「人がおるうちはええ。でも、おらんなったらどうする?」 JA松山市が興居島でドローン施肥を“外注”する理由

愛媛県松山市の沖合に浮かぶ興居島(ごごしま)。高浜港からフェリーで約10〜15分という松山市街地に近い島で、温暖な気候を生かした柑橘栽培が盛んに行われています。なかでも宮内いよかんが主力で、古くからいよかんの産地として知られてきました。

そんな興居島で2026年、新たな取り組みが始まっています。株式会社オプティムによる、農業用ドローンを使った柑橘園への肥料散布の農作業委託です。


興居島を対象エリアとするJA松山市では、これまでもオプティムとドローンによる農薬散布に取り組んできましたが、今回はさらに粒状肥料へと対象を拡大。複数の肥料を用いたテストや実演を経て、商用散布を始める予定です。

なぜ、肥料をドローンでまくのでしょうか。そしてなぜ、自前でドローンを持つのではなく、外部の事業者へ委託するのでしょうか。

興居島の柑橘産地が抱える人手不足や高齢化の実情から、ドローン散布による省力化の効果、さらにJA松山市が見据える産地の将来について、JA松山市の営農指導員・小林さんに話を聞きました。

JA松山市にて営農指導員を務める小林さん


宮内いよかんが約6割。斜面に広がる100haの柑橘産地


今回ドローン施肥を導入するのは、興居島のうちJA松山市が管轄する地域です。興居島はJA松山市とJAえひめ中央が管轄する地域に分かれており、2020年農林業センサスでは、島全体に相当する「興居島村」区分の総農家数は144戸、うち販売農家は132戸となっています。

そのJA松山市管内の約6割を宮内いよかんが占め、約2割が温州みかん、それ以外にせとか、レモンなどさまざまな柑橘が栽培されています。近年は特にレモンの生産が伸びています。

興居島全体で小林さんが感じている課題は、農家と柑橘の生産量の減少です。

「島の柑橘の全体的な傾向でいえば、生産量自体は下がってきています。高齢になって離農するだけでなく、これまで2ha栽培していた農家が1haに減らすといった規模縮小のケースも増えていますね」

松山市が策定した地域計画でも、農業者の高齢化や後継者のいない農地の遊休農地化が課題として挙げられています。


過酷な手作業が続く柑橘の肥料散布


そんな中にあって、興居島での肥料散布は、肥料を桶などに移し、そこから手でつかんで1本ずつ樹の周囲へ撒いていくのが従来の方法でした。狭い園地での機械化などはなかなか進まない状況のままでした。

「平坦なところならまだいいんですけど、20度、30度ぐらいの傾斜のところもあるんですよね。人がおるうちはええけれど、おらんなったらどうするのか。労働力を確保できなくなったらどうするのか。そこは考えていかないかんと思っています」

しかも施肥は年に一度のことではありません。一般的な肥料だけでも年に複数回、それに石灰類や土壌改良資材などが加われば、年間3〜4回程度散布するケースが主流だといいます。


「昔は“これで効くんかな”と思った」大型化でドローン施肥が現実に


実は小林さん自身、ドローンに関わったのは今回のドローン施肥が初めてではありません。5〜6年ほど前、管内でキャベツを担当していた頃に、愛媛県が進めていた省力化の取り組みの中でドローンによる液剤の防除を経験しています。

しかし、当時主流だったDJI AGRAS T10といったクラスの機体は、積載できる液量が8L程度。ドローンは少量・高濃度での散布ではあるものの、小林さんは「こんな量で効くんかな、というレベルだった」と振り返ります。

しかも、果樹園は水田や露地野菜とは事情が異なります。平坦な水田や畑に対し、柑橘園には樹木があり、斜面や高低差、電線などもあります。かつては産業用ヘリで肥料を散布する構想もありましたが、こうした条件から飛行が非常に難しく、実現には至らなかったといいます。

それが大きく変わったのが、農業用ドローンの大型化でした。

現在国内で主に使われているDJI AGRAS T25、T50などでは搭載量が大きく増え、粒剤であれば20kg程度を数分で散布できます。何度も離着陸と補給を繰り返す必要があった以前と比べ、作業効率もかなり現実的になってきました。

今回のドローン施肥で使用したDJI AGRAS T25。最大積載量は20kg(写真提供:オプティム)

「一番の理由はペイロード(最大積載量)の増加でしょう。20kgぐらいだったら、本当に2、3分もあったらあっという間に散布できます。以前はドローン本体が高いという話もしていましたけど、だいぶ現実的なところまで来たと思います」

オプティムとの接点が生まれたのは約3年前。愛媛県内の取り組みを通して出会い、まず水稲から連携を開始。その後、柑橘の農薬散布へと広がり、ようやく2026年に肥料散布が実用段階に入りました。

9月に行われた検証では、JA松山市から12〜13種類ほどの資材を提供し、有機質を含む通常の肥料、一発肥料、石灰類、土壌改良資材などをテストしました。いずれも粒状の資材です。


10aあたり約67分が約20分に。狙いは何より「省人化」


では、実際にどれくらい省力化できるのでしょうか。

9月に行われた興居島のドローン散布の様子。まだ青々とした柑橘に対して、粒剤の肥料を散布した(写真提供:オプティム)
柑橘園10aあたり約100本、1本あたり600gの施肥と仮定すると、10aに必要な肥料は約60kgになります。

人力の場合、1本の樹に肥料をまいて次の樹へ移動するまでを約40秒とすると、10aの園地に100本で約4,000秒=67分かかります。これに対してドローンでは、肥料の補給や確認などを含めても10aあたり約20分程度で完了します。

2026年はまず4戸、約2haで取り組む予定のため、人が1人で撒く場合は約22時間20分もかかりますが、ドローンなら約6時間40分となります。人を増やせば時間短縮はできますが、その分作業料金もかさみます。単に「少し楽になる」という差ではありません。

JA松山市での人力とドローンによる柑橘への肥料散布比較(2haの場合)
 人による手撒きドローン散布
参加農家 4戸
散布量(10a) 60kg 60kg
作業時間(10a) 約1時間7分 約20分
想定作業時間 約22時間 約6〜7時間
差 ― 約15時間短縮
※取材時に示された条件をもとに算出。実際の作業時間は園地の形状、傾斜、園地間の移動、肥料の種類などによって変動する。

「時間短縮」よりも「人手不足」の解消に


実際には園地間の移動や地形などによって変わりますが、人が斜面を歩きながら肥料をまく場合との差は歴然です。

しかも小林さんが重視するのは、単なる「時短」だけではありません。

興居島で行った実演会には、地域の農家が多く参加し、ドローンによる施肥の様子を確認した(写真提供:オプティム)
「最初に想定していたのは『省人化』です。農家さんの体が元気なうちはいいですが、できなくなった時に、息子さんが兼業だったり、週末しか農業ができなかったりすると、全体的に労働力が足りなくなる。少しでも長く営農を続けてもらうために、人が少なくても営農できる環境が必要なのかなと思っています」

高齢になった農家でも、ひとつの作業が無理になったからやめるのではなく、作業の一部を外部に任せることで、園地を維持できる期間がもう少し延長できると想定しています。

さらに施肥に使っていた時間を、今年のように雨が降らない時期の潅水設備のない園地への潅水や、いい果実を絞るための摘果など、人間が行うべき品質向上のための作業へ時間を振り向けることもできます。

それこそがドローン施肥の効果だと小林さんは考えています。


「地元でやれば安い」だけでは決められない。あえて“外注”する理由


興味深いのは、JA松山市がドローンを自前で所有したり、地域だけで運用したりするのではなく、オプティムへの委託を選んでいる点です。

もちろん、小林さんも「本来であれば地元の人間ですべて完結できる方がいい」と話します。それでも懸念があります。

「地域でドローンを扱えるのが2〜3ha規模の比較的大規模な農家なのですが、そうなると自分の園地が忙しい時期は、当然ながら周囲の農家も同じように散布適期を迎えます。自分のところの作業も大変なのに、人の園地まで面倒を見られるのか。同じ地域だからこそ、『この日にやってほしい』と言われた時に、『自分の作業があるからできません』となったら困りますよね」

さらに言えば、機体の維持管理や飛行データの管理、故障時の代替機の確保も必要です。補助金事業などを利用してドローンの機体や設備を導入できたとしても、地元の農家自身が事業として続けられるのか、という懸念もあるとのことです。

ここに、JA松山市が「価格」だけで委託先を決めなかった理由があります。

「アグリポン」では、全国各地のドローンパイロットの中から適切な人材が派遣される(写真提供:オプティム)
「地元の農家が機体を持てば、1回あたりの散布費用を抑えられる可能性はあります。一方で、外部の専門事業者への委託では、機体だけではなく、オペレーターや代替機、運用ノウハウを含めた『作業を継続できる体制』そのものを利用できます」

災害時には、この違いがさらに大きくなります。

「興居島で2018年に大雨の被害(西日本豪雨)があったのですが、当時地元の農家の多くはライフラインの復旧などに駆り出され、適期であっても防除や施肥ができる余裕はありませんでした。そのような時に『防除したいんやけど……』とはなかなか言えませんよね」

台風や地震、豪雨などの災害発生時は、近隣の市町村も同時に被害を受ける可能性があります。そうなると、地域内だけで人員を融通しようとしても、全員が自分の農地や道路、水路の復旧に追われてしまうかもしれません。

その点、外部委託であれば被災した地域外からでも人員を確保してもらうことができます。その地域の事情によらず、県外などからオペレーターを手配して独立して動けるからこそ、適期の防除や施肥が滞ることなく実施できます。

「『アグリポン』では、何かあった場合でも『仕方ない』とあきらめるのではなく、他の地域からでもオペレーターを確保して、実施できる体制を整えてくれます。これは地域内のパイロットだけでは、なかなか難しいと思っています」

多少の価格差があったとしても、必要な時に作業を止めず、その年の収益を最大限に守るための体制まで含めて委託したい──。

それが、JA松山市がオプティムへの委託を選んだ理由です。


省力化しても「味」は落とさない。守りたいのは興居島という産地


もうひとつ、JA松山市が譲れなかったものがあります。

それが柑橘の「味」、つまり品質です。

ドローン施肥では、肥料を高成分化して投下量そのものを減らせば、散布回数や作業時間をさらに減らすこともできます。

しかし、興居島では従来、有機質を含む肥料などを使いながら食味を重視してきました。「単にドローンで撒きやすい肥料へ置き換え、興居島産の強みを失ってしまっては意味がないと」小林さんは話します。

「産地として『味がいい』ということを最も重視していますから、そこを自分たちで失ってしまうのはどうなのかなと思っています。ここはドローン施肥の委託コストの増大(単純な飛行回数の増加)につながるからと諦めがちですが、当地の味の低下を避けながら省力化ができることを、私たちは重視しています」

そのため、今回も単純に肥料を減らしたり散布回数を減らすのではなく、従来の施肥設計や品質をできるだけ維持しながらドローンで散布できる方法を、オプティムと検討してきました。

省力化のために栽培方法そのものをドローンに合わせるのではなく、産地がこれまで培ってきた栽培を、ドローンでどう支えるか、という考え方です。


可変施肥により「同じ園地でも品種ごとに変える」ことも可能に


さらに、今回の実演では、園地を複数の区画に分け、場所ごとに散布量を変える「可変施肥」も試しました。

例えば、同じ園地に異なる品種が植えられている場合、収穫が近い温州みかんには少なく、果実を大きくしたいいよかんやレモンには多めに散布するといった調整も考えられます。

ドローンによる可変施肥の例。農家の要望や事前のセンシングなどで、散布量を区画ごとに設定し、無駄をなくして効果を最大限に引き出せる(写真提供:オプティム)
「ここの区画には肥料を撒かず、ここだけ散布してほしい、という要望もできると思います。みかんはもうすぐ収穫だから少なくして、いよかんやレモンにはきっちり落としてもらう。そういう実運用になってくるのかなと思いました」

その応用として、幼木と成木が混在する園地で、幼木だけ散布量を減らすことも可能です。高度なデータ分析ありきではなく、農家がこれまで経験をもとに行ってきた「この場所には少なく、この樹には多く」といったきめ細かな対応も、ドローンで再現できるようになりつつあります。

単なる人力作業の置き換えから、一歩踏み込んだ施肥管理へ。ドローンだからこそできる農作業も見え始めています。


実は農薬より「肥料」の方がドローンに向いている?


ドローンの農業利用というと、まず農薬散布を思い浮かべる人が多いでしょう。しかし小林さんは、現在のドローンの性能を考えると、柑橘に関しては肥料散布の方が普及しやすいのではないかとみています。

「果樹の農薬散布では、病害虫によっては薬液をしっかり樹体へ到達させる必要があります。ドローンによる高濃度・少量散布で対応しやすい薬剤がある一方、当たらないと効かないダニ類全般や、多少撥水していても効かないといけないカイガラムシのように、薬液投下量自体が不足していると効果が劣る薬剤もどうしてもあります。

また、防除では『病害虫が出たので明日散布したい』といった突発的な依頼が発生することもあります。限られたオペレーターで広い地域を請け負う場合、すべてに即応はできません」

一方、肥料散布は3月、5月、7月、9月、年明けといったように、ある程度年間の作業時期を事前に組みやすいスケジュールになっています。突発的な事情も多くないため、天候不順で多少時期がずれても調整は可能です。

「効果が出るまでに時間がかかるし、即効性が求められない肥料の方が、よっぽど農家側の受け入れは早いのかなと思います。JA松山市としても、柑橘でのドローン活用については、当面の本命はこっち(肥料散布)かなと思っています」

散布後の樹の根元。粒剤のため、雨などで溶けながら時間をかけて少しずつ成分が浸透していく(写真提供:オプティム)
大型化したドローンの積載能力を生かしやすく、散布日程も組みやすい肥料散布。ドローンというと農薬散布が先行してきましたが、柑橘ではむしろ施肥の方に大きな可能性があるのかもしれません。


ドローンは、産地が「次の手」を打つための時間をつくるための手段


約2ha、4戸から始まったドローン施肥の取り組みですが、小林さんは将来的には20〜30ha程度まで広がっても不思議ではなく、条件次第では50haほどの潜在的な需要があるとみています。

しかし、最終的な目的は、ドローン施肥を普及させることそのものではありません。あくまで見ているのは興居島でいま頑張っておられる農家さんたちが、いかに続けていけるか。

「一番大切なのは、産地としての『冗長性』を保つためのツールとして、ドローンを活用することだと思っています」

一度に20人、30人という新規就農者が入ってくるのであれば、話は違います。しかし現実には、いまいる生産者が離農する速度を簡単に埋められるほど、新しい担い手が増えることはありません。

だからこそ、施肥や防除など外部に任せられる作業を切り離し、いまいる農家が少しでも長く営農を続けられる時間をつくる必要があります。

「いま頑張っておられる農家さんたちをつなぎとめて、いつか承継される次世代のための手が打てるように、少しでもそのつなぎのための時間を確保する。そのためのツールのひとつとして、ドローンに期待しているんです」


「人がおるうちはええ。でも、おらんなったらどうする」。


興居島で始まったドローン施肥は、作業時間を減らすだけのスマート農業ではありません。

人が減っても、宮内いよかんをはじめとする興居島の柑橘の味を守り、つくり続けられる仕組みをどう残すのか。

その現時点での最適解が、作業委託という選択肢だと小林さんは考えています。

いまいる農家を守り、特産の柑橘を守り、JAとしての運営を守るために、JA松山市と興居島の柑橘農家の挑戦は続きます。

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参考資料
愛媛県「しまの魅力 興居島」
JA松山市「販売事業」
松山市「泊地区 地域計画」
農林水産省「2020年農林業センサス」

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WRITER LIST

  1. 福田浩一
    福田浩一
    東京農業大学農学部卒。博士(農業経済学)。大学卒業後、全国農業改良普及支援協会に在籍し、普及情報ネットワークの設計・運営、月刊誌「技術と普及」の編集などを担当(元情報部長)。2011年に株式会社日本農業サポート研究所を創業し、海外のICT利用の実証試験や農産物輸出などに関わった。主にスマート農業の実証試験やコンサルなどに携わっている。 HP:http://www.ijas.co.jp/
  2. 北島芙有子
    北島芙有子
    トマトが大好きなトマト農家。大学時代の農業アルバイトをきっかけに、非農家から新規就農しました。ハウス栽培の夏秋トマトをメインに、季節の野菜を栽培しています。最近はWeb関連の仕事も始め、半農半Xの生活。
  3. 柏木智帆
    柏木智帆
    米・食味鑑定士/お米ライター/ごはんソムリエ神奈川新聞の記者を経て、福島県の米農家と結婚。年間400種以上の米を試食しながら「お米の消費アップ」をライフワークに、執筆やイベント、講演活動など、お米の魅力を伝える活動を行っている。また、4歳の娘の食事やお弁当づくりを通して、食育にも目を向けている。プロフィール写真 ©杉山晃造
  4. 鈴木かゆ
    鈴木かゆ
    1993年生まれ、お粥研究家。「おかゆ好き?嫌い?」の問いを「どのおかゆが好き?」に変えるべく活動中。お粥の研究サイト「おかゆワールド.com」運営。各種SNS、メディアにてお粥レシピ/レポ/歴史/文化などを発信中。JAPAN MENSA会員。
  5. 田牧一郎
    田牧一郎
    日本で15年間コメ作りに従事した後、アメリカに移り、精米事業、自分の名前をブランド化したコメを世界に販売。事業売却後、アメリカのコメ農家となる。同時に、種子会社・精米会社・流通業者に、生産・精米技術コンサルティングとして関わり、企業などの依頼で世界12カ国の良質米生産可能産地を訪問調査。現在は、「田牧ファームスジャパン」を設立し、直接播種やIoTを用いた稲作の実践や研究・開発を行っている。