10周年を迎えたクボタの営農・サービス支援システム「KSAS」の次の一手

日本を代表する農機メーカーであるクボタが開発した営農・サービス支援システム「KSAS」(ケーサス)は、農業経営課題の解決をサポートするインターネットクラウドを利用したサービスです。

2024年はちょうど10周年を迎えており、農機(ハード)と連携してデータに基づくPDCA型農業を実現しています。実はクボタの農機だけでなく他社の農機やサービスとも連携可能だったり、登録圃場が100枚までは無料で利用できるといった点は、まだ知らない方もいるかもしれません。

KSAS10周年記念サイト
圃場の管理や作業記録、食味・収量センサー付きコンバインとの連携、センシング用ドローンと連携した生育マップの生成と可変施肥などの機能のほか、GAP協会の推奨システム認定も取得。さらに、2023年からは「KSAS Marketplace(KSASマーケットプレイス)」という会員向けのプラットフォーム化も進められています。

群雄割拠の営農支援サービス・アプリの中で、10年間サービスを継続してきた「KSAS」はなぜユーザーの支持を得られたのか、そして10年間でどう進化し、これからどう変わっていくのか、クボタで「KSAS」に携わるキーパーソンにうかがいました。

お話をうかがった株式会社クボタ カスタマーソリューション事業推進部 スマート農業推進室 KSAS開発推進課の美馬京志さん(右)と、農機国内営業本部 担い手戦略推進室 KSAS推進課長の藤田強さん(左)

自社製農機に縛られない営農管理サービス「KSAS」


──「KSAS」というと、クボタ製農機を使っていない方にとってはあまり馴染みのないサービスかもしれません。あらためて「KSAS」の特徴を教えてください。

美馬:「KSAS」のベースとなるのは、たくさんの圃場を紙ではなくデジタルで管理するという機能です。何の作付けを行ったか、どういう作業をしたかを「日誌」という概念で記録していけます。農薬や肥料の作業記録を蓄積していくこともでき、作物の違いなどもなく、どんな作物でも利用可能です。

「KSAS」のマップ上で圃場を管理する機能の例
また、農家さんが作業日誌をつける上での一番のネックは、毎度毎度入力することですので、そこをクボタの農機などと連動させて自動記録できます。

「KSAS」の作業記録画面。「日誌」というかたちで記録する
例えば、一枚の圃場をメッシュで区切って、生育のばらつきに合わせて肥料量を設定し、「KSAS」に対応する農機やドローンと連携して可変施肥を行うといった実作業につなげることもできます。KSAS対応機はコンバインや田植機、トラクタから始まり、現在はドローンや乾燥機、さらに米の品質をチェックするための色彩選別機とも連携できるようにしました。

「KSAS」の開発に携わっている美馬さん

──そういった農機との連携は、クボタ製の農機でしか使えないのでしょうか?

美馬:いえ、市場には古い農機や他社の農機もたくさんありますので、それらも「KSAS」につなげられるように、「KSASシンプルコネクト」という商品を2024年に発売しました。農機に取り付けてセッティングすると、「KSAS」のクラウドサーバーに作業データが自動的にアップロードされて、「KSAS」に記録できます。

「KSASシンプルコネクト」の搭載イメージ。KSASに対応していない農機に搭載すれば、作業の時間や場所をGPSで記録しやすくなる

──「KSASシンプルコネクト」では、どんなデータをどんなふうに記録できるのでしょうか?

美馬:GPS端末が位置情報を取得し、圃場のどこで作業したか、どこを走ったかといった位置情報が記録できます。搭載する際にあらかじめ「この農機ではこんな作業をする」という作業項目や作業者を設定しておくことで、作業の記録が格段に簡単になります。

──他社製品への対応や連携も進んでいるんですね。

美馬:はい。他にも、JA全農が取り扱っているBASFの「ザルビオフィールドマネージャー」、日本農薬の「レイミー」という病害虫診断AIアプリは、APIを用いて「KSAS」と接続しています。

「ザルビオ」との連携イメージ。衛星で取得した圃場の状態を、KSASの可変施肥マップに反映させられる

──衛星画像から生育分析や可変施肥を行える「ザルビオ」は、クボタにとっては競合サービスだと思っていました。

藤田:新しいサービスへのアンテナ感度が高いお客様の中に、「ザルビオと連携するなら『KSAS』も使う」という方がおられたんです。なぜかと言うと、ザルビオでは衛星データとAI活用により自分の圃場の生育状況などが見られるのですが、それが実際の作業にも連携できるならどちらも使いたいということでした。

私たちは農機メーカーなので、前年の地力の状況に応じて可変施肥するなど、農機と連携して実際に作業ができるようになります。ザルビオとクボタ、それぞれのシステムの得意領域を組み合わせることが、お客様の生産性を上げることにつながります。実際、「KSAS」のザルビオ連携や、Jクレジットの「中干し延長」への対応などは引き合いも多かったですね。


10年間で「KSAS」に約1000万枚の日誌を登録


──機能の追加や連携などで10周年を迎えた「KSAS」ですが、サービス単体としての普及度合いはいかがですか?

藤田:「KSAS」などのソフトに関しては、正直なところまだまだ認知が足りていません。農機の販売現場は、まだセールススタッフがお客様の元へ伺ってやりとりをしながら契約をいただいていますが、「KSAS」についてお客様に伝えきれているかとなると、まだまだかなと思いますね。

営業の立場から「KSAS」に携わる藤田さん

──「KSAS」を10年間運用してきた中で、当初は想定していなかったようなニーズや用途などはありましたか?

美馬:一番好評いただいているのは、デジタルマップを使った圃場管理をすることによって、スマホを介して従業員みんなで作業状況などを共有できるようになるということ。これは我々が想定していた通りでした。

一方で我々も気づかなかったのは、農作業を請け負っている担い手のお客様が「KSAS」を利用して「この圃場でこんな作業をしました」と記録した日誌が、そのまま請負作業のエビデンスになるという使い方です。

藤田:請負作業をされる圃場の枚数や面積は今後もどんどん増えていくと思われますので、担い手の方々はますます多くの面積で「KSAS」をご利用になるのではないかなと思います。

「KSAS」に登録された圃場枚数は約93万枚、面積にすると約21万haにも上ります。これは水稲のほかに麦や大豆、野菜などを含んだ数値のため単純比較はできませんが、日本の水稲面積130万〜140万haと比べると約15%とまだまだです。この10年間で作成された「KSAS」の日誌数は1000万ほどで、内訳としては、先進的に取り組んでいる2〜3割のユーザーが8割くらいの記録を作っています。

美馬:ユーザーにヒアリングすると、「いろいろな企業さんが(営農支援アプリなどに)参入したことがあるけど、撤退してしまった。クボタはやめないで。これ(KSAS)がなくなったら経営できなくなる」という、激励と同時にプレッシャーもいただいています。ある日突然使っていたサービスが終了してしまい、データの出力はできても新しいサービスに移行するのは難しいと、手書きやExcelでのシンプルな記録に戻ってしまう方もいました。


「KSAS」が10年続いた理由


──そもそも、「KSAS」が誕生した背景は?

美馬:研究自体は2011年頃から新潟県で開始したのですが、当時からすでに少子高齢化は進んでいて、圃場はどんどん集約されていくと言われていました。中規模の農家同士が合併して一気に大規模化が進むとなれば、さすがに手作業での記録は無理です。だからなんとかしないといけないという世の中のニーズを見越していました。

また、当時は環境に対する意識は今日ほどではなかったとは思うのですが、精密農業で環境負荷を下げるという目的もありました。

藤田:最初の「KSAS」は、食味・収量コンバイン(PFコンバイン)で、圃場1枚あたりの食味と収量を測って記録に残し、次年度の可変施肥につなげるというものでした。

──「KSAS」が10年間継続できた理由はどうお考えですか?

美馬:やはり、農機との連携でシナジーが出せるという「KSAS」独自の特徴が大きかったのかなと思います。

我々がシステムやサービスだけで収益を上げ、ビジネスとして成立させることは簡単なことではありません。Googleのように何億もの人が使っているシステムと農業の支援システムではビジネスモデルが異なりますから。

「KSAS」を強化・維持することが、結果的にクボタの農業機械の拡販にもつながるので、存続できているのだと思います。

藤田:最近は、クボタの農機は持っていないけれど、「KSAS」だけは使っているという方も増えてきています。まずは「KSAS」を使っていただき、記録を残していただく。営業としては他社ユーザー様にも使っていただいて、いずれは我々の農機もお買い求めいただければありがたいと思っています。

──営農支援以外で「KSAS」のここがメリット、という隠れた機能のようなものはありますか?

美馬:全国にはクボタの農機販売会社とクボタアグリサービスがあります。これまでのお客様とのコミュニケーションは農機の販売だけだったのが、システムやデータ農業などでもコミュニケーションが取れるようになり、顧客接点が強化されました。「KSAS」を通して農家のお客様に営農指導がしやすくなる点は、弊社がこれまで積み上げてきたネットワークが奏功している証なのかなと思います。

藤田:クボタの農機シェアは国内トップなのですが、全国にある13の販売会社それぞれにソリューション部門があり、その中に「KSAS」の責任者を置いて、農機と同様にサポートしています。

また、「MY農機」というサービスで、通信ユニットを搭載したクボタ製農機であれば、お客様にて農機がいつどれだけ稼働したのかの実績やメンテナンスの履歴の確認ができます。

さらに、お客様の同意をもとに稼働情報を共有いただくことで、そろそろこの部品が傷んでいるとか、オイル交換をした方がいいといったアドバイスができるのは、販売会社ならではのサービスですね。また、「いま農機が止まっている」といったことまで把握できるので、故障やエラーが出ていれば対応部品を手配できます。収穫時期のように天候の絡みもある作業では、突然機械が止まることを一番農家さんは嫌がります。そういったダウンタイム防止にも役立てています。




「KSAS」を通して他社と連携する「KSASマーケットプレイス」


──現在は農機がメイン事業かとは思いますが、20年後、30年後の「KSAS」、そしてクボタの未来像をお聞かせください。

美馬:「KSAS」の機能面では、今はデータの記録と見える化、グラフ化まで実現できていますが、データに基づく「AI」による次のアクションの提案機能などは、これからです。例えば、AIを活用することで生産性の低い圃場をピックアップして改善策を提案するなど、過去の実績に基づいた、精度の高い経営改善提案までできるようになると考えています。

ただ、農業に影響を及ぼす要素には、気象や土壌だけでなく、過去の経緯など本当に多岐にわたります。「KSAS」で管理している情報をAIなどで解析して提案するには、もう一段階技術革新が必要かなと思っています。

「KSAS」を10年間やってきてわかったのは、やはり農家さんのニーズは本当に多岐に渡り、作付けも違い、経営体、規模、地域によっても異なるということです。さらに、農業を取り巻く環境の急激な変化やカーボンニュートラルへの対応、みどりの食料システム戦略食料安全保障といったところにも力を入れていく必要があります。

さらに、農業は1年に1回のサイクルなので、データの蓄積や効果測定にものすごく時間がかかります。天候に左右されるということと、生産現場でデータを入力しないと記録が見られないので、計測に時間がかかるという難しさもあります。

これらの問題をクボタ1社で解決するのはかなり難しく時間がかかるので、他社と連携して知見やノウハウを持ち寄って一緒にイノベーションを起こしましょうということで「KSASマーケットプレイス」の展開を進めているところです。「KSAS」を農家の課題を解決する技術的な手段として、他社サービスが連携できるようにAPIを準備したり、ユーザーがそこから必要なサービスを選んで「農業をカスタマイズできる」ようなプラットフォームの構築を進めています。

「KSAS マーケットプレイス」のサイトには、他社のサービスと連携した機能もある(https://marketplace.ksas.kubota.co.jp/
藤田:日本の農業経営体数は90万くらいですが、2040年頃には30万〜40万くらいになるという試算もあります。そのような中で「KSAS」を利用してくださるユーザーの呼び込みと、対象となる圃場の面積を広げていく方針です。

美馬:開発の観点からは、「KSAS」を使うことで農家さんがより儲かる、よりよい経営ができるということを伝えていきます。実際にデータとして成果も出ているので、そこをもっと農家さんに知ってもらうことも重要ですね。

おそらく、これまでの農業のやり方を新しいサービスを導入して急激に変えるというのは、農家さんにとっては怖いことだと思うんです。それを解決するのが、「KSASマーケットプレイス」なりで、これまで使ってこられたサービスもそのまま「KSAS」と連携できるようにするというオープン化の精神です。

現在の「KSAS」を活用してくださっているユーザーの方々はかなり先進的で意識が高い農家さんが多いので、先頭を走る農家さんにコンテンツをアプローチできるというところは、顧客接点の構築に苦労されている企業の方にとってもメリットになると思います。

藤田:国は2025年までに農業の担い手のほぼすべてがデータを活用した農業を実践する目標を掲げていますが、2021年時点の実績では約5割ほどだと言われています。

より多くの方と一緒になって、農業界全体を盛り上げていければと思います。



KSAS
https://agriculture.kubota.co.jp/ksas/

KSASマーケットプレイス
https://marketplace.ksas.kubota.co.jp/


【連載】スマート農業に挑む企業たち
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  1. 田牧一郎
    田牧一郎
    日本で15年間コメ作りに従事した後、アメリカに移り、精米事業、自分の名前をブランド化したコメを世界に販売。事業売却後、アメリカのコメ農家となる。同時に、種子会社・精米会社・流通業者に、生産・精米技術コンサルティングとして関わり、企業などの依頼で世界12カ国の良質米生産可能産地を訪問調査。現在は、「田牧ファームスジャパン」を設立し、直接播種やIoTを用いた稲作の実践や研究・開発を行っている。
  2. 福田浩一
    福田浩一
    東京農業大学農学部卒。博士(農業経済学)。大学卒業後、全国農業改良普及支援協会に在籍し、普及情報ネットワークの設計・運営、月刊誌「技術と普及」の編集などを担当(元情報部長)。2011年に株式会社日本農業サポート研究所を創業し、海外のICT利用の実証試験や農産物輸出などに関わった。主にスマート農業の実証試験やコンサルなどに携わっている。 HP:http://www.ijas.co.jp/
  3. 石坂晃
    石坂晃
    1970年生まれ。千葉大学園芸学部卒業後、福岡県の農業職公務員として野菜に関する普及指導活動や果樹に関する品種開発に従事する一方、韓国語を独学で習得(韓国語能力試験6級)。退職後、2024年3月に玄海農財通商合同会社を設立し代表に就任、日本進出を志向する韓国企業・団体のコンサルティングや韓国農業資材の輸入販売を行っている。会社HP:https://genkai-nozai.com/home/個人のブログ:https://sinkankokunogyo.blog/
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    川島礼二郎
    1973年神奈川県生まれ。筑波大学第二学群農林学類卒業。フリーラインスの編集ライターとして、テクノロジーをキーワードに、農業雑誌・自動車雑誌などで執筆・編集活動中。
  5. 堀口泰子
    堀口泰子
    栄養士、食アスリートシニアインストラクター、健康・食育シニアマスター。フィットネスクラブ専属栄養士を経て独立。アスリートの食事指導や栄養サポートの他、離乳食から介護予防まで食を通じて様々な食育活動を行う。料理家としても活動し、レシピ提案、商品開発も担う。食事は楽しく、気負わず継続できる食生活を伝えることを信条とする。スポーツの現場ではジュニアの育成、競技に向き合うための心と体の成長に注力している。HP:https://eiyoushiyakko.jimdofree.com/
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