシピ提案、商品開発も担う。食事は楽しく、気負わず継続できる食生活を伝えることを信条とする。スポーツの現場ではジュニアの育成、競技に向き合うための心と体の成長に注力している。HP:https://eiyoushiyakko.jimdofree.com/
  2. 大槻万須美
    管理栄養士・フードスタイリスト。楽しく食べて健康に。食の大切さを伝えるため、料理教室、バレエダンサーやアスリートのパーソナル栄養サポート、レシピ・コラムの提供など幅広く活動。子どもの頃の毎年の米作り経験から、身近な食体験の重要性についても実感し、おとなと子どもの食育サポートにも力を注いでいる。
  3. 田牧一郎
    たまきいちろう。68歳。日本で15年間コメ作りに従事した後、アメリカに移り、精米事業、自分の名前をブランド化したコメを世界に販売。事業売却後、アメリカのコメ農家となる。同時に、種子会社・精米会社・流通業者に、生産・精米技術コンサルティングとして関わり、企業などの依頼で世界12カ国の良質米生産可能産地を訪問調査。現在は、「田牧ファームスジャパン」を設立し、直接播種やIoTを用いた稲作の実践や研究・開発を行っている。
  4. 田中克樹
    たなかかつき。32年間の農業出版社勤務を経て、2020年末、故郷の八ヶ岳南麓に帰郷。仲間と共に農業・福祉系NPOを立ち上げ、遊休農地・耕作放棄地を再生し、心身の癒しや健康づくりにつながる有機無農薬の体験型農園づくりに取り組む。NPOでは田んぼ除草にホバークラフトを活用したスマート技術を開発中。農と風土(フード)を愛する人たち向けのブックカフェ・居酒屋を開くのが夢。
  5. 山田正美
    大阪工業大学大学院修了。福井県職員として、農業試験場研究員、専門技術員、農業技術経営課長、農林水産部技幹を経て退職。現在、日本生産者GAP協会常務理事、日本農業サポート研究所主席コンサルタント。
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