海外での大規模農業生産を成功に導いたNECが考える、農家に本当に必要な「農業プラットフォーム」とは

NEC(日本電気株式会社)というと、日本ではビジネス向けを中心としたITやパソコンのメーカーというイメージが強いかもしれません。しかし、IT業界での強みを活かしてさまざまな業種に対してデジタルトランスフォーメーション(DX)を進めています。

その代表的なサービスが、農業ICTプラットフォームの「CropScope」。気象情報、衛星画像、ドローンによる画像、土壌・気象センサー、そして生産者による作業記録といったデータを分析し、人間が果たしてきた「営農」をAIによってアドバイスしてくれるシステムです。



AIによる生育モデルを開発し施肥灌漑の最適化や収穫予測など、カゴメ、クボタ、MFMといった企業とタッグを組んで展開を進めている。「CropScope」は、加工用トマトの露地栽培から始まり、現在は穀物や果樹など、ポルトガルやスペイン、さらにオーストラリアや米国などでも利用されており、政府や国際機関、海外企業との取り組みも進んでいます。

そんなNECで農業分野を担当し、農業経営の脱・属人化に取り組んでいるのが、NECコーポレート事業開発本部 AgriTech事業開発グループの渡辺周氏。インドやヨルダン農村部での農業プロジェクト立ち上げなど各国で農業プロジェクトに関わった経験から、現地の人々にもできる仕事を生み出すことの大切さに気付かされたと言います。

今回、そんな渡辺氏が海外での経験から感じた「農家にとって本当に役に立つプラットフォームとはどんなものなのか」をうかがいました。経営規模の大小を問わず、日本でスマート農業の導入に二の足を踏んでいる生産者へのヒントにもなると思います。

渡辺周(わたなべしゅう)。設計開発やコンサルタントに従事したのち、現在は農業領域の新規事業開発を担当。ミガキイチゴを展開する(株)GRAでは執行役員として海外事業や新規就農支援事業などを展開。プライベートでは農業ベンチャーへの出資、アドバイザリーを行う。農水省海外展開検討委員

世界11カ国で展開する農業ICTプラットフォーム


──「CropScope」は「農業ICTプラットフォーム」と呼ばれていますが、どんなサービスなのでしょうか?

渡辺:「CropScope」の機能を大きく2つに分けると、作物の生育や生育環境のモニタリングなどデータを集めて、過去データや他の農場と比較することで示唆を得ることができる可視化機能、そして収集したデータからAIなどのシミュレーション技術を使い最適化や予測を導き出す機能があります。収集したデータから作物ごとの「生育モデル」をつくり、作物に最適な肥料・水・収穫タイミングなどを計算するのですが、この計算が非常に高い精度で行えることがNECの強みです。



特徴的なのは、当初からグローバルを想定して事業開発を行っているところです。実際、欧米企業の方が農業分野でもアグリテックは進んでいます。

たとえば、センサーなどはオランダ製、グローバルで提供する気象モデルはイスラエル製、衛星はアメリカ製を使っています。グローバルな視点で良いものを選りすぐった上で、それを我々のプラットフォームに乗せて展開しているわけです。

──最初からグローバルを見据えていた、というところが興味深いですね。

渡辺:そこはビジネス的な側面もありました。加工トマトにおいて、現在グローバルなパートナーシップを締結してパートナーとして活動しているカゴメさんはポルトガルに開発拠点があり、このことが事業を立ち上げるきっかけでもありました。

「CropScope」は当初は大規模生産者を対象と謳っていましたが、2年ほど前から、NEC独自で加工トマト以外の作物全般にも対象を拡大しており、中小規模でもリーズナブルに使えるようなサービスになっています。

──すでにセンサーなどを持っている農家でも「CropScope」を導入できるのでしょうか?

渡辺:今のところは、何でもつなげられるというわけではなく、弊社がおすすめする海外の製品を使用しています。グローバルに流通しているものの方が価格的にも安いことや、製品自体の品質も良いという意味もあります。


「AIによる営農アドバイス」とは


──「CropScope」の紹介文の中に「AIによる営農のアドバイス」とありました。実際にどのようにAIがアドバイスしてくれるのでしょうか?

渡辺:点滴灌漑では肥料や水を最適化する計算にAIを使っています。農機が施肥をする場合には、生育状態から最適な施肥量を計算したものを農機にインプットします。その際、単にシミュレーションするだけではなく、特にいい状態の圃場で、栽培方法を機械学習します。

というのも、例えば加工トマトの例では、アカデミックなトマトの生育モデルというのは世の中にたくさんあるわけですが、それだけでは実際の圃場で育てる時にはなかなかマッチしないのです。「どういう天気のときに、どういう水やりをして、どういう肥料を与えて、どういう結果になったのか」という実際の環境や品種による結果を取り込むわけです。

そうすることで、アプリ上・ウェブ上で「今の気象環境だと作物はこうなっている」ということがわかり、「水・肥料をこれだけあげましょう」といったアドバイスを、農家にも実際に見えるかたちで提供しています。



──機械学習するためのデータは、導入される農家1人1人に合わせるということでしょうか?

渡辺:そうなりますね。まず最初に基準となるモデルを作り、1シーズンを通してやり方を学んでいきます。ですから、実際には翌シーズンからアドバイスを出していくことになります。

短期間のデータでもカゴメさんとの研究等で作ったAIのベストモデルをベースとすることで解決できますし、先ほど話した通り、トマト以外の別の作物にも対応可能です。当然ながら、1年目より2年目、2年目より3年目と、使えば使うほど精度がよくなっていきます。


日本人の細やかな管理方法に海外ではついてこれない


──今回、カゴメとはポルトガルやイタリアといった海外の圃場での栽培で連携されていますが、日本と海外では気候も違えば、灌水や施肥のしかたなども違うと思います。そういった地域による違い、逆に日本で栽培する際の共通点もあるのでしょうか?

渡辺:同じ品種を使っても栽培する国・地域によって育ち方が違うため、そこに合わせた適切な栽培方法はたしかにありますが、大きい要素は、管理の方法ですね。

私はこれまで10カ国以上で、現地の生産者にコンサルティングしたり、農業事業の立ち上げをインドとヨルダンとマレーシアの3か国で行ってきたりしましたが、その経験上、日本人の栽培方法で管理しようとすると生産者がついてこれないのです。

日本では農家が一人で何役もこなしますが、私が見る限り、自国民が農業をやっている国は日本と中国くらいです。他の国はほぼ移民や外国からの出稼ぎ労働者が担い手になっています。日本に出稼ぎに来る人が多い東南アジアでさえ、さらに安い賃金の国から来た人が作業しています。

ベトナムコーヒー農園の収穫の様子

そういった事情もあり、誰もが農作業を記録できるようにすることは難しく、そこを改善することがポイントでもあるのです。

具体的には、データ量は落ちますが、なるべく自動で生育や環境などを記録するようにしています。衛星とかセンサーとか、人が動かなくても自動で収集できるデータに頼ったほうがいいと思っています。

──日本では大規模でも中小規模でも、営農支援アプリなどを使って手作業で入力したり、1日の最後に記録したりしますよね。

渡辺:日本でも農場にタブレットなどを持って行って記録している人はいますが、相当きちんとされている方ですよね。ヨーロッパやアメリカでも先進的な農家を除き、海外でそれを全作業員に期待することは難しいです。

──センサーや衛星で稼働状況を記録できれば、きめ細やかすぎるくらいの、日本の農家の働き方も軽減できますね。

渡辺:「楽をする」と言うと少し語弊がありますが、人口が減っていって1農家あたりの経営面積が増えている中で、今までとまったく同じように細かく見ていくことには限界があります。

ですから、意思決定とか大事な部分は人がやって、それ以外の細かい部分はセンサーや衛星などの技術に代替していく方がいいんじゃないかと思っています。


品質よりもまず、生産性の向上を重視


──日本の農家がきめ細やかに見て回るのは、日本特有の気候による病害虫や天災などもありますが、やはり「品質」を第一に求めているためだと思います。農産物の理想形が海外と日本で違うのでしょうか?

渡辺:農業技術が低い国などでは、病気等による生産性低下の割合が非常に大きいです。まずその被害をなるべく抑えたいということが最初にあり、その上での品質を意識するようになってきます。なので、日本ほど「品質、品質」とは言えないところはたしかにあるかもしれません。

ただ、品質を選ぶのか、収量を選ぶのかは設計思想の違いです。こまめに確認するのか、計画通りに進めるのか、といった作業自体は、実はどちらもあまり変わりません。また、もう1点は「営農指導員などをサポートするための仕組み」という点です。

日本でいうと例えばカゴメさんのように、生産もしているけれど契約農家さんからの調達をしている企業には、栽培指導員や普及員の方が必ずおられます。「CropScope」はもともと彼らにメインで使ってもらうことをコンセプトとして開発してきました。

なので、指導用というか意思決定をするための情報を集めるツールとして多くの農場を一度に見られる。さらに比較ができて、農家と栽培指導員のやり取りとして、コメントやアラートを出すといった機能を意識してつくっています。

──指導員の方たちが必要とする情報は、現場の生産者が必要とする情報とは違いますか?

渡辺:そうですね、営農指導員は多い時には1人で300〜500くらいの圃場を担当したりしますが、それを全部回れるかというと不可能です。

圃場に行く前にある程度情報が入手できて、「こうだろうな」という仮説を持って農家と話した方が生産者にとってもタメになるし、指導の質も上がる。そういったことに「CropScope」で貯めたデータを役立ててもらっているシーンが多いですね。


次の一手は「オートメーション」


──よりよい営農を考える上で、ベテランの声に頼るのではなく、しっかり分析されたデータがこれからの農業に必要とされるようになってきたんですね。では「CropScope」の次の段階としては、どういった技術を考えられているのでしょうか?

渡辺:1つは「オートメーション」です。ロボットトラクターやドローンなどの農機と連携させて、自動で農場内に水、肥料、農薬を散布するといったことが実現できます。

その次は、収穫量とか収穫タイミングのデータを加工会社や卸業者、その先の流通業界等に提供すること。収穫予想は「CropScope」上で作物の生育状況や収穫時期を見て、データと実際の収穫量が紐づいていくと、あらかじめ予想できるようになります。



──日本は四季による天候の変化があるため、豊作や不作などの年単位での大きな変化がありますが、AIによる対策も可能なのでしょうか?

渡辺:むしろ、そちらの方で威力が発揮できると思っています。

天候条件がいいときは、相当手抜きをしても生産性はある程度維持できるので、篤農家と経験の浅い農家の差があまり出ません。問題は、天候・気象条件が悪いときにポテンシャルを引き出せずに不作になること。それをどれだけ未然に防げるのかが、ITを使う意義の1つでもあると思っています。

たとえば、水がない地域では「この作物はつくりません」と諦める人が多くなりがちです。だとしたら、「それじゃあ、ここではこういう栽培をしましょう」とアドバイスすることで栽培可能にできたら、というのが次のチャレンジです。

肥料に関しても、近年は海外からの輸入の関係で値段は20〜30%ほど上がり、ものによっては2〜3倍にもなっています。その影響で、食材、カップラーメンやお菓子など、いろいろなものが値上がりしてきていますけれど、よくよく辿っていくと農家が使っている肥料の価格高騰もひとつの原因となっているわけです。

ですから、多量に肥料を撒くのではなく「必要なところにだけあげましょう」というアドバイスを出せるようにしていきたいのです。


SDGs、持続可能な社会に向けてスマート農業ができること


──近年、農薬や肥料の使い方についても、ヨーロッパを中心にSDGsや環境への配慮など、オーガニックなものがすごく増えてきていますよね。ただ、日本ではオーガニック栽培に対して、ITがあまり活躍できていないような印象を受けています。「日本は環境が異なるから同じようにはできない」「農家も大変だし農薬や肥料を使わなければ栽培できない」という声もまだまだ多いようです。

渡辺:たしかに、ヨーロッパの方が厳格です。現在のところ環境配慮は加工工場側への要求が厳しくて、農家側に対しての要求はまだそれほどではありません。

日本も「みどりの戦略」などで、「肥料を30%減らしましょう」とか「化学農薬を50%減らしましょう」という方向には動いていますが、必要最低限の肥料で栽培する、病気になりそうな箇所を未然に予測するといったことは、ITだからこそできると思っています。

ただし、「ITを使うといきなり農薬が減らせる」というよりは、「ITを使うことで予防がしやすくなって、結果として肥料や農薬が少なくて済む」という言い方が適切ですね。

──最後に、今後の日本の農業について、20年、30年後はどんな農業になっているでしょうか?

渡辺:これは私見ですけれど、1つはやはり離農する生産者が増え農業経営の大規模化が進み、それに見合った技術が求められると思っています。

もうひとつは、国としてどの作物を選ぶか、が必要ではないかと思っています。

日本では補助金や調整金が、穀物やサトウキビには入っていますが、税収上その範囲を広げるわけにはいきません。そうなると絞っていかなければならない。残念ながら、栽培されなくなった作物は外国から輸入して、日本の食糧政策上必要なものだけに絞るとか、嗜好品として国内できちんと流通するものに絞ることをしていかなければいけないと思っています。

あとは、日本の生産技術を持って海外に出ていくことですね。

日本は、1人あたりのGDPがどんどん下がっており、アジアだとシンガポールや香港には抜かれています。そうすると、海外で高付加価値のものを生産した方が良いとなる可能性も出てきます。日本のブドウとかイチゴとかお米とか、海外で勝てる作物を育てていくことが必要です。日本の農産物は海外の人からの評価が本当に高いので、戦略的な海外展開を期待しています。
【連載】スマート農業に挑む企業たち
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WRITER LIST

  1. 槇 紗加
    1998年生まれ。日本女子大卒。レモン農家になるため、大学卒業直前に小田原に移住し修行を始める。在学中は、食べチョクなど数社でマーケティングや営業を経験。その経験を活かして、農園のHPを作ったりオンライン販売を強化したりしています。将来は、レモンサワー農園を開きたい。
  2. 田牧一郎
    日本で15年間コメ作りに従事した後、アメリカに移り、精米事業、自分の名前をブランド化したコメを世界に販売。事業売却後、アメリカのコメ農家となる。同時に、種子会社・精米会社・流通業者に、生産・精米技術コンサルティングとして関わり、企業などの依頼で世界12カ国の良質米生産可能産地を訪問調査。現在は、「田牧ファームスジャパン」を設立し、直接播種やIoTを用いた稲作の実践や研究・開発を行っている。
  3. さわちん
    2児の父。あるきっかけにより農業のイメージを変えたいと考え、16年間のサラリーマン生活にピリオドを打つことを決意。2020年春、家族で田舎に移住し、新規就農を目指す。自身が「移住×就農のモデルケース」となるために、いろんな方面へ向けて奮闘中。
  4. 福田浩一
    東京農業大学農学部卒。博士(農業経済学)。大学卒業後、全国農業改良普及支援協会に在籍し、普及情報ネットワークの設計・運営、月刊誌「技術と普及」の編集などを担当(元情報部長)。2011年に株式会社日本農業サポート研究所を創業し、海外のICT利用の実証試験や農産物輸出などに関わった。主にスマート農業の実証試験やコンサルなどに携わっている。 HP:http://www.ijas.co.jp/
  5. 窪田新之助
    農業ジャーナリスト。福岡県生まれ。日本経済新聞社が主催する農業とテクノロジーをテーマにしたグローバルイベント「AG/SUM(アグサム)」プロジェクトアドバイザー、ロボットビジネスを支援するNPO法人Robizyアドバイザー。著書に『日本発「ロボットAI農業」の凄い未来』『GDP 4%の日本農業は自動車産業を超える』(いずれも講談社)など。