収量低下で気づいた生育環境データの価値(後編)【特集・北の大地の挑戦 最終回】

生産に関するデータを収集するにあたっての厄介事の一つに、データの取得が「自動化されていないこと」が挙げられる。

農作業の合間にスマートフォンを使って手作業で入力していくのは煩雑だ。しかし、面倒だからと入力しないでいれば、分析の精度を落とすことになる。

北海道帯広市の有限会社 道下広長農場の代表・道下公浩さんはそうした事態を避けるため、データ収集を自動化する仕組みを開発している。



スマホで農機の使用時間を自動記録するセンサーデバイス

前回紹介した通り、道下さんはスマートフォンで生産に関するデータを管理するシステム「ファームサポートシステム」を開発している。農機の使用時間もそこに取り込めるようにし、オペレーターには作業の始まりと終わりに入力するように伝えている。ただし、それが実践されているかといえば話は別。

「作業を止めることになるから、面倒くさがってやらないんだよね」と道下さん。とはいえ、経費に占める農機の割合は大きいため、データの入力漏れは無視できない。

そこで自動的に計測できる仕組みを開発中だ。農機に独自のセンサーデバイスを取り付ける。オペレーターが所有するスマートフォンの機種をBluetoothで特定し、農機に乗車していた時間もクラウドにアップする。

開発にあたっては、恩師の研究室に入り直した。恩師とは本連載でインタビュー記事を載せた帯広畜産大学畜産学部の佐藤禎稔教授である。センサーデバイスは2020年にも発売する予定。価格は「1台4000円程度の見込み」とのこと。


収量の自動計測

道下さんが自動化を進めているのはもう一つ、収量の計算だ。

すでに米ではいわゆる収量コンバインが市販化され、収穫と同時に水田1枚当たりの収量が割り出せるようになっている。収量データを押さえるべきなのはPDCAに活用するためだ。「PLAN(計画)」「DO(実行)」「CHECK(点検・評価)」「ACT(改善)」というサイクルを繰り返すことで、業務を改善していく。

ただ、残念ながら畑作物については現段階ではPDCAのうち、「CHECK(点検・評価)」をしたくてもできていない状況だ。それは収量コンバインが開発されておらず、1枚の農地ごと、あるいはその農地の個所ごとの収量がつかめないためである。収量がわからなければ、改善できることも限られる。


畑作4品目で試験

そこで、道下さんは収穫と同時に収量を自動的に計測する装置を開発することにした。協力を仰いだのは、北海道大学大学院 農学研究院の岡本博史准教授。生物環境工学の研究室だ(ビークルロボティクス)。同研究室は2018年から、小麦とばれいしょ、ダイコン、ナガイモについて収穫と同時に撮影し、そのデータを解析することで収量を推定する試みに取り掛かっている。

北海道大学大学院 農学研究院・岡本博史准教授

道下広長農場ではナガイモを収穫する際、まずはトラクターで専用のプラウで土ごと掘り上げる。後ろから人がナガイモに付いた土を払って並べていき、さらにその後ろから別のトラクターが追走する。このトラクターはナガイモを運搬するための鉄製コンテナを載せたトレーラーを牽引しており、人がナガイモをそこに運んで詰め込むといった流れだ。

2018年の実験では、人が並べたナガイモをカメラで撮影し、AI(ディープラーニング)によって1本ごとに認識。カメラでとらえたそれぞれの画像上の面積と形状を計測し、そこから重量を推定する。カメラにはGPSを取り付けることで、それらのデータと掘り取った畑の位置を紐づけられる。結果、地図上の位置ごとの収量が把握できると考えている。

「かなりの精度で重量を推定することに成功した」と岡本准教授。

続いてダイコンも、専用のハーベスターで土から抜き取り、ベルトコンベアーで機上に搬送する過程で撮影。ディープラーニングによって1本ずつの投影面積や形状を計測し、重量を推定する。

一方、小麦とばれいしょについても同様の実験をしたものの、現時点では改善点が多いという。


他の農家もいずれ取れなくなる

第13回の記事を含めて、道下さんがいかにデータに価値を感じているかをわかっていただけたと思う。

では、そうした感覚は十勝地方の農家に共通するものなのかと尋ねると、「関心があるのはおそらく2~3%じゃないかな」とさびしい答えが返ってきた。理由は「ひとことで言えば“危機感がないから”。十勝の農家は今もそれなりに取れているからね」とのこと。

では、今のままで農業経営を安泰に続けられるかといえば、道下さんは「おそらくそうはならない」とみている。

「うちは人よりやり過ぎたから、取れなくなるのが早かっただけ。ほかも遅かれ早かれ同じような目に遭うんじゃないかな」

それは十勝の土を堀り起こせば想像できるという。土壌にすきこんだ有機物が微生物によって分解されないまま出てくることが散見されるようになっている。「俺が農業を始めた頃はそんなことはなかった。うちだけではなく、他の農家もそういうところが増えているんだ」。


この話が杞憂に終わればいいが、道内で取材する限り同じような声は何度か耳にした。おそらく農家自身がいずれ生産を揺るがす事態が訪れるかもしれないことを、最もよく感じ取っているはずだ。ただ、それが見えても見えないふりをしているのは、まさに“危機感がない”からなのかもしれない。

やがて来る事態に向けて、道下さんの果敢なる挑戦とその成果が一つの方向を示すことになることを期待したい。


【特集】北の大地の挑戦~スマート農業の先進地にみる可能性と課題
SHARE

最新の記事をFacebook・メールで
簡単に読むことが出来ます。

RANKING

WRITER LIST

  1. 田牧一郎
    田牧一郎
    日本で15年間コメ作りに従事した後、アメリカに移り、精米事業、自分の名前をブランド化したコメを世界に販売。事業売却後、アメリカのコメ農家となる。同時に、種子会社・精米会社・流通業者に、生産・精米技術コンサルティングとして関わり、企業などの依頼で世界12カ国の良質米生産可能産地を訪問調査。現在は、「田牧ファームスジャパン」を設立し、直接播種やIoTを用いた稲作の実践や研究・開発を行っている。
  2. 福田浩一
    福田浩一
    東京農業大学農学部卒。博士(農業経済学)。大学卒業後、全国農業改良普及支援協会に在籍し、普及情報ネットワークの設計・運営、月刊誌「技術と普及」の編集などを担当(元情報部長)。2011年に株式会社日本農業サポート研究所を創業し、海外のICT利用の実証試験や農産物輸出などに関わった。主にスマート農業の実証試験やコンサルなどに携わっている。 HP:http://www.ijas.co.jp/
  3. 石坂晃
    石坂晃
    1970年生まれ。千葉大学園芸学部卒業後、九州某県の農業職公務員として野菜に関する普及指導活動や果樹に関する品種開発に従事する一方で、韓国語を独学で習得する(韓国語能力試験6級取得)。2023年に独立し、日本進出を志向する韓国企業・団体のコンサル等を行う一方、自身も韓国農業資材を輸入するビジネスを準備中。HP:https://sinkankokunogyo.blog/
  4. 川島礼二郎
    川島礼二郎
    1973年神奈川県生まれ。筑波大学第二学群農林学類卒業。フリーラインスの編集ライターとして、テクノロジーをキーワードに、農業雑誌・自動車雑誌などで執筆・編集活動中。
  5. 堀口泰子
    堀口泰子
    栄養士、食アスリートシニアインストラクター、健康・食育シニアマスター。フィットネスクラブ専属栄養士を経て独立。アスリートの食事指導や栄養サポートの他、離乳食から介護予防まで食を通じて様々な食育活動を行う。料理家としても活動し、レシピ提案、商品開発も担う。食事は楽しく、気負わず継続できる食生活を伝えることを信条とする。スポーツの現場ではジュニアの育成、競技に向き合うための心と体の成長に注力している。HP:https://eiyoushiyakko.jimdofree.com/
パックごはん定期便