持続可能農業の救世主、イエバエが堆肥と飼料を生み出す仕組みとは 〜ムスカ CEO 流郷綾乃(前編)
「イエバエ」という日本人にも馴染みの深い、しかし決して人気者ではない昆虫の力を借りて、短期間で農産物の栽培に有効な有機肥料を作り、さらに栄養価の高い動物性飼料も生み出すという、株式会社ムスカ独自の「イエバエテクノロジー」。
さまざまなメディアでも話題になっているので、耳にしたことがある方も多いでしょう。
しかしこれだけ聞くと、「ハエ」という言葉のネガティブイメージだけが目立ちます。
本当に知りたいのは、その肥料がどんな仕組みで生み出されているのか、どれくらい農産物の成長や味に効果があるのか、といった部分です。
そこで、さまざまなギモンを解決すべく、ムスカのCEO 流郷綾乃 (りゅうごうあやの)さんにインタビューしてきました。
流郷:イエバエ(学名:Musca domestica,英名:House fly)は、人家に多く発生する、私たちに最も身近なハエの一種です。生ごみや排泄物など、腐敗した有機物が好物です。
ソビエト連邦(現・ロシア)時代、宇宙飛行士の排泄物を分解するために選ばれたのがイエバエの幼虫でした。
なぜこの虫が選ばれたかは定かではありませんが、微生物は気温等に左右されやすかったようで、さまざまな生物を調べた結果、最終的にイエバエが選ばれたと伝え聞いています。
当時のソ連の崩壊と同時に、研究者からこの技術を譲り受けたのは、ムスカの創業者である串間充嵩が従業員として働いていた会社の社長を務めていた小林一年でした。彼はソ連崩壊後、現地へ渡って宇宙開発技術を買い付け、その民間導入を進めます。
ハエそのものだけでなく、種自体を選別交配するブリーディングのノウハウもソ連から受け継ぎ、初めてイエバエが日本にやってきたのは1993年頃。以来、宮崎県都農町の研究所で培養・養殖を行っています。
小林はすでに亡くなっていますが、その遺志を引き継ぐ形で、当社の串間を中心に研究開発を続け、現在に至っています。
──そもそもハエは「嫌われ者」なイメージが強いですよね。
流郷:それはあくまで人間の都合ですよね。地球という惑星規模で考えると、ハエはだいたい4億年前から生きている大先輩。彼らは地球の長い歴史の中で、微生物やバクテリア同様、生態系の「分解者」として活躍してきました。
なかでもイエバエの幼虫は、ゴミや動物が産み出した排泄物を分解処理する役割を担ってきました。
ですから私たちは、自然界で行われていることを効率化したにすぎません。つまりイエバエをサラブレッド化して、過密空間で生きていく能力を高めているのです。
ハエは長くて3カ月生きますが、卵を産み続けられる期間は一世代2週間くらい。一般のハエは密集した空間で人工的に飼育すると、卵が孵化しなかったり、成長しなかったりしますが、サラブレッド化したイエバエは、限られた空間にまとまった数の卵を接種しても、効率的に成育します。
そんなハエを維持するために、1200世代の選別交配をしています。
──ただ、ハエは感染症を媒介するため、人間にとって都合が悪いとも思われがちです。
流郷:そもそもハエはとても汚いところにいますよね。あくまで人間の目から見てですが。
基本的に汚いところには、菌がいっぱいいるわけです。彼らは感染症を媒介しますが、病気にはなりません。つまり彼ら自身は、抗菌性を持っていると仮定されます。
卵が孵化し、幼虫がさなぎへと変わる過程で、幼虫は消化酵素を出します。これが畜ふんや生ゴミを分解する役目を果たし、幼虫は分解された有機物を捕食することで成長するのです。
こうして生まれた肥料は、土の中で、人間の腸内の菌のバランスを整える「ビフィズス菌」のような役割を果たすといわれています。良い菌と悪い菌ではなく共生状態では、悪さはしません。
そもそも当社の肥料は、自然界で行われていた営みが起源で、そこから効率的に選別交配を繰り返したサラブレッドのようなハエたちが生み出しています。自然と人間が共創している。それが当社の事業のすごく魅力的なところだと考えています。
農業を大規模化するのもひとつの手段だと思います。また、そうしなければ食料が大量生産できません。
ただし、化学的な肥料を使いすぎると土壌が汚れて地盤も弱りますし、地力を元に戻そうと思ったら3年とか10年とかかかる。環境の負荷を下げて、より自然な状態に戻していくことが必要なのです。
流郷:一般的に行われている微生物による畜産廃棄物の発酵処理、つまり堆肥づくりには、最低2〜3カ月かかります。中には未熟な堆肥も多く、その処理は完熟させるまで1〜3年間くらいかかるといわれています。
一方、イエバエの幼虫が畜産系の廃棄物を分解すると、1週間で販売可能なレベルの肥料ができるので、製造期間を大幅に短縮できます。微生物による発酵処理と、イエバエの消化酵素による分解では、そのプロセスとタイムが大きく違うのです。
さらに、微生物による発酵処理の場合は有機物を分解するだけですが、イエバエを使うと同時にフィード=餌が出ます。ハエの幼虫を使って分解するので、幼虫自身も餌として使える。ふたつのプロダクトができるところも大きく違います。
──肥料と飼料の具体的な製造工程を教えてください。
流郷:密室内に特殊なトレイが何段も積み重なっていて、そこに畜産の廃棄物を流し入れ、その上にイエバエの卵を置きます。
8時間くらいで卵が孵化して幼虫になります。幼虫自体はゴミの中に入り込んだり外に出たりしながら自在に動くわけです。この時、消化酵素を分泌しながら移動して、有機物を分解し続けます。
既存の畜産系コンポストセンターは、空気を送り込みながら分解を促進するので、屋外に設置されていますね。堆肥処理に発酵臭はつきもので、それが周辺住民から苦情の原因になったりもしています。一方で、イエバエによる処理は完全な密室で行うので、臭気は外に漏れません。
ハエは、卵、幼虫、さなぎ、成虫という段階を経て成長しますが、羽が生える昆虫全般には、さなぎになる時に外に出る習性があります。つまり土の中では羽化できないから出てくるわけです。
それをうまく利用して、幼虫がさなぎになろうと外に出て落ちる段階でキャッチし、この幼虫をボイルしてエサにします。大きさは1.1〜2mmくらい。例えるならしらすですね。乾燥させるとちりめんじゃこのようになります。
イエバエが堆肥を作るトレイの写真。堆肥のトレイから這い出した幼虫たちは、自ら下に落ちてボイルされる
これを食すのは、鶏や豚や魚など、雑食または肉食の生き物たち。こうして原料100に対して、30の堆肥と10の飼料ができるわけです。
ムスカの堆肥
ムスカの飼料
できあがったものに悪臭はなく、土の匂いがします。
牛、豚、鶏の有機排泄物など、基本的に何でも利用できますが、中には水分の調整が必要なものもあります。食品残渣を使う場合、おから等は扱えますが、pHが極端に高かったり低かったり、塩分濃度が高すぎるような幼虫が好んで食べないようなものもあります。
そこはまだ実証実験段階ですが、さまざまな調整が必要です。
──他の有機質肥料と比較して、農産物に違いは出るのですか?
流郷:ムスカの肥料を使うと収穫量が倍になる作物もあることが、農家さんからのフィードバックでわかりました。なおかつ病原菌に強い。抗菌性の高いイエバエ由来の堆肥を投じることで、土を良くするといわれています。
宮崎大学の故・赤尾勝一郎教授のチームが、2007年に「豚ぷん由来のズーコンポストの抗菌性について」という論文を発表されました。
ダイコン、キュウリ、パイナップル等で比較研究した結果、イエバエが分解した肥料を入れると、ほとんどの菌に抑制効果があるという結論が出ています。
──飼料についてはいかがでしょう?
流郷:一般的な養鶏場では、鶏が互いにつつき合って傷つけるのを避けるために、くちばしを切るところが多いのですが、うちの飼料を使っている農場は切っていません。
エサにこだわっている宮崎の「地頭鶏ーじどっこー」の農場では、ムスカの飼料が大好きで、ストレス値が下がるので、ゆったりした性質になると言います。
一方、魚の養殖に使った事例では、愛媛大学南予水産研究センターの三浦猛教授が、イエバエ由来の飼料が(1)誘因効果、(2)成長促進効果、(3)免疫活性化効果という3つの効果をもたらすことを発見しました。
ブリのモジャコ=稚魚のいけすに、既存の餌にムスカの飼料を5%混ぜたものを置いて比べると、95%は同じ餌ですが、みんなうちのエサを混ぜた方に寄ってくる。虫特有の匂いで引き寄せる誘引効果があるようです。
このように養殖魚の飼料としても、新たな期待が高まっています。
流郷:ミミズにももちろん分解力はあると思います。でも、彼らは基本的にずっと土の中に居座って自由に動き回っている。
分解したものを肥料にしようとすると、ミミズを取り除いていかないといけないわけで、とても手間がかかる。それがミミズの肥料が高価な理由でもあります。大規模に商業化できないので、事業化するのが難しい。
一方、イエバエはある程度経つと自分で土から出てきてくれます。それが事業化の大きなポイントです。イエバエは超優秀な分解者なのです。
──分解者としてハエ以外の昆虫が活躍する例は他にあるのですか?
流郷:たとえば、アメリカミズアブ(英名:ブラックソルジャーフライ)。これもハエの一種で、生ゴミや繊維質が大好きです。
日本では東京大学の学生や他さまざまな大学が「生ごみ削減の救世主」として研究している例もあります。世界的に見るとこちらを採用する例が多く、アメリカやカナダでは、大企業や財団から高額の出資を受けて研究開発を続けている企業が現れています。
このように、昆虫事業を立ち上げた企業はありますが、いずれも製品がマーケットに普及するまでには至っていません。イエバエの方がマイナーで、すごくセンシティブな存在。それだけ管理が非常に難しいのです。
ソ連のイエバエ技術を継承している企業は日本のムスカだけで、前身の企業創業者の小林、その後継者の串間が、苦労して守り続けてきたのです。
──お話をうかがっていると、一度サラブレッドのイエバエの幼虫が死んでしまったら、おしまいになりますよね。
流郷:おっしゃるとおり、ずっとつないできた世代が、一瞬でなくなってしまいます。
例えば、うちのハエの幼虫や卵を盗んで利用しても、少しは持続できますが、人為的に選別し続けなければ、存続することはできません。
ひたすらブリーディングし続けないと、その辺にいるハエと変わらなくなってしまう。競走馬に例えると「G1種のハエを育てています」という感じです(笑)。
後編では、いまのタイミングで事業化を進めている理由、未来のサステナブルフードとムスカのイエバエテクノロジーにできることなどをうかがいます。
『寒い国(ロシア)から授かった知恵 ジオ・サイクル・ファーム』(小林一年著/ごま書房)|Amazon
https://www.amazon.co.jp/寒い国-ロシア-から授かった知恵―ジオ・サイクル・ファーム-小林-一年/dp/434117195X
株式会社ムスカ
https://musca.info/
昆虫を原料とした次世代型機能性養殖用飼料の開発
https://www.ehime-u.ac.jp/data_study/data_study-12727/
さまざまなメディアでも話題になっているので、耳にしたことがある方も多いでしょう。
しかしこれだけ聞くと、「ハエ」という言葉のネガティブイメージだけが目立ちます。
本当に知りたいのは、その肥料がどんな仕組みで生み出されているのか、どれくらい農産物の成長や味に効果があるのか、といった部分です。
そこで、さまざまなギモンを解決すべく、ムスカのCEO 流郷綾乃 (りゅうごうあやの)さんにインタビューしてきました。
最強の分解者=イエバエ
──まず、ムスカが研究開発を進めている、イエバエによる堆肥・飼料テクノロジーについて教えてください。流郷:イエバエ(学名:Musca domestica,英名:House fly)は、人家に多く発生する、私たちに最も身近なハエの一種です。生ごみや排泄物など、腐敗した有機物が好物です。
ソビエト連邦(現・ロシア)時代、宇宙飛行士の排泄物を分解するために選ばれたのがイエバエの幼虫でした。
なぜこの虫が選ばれたかは定かではありませんが、微生物は気温等に左右されやすかったようで、さまざまな生物を調べた結果、最終的にイエバエが選ばれたと伝え聞いています。
当時のソ連の崩壊と同時に、研究者からこの技術を譲り受けたのは、ムスカの創業者である串間充嵩が従業員として働いていた会社の社長を務めていた小林一年でした。彼はソ連崩壊後、現地へ渡って宇宙開発技術を買い付け、その民間導入を進めます。
ハエそのものだけでなく、種自体を選別交配するブリーディングのノウハウもソ連から受け継ぎ、初めてイエバエが日本にやってきたのは1993年頃。以来、宮崎県都農町の研究所で培養・養殖を行っています。
小林はすでに亡くなっていますが、その遺志を引き継ぐ形で、当社の串間を中心に研究開発を続け、現在に至っています。
──そもそもハエは「嫌われ者」なイメージが強いですよね。
流郷:それはあくまで人間の都合ですよね。地球という惑星規模で考えると、ハエはだいたい4億年前から生きている大先輩。彼らは地球の長い歴史の中で、微生物やバクテリア同様、生態系の「分解者」として活躍してきました。
なかでもイエバエの幼虫は、ゴミや動物が産み出した排泄物を分解処理する役割を担ってきました。
ですから私たちは、自然界で行われていることを効率化したにすぎません。つまりイエバエをサラブレッド化して、過密空間で生きていく能力を高めているのです。
ハエは長くて3カ月生きますが、卵を産み続けられる期間は一世代2週間くらい。一般のハエは密集した空間で人工的に飼育すると、卵が孵化しなかったり、成長しなかったりしますが、サラブレッド化したイエバエは、限られた空間にまとまった数の卵を接種しても、効率的に成育します。
そんなハエを維持するために、1200世代の選別交配をしています。
──ただ、ハエは感染症を媒介するため、人間にとって都合が悪いとも思われがちです。
流郷:そもそもハエはとても汚いところにいますよね。あくまで人間の目から見てですが。
基本的に汚いところには、菌がいっぱいいるわけです。彼らは感染症を媒介しますが、病気にはなりません。つまり彼ら自身は、抗菌性を持っていると仮定されます。
卵が孵化し、幼虫がさなぎへと変わる過程で、幼虫は消化酵素を出します。これが畜ふんや生ゴミを分解する役目を果たし、幼虫は分解された有機物を捕食することで成長するのです。
こうして生まれた肥料は、土の中で、人間の腸内の菌のバランスを整える「ビフィズス菌」のような役割を果たすといわれています。良い菌と悪い菌ではなく共生状態では、悪さはしません。
そもそも当社の肥料は、自然界で行われていた営みが起源で、そこから効率的に選別交配を繰り返したサラブレッドのようなハエたちが生み出しています。自然と人間が共創している。それが当社の事業のすごく魅力的なところだと考えています。
農業を大規模化するのもひとつの手段だと思います。また、そうしなければ食料が大量生産できません。
ただし、化学的な肥料を使いすぎると土壌が汚れて地盤も弱りますし、地力を元に戻そうと思ったら3年とか10年とかかかる。環境の負荷を下げて、より自然な状態に戻していくことが必要なのです。
肥料と飼料を同時に産出
──イエバエテクノロジーにおけるイエバエの役割は、どのようなものなんでしょうか?流郷:一般的に行われている微生物による畜産廃棄物の発酵処理、つまり堆肥づくりには、最低2〜3カ月かかります。中には未熟な堆肥も多く、その処理は完熟させるまで1〜3年間くらいかかるといわれています。
一方、イエバエの幼虫が畜産系の廃棄物を分解すると、1週間で販売可能なレベルの肥料ができるので、製造期間を大幅に短縮できます。微生物による発酵処理と、イエバエの消化酵素による分解では、そのプロセスとタイムが大きく違うのです。
さらに、微生物による発酵処理の場合は有機物を分解するだけですが、イエバエを使うと同時にフィード=餌が出ます。ハエの幼虫を使って分解するので、幼虫自身も餌として使える。ふたつのプロダクトができるところも大きく違います。
──肥料と飼料の具体的な製造工程を教えてください。
流郷:密室内に特殊なトレイが何段も積み重なっていて、そこに畜産の廃棄物を流し入れ、その上にイエバエの卵を置きます。
8時間くらいで卵が孵化して幼虫になります。幼虫自体はゴミの中に入り込んだり外に出たりしながら自在に動くわけです。この時、消化酵素を分泌しながら移動して、有機物を分解し続けます。
既存の畜産系コンポストセンターは、空気を送り込みながら分解を促進するので、屋外に設置されていますね。堆肥処理に発酵臭はつきもので、それが周辺住民から苦情の原因になったりもしています。一方で、イエバエによる処理は完全な密室で行うので、臭気は外に漏れません。
ハエは、卵、幼虫、さなぎ、成虫という段階を経て成長しますが、羽が生える昆虫全般には、さなぎになる時に外に出る習性があります。つまり土の中では羽化できないから出てくるわけです。
それをうまく利用して、幼虫がさなぎになろうと外に出て落ちる段階でキャッチし、この幼虫をボイルしてエサにします。大きさは1.1〜2mmくらい。例えるならしらすですね。乾燥させるとちりめんじゃこのようになります。
イエバエが堆肥を作るトレイの写真。堆肥のトレイから這い出した幼虫たちは、自ら下に落ちてボイルされる
これを食すのは、鶏や豚や魚など、雑食または肉食の生き物たち。こうして原料100に対して、30の堆肥と10の飼料ができるわけです。
ムスカの堆肥
ムスカの飼料
できあがったものに悪臭はなく、土の匂いがします。
牛、豚、鶏の有機排泄物など、基本的に何でも利用できますが、中には水分の調整が必要なものもあります。食品残渣を使う場合、おから等は扱えますが、pHが極端に高かったり低かったり、塩分濃度が高すぎるような幼虫が好んで食べないようなものもあります。
そこはまだ実証実験段階ですが、さまざまな調整が必要です。
──他の有機質肥料と比較して、農産物に違いは出るのですか?
流郷:ムスカの肥料を使うと収穫量が倍になる作物もあることが、農家さんからのフィードバックでわかりました。なおかつ病原菌に強い。抗菌性の高いイエバエ由来の堆肥を投じることで、土を良くするといわれています。
宮崎大学の故・赤尾勝一郎教授のチームが、2007年に「豚ぷん由来のズーコンポストの抗菌性について」という論文を発表されました。
ダイコン、キュウリ、パイナップル等で比較研究した結果、イエバエが分解した肥料を入れると、ほとんどの菌に抑制効果があるという結論が出ています。
──飼料についてはいかがでしょう?
流郷:一般的な養鶏場では、鶏が互いにつつき合って傷つけるのを避けるために、くちばしを切るところが多いのですが、うちの飼料を使っている農場は切っていません。
エサにこだわっている宮崎の「地頭鶏ーじどっこー」の農場では、ムスカの飼料が大好きで、ストレス値が下がるので、ゆったりした性質になると言います。
一方、魚の養殖に使った事例では、愛媛大学南予水産研究センターの三浦猛教授が、イエバエ由来の飼料が(1)誘因効果、(2)成長促進効果、(3)免疫活性化効果という3つの効果をもたらすことを発見しました。
ブリのモジャコ=稚魚のいけすに、既存の餌にムスカの飼料を5%混ぜたものを置いて比べると、95%は同じ餌ですが、みんなうちのエサを混ぜた方に寄ってくる。虫特有の匂いで引き寄せる誘引効果があるようです。
このように養殖魚の飼料としても、新たな期待が高まっています。
広がるインセクトテクノロジー
──虫という意味ではミミズが使われることが多いですが、イエバエはミミズよりも分解力が強いのですか?流郷:ミミズにももちろん分解力はあると思います。でも、彼らは基本的にずっと土の中に居座って自由に動き回っている。
分解したものを肥料にしようとすると、ミミズを取り除いていかないといけないわけで、とても手間がかかる。それがミミズの肥料が高価な理由でもあります。大規模に商業化できないので、事業化するのが難しい。
一方、イエバエはある程度経つと自分で土から出てきてくれます。それが事業化の大きなポイントです。イエバエは超優秀な分解者なのです。
──分解者としてハエ以外の昆虫が活躍する例は他にあるのですか?
流郷:たとえば、アメリカミズアブ(英名:ブラックソルジャーフライ)。これもハエの一種で、生ゴミや繊維質が大好きです。
日本では東京大学の学生や他さまざまな大学が「生ごみ削減の救世主」として研究している例もあります。世界的に見るとこちらを採用する例が多く、アメリカやカナダでは、大企業や財団から高額の出資を受けて研究開発を続けている企業が現れています。
このように、昆虫事業を立ち上げた企業はありますが、いずれも製品がマーケットに普及するまでには至っていません。イエバエの方がマイナーで、すごくセンシティブな存在。それだけ管理が非常に難しいのです。
ソ連のイエバエ技術を継承している企業は日本のムスカだけで、前身の企業創業者の小林、その後継者の串間が、苦労して守り続けてきたのです。
──お話をうかがっていると、一度サラブレッドのイエバエの幼虫が死んでしまったら、おしまいになりますよね。
流郷:おっしゃるとおり、ずっとつないできた世代が、一瞬でなくなってしまいます。
例えば、うちのハエの幼虫や卵を盗んで利用しても、少しは持続できますが、人為的に選別し続けなければ、存続することはできません。
ひたすらブリーディングし続けないと、その辺にいるハエと変わらなくなってしまう。競走馬に例えると「G1種のハエを育てています」という感じです(笑)。
※ ※ ※
後編では、いまのタイミングで事業化を進めている理由、未来のサステナブルフードとムスカのイエバエテクノロジーにできることなどをうかがいます。
『寒い国(ロシア)から授かった知恵 ジオ・サイクル・ファーム』(小林一年著/ごま書房)|Amazon
https://www.amazon.co.jp/寒い国-ロシア-から授かった知恵―ジオ・サイクル・ファーム-小林-一年/dp/434117195X
株式会社ムスカ
https://musca.info/
昆虫を原料とした次世代型機能性養殖用飼料の開発
https://www.ehime-u.ac.jp/data_study/data_study-12727/
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