スマート農業実現には「経営理念・事業ビジョン」が不可欠【渡邊智之のスマート農業コラム 第20回】

2016年度に筆者が有識者として参画した農林水産省経営局の「農業経営におけるデータ利用に係る調査事業」において、「スマート農業」実践者のペルソナ(サービスを使う、もしくは使って欲しい最も重要なユーザーモデル)について検討をしてみようという議論が起きたことがあった。

しかしながら、各種調査の結果、気候や風土といった地域差や生産品目が多種多様で唯一のペルソナ像を作るのは困難だという結論に至ったことがある。



10年後の農業経営を想像する時代へ

私が唱えている次世代農業者(スマートファーマー)に求められる条件の一つとして、「5年後、10年後の自分の農業の姿がイメージできている」というものがある。

毎年、時期に応じたルーティンとして目の前の作業を日々こなすだけではなく、激変している時代を敏感に察知し、その変化に即した方向転換や規模拡大、事業承継(後継者育成等)の「経営理念・事業ビジョン」が存在していなければならない。

通常、一次産業以外の企業体においては経理理念が存在し、その理念に即した経営戦略が設定されている。そして、この経営理念をベースとしてIT戦略が作られるのがスタンダードである。ビジネスである以上、本来であれば一次産業においてもそうでなければならない。

しかしながら、上記のようにビジネスライクに農業を営む組織はまだそれほど多くなく、IT企業が農業生産者に対して「今お困りなことはなんですか? 」とヒアリングを行った結果、農業生産者の発言から得た目の前の課題のみの解決に注力してしまう傾向にある。

このような状況に陥ると一つ一つの課題が細分化され、またヒアリングする時期やタイミングによっても農業生産者から違った課題がでてくるなどが発生し、開発のプライオリティが不明となり、まさにカオスに陥ってしまう。

これでは、当該農業経営体として経営の状況の改善に結びつく最適な答えに一向にたどりつかないのである。従って農業生産者の目の前の課題を解決するツールとしてのIT等のソリューションでは根本の課題の解決には至らないといったことになりかねない。


求められるのは確実に夢を叶えるための仕組み


とはいえ、農業生産者に対し、農業における「経営理念・事業ビジョン」について質問をしてもピンと来ず、大仰だと思われてしまうことも多い。従って、筆者は「夢は何ですか? 」と聞くようにしている。

その中で経営者、経営者の右腕、営農に関わるスタッフそれぞれの意見を個別にヒアリングし、個々のスキルやモチベーションから組織内の体制整備(業務フロー)や人材の適材適所(役割分担)についても提案する。

「自分(自組織)が将来に向けて、これからどんな農業を目指すのか」という考え次第で、「スマート農業」を進めるにあたっての手段やそのプライオリティ、巻き込むべきステークホルダーなど多くのことに大きな違いが発生する。もちろんのことながら、目指すべき将来像(ビジョン)が違ってくれば、その実現に向けて利活用するソリューションやセンサーなども変わるし、同じ素材を活用するとしても取り組む順番に変化が起きる。

これを間違うと、投資した費用を無駄にすることにつながり、結果的にすべてのステークホルダーが不幸になるという事象につながってしまう。

ビジョンの例としては、「とにかく多く収穫したい」「収穫量は今のままでクオリティを少しでもあげたい」といった短期的なものから「自分の農作物をブランド化したい」はたまた「新しい農業生産物を地域の名産品として行きたい」、「自分の右腕となる人材を早く育成したい」など長期的なものまでそれぞれの生産者が夢見ている未来およびその未来を実現するまでの道のりは当然ながら異なる。

従って、作物ごとのソリューションを開発し、単純に水平展開を計画しても、農業生産者のバックボーンや目指すゴールが多種多様であり、当てはまらないことの方が多い。ベースとなる機能を持ち備えた上で個々のユーザーならではのこだわりをビルトインできるダッシュボード的な仕組みが求められている。

トマト一つ取っても、高級料亭で使われるトマトとファーストフードで使われるようなトマトでは、生産方法やクオリティなどは大きく違っていることは説明するまでもないだろう。要するにトマトの生産であればこの仕組み(ソリューション)を導入すればよいと当てはめることが可能なほど単純なものには絶対にならないと筆者は考えている。

生産者の多種多様なニーズに対応する為にはやはり多くのデータとそれを実証する事例が必要だ。

ここ10年間で生産、環境、品質に関するそれぞれのデータは蓄積が進んでおり、ビッグデータになりつつある。今後はこれらデータを組み合わせることで「どのような環境でどのような作業をしたらこんなに美味しい農作物になる」という方程式とその精度についての研究が進んでいく。

将来的には、生産者が自分の得たい回答を設定することで、多くのパラメーターから最適データを選択し、AIが起こりうる可能性について発生率の高い順にリコメンドしてくれる時代になっていくことを期待したい。
【コラム】渡邊智之のスマート農業/農業DXコラム
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WRITER LIST

  1. 田牧一郎
    たまきいちろう。68歳。日本で15年間コメ作りに従事した後、アメリカに移り、精米事業、自分の名前をブランド化したコメを世界に販売。事業売却後、アメリカのコメ農家となる。同時に、種子会社・精米会社・流通業者に、生産・精米技術コンサルティングとして関わり、企業などの依頼で世界12カ国の良質米生産可能産地を訪問調査。現在は、「田牧ファームスジャパン」を設立し、直接播種やIoTを用いた稲作の実践や研究・開発を行っている。
  2. 山田正美
    大阪工業大学大学院修了。福井県職員として、農業試験場研究員、専門技術員、農業技術経営課長、農林水産部技幹を経て退職。現在、日本生産者GAP協会常務理事、日本農業サポート研究所主席コンサルタント。
  3. 福田浩一
    ふくだこういち。東京農業大学農学部卒。博士(農業経済学)。大学卒業後、全国農業改良普及支援協会に在籍し、普及情報ネットワークの設計・運営、月刊誌「技術と普及」の編集などを担当(元情報部長)。2011年に株式会社日本農業サポート研究所を創業し、海外のICT利用の実証試験や農産物輸出などに関わった。現在は主にスマート農業の実証試験やコンサルなどに携わっている。http://www.ijas.co.jp/
  4. 中村圭佑
    なかむらけいすけ。明治大学農学部卒業後、日本農薬株式会社に約7年勤務。その後、大手経営コンサルティング会社を経て、FOOD BOX株式会社を2019年7月に起業。Facebook:https://www.facebook.com/foodboxjp/、Instagram:https://www.instagram.com/foodbox_jp/
  5. 百花繚乱
    趣味は料理、漫画、読書のミドルの男です。商社勤務で全国や海外を転々しているうちに、故郷に哀愁を覚え、約10年前に地元の農業関連会社にとらばーゆ。