令和元年の「スマート農業」の実情【スマート農業コンサルタント・渡邊智之のスマート農業コラム 第1回】

令和元年はスマート農業元年に

新元号「令和」の元年となった本年は、「スマート農業」においても元年だと言える。

政府は、2018年6月15日に閣議決定した成長戦略「未来投資戦略2018」で「世界トップレベルのスマート農業の実現」を掲げ、2025年までに「農業の担い手の大半がデータを活用した農業を実践する」という目標を掲げた。その実現に向けて、夏までに「農業新技術の現場実装推進プログラム」(仮称)を策定する計画だ。

また、スマート農業の推進・普及のために本年度始める「スマート農業加速化実証プロジェクト」と「スマート農業技術の開発・実証プロジェクト」の二つの実証事業で、全国252件の応募の中から、実証グループ69件が選定された。事業費は約47億円で、農機導入などにかかる経費を国が全額負担する。


選ばれたグループは2年間かけて現場導入のけん引役を担う。ロボット技術や人工知能(AI)を活用した「スマート農業」の普及に向けて、全国に「スマート実証農場」を整備して大規模な実証試験を始める。水稲や野菜、果樹、畜産など各品目で、1作通して複数のスマート農業技術を組み合わせ、省力効果や経営効果を確認、最適な技術体系を確立するもくろみだ。

「世界トップレベルのスマート農業の実現」に向けて、様々な技術開発が進んできてはいるが、実際に収益増加といった定量的なメリットに到達している農業者はごくひと握りである。「農業新技術の現場実装推進プログラム」(仮称)では、各種先端技術の開発が現時点どこまで進んでいて、普及に向けてどのような課題があるのかを整理するとのこと。

農業高校などでは、「スマートファーマー」(筆者造語:農業生産のスキルだけでなく経営のスキルやITスキル、データ分析スキルを備えている次世代農業人)育成に向けたカリキュラムを検討・実施したり、農業者と各種企業をマッチングする場を設けたりするといった施策も盛り込むとのこと。「スマート農業」がどれだけ役に立つかを伝えるため、「スマートファーマー」像もプログラムに描くことを目指すそうだ。

さらには、さまざまな農業関連データを集め、誰でも使えるようにする「農業データ連携基盤」(WAGRI)が本年4月から本格運用が始まることによる各種化学変化にも期待ができる。将来的には、活用する範囲を生産から加工、流通、消費など幅広い分野に広げる方向だ。

「スマート農業」の賛否

筆者が「スマート農業」に関わって2019年で11年目を迎えるが、現時点においても農業のスマート化については、賛否両論であることは皆さまもよくご存じだろう。

反対意見の代表的なものとしては、「農業は、田畑の自然の雰囲気や風景および生命の息吹や表情、声など人間の五感全てを使ってさまざまな教えを感じとるものであり、AIを搭載したマシンに、その感性は存在しない」、「AIにすべてをやらせてしまって、考えない農業者が増えてしまい、能力の低下につながってしまう」といったものであろう。こういったご意見は、筆者が農業者の立場であれば、十分に納得ができる。


現時点、AIに感性的なものを求めるのは難題であることは間違いない。世論の「AIが人間の仕事を奪う」という過激な問題提起により、多くの誤解を産んでいると筆者は考えている。農業AIは、ドラえもんや鉄腕アトムのように自律的に行動する全能的なものでなく、特定機能に特化されている。ビッグデータと長年の研究や経験で導き出されたルールに則り多く学習することで教師データを確立し、それを元に超高速に分析した結果なのである。

要するに「膨大なデータから特徴や傾向を見出すことさえできれば、同じ特徴や傾向のある場面について超高速スピードで分析処理ができる」のである。従って、経験と勘に頼っていた農業においては、教師データを作るのに多くの時間を有するのである。

特にデータとして少ないのは、作物の画像データである。温度や湿度のセンサーデータはあっても、多大な被害を与える病害虫の写真等があまり存在せず、教師データの確立が困難で、画像診断するのが難しい。これら要因から、種まきから収穫まで人間が介在せずに行える農業にたどり着くには、まだまだ多くの年月がかかるということをご理解いただければと思う。

農業AIの普及により
人間の制御や判断は今以上に必要になる

筆者の考える将来像は、食・農に関するあらゆるデータが集約され、農業者が判断で悩むあらゆるシーンに、目的達成に向けた手段やスケジュールをシミュレーションをすることで、リスクが少ない順や収益を得られる順をAIが提案し、農業者はどの選択をするかという判断を求められるようになること。従って、農業者は今以上に精緻な制御や判断を迫られ、結果多く思考することが求められる。

今後、高学歴農業者が多く生まれてくると予測している。結果、「スマート農業」の普及によって、農業が従来の人気職業にも比肩するあこがれの職業になる可能性は高い。

<関連記事>
農水省公募による「スマート農業実証プロジェクト」委託事業69件の概要公開

<参考URL>
未来投資戦略2018|日本経済再生本部

【コラム】渡邊智之のスマート農業/農業DXコラム
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WRITER LIST

  1. よないつかさ
    1994年生まれ、神奈川県横浜市出身。恵泉女学園大学では主に有機栽培について学び、生活園芸士の資格を持つ。農協に窓口担当として5年勤め、夫の転勤を機に退職。アメリカで第一子を出産し、子育てをしながらフリーライターとして活動。一番好きな野菜はトマト(アイコ)。
  2. syonaitaro
    1994年生まれ、山形県出身、東京農業大学卒業。大学卒業後は関東で数年間修業。現在はUターン就農。通常の栽培よりも農薬を減らして栽培する特別栽培に取り組み、圃場の生産管理を行っている。農業の魅力を伝えるべく、兼業ライターとしても活動中。
  3. 槇 紗加
    1998年生まれ。日本女子大卒。レモン農家になるため、大学卒業直前に小田原に移住し修行を始める。在学中は、食べチョクなど数社でマーケティングや営業を経験。その経験を活かして、農園のHPを作ったりオンライン販売を強化したりしています。将来は、レモンサワー農園を開きたい。
  4. 沖貴雄
    1991年広島県安芸太田町生まれ。広島県立農業技術大学校卒業後、県内外の農家にて研修を受ける。2014年に安芸太田町で就農し2018年から合同会社穴ファームOKIを経営。ほうれんそうを主軸にスイートコーン、白菜、キャベツを生産。記録を分析し効率の良い経営を模索中。食卓にわくわくを地域にウハウハを目指し明るい農園をつくりたい。
  5. 田牧一郎
    日本で15年間コメ作りに従事した後、アメリカに移り、精米事業、自分の名前をブランド化したコメを世界に販売。事業売却後、アメリカのコメ農家となる。同時に、種子会社・精米会社・流通業者に、生産・精米技術コンサルティングとして関わり、企業などの依頼で世界12カ国の良質米生産可能産地を訪問調査。現在は、「田牧ファームスジャパン」を設立し、直接播種やIoTを用いた稲作の実践や研究・開発を行っている。