「地方創生」施策で発展したスマート農業【渡邊智之のスマート農業コラム 第17回】

過去、国内にパーソナルコンピューターが台頭して以来、農業の分野にICTを導入しようという考えや動きは何度かあった。

しかしながら、インフラ(サーバーやストレージ、ネットワーク)や情報セキュリティなどの整備を意識すると農業という業種においてコスト面で見合わず、非常にハードルが高いものであった。したがって、ICT企業側も農林水産業における活用シーンは描けても、顧客となる農業生産者の値頃感との大きな乖離があるため、大きなビジネスにはならないと判断し、その多くが取り組むことをためらい、実際にトライされることさえもなかったのである。

この失敗体験が農業生産者やICT企業だけでなく政府関係者にも根強く浸透しており、「ICTで農業をどうにかできるわけがない」という先入観が横行しており、重い腰が上がらない状況が長く続いていたのだ。



「スマート農業」が注目された理由

上記のような状況にあったわが国の農業現場のイノベーションだが、先日総理辞任を表明された安倍首相は就任当初から「スマート農業」の必要性を説き、農業現場における新技術の確立および現場への普及に力を注いだ首相であるといえる。

筆者は、安倍内閣の経済政策であるアベノミクスの一環で地域活性化実現に向け取り組まれた「地方創生」において、「スマート農業」がクローズアップされたことは大きなきっかけであったと考えている。通常「田舎」と表現される大都市圏以外の多くの地域において、「農林水産業」が地域の重要産業であるところが少なくない。したがって「地方創生」のテーマとして、「農林水産業において、何か革新的なテーマに取り組もう! 」となるケースは非常に多い。

そこで、農林水産業で新しいことを実現しようとするとICTやAIさらにはロボット(ドローンなども含まれる)を思い浮べ、これらを「スマート農業」のベースにした施策に多くの地域が着目したのである。

この影響により、筆者も「地方創生の補助金を得て地域の農業にイノベーションを起こしたいのでアイデアが欲しい」というご相談を多々受けることになった。

その地域に昔からある農業生産物をさらにアピールすること、もしくは全く新しい農業生産物を掲げてブランド化するために「スマート農業」を活用するという取り組みである。ちなみに筆者の住む八王子では、パッションフルーツをブランド化しようと自治体や農協が努力されている。

筆者のところに寄せられる地方創生のご相談のほとんどは、この「地域の農産物のブランド化」もしくは「さらなる知名度向上」といったものだ。


ゴールを決めて取り組む「地方創生」

さて、今までの地域のブランド化活動といえば、その農産物の広告塔となる○○娘を選定するようなイベントを催したり、多大なデザイン料をかけてパンフレットや幟(のぼり)を作ってしまうという事例がほとんどで、費用のわりには目立った効果のある打開策とはなっていなかったと思われる。

筆者に相談があった案件において、パンフレットや幟を作るといったことに地方創生の費用を計上しがちなところには、「この地域ならではの農業の生産方法を見出す事が先決です! 」と一生懸命に説明を重ねて「その費用を生産方法の確立に回しましょう! 」と提案をさせていただく。こうして地域ぐるみの試行錯誤が始まるのだ。

筆者が「農業生産物をキーにした地方創生」の支援に入る場合、自分達の作り方がどこまでマニュアル化されているかに着目する。実際はほとんどの事例においてマニュアル的なものが存在しない場合が多い。

初年度は、まずこの取組に参画してくれるイノベーター気質のある農業生産者(スマートファーマー)を参加希望者へのアンケートやヒアリングにて絞り込むところから始まる。

ここで“やらされてる感”満載の方々と付き合うとステークホルダー皆が不幸になる。この時、ブランド化を目指す特定の品目が決まっていればよいが、そうでない場合は品目毎に最低でも3組の農業生産者にお付き合いいただく前提で実証対象の農業生産者を選定し、その事業規模や予算に沿ったセンサーやソリューションで環境データと作業記録の蓄積を始める。

これと並行して同じ品目の生産者が集まり、その地域ならではの生産方法について会議室でひとつひとつ決めて行き、マニュアル化を少しずつ進めて行く。このマニュアルと蓄積データをもとにPDCAサイクルをまわし、精度を高めていく。

これをだいたい3年間で完成させることを目指すのだ。もちろん予算次第になる部分が多いので、そこは臨機応変に対応する。最終的には、地理的表示保護制度の取得、機能性表示野菜の認定、G-GAP取得などをゴールとして定めて挑むのがよいと筆者は提案をさせていただいている。


第二次安倍内閣で進化を遂げた「スマート農業」


多くの方々に記憶の片隅に残っていると思われる政権与党・民主党が内閣府に設置した行政刷新会議(事業仕分け)の文部科学省予算仕分けの際に、計算速度世界一を目指す次世代スーパーコンピュータ(スパコン)の研究開発予算267億円の妥当性を審議したときの仕分け人、蓮舫参議院議員の「世界一になる理由は何があるんでしょうか? 2位じゃダメなんでしょうか? 」という発言を皮切りに、民主党政権時代は、ICT関連予算は全体的に大幅な削減傾向にあり、「スマート農業」に関する各種施策も進捗が鈍化し、下火になっていたのが実情であった。

その後、第二次安倍内閣発足によって方向性が大きく変わり、2013年5月21日、安倍総理は、農林水産業・地域が将来にわたって国の活力の源となり、持続的に発展するための方策を幅広く検討を進めるために、内閣に総理を本部長、内閣官房長官、農林水産大臣を副本部長とし、関係閣僚が参加する「農林水産業・地域の活力創造本部」を設置した。

その第1回会合における総理の「攻めの農林水産業」発言を受けて、「スマート農業」も大きく加速し始めたのである。また、安倍総理の成長戦略として、2013年6月14日閣議決定された「日本再興戦略」を受けて、各関連省庁および関連部局においても、製造業の国際競争力強化や高付加価値サービス産業の創出による産業基盤の強化、医療・エネルギーなど戦略分野の市場創造、国際経済連携の推進や海外市場の獲得などを掲げた。

上記を皮切りに、19年度は初めて50億円超の予算を「スマート農業」技術の確立および普及に費やし、20年度も同等の予算を計上いただいたおかげで、日本全国で「スマート農業」の取り組みが実行されるまでになったのである。筆者としては、コロナの影響はあるにせよ次期首相にも安倍首相が作り上げた「スマート農業」への流れを引き継ぎ、さらなる発展につなげていっていただけることを祈るばかりだ。
【コラム】渡邊智之のスマート農業/農業DXコラム
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  1. 田牧一郎
    田牧一郎
    日本で15年間コメ作りに従事した後、アメリカに移り、精米事業、自分の名前をブランド化したコメを世界に販売。事業売却後、アメリカのコメ農家となる。同時に、種子会社・精米会社・流通業者に、生産・精米技術コンサルティングとして関わり、企業などの依頼で世界12カ国の良質米生産可能産地を訪問調査。現在は、「田牧ファームスジャパン」を設立し、直接播種やIoTを用いた稲作の実践や研究・開発を行っている。
  2. 福田浩一
    福田浩一
    東京農業大学農学部卒。博士(農業経済学)。大学卒業後、全国農業改良普及支援協会に在籍し、普及情報ネットワークの設計・運営、月刊誌「技術と普及」の編集などを担当(元情報部長)。2011年に株式会社日本農業サポート研究所を創業し、海外のICT利用の実証試験や農産物輸出などに関わった。主にスマート農業の実証試験やコンサルなどに携わっている。 HP:http://www.ijas.co.jp/
  3. 石坂晃
    石坂晃
    1970年生まれ。千葉大学園芸学部卒業後、九州某県の農業職公務員として野菜に関する普及指導活動や果樹に関する品種開発に従事する一方で、韓国語を独学で習得する(韓国語能力試験6級取得)。2023年に独立し、日本進出を志向する韓国企業・団体のコンサル等を行う一方、自身も韓国農業資材を輸入するビジネスを準備中。HP:https://sinkankokunogyo.blog/
  4. 川島礼二郎
    川島礼二郎
    1973年神奈川県生まれ。筑波大学第二学群農林学類卒業。フリーラインスの編集ライターとして、テクノロジーをキーワードに、農業雑誌・自動車雑誌などで執筆・編集活動中。
  5. 堀口泰子
    堀口泰子
    栄養士、食アスリートシニアインストラクター、健康・食育シニアマスター。フィットネスクラブ専属栄養士を経て独立。アスリートの食事指導や栄養サポートの他、離乳食から介護予防まで食を通じて様々な食育活動を行う。料理家としても活動し、レシピ提案、商品開発も担う。食事は楽しく、気負わず継続できる食生活を伝えることを信条とする。スポーツの現場ではジュニアの育成、競技に向き合うための心と体の成長に注力している。HP:https://eiyoushiyakko.jimdofree.com/
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