異業種からの農業参入にもスマート農業は必須【渡邊智之のスマート農業コラム 第5回】

「日本の農業生産者」を守るための政策からの転換

長年、我が国の農業政策は「日本の農業生産者を守る」という観点から政策を立案・実施をしてきた。しかしながら今までの政策は「守備」であることが多く、「攻撃」の方向性やマイルストーンやゴールの設定について明示を避けてきた。

「日本の農業生産者を守る」観点で進めてきたために、全体最適な施策が打ち出されてきたとは言い難く「日本の農業を守る」ための最適解を選択してきたわけではないと筆者は感じている。その代表的なものが減反政策であり、多く生産すると価格が下がってしまうという理由などから、政府が生産量をセーブしたのである(生産調整)。この政策により、異業種参入や輸出などの障壁になるとして、50年近く続けられて来た時代錯誤の本制度は、2018年に廃止された。

このように今までの政策は農業生産者を守ろうと、異業種からの参入障壁をあえて厳しくする方向に進んでいたが、2009年の農地法の改正を皮切りに、農業への企業参入がしやすい方向に規制緩和が進んできている。これら政府の規制緩和の施策により、近年では各種の異業種から農業に参入する企業が増えている。



「異業種参入は常にゼロスタート」という農業の現実

筆者の知る限り、異業種が参入を決定する主な理由は、「現業の景気低迷による業績悪化に伴い、事業撤退や製造拠点の縮小に追い込まれ、それにより生まれた空いたスペースと空いたリソース(人材や機械など)を有効理由したい」という理由から、農業を新しいビジネスの柱やオアシスとして求め参画を決めるシーンが多い。最近は、「他の企業も農業に参入しているのだから、うちも検討しろ」という経営陣からの指示に困っている事業企画部門の方々の相談に乗ることも多くなってきている。

まず異業種参入した企業が驚くのは、今現在においてもマニュアルというものがほとんど存在しない農業の実情である。異業種の世界では、マニュアルがあり、それに従って作業することで新人でもそれなりの作業ができ、ある程度の完成度が得られるというのが当たり前だからである。

結果的に、異業種参入企業はイチから試行錯誤をはじめることになる。よく電気メーカーなどでは、モノづくりに注力するあまり売り先(販路)を確保することを疎かにしてしまうことがある。農業の場合、大げさではなく「販路確保」が第一優先である。また現業を主体に考えたあげく、エース社員を現業に残すという判断になりやすい。結果的に、様々な未曽有の課題をぶつけられた従業員はいずれ疲弊して、精神を病むことになったり、退職してしまったりするのだ。

そのため、経営陣にプロデュース能力を保持した優秀な人材を配置し、農作業をしていただくパートタイム人材を地場で採用し、本社とは違う給料体制で望む必要があるだろう。また生産する農作物も、市況に影響されないように契約栽培を選び、機能性などに特化して付加価値高く売れる品目を選定するのがいいだろう。ここで珍しさを追求し過ぎてしまうのもいい選択とは言えない。まずすぐに需要がある物に取り組むべきである。

スマート農業を活用して、農商工連携による価値の創造を

旧来の農業生産者においても、農業生産物の生産だけではなく、食品加工することで付加価値を付け、収益を増やすために、6次産業化に取り組まれている方々もいる。しかしながら取り組んだ総数に対し、成功と呼べる事例はごくわずかであると筆者は感じている。

自治体や農業協同組合の担当者によっては、「どうせ失敗するからやめたほうがいい」と農業生産者を説得するところもあると聞く。うまく行かない理由は様々ではあるが、農林水産省の定義する6次産業化は農業生産者自らが新たに食品加工機械などを購入し、自ら商品を作ることであり、補助金を得て機械などを購入し稼働が始まっても、マーケティングによる販路確保、ブランディング、安定供給、クオリティの安定化など様々な課題が発生し、失敗をしながら学ばなければならないことも多い。6次産業化を始めるということは旧来の農業生産者ではなく、「スマートファーマー」同様に経営者としての感覚を持ち合わせなければ、成功は難しいというのが実情である。

「小麦農業生産者がパン屋を経営する」といった事例では、農業生産者がある日突然パン屋を片手間でやっても、専業でパン屋をしている方々にクオリティや供給の安定化の面で勝てるパンはそう簡単には作れないだろう。これを地域ぐるみで実現する手法についても、人によっては6次産業化と表現する方もいるが、政府の表現を使うとこちらは「農商工連携」となる。ある地域の農業生産者が作った小麦を近隣のパン屋が活用し、おいしいパンを作るというのが「農商工連携」の事例になる。筆者としてはそれぞれのプレイヤーがWIN-WINとなる構図が描きやすいので、「農商工連携」の方が成功に近しいと感じている。

こういった「異業種参入」や「農商工連携」の場面においても「スマート農業」の実現により、様々なシーンでの情報の利活用が進む。また、あらゆるデータが有機的につながることで、今後大きな価値を生むことが想定される。


はじめよう!農商工連携!!|農林水産省


【コラム】渡邊智之のスマート農業/農業DXコラム
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  1. 田牧一郎
    田牧一郎
    日本で15年間コメ作りに従事した後、アメリカに移り、精米事業、自分の名前をブランド化したコメを世界に販売。事業売却後、アメリカのコメ農家となる。同時に、種子会社・精米会社・流通業者に、生産・精米技術コンサルティングとして関わり、企業などの依頼で世界12カ国の良質米生産可能産地を訪問調査。現在は、「田牧ファームスジャパン」を設立し、直接播種やIoTを用いた稲作の実践や研究・開発を行っている。
  2. 福田浩一
    福田浩一
    東京農業大学農学部卒。博士(農業経済学)。大学卒業後、全国農業改良普及支援協会に在籍し、普及情報ネットワークの設計・運営、月刊誌「技術と普及」の編集などを担当(元情報部長)。2011年に株式会社日本農業サポート研究所を創業し、海外のICT利用の実証試験や農産物輸出などに関わった。主にスマート農業の実証試験やコンサルなどに携わっている。 HP:http://www.ijas.co.jp/
  3. 石坂晃
    石坂晃
    1970年生まれ。千葉大学園芸学部卒業後、福岡県の農業職公務員として野菜に関する普及指導活動や果樹に関する品種開発に従事する一方、韓国語を独学で習得(韓国語能力試験6級)。退職後、2024年3月に玄海農財通商合同会社を設立し代表に就任、日本進出を志向する韓国企業・団体のコンサルティングや韓国農業資材の輸入販売を行っている。会社HP:https://genkai-nozai.com/home/個人のブログ:https://sinkankokunogyo.blog/
  4. 川島礼二郎
    川島礼二郎
    1973年神奈川県生まれ。筑波大学第二学群農林学類卒業。フリーラインスの編集ライターとして、テクノロジーをキーワードに、農業雑誌・自動車雑誌などで執筆・編集活動中。
  5. 堀口泰子
    堀口泰子
    栄養士、食アスリートシニアインストラクター、健康・食育シニアマスター。フィットネスクラブ専属栄養士を経て独立。アスリートの食事指導や栄養サポートの他、離乳食から介護予防まで食を通じて様々な食育活動を行う。料理家としても活動し、レシピ提案、商品開発も担う。食事は楽しく、気負わず継続できる食生活を伝えることを信条とする。スポーツの現場ではジュニアの育成、競技に向き合うための心と体の成長に注力している。HP:https://eiyoushiyakko.jimdofree.com/
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