【新連載・北の大地の挑戦~スマート農業の先進地にみる可能性と課題 第0回】北海道におけるスマート農業の利用実態

2020年の農林水産予算の概算要求で目玉事業に組み込まれたスマート農業。巷間に関連する情報があふれる中、ここで一度その現在と未来を整理してみたくなった。

そう思って訪ねた先は先進地である北海道。広大な大地で耕作する農家の経営面積はこれから急速に広がることが予想される一方、府県以上に労働力の不足に悩まされている。そこで生じるさまざまな困難を乗り越えるための先駆的な取り組みは、全国の農家や産地にとって参考になるはずだ。

本連載を始めるにあたり、まずは道内におけるスマート農業の利用実態を概括したい。

作業の精度の向上と負担の軽減

北海道におけるスマート農業の象徴といえば、土地利用型作物なら「GPS(全地球測位システム)ガイダンスシステム」と「自動操舵装置」、畜産なら「搾乳ロボット」だろう。ここでは前者について述べていきたい。

まず、それぞれの機能を簡単にお伝えしよう。GPSガイダンスシステムとは、いわば「農業版カーナビ」だ。


地球を周回するGPS衛星が発信する信号を受け、トラクターの位置を即時に把握。操縦席に取り付けたモニター画面に走るべき経路を表示してくれる。

一方、自動操舵装置は文字通り、人がステアリングを握らずとも農機を走らせてくれる。といっても現状は真っすぐに進むだけ。自動的に作業機を持ち上げたり、旋回して再び走り出したりすることはできない。

ただ、個々の農家にとっては、もともと大規模に経営してきた農地が周囲の離農とともにさらに広がっている中、操縦する手間がかからず直進するだけでもありがたいことなのだ。


そんな中、農研機構が道内のオペレーター11人に聞き取りしたところ、自動操舵装置に期待することとして最も多かったのは「作業精度の向上」と「作業負担の軽減」だった。同機構はそれぞれの効果を検証した。

まずは前者について、輪作4品目のひとつ、てんさい(ビート)の播種で隣接する工程とのずれを調べた。結果、人が操縦した際に生じるずれは14.9cmだったのに対し、自動操舵の場合は1.6cmだった。設定した経路とのずれが少なく走れるということは、播種や砕土、整地、施肥などの作業において1枚の圃場で重複する箇所をまずもってなくせることを意味する。結果、作業時間だけではなく、肥料や農薬が減らす一助になるのだ。

もうひとつの「作業負担の軽減」を検証するため、指標に用いたのはオペレーターの心拍数と唾液アミラーゼ活性だ。

心拍数は身体的な負担を示す指標として、唾液アミラーゼ活性は心理的なストレスの高まりを客観的に評価する指標として評価されている。5人のオペレーターに協力してもらい測定したところ、手動操作と自動操舵心拍数に変化はなかった。

一方、唾液アミラーゼ活性は低下する傾向にあり、精神的な負担が緩和されていることがわかった。

圧倒的な普及率を支えるGPS基地局

道内では2008年からGPSガイダンスが、2011年から自動操舵装置の普及が始まった。2018年度までの累計出荷台数はGPSガイダンスシステムが1万1530台、自走操舵装置が6120台。全国シェアでいうと、前者は79%、後者は91%と圧倒的である。

出典:GPSガイダンスシステム等出荷台数の推移 | 農政部生産振興局技術普及課(http://www.pref.hokkaido.lg.jp/ns/gjf/jisedai/GPS_GuidanceSystem.htm)

一点断っておきたいのは、いずれの出荷台数も道庁が主要メーカー8社に問い合わせた数字だということ。GPSガイダンスシステムにしろ、自動操舵装置にしろ、この8社以外も製品化しているところがある。加えて専用の端末を購入せずとも、スマートフォンやタブレットでアプリケーションをダウンロードしてもらうだけで、GPSガイダンスシステムと同じサービスを提供する会社もある。そのサービスの利用状況は先の数字には入っていない。そのため、「実際にはもっと多く普及している」(道庁農政部)。

いずれも、急速に普及したのは2014年以降。最大の理由は、自治体やJAがGPSの基地局を相次いで設置し、以前よりも高精度に作業ができるようになったからだ。GPS基地局からの補正情報をもらうことで、設定した経路との誤差は2~3cmに収まる。

広がる経営耕地面積と懸念される労働力不足

北海道では一戸当たりの経営耕地面積は広がる一方だ。その平均は2010年に23haだったのが2016年には28haになっている。規模別に見た場合、増えているのは100ha以上で、2010年と2015年を比べると、28.8%増になっている。対して100ha未満は軒並み減っている。特する十勝地方で、いずれの自治体でも一戸当たりの経営耕地面積は平均すれば50ha前後になる。

そうなると個々の経営では以前よりも人手が必要になってくる。とりわけ畑作四品目のうちばれいしょや玉ねぎ、てんさいはそうだ。とはいえ北海道の大規模な農業地帯は往々にして人口が少ない。そのために雇用にも府県以上に苦労している感じを受ける。

本連載で紹介する十勝地方の更別村は現在の人口が3165人。最近では毎年1%ずつ減っており、2045年には2400人になることが予想されている。

村が農家全戸にアンケートを取ったところ、現時点で農繁期には一戸当たり2人分の人手が足りないという。地元での人材確保が期待できない中、望みをつなぐのがロボットをはじめとするスマート農業なのだ。

以上、さらりとではあるが、農業王国の現在を述べてきた。次回からはひとつひとつの課題に対してどのような試みを始めているのかをみていきたい。


GPSガイダンスシステム等出荷台数の推移 | 農政部生産振興局技術普及課
【特集】北の大地の挑戦~スマート農業の先進地にみる可能性と課題
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  1. 田牧一郎
    田牧一郎
    日本で15年間コメ作りに従事した後、アメリカに移り、精米事業、自分の名前をブランド化したコメを世界に販売。事業売却後、アメリカのコメ農家となる。同時に、種子会社・精米会社・流通業者に、生産・精米技術コンサルティングとして関わり、企業などの依頼で世界12カ国の良質米生産可能産地を訪問調査。現在は、「田牧ファームスジャパン」を設立し、直接播種やIoTを用いた稲作の実践や研究・開発を行っている。
  2. 福田浩一
    福田浩一
    東京農業大学農学部卒。博士(農業経済学)。大学卒業後、全国農業改良普及支援協会に在籍し、普及情報ネットワークの設計・運営、月刊誌「技術と普及」の編集などを担当(元情報部長)。2011年に株式会社日本農業サポート研究所を創業し、海外のICT利用の実証試験や農産物輸出などに関わった。主にスマート農業の実証試験やコンサルなどに携わっている。 HP:http://www.ijas.co.jp/
  3. 石坂晃
    石坂晃
    1970年生まれ。千葉大学園芸学部卒業後、福岡県の農業職公務員として野菜に関する普及指導活動や果樹に関する品種開発に従事する一方、韓国語を独学で習得(韓国語能力試験6級)。退職後、2024年3月に玄海農財通商合同会社を設立し代表に就任、日本進出を志向する韓国企業・団体のコンサルティングや韓国農業資材の輸入販売を行っている。会社HP:https://genkai-nozai.com/home/個人のブログ:https://sinkankokunogyo.blog/
  4. 川島礼二郎
    川島礼二郎
    1973年神奈川県生まれ。筑波大学第二学群農林学類卒業。フリーラインスの編集ライターとして、テクノロジーをキーワードに、農業雑誌・自動車雑誌などで執筆・編集活動中。
  5. 堀口泰子
    堀口泰子
    栄養士、食アスリートシニアインストラクター、健康・食育シニアマスター。フィットネスクラブ専属栄養士を経て独立。アスリートの食事指導や栄養サポートの他、離乳食から介護予防まで食を通じて様々な食育活動を行う。料理家としても活動し、レシピ提案、商品開発も担う。食事は楽しく、気負わず継続できる食生活を伝えることを信条とする。スポーツの現場ではジュニアの育成、競技に向き合うための心と体の成長に注力している。HP:https://eiyoushiyakko.jimdofree.com/
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