AIで水+肥料を制御する「ゼロアグリ」は農家に休日をもたらしたのか? ──株式会社ルートレック・ネットワークス

農家の働き方改革と農業の見える化を実現する「ゼロアグリ」は、AI技術を駆使した次世代養液土耕システムだ。第4回農業ベンチャー大賞を受賞時には、「農家に休日を」というキャッチコピーが業界を席巻したのも記憶に新しい。

今後のスマート農業の発展には欠かせない当システムを提供するルートレック・ネットワークスとは一体どのような企業なのか。「ゼロアグリ」開発の裏側や現状、そして日本の農業の目指すべき未来をうかがった。



農業の可視化がはじまりだった

「もともとは農業とは全く関係のない、通信技術を得意とするメーカーでした」

そう語るのは、ルートレック・ネットワークス代表取締役社長の佐々木伸一氏だ。2005年に創業して以来、機械同士をつなぐM to M(Machine to Machine)分野にて燃料電池やヘルスケアシステムを提供してきた。

ルートレック・ネットワークス代表取締役社長の佐々木伸一氏

そんな同社が農業と出会ったのは今からおよそ9年前のこと、リーマンショックの影を色濃く残す頃だった。

「2009年に多くの新規事業がリーマンショックの影響によりストップしてしまいました。新たな業界を探すなかで、農業分野と出会ったのです」

佐々木氏と農業の出会いのきっかけは、総務省の委託事業で請け負った「農業の見える化」事業だった。そこには、特定非営利活動法人 銀座ミツバチプロジェクトが目指す環境保全型農業も関わっていたという。これは都市と自然環境との共生を目指し2006年にスタートした取り組み。銀座のビルの屋上での養蜂を通じ、地域や都市農村への貢献活動を行っている。

「例えば、ミツバチはネオニコチノイド系農薬に反応してしまうため、その農薬に触れると巣箱に帰ってくることができなくなります。つまりミツバチが飛べる場所は、良好な環境が保たれているという証しでもあるのです」

栃木県、岡山県の20軒の農家に試験的に見える化システムを導入してもらい、そこで農家の課題を徹底的にヒアリングした。2011年から本格的に農業サービスを開発すべく、明治大学の黒川農場と共同研究を行い、ゼロアグリが誕生したのだった。


国内農業の諸問題へアプローチする「ゼロアグリ」

「ゼロアグリ」というサービスが2018年農業ベンチャー大賞を受賞したことも記憶に新しいだろう。果たしてこの次世代養液土耕システムが日本のスマート農業に何をもたらすのだろうか。

「ゼロアグリは灌水施肥(かんすいせひ)の管理作業をAI(人工知能)を用いて大幅に削減し、収量や品質の安定化につなげます。さらに今まで勘や経験でカバーしていた部分をセンサーが数値化することにより、土壌環境や栽培データを可視化。そのことによって、従来では叶わなかった栽培ノウハウの蓄積や継承を可能にするのです」

ゼロアグリで活用する養液土耕とは、1930年代初期にイスラエルで誕生した、点滴のように少しずつ多頻度で水分を土に与える点滴灌漑技術を応用したもの。水に肥料を溶かした養液と水を同時に流し、水と肥料の利用効率を高めている。


養液土耕栽培は従来の慣行栽培に比べ、水や肥料の軽減につながる。だが一方で、気象条件や作物の生育ステージに合わせて灌水施肥の量やタイミングの調節を農家自身が行う必要があったため、管理作業に多くのコストがかかっていたという。そんなときに活躍するのがゼロアグリだ。

「日照センサーと土壌センサーがハウスの環境を測定し数値化します。そのデータをクラウド上で解析し植物の蒸散量を予測、適切な量の灌水を自動で行います。施肥は、センサー情報や作物の状態を見ながらユーザーさん自身で濃度を調整するのです」

作物における本来のポテンシャルを最も引き出すには、過不足ない適切な水分と肥料を与えることが大切だ。結果として品質はもちろん、収量増加も見込める上に、余剰な水や肥料の削減にもつながっている。

ゼロアグリ導入例

複数のセンサーが導き出したハウス内のデータは、10分ごとにクラウドへ送信され、常に蓄積される。農家はスマートフォンから状況をモニタリング可能で、自動的な管理に加えて手動で水や肥料の配分調整もできるというのだ。

「地域によって作物の糖度をあえて高く作ったり、収量を増やしたりなど、JAの指導が入るところもあります。従来の栽培方法と同様に、農家自身が自ら水分と肥料のバランスを調整することも可能なんです。つまり、地域に根ざした農産物の作り方ができることもポイントですね」

データとAIによって匠の技の承継にも

ゼロアグリが可能にしたのは管理作業や水・肥料の削減だけではない。従来なら農家の経験と勘で補っていた栽培ノウハウをデータに置き換え、本当の意味での『見える化』をも実現した。

「現在、日本の農業は高齢化と担い手不足が大きな課題として唱えられています。ここで肝となるのが事業継承です。先人たちが積み上げてきた匠の技を数値に置き換えることができれば、より次世代への継承が容易になります」

これまでの農業はあまりにも「経験と勘」に依存するあまり、事業継承が阻まれてきたと佐々木氏は指摘する。同時に地方から都市部への人口流出が止まらず、農業従事者が不足している現状を招いてしまった。

しかし地方には先代までが守り続けた農地や家、出荷先のルートが確かに残っている。ここに先端技術の力を借りて技術力を補うことで、農業人口を増やすことにつながるのでは、と語る。

「だからこそ目指すべきなのは『儲かる農業、休日のある農業』です。他の職種と同じように労働環境を整えることにより、若年層の就職先のひとつに農業という選択肢が増えます」


目指すのは“ふたつの持続”

農家の生活を変えることが日本の一次産業における課題解決へつながるとした一方で、「ゼロアグリ」は地球規模の課題解決にも挑戦する。

「今後、世界の人口はますます増加の一途を辿ります。食糧需要は増加し続けますが、グローバル視点でも農業人口は減っているとともに、農業用水の不足も指摘されているのです」


ゼロアグリが可能にする収量増加と節水は、世界的に唱えられている問題にもコミットする。加えて肥料使用量の削減は大きな環境課題となっている化学肥料の土壌汚染を改善することにもつながる。

「『緑の革命』以降、化学肥料が生産効率を飛躍的に引き上げてきましたが、温室効果ガスや排気ガスの増加、残留肥料による土壌汚染の問題が顕在化しています。海外では特に問題視されており、地下水を飲用する地域では健康被害も報告されているのが現状です」

これらの問題に立ち向かうゼロアグリは、ふたつの持続を目指している。ひとつ目は農家にとっての持続、ふたつ目に地球規模での持続だ。

「第一に農家が農業で食べていける環境を整えること。作業時間を削減し、収益向上を図ること、農家の負担を減らすことが農家の持続可能をもたらします。それと同時に世界規模の課題へ立ち向かうべく、節水・減肥をしながら収量を向上させる。これこそが地球環境に対する持続可能型農業を導く鍵になるのではないでしょうか」


企業の垣根を越え、日本のスマート農業を牽引

ゼロアグリのお客様は、日本の経営体として最も多い家族経営の農家。
「大きな投資は難しくても、ゼロアグリを導入して規模拡大や収益拡大につなげてほしい」と佐々木氏は話す。

また、いまでは農作輸出額が世界で第2位を誇る農業大国・オランダにも学ぶところがあるという。オランダは決して国土面積は広くなく、気象条件も芳しくない。

「データを見ると、1970年代まで日本とほぼ同じ生産量です。しかし80年代になると生産量が飛躍的に増加しました。ちょうどこの時期にオランダでは農業のIT化が推し進められたのです」

ここで注目したいのは、オランダが国策としてIT技術の流入等に取組み、農業全体の構図を変えたことだという。先端技術を導入することのみならず、ハウス自体をコンピューター制御に向いた構造へ作り変えたり品種改良を行ったりと、既存の仕組みを根本から見直した。その結果としてここまでの生産性向上につながった。

「ゼロアグリが蓄積した栽培データに収量データや環境データを連携させれば、スマート農業化が加速します。各種データを収集している研究所や企業と協業できれば、AとBというデータを解析し、Cというサービスを展開するように、新たな可能性を拡大できるのです」

オランダのトマトのハウス栽培の様子。ITを用いてシステマチックに生産・収穫・販売につなげ、世界に名だたる農業大国になった

あくまでも研究所や他社との“協業”を主張する佐々木氏。「だってその方がスピーディーでしょう?」と時折笑みを見せながら、こう語った。

「確かに弊社だけですべてのデータを収集して新サービスを提供することも可能です。けれどそれだとスピード感もなくナンセンスです。すでに別の技術を開発しデータを蓄積している他企業との連携こそ、日本全体のスマート農業化の推進力となるのではないでしょうか」

対立ではなく、あくまでも協働を。日本、世界の農業課題をすばやく解決するために、最短の道筋を考えた結果の判断だった。ここにゼロアグリ開発、そして目指す未来の農業の真髄があるのではないだろうか。

2019年6月時点で、北海道から沖縄県・石垣島まで170台の導入が完了したというゼロアグリ。地域のイノベーターを巻き込み、加速度的に広まっているという。既存の在り方に疑問を持ち、新たな技術を積極的に取り入れる農家と協力しながら、今後は果樹にも手を広げていきたいと佐々木氏は話す。

富士山に例えると、まだ私たちは二合目くらいですかね。一合目が『ゼロアグリ』への認知や理解だとすると、今は更なる認知と普及の段階。ここからスマートアグリという考え方が活性化し、農業界全体を変えていくことを目指しています」

「農家に休日を」はすでに現実のものになりつつある。ここから、農家や研究所、企業を巻き込み、地球規模の課題へ立ち向かう、ルートレック・ネットワークスの挑戦はこれからも続く。



<参考リンク>
AI潅水施肥システムZeRo.agri(ゼロアグリ)製品紹介|AI潅水施肥システムZeRo.agri(ゼロアグリ)製品紹介
ルーラル電子図書館―農業技術事典 NAROPEDIA
蜂蜜やミツバチ、広がる農薬汚染 9都県で検出 :日本経済新聞
銀座ミツバチプロジェクト
「世界の水資源とわが国の農業用水」平成15年2月 食糧・農業・農村政策審議会[PDF]
「ICT農業の現状とこれから(AI農業を中心に)」 平成27年11月 農林水産省[PDF]
「スマート農業の展開について」平成31年2月 農林水産省[PDF]
「化学肥料の土壌残留と生体影響に関する研究」 昭和56年5月 日農医誌[PDF]
【連載】スマート農業に挑む企業たち
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WRITER LIST

  1. 川島礼二郎
    川島礼二郎(かわしまれいじろう)。1973年神奈川県生まれ。筑波大学第二学群農林学類卒業。フリーラインスの編集ライターとして、テクノロジーをキーワードに、農業雑誌・自動車雑誌などで執筆・編集活動中。
  2. 蒼井ネコ
    農学系の兼業ライター。某大学農学部、某農業レストラン、某飲料会社商品企画を経て、現在は某マルシェアプリでwebマガジン編集として働きながら、猫様のお世話をしている。
  3. 柴田真希
    管理栄養士。㈱エミッシュ代表取締役。Love Table Labo.代表。27年間悩み続けた便秘を3日で治した雑穀や米食の素晴らしさを広めるべく、雑穀のブランド「美穀小町」を立ち上げる。現在はお料理コーナーの番組出演をはじめ、各種出版・WEB媒体にレシピ・コラムを掲載する他、食品メー カーや飲食店のメニュー開発やプロデュースなどを手がける。『私は「炭水化物」を食べてキレイにやせました。』(世界文化社)、『はじめての酵素玄米』(キラジェンヌ)など著書多数。
  4. 大城実結
    おおしろ みゆう。フリーランス編集ライター、大城文筆事務所所長。一次産業ほか地域文化、アウトドアなどお天道様系分野を専門に編集・執筆している。自転車で鍛えた脚力を活かし、農家さんのお手伝いをしながらインタビュー取材を積極的に行う。玉掛け免許と床上式操作クレーン免許所持。
  5. 井中優治
    いちゅうゆうじ。株式会社収穫祭ベジプロモーター。福岡県農業大学校卒。オランダで1年農業研修。元広告代理店勤務を経て、新規就農6年目。令和元年5月7日に株式会社収穫祭を創業。主に農業現場の声や九州のイベント情報などを発信している。