ウィズ/ポストコロナ時代は、スマート農業も普及する!【渡邊智之のスマート農業コラム 第14回】

新型コロナウイルスの影響による外出自粛対策として、都心へ毎日満員電車に揺られ遠距離通勤していたサラリーマンの間でリモートワークが急激に普及している。

今までは企業の制度的には存在していたが、心情的に使えないという場面も多かったようだが、今回のことでそれは取り払えそうだ。

スマート農業の実現は農業生産においてリモートにて実施可能なことを大幅に増やし、農業現場の働き方改革にも貢献する。



スマート農業の促進に必要なのは、設備だけではない

農業におけるリモートでの制御として、真っ先にイメージされるのが「植物工場」だろう。

「植物工場」や「施設演芸」で育つ生産物は、文字通り「温室育ち」であり、ちょっとした環境の変化にも対応ができず、全滅してしまうといった事象が発生しやすい。従って、温度管理などの面において、露地栽培よりも「目が離せない」というのが実情だ。また、ひとことで「植物工場」と言っても、関係する組織や人によって、頭に思い浮かべるイメージは異なる。

例えば、筆者は「植物工場」とは農地ではなく建物の中で実施される完全閉鎖型の農業のことを表し、それ以外の農地で太陽光を利用した農業を「次世代施設園芸」としている。

これらは共にスマート農業によって、人手に頼っているところを少しでも減らすべく、さまざまなソリューションの研究開発が進んでいる。今までのハウス栽培との大きな違いは、季節や時間帯、外気の状況に応じて設定した閾値に従って総合的に判断し、各種機材を自動的に制御するというところである。

太陽光(自然光)を使う「次世代施設園芸」においては、新規参入農業生産者がこの閾値を見つけ出して決めるまでが大変な苦労となる。

単純にトマト農業生産者ならこの設定、ピーマン農業生産者ならこの設定、という具合に日本全国どこでも同じ閾値で良質な農業生産物が大量に作れるというわけではない。施設の大きさやハウスの外装がビニールなのかガラスなのか、また水耕栽培なのか土耕栽培なのかなど多くの変動要素が存在するからだ。

また、同じトマトであっても、ファーストフード店などで使用されるトマトと、高級料亭などで使用されるトマトでは求められる形や量、クオリティなどがすべて違う。

このように、それぞれの環境や最終使用目的に適合する農業生産物を作るには、気温、湿度、風向き、土壌水分、pH(水素イオン濃度)、EC(電気伝導度)など多くのパラメータを精緻に制御する必要が出てくる。この制御が現時点においても農業の匠の暗黙知で行われていることが多い。

どんなに高度な設備を入れても、設備の使い方だけではなく、「ある事象に対しどう対処するのか」を学ばなければまったく意味がない。


農業者の生活スタイルをスマート農業に近づけるために



これに対し完全閉鎖型の人工光で生産する植物工場は建物の外壁の厚さや空調制御など設備を統一化することにより、比較的どこでも当てはめられるモデルを作り上げることが可能だ。

この理由から昨今、植物工場に参入される異業種の方々が増えているが、その参入理由の多くが、もともと半導体などの製造工場だったところを有効活用したい、さらにはそこで働いていた従業員を解雇せずに働いてもらうための術として期待して参画するというものである。その他としては企業のイメージ向上のために、CSRの一環で参画される企業もある。

ちなみに後者のイメージアップ効果は比較的すぐに結果が出る。CMなどで広報することで次年度以降の新規採用で多くの優秀な学生が応募をしてくるなどの効果が期待できる。

ただし現時点において、植物工場で生産が可能な作物には限りがある。

その判断は太陽光を多く必要とする作物かそうでないか、である。結果的に、植物工場で生産される農業生産物の多くは、生育が早く年間で何回転も生産ができる作物であり、太陽光をあまり必要とせずに育つ品目に絞られる。また植物工場で生産する作物は、露地で普通に作れるものであってはいけない。

なぜならば、植物工場、いわゆる完全閉鎖型農業を実現するにあたり、建屋をゼロから構築すると作るものにもよるが投資回収に至るまでに多くの時間を有してしまうだけでなく、回収できない可能性が高くなるからだ。さらには、現時点で植物工場の敷地は農地として認められておらず、他の産業と同じ固定資産税がかかってしまう。また異業種から参入する企業に至っては、従業員の給料を農業に従事しているメンバーだけ安くするといったことができずに多くの人件費がかかる。

このように多額の設備投資などの要因から市況に影響される通常の品目を生産してもビジネスにならないのである。

昔ながらの農業生産者が大規模になって作られた農業生産組織は、まだまだ企業としての体裁が整っておらず、その判断基準は、限りなくコンシューマーに近い状況だ。

従ってコンシューマー機器との連携も「スマート農業」普及の一助になると想定できる。仕事から帰って来て、まず冷蔵庫のドアを開けて、ビールで喉を潤しながらテレビの電源を入れるというのが世の中のほとんどの農業生産者の生活スタイルだろう。こうした生活習慣の農業生産者に、ある日を境に、重労働をして帰宅後、すぐにパソコンの電源を入れて、各種情報の入力をするといった作業を新たに増やすことは、非常にハードルが高い。

そこでコンシューマーに近いことを念頭に、例えば、テレビ番組のCMのタイミングで、入力切替程度の操作でハウスの映像に切り替えられるなどできれば、農業生産者に受け入れやすい仕組みとなると想定される。


「リアル×バーチャル」の新しい農業の形

宮城県仙台市にある株式会社アイエスビー東北の岩佐浩取締役は、空きビニールハウスを四畳半程度の広さでいくつかのスペースに区切り、そこに普段は都会にいて、土いじりに憧れる会社員や主婦にエリア毎に貸し出し、そこで各種野菜を作ってもらうというサービスを展開している。

月額料金の中には、自分たちが普段畑に行けない時の代行作業代金も含まれる。またこの個々のエリア毎にカメラや環境センサーを取り付けることで自分たちの野菜の生育状況を遠隔で楽しめるという仕掛けだ。遠方の顧客は播種や収穫など大イベントの時にだけハウスに来て農業体験を楽しむ。

もちろん、それだけで家に帰すということはなく、近隣の観光地や温泉に泊まってもらい地域活性化に貢献していると聞く。

また、楽天農業株式会社(愛媛県大洲市)の遠藤忍代表取締役は、CSA(コミュニティ支援型農業)とITを組み合わせることで、リアルとバーチャルが融合した非常に面白いサービスを提供している。

インターネット上でオンライン貸し農園のオーナーとなって、アプリ上のバーチャル農場と実際の農場と連動させ、欲しい野菜と生産を担当する農業者を自分で選び、遠隔で栽培するというサービスだ。ゲーム感覚で農業を楽しめるWEBアプリ上では、雑草が生えたり、害虫が出たりといったイベントが発生する。これらにしっかりと対処をすることで、最終的に自分のもとに送られてくる農業生産物の量が増えるなどの特典を受けられるのだ。

消費者が会員となり、農業生産者は圃場の様子を定期的に写真で報告し、収穫した野菜を会員に届ける。会員が支払う月額利用料が農業生産者の収入となる仕組みだ。

これにより今までは収穫した物が売れるまで収入が得られなかった農業生産者も、毎月支払われるサービス利用料により、収穫前でも毎月一定の収入を得ることができるようになり、安定収入の実現にもつながる。消費者も安心・安全な有機生産物を手に入れるだけでなく、自分で育てる楽しさという付加価値が得られるのである。

このようにスマート農業の実現により、農業における新たなビジネスモデルがどんどん生まれている。

「モノ消費からコト消費へ」と言われるように農業生産物の付加価値は、生産した場所、見た目、ネームバリューだけではなく、試行錯誤や創意工夫といったストーリーが重要となってきているのだ。


楽天農業株式会社(旧:株式会社テレファーム)トップページ
https://farm.agriculture.rakuten.co.jp/
株式会社アイエスビー東北
https://www.isb.co.jp/itc/

【コラム】渡邊智之のスマート農業/農業DXコラム
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WRITER LIST

  1. よないつかさ
    1994年生まれ、神奈川県横浜市出身。恵泉女学園大学では主に有機栽培について学び、生活園芸士の資格を持つ。農協に窓口担当として5年勤め、夫の転勤を機に退職。アメリカで第一子を出産し、子育てをしながらフリーライターとして活動。一番好きな野菜はトマト(アイコ)。
  2. syonaitaro
    1994年生まれ、山形県出身、東京農業大学卒業。大学卒業後は関東で数年間修業。現在はUターン就農。通常の栽培よりも農薬を減らして栽培する特別栽培に取り組み、圃場の生産管理を行っている。農業の魅力を伝えるべく、兼業ライターとしても活動中。
  3. 槇 紗加
    1998年生まれ。日本女子大卒。レモン農家になるため、大学卒業直前に小田原に移住し修行を始める。在学中は、食べチョクなど数社でマーケティングや営業を経験。その経験を活かして、農園のHPを作ったりオンライン販売を強化したりしています。将来は、レモンサワー農園を開きたい。
  4. 沖貴雄
    1991年広島県安芸太田町生まれ。広島県立農業技術大学校卒業後、県内外の農家にて研修を受ける。2014年に安芸太田町で就農し2018年から合同会社穴ファームOKIを経営。ほうれんそうを主軸にスイートコーン、白菜、キャベツを生産。記録を分析し効率の良い経営を模索中。食卓にわくわくを地域にウハウハを目指し明るい農園をつくりたい。
  5. 田牧一郎
    日本で15年間コメ作りに従事した後、アメリカに移り、精米事業、自分の名前をブランド化したコメを世界に販売。事業売却後、アメリカのコメ農家となる。同時に、種子会社・精米会社・流通業者に、生産・精米技術コンサルティングとして関わり、企業などの依頼で世界12カ国の良質米生産可能産地を訪問調査。現在は、「田牧ファームスジャパン」を設立し、直接播種やIoTを用いた稲作の実践や研究・開発を行っている。