匠の農家の五感をデータ化して事業承継に!【渡邊智之のスマート農業コラム 第11回】

農業生産者は日々“五感”をフル活用して農業に従事している。勘も入れれば六感になる。

静岡のメロン生産者には、海水パンツ姿でハウスを見廻り、まさに肌感覚で農業をされている方もいると聞く。次世代農業生産者(スマートファーマー)を育成するためにも、農業生産者の五感である目、肌、手足、頭脳といった人間の機能を「スマート農業」の活用において置き換えることができるかが重要なファクターとなっている。


五感をつかさどるスマート農業

まず、「カメラ」が目の代用となる。

このカメラを遠隔で制御することで、遠く離れていても見たいタイミングで見たい場所をクローズアップして見ることが可能となり、農業生産者が毎日、何回も圃場やハウスを見廻り、自分の目で様々なチェックしていた作業を大幅に削減することができる。暗闇や人間の目では見えない作物や土壌の状態は、暗視カメラやマルチスペクトルカメラによって撮影することができる。暗視カメラは主に夜間作業をするロボット鳥獣害対策用に使用されている。

「各種センサー」は肌感覚の代用となる。

気温、湿度、風向き、土壌水分、pH(水素イオン濃度)、EC(電気伝導度)、風向、風速、降雨量など様々な計測が可能となっている。匠の農業生産者の中には、土をなめて土壌の肥沃土を測っている方もいるらしい。各種センサーは、このような匠の農業生産者が永年の経験値から個人の感覚で行なっている作業を可能な限り数値化するという役目を担うことができる。

「手足」の代わりになってくれるのは、ロボットやアシストスーツだ。ロボットは人間と違って、日没後の暗闇でも的確に作業ができるという利点がある。

現時点ではトラクターやコンバインがGPSを活用したオートステアリングなどにより、無人で動かす技術が確立している。アシストスーツは、装着することで高齢者や女性の重労働を支援し、大幅な作業効率の向上につながる。

最後の「頭脳」は、これら全てをつかさどるAIである。センサーで得た情報からロボットに最適な動きを指示する。データや実施作業が増えることで、ディープラーニングという手法で人間と同じく経験を積み、日々精度が上がると共に臨機応変さも学び常に最適な作業を行う。

「暗黙知」を「形式知」に


今までの農業は「先輩の背中を見て覚えろ」とまさに「暗黙知」であった。このように後継者や従業員に伝えられて来たことを「形式知」に変換し、継承していくことで、従業員の早期人材育成につながる。

暗黙知を形式知に変える第一歩として、圃場に土壌水分、気温、湿度、日射量等が把握できるセンサーを配備し、データの蓄積をする。圃場の状態と環境を把握することと、日々の作業の相関を取ることで農業の匠のノウハウを明文化ができる。

環境を一定期間モニタリングすることで、最初に明らかになるのは、環境変化によって個々の圃場や作物の状態がどのように変わるかについての相関である。例えば、「水はけが悪い土壌においては雨が降る前に水が逃げる道を作らなければならない」といったことや、「降雨後に高温多湿が◯日続くことで病気や害虫の発生が増大する」といったことが予測できることで、リスクヘッジが可能となるのだ。


手書きの作業記録ノートをデータ化することの本来の意義

環境モニタリングと並行して重要な要素となるのが「作業日誌」である。

大規模農業法人の若い従業員達が農場から事務所に戻って来て、泥だらけの手で圃場ごとで何冊にも分かれたノートに、その日1日のことを思い出しながら作業内容の記載を必死に行っているのを目にした。このノートには、100カ所近いそれぞれの圃場について「誰がいつ何をどれくらい(時間、量など)行ったか」ということを記載している。

この記載事項の中で特に重要なのは、農薬の散布履歴(回数・量)である。農薬の散布回数は成分ごとに事細かに決まっており、この回数や成分ごとの散布量を間違えると出荷ができなくなってしまう。慣行栽培、特別栽培、有機栽培などそれぞれ使っていい農薬の種類や量が決められており、この規格から外れると出荷ができなくなるというリスクもある。

この農薬散布という、病害虫を防ぐ確度の高い唯一のリスクヘッジの手段でありながら、この農薬作業自体が農業生産において人的ミス発生のリスクになってしまっている。

このノートへの詳細事項の記載は、何十冊にもなるノートのなかから対象の圃場のものを探し出すだけでも時間がかかり、どこにどのように記載するのか等、従業員には大きな負担となっていた。圃場が増えれば増えるほど、せっかく精緻に記載していても、データ(ノートのこと)が不注意で消えてなくなってしまうリスクが出てきている。

また、フォーマットフリーでの記載となっていたので、従業員個々のそれぞれの思いや感性やスキル、さらにはバックボーンの違いにより、記載内容の濃淡の差分が歴然とし、レベルに差が出てしまっていた。これは、従業員間にそのノートはよりよい農業生産物を作るために利活用されるという意識がなく、ノートを記載する事が目的になってしまっていたのが実情であったためだ。


大規模農業生産組織は、生産責任者から様々な作業指示を受けて日々仕事を行うが、自分の作業が全体ではどの役割を担っていて、各種状況(環境や作物)をトリガーに次の作業をどう進めるか、プライオリティはどう決めるか、などが理解できないまま日々仕事を実施している傾向にある。

これでは作業の仕方は覚えても、経営センスなどは磨かれない。結果的に経営者サイドも従業員サイドも双方が不幸な状況に陥るのである。

こういった状況を変えなければ、スマート農業ソリューションを用いて作業日誌を構築しなおしたとしても、手書きから入力がパソコンやスマートフォンに変わっただけで、それ以上の効果は期待できない。

いつでもどこでも入力が可能となり、クラウド環境によって関係者の誰もがタイムリーに閲覧できる。その結果、進捗の遅れや農薬散布回数の間違いなどの人的ミスなどを減らすことができるだけでなく、蓄積したデータから農業生産者が現在までの長い年月を経ても気が付いていなかった事象なども洗い出せ、早期にリカバリーをはかることができる。結果的に、収穫量や付加価値の向上につながるのである。

しかしながら従来の農業者の考えとして、ノートであれば手書きですぐ終わるのにもかかわらず、パソコンに向かい合ってキーボードを使っての入力は、普段パソコンに接する必要がなかった従業員には非常にハードルが高かった。

ここでの大きな課題のひとつは、ユーザーインターフェイス(UI)やユーザーエクスペリエンス(UX)であった。なぜなら日中太陽が高いと液晶画面が見づらく、軍手を外した手も泥だらけで入力が困難であるためだ。昨今は防水のスマートフォンも出てきているが、防水であっても濡れた手で操作をするのは不可能である。

そこで、農業生産者は、スマートフォンに通常ビルトインされている音声入力を活用することで、フリック入力の困難さを回避している。

このような期間を経て、自社で保有する全ての圃場の作業を俯瞰して見ることで、作業の優先順位の把握ができるようになり、毎日の作業分担を綿密に立てることが可能になる。

これらを受けて、農薬の散布回数間違いなどの作業ミスによる、出荷不可能な農業生産物を大幅に削減でき、歩留まり向上につながる。また従業員サイドも、日々の作業の指示を受けてただ実行するのではなく、作業の進捗や顧客への出荷予定日などから思考するようになり、結果的に管理者の作業も激減する結果になるのだ。

「スマート農業」という最先端なことをやっているというかっこよさだけでなく、自分の作業が全工程のどこであり、次に何をするべきなのか、自分の作業が早く終わったら誰を助けに行けばいいのかなどが把握できることで、従業員サイドにも情報を利活用することの面白みや重要さを理解してもらえるきっかけになる。

これは農業生産物を生産している生産部門の従業員は当然のこと、販売を担当している営業部門のモチベーションとスキルの向上に多大なる貢献をする。自社の圃場で今どの作物がどれくらい作付されていて、顧客が必要な時期にその農業生産物が出荷できるのかできないのかを即座に把握できることで、ビジネスチャンスを逃すことも減る。

このように作業日誌をクラウド化し従業員間で共有するようになっただけで、毎日指示待ちであった従業員たちが自分で考えて行動するようになり、生産性向上につながるのだ。


【コラム】スマート農業コンサルタント・渡邊智之のスマートアグリコラム
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WRITER LIST

  1. 福田浩一
    ふくだこういち。東京農業大学農学部卒。博士(農業経済学)。大学卒業後、全国農業改良普及支援協会に在籍し、普及情報ネットワークの設計・運営、月刊誌「技術と普及」の編集などを担当(元情報部長)。2011年に株式会社日本農業サポート研究所を創業し、海外のICT利用の実証試験や農産物輸出などに関わった。現在は主にスマート農業の実証試験やコンサルなどに携わっている。http://www.ijas.co.jp/
  2. 中村圭佑
    なかむらけいすけ。明治大学農学部卒業後、日本農薬株式会社に約7年勤務。その後、大手経営コンサルティング会社を経て、FOOD BOX(現在登記準備中)を2019年7月に起業。Facebook:https://www.facebook.com/foodboxjp/、Instagram:https://www.instagram.com/foodbox_jp/
  3. 百花繚乱
    趣味は料理、漫画、読書のミドルの男です。商社勤務で全国や海外を転々しているうちに、故郷に哀愁を覚え、約10年前に地元の農業関連会社にとらばーゆ。
  4. さわちん
    2児の父。あるきっかけにより農業のイメージを変えたいと考え、16年間のサラリーマン生活にピリオドを打つことを決意。2020年春、家族で田舎に移住し、新規就農を目指す。自身が「移住×就農のモデルケース」となるために、いろんな方面へ向けて奮闘中。
  5. 藤本一志
    ふじもとかずし。大学・大学院の6年間を通して地域づくりと農業の活動に関わる。1年間のサラリーマン生活の後、学生時代から活動していた地域に移住し、2拠点居住を開始する。移住支援を通じた地域づくり活動に取り組む傍ら、兼業農家として稲作に取り組む。