スマート農業には「よそ者、若者、馬鹿者」の参画が必須【渡邊智之のスマート農業コラム 第9回】

異業種の会社員が播種、育苗、施肥、定植、補植、除草、散布、追肥、収穫など一連の農作業を何度に渡り経験すると、回数をこなすことにより余裕が出て、視野が広がってくる。

そうなると異業種でコスト削減や効率化に日々取り組み、刷り込まれてきた経験から、“何か一つ作業を行うにしても、こうしたら早く終わるのではないか?”と自然に試行錯誤が始まる。


たとえば、“収穫する際にどちら側サイドから収穫を始めれば後で荷をつみやすいのか“とか、“ゴミが出る場面などではどこに集めれば後片付けが早く終わるか“、また作業するメンバーの得手不得手も見えてくるので、“役割分担において適材適所に配置する“といったことである。

次世代農業人(スマートファーマー)と筆者が呼ぶ農業組織の従業員は基本的に皆若く、このような改善提案を受け入れることができやすい体制である。したがって、快く様々なトライアルを実施でき、明確な効果があれば新しい取り組みがどんどん採用されていくのである。

このように、異業種の人間が農業現場の実作業に少し関わりあうだけで、多くの改善点を見出すことができる。

とはいえ、昔から「畑違い」という言葉が表す通り、土壌、環境、品目、品種が変わることによって、トライ&エラーの繰り返しであることには変わりはない。「匠」と呼ばれる農業生産者は、長年の経験と勘によって比較的失敗の可能性の低い次の一手を日々見出しているのである。

また、一口に「匠」と言っても分野別に様々な人材がおり、ゼネラリストとして俯瞰して「農作物生産というプロジェクト」をマネジメントする者、農業機械の運転技術が素晴らしい者、播種から育苗に知見を持ち多くの学者と対等に意見交換できる者などが、異業種からの採用も含めて適材適所で活躍できるようになれば、農業における生産性向上は、これだけで容易に実現可能となる。

このように、農業にイノベーションを起こし、次世代農業の時代を迎えるには、旧来からの農業生産手法を受け継いできた農業生産者だけではなかなか実現が難しいのである。

最大のリスクは天災よりもヒューマンエラー

「農業における最大のリスクは、収入が天候に左右されること」とほとんどの方が思われている。しかしながら「天候(自然災害)」は農業生産者が抱えているリスクの全体から見れば、重大度が一番高いわけではない。日本でも大規模な農業をされている匠の農業生産者は、「大規模になるとヒューマンエラーが一番のリスクだ」と話す。

農業生産者であればほとんどの方が入っている農業共済(略称:ノーサイ)というものがある。農業共済に加入していると、自然災害被害に遭った際に、ある程度補填される。もちろんのことながら、被害を受けたということは手を叩いて笑える状況ではないが、保険金が下りれば早期にリカバリーすることが可能になる。また、自然災害被害ということであれば、ビジネス上のステークホルダーの信頼を失うということもない。

しかし、今度は農業法人などで働く従業員に目を向けてみると、経験と勘に頼っている文化であり、それぞれの作業において、薬剤師の調剤のように複数の人間によってチェックする文化や機能といった体制がなく、いつヒューマンエラーによる災害(人的災害)が発生してもおかしくない状況で農業は営まれているのである。

大規模農業生産法人になればなるほど、匠の経験と勘による業務遂行が難しく、多くの従業員を雇うことになり、人的災害も発生しやすい環境になってくる。ここで有効なのは、他産業においては当たり前に実施されているPDCA(plan - do - check - act)サイクルを農業の世界でも行うということである。

ヒューマンエラーで多大な被害となる一番の原因は、「農薬の散布回数ミス」である。これも大規模になればなるほど発生率が高くなる。


なぜならば、大規模化により従業員を多く雇用しなければならなくなるからだ。従業員間の業務指示なども口頭での伝達が多いために、従業員が増えることによって間違って伝わるリスクも大きくなる。

たとえば、「農薬を散布する」という行為一つとっても、多くの圃場を所有し、多くの従業員を雇っている組織においては、ある圃場において前回散布を行った従業員と同じ従業員が散布するとは限らず、頭の中で数えていた散布回数のカウントに相違が発生する可能性が高く、散布回数や散布量においてミスが発生する可能性が増大する。結果的に散布回数や散布量オーバーしてしまうと、出荷不可能になる。

また、多くの圃場を所持するあまり、経験の浅い従業員が近隣の他の農業生産者の圃場へ農薬を散布してしまうというミス発生の可能性も捨てきれない。もし有機農業を営む農地に農薬を散布するようことがあれば大惨事であり、故意と判断されれば刑事事件になるリスクも秘めている。

こういった人的ミスについては、保険制度がまだ発達していないのが実情であり、「よそ者、若者、馬鹿者」である異業種の人間があらゆる知恵を絞って「スマート農業」を実践することにより、人的ミスを最小限にしていかなければならない。


【コラム】渡邊智之のスマート農業/農業DXコラム
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  1. 田牧一郎
    田牧一郎
    日本で15年間コメ作りに従事した後、アメリカに移り、精米事業、自分の名前をブランド化したコメを世界に販売。事業売却後、アメリカのコメ農家となる。同時に、種子会社・精米会社・流通業者に、生産・精米技術コンサルティングとして関わり、企業などの依頼で世界12カ国の良質米生産可能産地を訪問調査。現在は、「田牧ファームスジャパン」を設立し、直接播種やIoTを用いた稲作の実践や研究・開発を行っている。
  2. 福田浩一
    福田浩一
    東京農業大学農学部卒。博士(農業経済学)。大学卒業後、全国農業改良普及支援協会に在籍し、普及情報ネットワークの設計・運営、月刊誌「技術と普及」の編集などを担当(元情報部長)。2011年に株式会社日本農業サポート研究所を創業し、海外のICT利用の実証試験や農産物輸出などに関わった。主にスマート農業の実証試験やコンサルなどに携わっている。 HP:http://www.ijas.co.jp/
  3. 石坂晃
    石坂晃
    1970年生まれ。千葉大学園芸学部卒業後、福岡県の農業職公務員として野菜に関する普及指導活動や果樹に関する品種開発に従事する一方、韓国語を独学で習得(韓国語能力試験6級)。退職後、2024年3月に玄海農財通商合同会社を設立し代表に就任、日本進出を志向する韓国企業・団体のコンサルティングや韓国農業資材の輸入販売を行っている。会社HP:https://genkai-nozai.com/home/個人のブログ:https://sinkankokunogyo.blog/
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    川島礼二郎
    1973年神奈川県生まれ。筑波大学第二学群農林学類卒業。フリーラインスの編集ライターとして、テクノロジーをキーワードに、農業雑誌・自動車雑誌などで執筆・編集活動中。
  5. 堀口泰子
    堀口泰子
    栄養士、食アスリートシニアインストラクター、健康・食育シニアマスター。フィットネスクラブ専属栄養士を経て独立。アスリートの食事指導や栄養サポートの他、離乳食から介護予防まで食を通じて様々な食育活動を行う。料理家としても活動し、レシピ提案、商品開発も担う。食事は楽しく、気負わず継続できる食生活を伝えることを信条とする。スポーツの現場ではジュニアの育成、競技に向き合うための心と体の成長に注力している。HP:https://eiyoushiyakko.jimdofree.com/
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