イエバエテクノロジーがサステナブルフードを普及させる鍵になる 〜ムスカ 流郷綾乃(後編)

「イエバエ」という日本人にも馴染みの深い、しかし決して人気者ではない昆虫の力を借りて、短期間で農産物の栽培に有効な有機肥料を作り、さらに栄養価の高い動物性飼料も生み出すという、株式会社ムスカ独自の「イエバエテクノロジー」。さまざまなメディアでも話題になっているので、耳にしたことがある方も多いでしょう。

しかしこれだけ聞くと、「ハエ」という言葉のネガティブイメージだけが目立ちます。本当に知りたいのは、その肥料がどんな仕組みで生み出されているのか、どれくらい農産物の成長や味に効果があるのか、といった部分です。

後編では、ムスカのCEO流郷綾乃(りゅうごうあやの)さんに、いま事業化を進めている理由、未来のサステナブルフードとムスカのイエバエテクノロジーにできることなどをうかがいました。



なぜ今、事業化するのか

──こんなに熱くハエを語る女子を見たことがありません(笑)。そもそも流郷さん自身、なぜこのお仕事をしようと思われたのですか?

流郷:私はもともとPR戦略やブランディングの仕事をしていたので、ハエとは全く関係ありませんでした。そもそも昆虫は大嫌い。そんな私に「ハエの会社をPRしてほしい」と依頼が舞い込んだんです(笑)。最初は「この人、何言ってるんだろう?」くらいの感覚ですよね。わからないし、そもそも虫は好きじゃない。ないないづくしでした。

とにかく最初に、何をやっているのかを聞きました。「ハエはあまりにイメージが悪すぎて、なかなかPRできない」と。ムスカは、2016年12月に創業して、私が加入したのはその1年後。事業化しようとしていた時期でした。

ただ、「私はハエが好きじゃない」と言いましたが、その一方で「これはものすごい技術だな」と、正直感動したんですね。ハエに対して尊敬の念も生まれました。いろいろ話を聞くうちに、これはハエに対するイメージギャップの問題なので、PRできないとは思いませんでした。

私は2児の母でもあるので、次世代の子どもたちにとってものすごくいい事業だなと。PR面で私が貢献できるのであればやろう--それがスタートですね。その流れでCEOになっていました。

──20年以上前に日本にたどり着いたソ連のイエバエ技術を、今事業化するのはなぜですか?

流郷:日本で研究開発を続ける間にバラツキがなくなって、処理効率が圧倒的に良くなったからです。特定されている原材料であれば、100の原材料から肥料30、飼料10という安定的な比率で製造できるようになりました。

たとえば梅雨の時期になると、幼虫があまり卵から出なかったり弱ったり、分解が弱かったり、結構バラつきがありました。研究を進める中で、イエバエの選別交配を効率的にして、安定的に世代交代できるようになってきた。だから事業化に踏み切りました。

──事業化に当たり、これからどんなプラントを作るのですか?

流郷:日本は年間8000万tもの畜産の排泄物が出ているので、仮にそれを全部うちの技術で、日量100tクラスの施設を建設したら、3000工場くらい作れる計算になります。

国内のプラント開設に関する問い合わせは行政から、特に畜産県の担当者からいただくことが多いですね。

物流コストを下げるために、原材料が効率よく収集できる畜産エリアを中心に、目下候補地を検討中です。機械化、オートメーション化の実証実験は日本でやろうと考えていますが、商業化しやすいのは海外かもしれません。


問われる有機質栽培の本質

──日本で有機農業が伸び悩む理由のひとつとして、有機質をちゃんと分解したいけれど、場所と時間が足りなさすぎて、堆肥が未完熟のままのことが多いと言われていますね。

流郷:そうですね。未熟な堆肥は基本的に土壌環境を悪くしてしまうし、窒素が多くなってしまう。窒素をゆっくり効かせる遅効性を残す、そんな肥料が求められています。

農薬や化学肥料を使えない有機栽培の生産者にも、ムスカの肥料はひとつのソリューションになると思います。

うちの肥料を検証していただいている農家さんは、ビニールマルチをかける前に、圃場の表面にファ〜っと肥料を撒くんです。雑草を防ぐためにその上にビニールをかける人もいます。それがいい役割を果たしているようで、「断熱材になってくれる」と言われたりもします。

アスパラガスの生産者は、うちの肥料を計算して撒いていました。なぜなら、多めに撒くと「ボコボコ生えすぎて困る。高齢化しているから刈りきれない!」とのこと。それくらい収量が上がるんですね。アスパラガスとはとても相性がいいようです。ブロッコリーやカリフラワーもいい形のものができます。

──有機物を循環させる新しい切り札として、イエバエがいるということですね。

流郷:これからオーガニックの市場が伸びて行くことは間違いありません。健康もそうですが、そうしなければ環境に負荷がかかる。そちらに切り替える農場が増えていかなければならない状況下で、「オーガニック農法って難しいよね」「オーガニックっていったい何?」という声が多いのも事実です。

もちろん、弊社の肥料も成分分析を行っていますが、普通にNPK(窒素、リン酸、カリウム)だけ調べると、結果的に既存の畜産系の堆肥とあまり変わらない数値が出てきます。有機肥料には数値化できない部分も多いので、未完熟な堆肥は土に害を及ぼします。ですから元になる肥料には、イエバエが分解したムスカの肥料を使って、安心で安全なものを栽培してほしいと、いち消費者としても思います。

ムスカの肥料が広がることで、みなさんが生産に力を入れられる環境を作りたい。優れた肥料をうちがちゃんと作り上げることができたら、生産のプロとして栽培に集中できて、「ちょっと面積を増やしてみよう」と思えるはずです。

生産者が自力で切り返した有機肥料を使うのは大変なので、その手間を減らして、しっかりした価格で販売してできる道筋をつけたい。ムスカの肥料を使えば、作物の価格を上げられるはずです。農家さんに「うちのハエで分解した肥料使えば、高く売れます」と言いたいくらい、微生物で発酵処理したものよりも、どの有機肥料よりも優れている自信はあります。



サステナブルフードを作ろう!

──イエバエ由来の農産物と聞くと、その味も気になります。

流郷:2019年12月、バイヤーを呼んで当社主催の「サスティナブルフードの試食会」を開きました。ムスカのエサを食べた鶏や、肥料を使ったトマトやキュウリ等の野菜やリンゴやイチゴ等の果物を試食していただいて、参加者の方々に「これを継続的に食べたいと思うか」と質問をしたら、ほとんどの方が“YES”と言ってくれました。

ハエ由来というか、弊社のテクノロジー由来の肥料と飼料を使って育てたものをどう思うか、という意味では、割とポジティブな意見をいただけたと思います。

──サステナブルフードには、みなさん好意的なのですね。

流郷:ハエを前面に出すと抵抗感のある人もいますが、サステナブルフードであることは間違いないので、しっかり循環させていることをちゃんと伝える必要があるし、伝わったときにはファンができる生産物になると思います。

外からの目線もここ1年くらいでだいぶ変わりました。メディアに出始めた2018年頃はリアクションが結構ひどくてブーイングも多かったんです。ネットニュースのコメントも「気持ち悪い」とか、かなりの荒れようでした。

ただ、現在は消費者の間でもSDGsやエシカルな考え方が浸透してきているのを感じます。それはすごいと正直思いましたね。この製品はどうやって作られたのか、ということに興味を持つ人たちが、一定数増えている。経済的なバランスはあるにせよ、そちらの方がいいよねっていう目線が、構築されて来ているのを感じます。

いまだにみんな、ハエは嫌いなんですよ。私ですら、その辺にいるハエを好きだとは言い切れない。でも、この地球で何をしている存在なのかを知ることができたなら、みなさんの目線は変わるぞと思います。

──そうなると、ムスカの肥料や飼料で育てた作物が味わえる場所も必要ですね。

流郷:試食会に参加されたバイヤーさんは、「ポップアップショップ」を作りたいとおっしゃっていました。今後は百貨店等でストーリーを伝えながら、販売する機会ができるかもしれないですね。



これからのムスカ

──ムスカの肥料や飼料のサンプルの購入や入手は可能ですか?

流郷:現在は、研究段階から事業化への過渡期で、お試しいただくところを限定しています。まだ量産できないので、試験的に栽培して研究データを提供していただける所でないと、ご提供できない状態なのです。

資金調達と同時に試験栽培している段階なので、データを取るために優先順位の作物があり、栽培する作物を選ばせていただいています。

──実用化まであとどれくらいかかりそうですか?

流郷:今は宮崎の研究所だけで製造していますが、サンプル販売は2〜3月に製造許可と販売許可が取れるので可能です。まだ量産できないので、限定販売となります。

──最初のプラントはいつ頃立ち上がるのでしょうか?

流郷:本格的なプラントを建設する前に、少しコンパクトなタイプの機械を入れた施設を作る予定です。そこで肥料と飼料を製造して、そこからサプライチェーンを通す。それが今年の目標です。

今の技術を機械化すれば、生産量は確実に伸びます。それが実現すると、ある程度量産が可能になるはず。すると、本格的な次の施設が作れることになります。日本か海外か、どちらの可能性も探りつつ、検討を重ねています。

先進国でもいまだに畜産廃棄物を野積みしているところが多いのですが、それは地下水の汚染につながっています。

実は、未熟な堆肥を保管しておくこともだめなんです。地下水、土壌にも汚染が……ということで、その処理に困っている地方自治体の担当者の方が相談に来られます。

実際問題、海外の方がムスカの技術への評価は高いかもしれないですね。アメリカも中国も環境に対するアクションを起こさないといけないし、インドも東南アジアもそう。中産層が増えるので肉や魚を食べたがる。でも、牛肉は1kgを作るのに11kgのエサが必要です。豚は6kg、鶏は3kg。排泄物の処理が切実な問題になっています。

──畜産業界だけの問題ではないのですね。

流郷:人間の食べるという行為だけでも、そこに至るまで環境を汚染しながらいろいろものを作り出しているということ。環境に寄り添ったソリューションがあるなら、それを利用しませんか、という話です。

畜産廃棄物も資源なんです。私たちがゴミとか不要だと思っているものは、だいたい使えるものだったりします。プラスチックはほとんどリサイクルできる技術がある。

あとはどうお金を回すか。燃やさなくたって使い道はありますが「そこまで待てない」し「できない」というのは、人間が増えすぎたことによるエラーだったりします。

──価値観も変えていかなければいけませんね。

流郷:そうですね。私たちはリーディングカンパニーにならないといけないと思います。だからこそ、伝える意義がある。事業を広げるためにも、次世代に地球を残すためにもやらなければいけません。

ハエ=嫌いという感覚を変えていくために、パプリックリレーション(広報・宣伝活動)を強化した経緯もあります。

イエバエテクノロジーの機械化施設は、今年から建設していく予定です。国内に実証実験の候補地が数カ所あるので、近々お知らせできると思います。

新しい技術ではありますが、古く歴史のある研究でもあります。それでも昆虫を育てるのは大変です。ソ連から受け継いだイエバエを育て続けて20余年、やっと共存できる時代が来ました。



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https://www.amazon.co.jp/寒い国-ロシア-から授かった知恵―ジオ・サイクル・ファーム-小林-一年/dp/434117195X
株式会社ムスカ
https://musca.info/

【連載】スマート農業に挑む企業たち
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  1. 田牧一郎
    田牧一郎
    日本で15年間コメ作りに従事した後、アメリカに移り、精米事業、自分の名前をブランド化したコメを世界に販売。事業売却後、アメリカのコメ農家となる。同時に、種子会社・精米会社・流通業者に、生産・精米技術コンサルティングとして関わり、企業などの依頼で世界12カ国の良質米生産可能産地を訪問調査。現在は、「田牧ファームスジャパン」を設立し、直接播種やIoTを用いた稲作の実践や研究・開発を行っている。
  2. 福田浩一
    福田浩一
    東京農業大学農学部卒。博士(農業経済学)。大学卒業後、全国農業改良普及支援協会に在籍し、普及情報ネットワークの設計・運営、月刊誌「技術と普及」の編集などを担当(元情報部長)。2011年に株式会社日本農業サポート研究所を創業し、海外のICT利用の実証試験や農産物輸出などに関わった。主にスマート農業の実証試験やコンサルなどに携わっている。 HP:http://www.ijas.co.jp/
  3. 石坂晃
    石坂晃
    1970年生まれ。千葉大学園芸学部卒業後、九州某県の農業職公務員として野菜に関する普及指導活動や果樹に関する品種開発に従事する一方で、韓国語を独学で習得する(韓国語能力試験6級取得)。2023年に独立し、日本進出を志向する韓国企業・団体のコンサル等を行う一方、自身も韓国農業資材を輸入するビジネスを準備中。HP:https://sinkankokunogyo.blog/
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    川島礼二郎
    1973年神奈川県生まれ。筑波大学第二学群農林学類卒業。フリーラインスの編集ライターとして、テクノロジーをキーワードに、農業雑誌・自動車雑誌などで執筆・編集活動中。
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    堀口泰子
    栄養士、食アスリートシニアインストラクター、健康・食育シニアマスター。フィットネスクラブ専属栄養士を経て独立。アスリートの食事指導や栄養サポートの他、離乳食から介護予防まで食を通じて様々な食育活動を行う。料理家としても活動し、レシピ提案、商品開発も担う。食事は楽しく、気負わず継続できる食生活を伝えることを信条とする。スポーツの現場ではジュニアの育成、競技に向き合うための心と体の成長に注力している。HP:https://eiyoushiyakko.jimdofree.com/
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