「定年まで仕事を続けたい」──遠くの実家の田んぼを守るためにできること


「定年までは今の仕事を続けたい。
でも、親が守ってきた田んぼを荒らしたくない。」

そんな思いを抱えながら、実家に帰るたび、少しずつ年を重ねる親の姿が気になっている人もいるでしょう。

都会で築いてきた仕事やキャリア、家族との暮らしは、簡単には手放せません。
一方で、親が農業に費やしてきた時間や苦労を知っているからこそ、「継がない」とも言い切れないものです。

今すぐ実家に戻れなくても、親の田んぼを守る方法はあるのでしょうか。自分が農家になることだけを前提にせず、今の仕事を続けながら、農地を次につなぐ方法を考えてみます。



農家を継がずに田んぼを守る方法


農家に生まれ育った人にとって、親の田んぼは単なる土地ではないでしょう。家族が長年働いてきた場所であり、自分が育ってきた環境でもあり、地域社会や隣近所の方々とのつながりを感じるものでもあります。

だからといって、親と同じように自分も農業を続けられるとは限りません。キャリアを手放すことは現実的ではない。家族の生活基盤も都会にある。そうした事情は、農業を継ぐ気持ちの強さとは別の問題です。

だからこそ、そもそも田んぼを守ることと、今すぐ自分が農業経営を引き継ぐことは、分けて考えてもよいのではないでしょうか。

例えば、当面は親の営農を支え、将来の継承に備えるために今できるサポートをする。また、親が引退する際に、農地バンクなどを通じて地域の担い手に農地を貸し、所有者として関わり続ける道もあります。

大切なのは、今すぐ継ぐか、諦めるかの二択にしてしまわないこと。

定年後に農業を始めるかどうかも含め、将来の選択肢を残すために、今できることはあります。


「親が元気なうちは大丈夫」では済まない平日の管理


とはいえ、遠くに暮らしながら田んぼを守るには、避けて通れない問題があります。それは、平日の田んぼの管理。

田植えや稲刈りのように季節ごとに行う農作業なら、休暇を調整して実家に戻って手伝えるかもしれません。すでにこらの時期だけ実家に手伝いに行っているという方も多いでしょう。

しかし、水管理や急な病害虫への対応は、週末まで待ってはくれません。片道数時間かかるような実家なら、仕事を抜けて駆けつけることも難しくなります。

結果として、平日や突発的な対応は高齢の親が担い続けるという事例も。長野県飯島町が2026年(令和8年)に公開した地区懇談会の記録に、85歳の参加者が、会社勤めの息子に代わって2haの水田の水管理や土手の草管理を担ってきたが、限界を感じているという意見が掲載されていました。

これでは結局、親が元気な間は何とか続けられても、引退した途端に農業が回らなくなる。これは、後継者が離れて暮らす家庭にとって、大きな課題です。

まずは、親が日頃どんな仕事をしているのかを知ることが第一歩です。水管理、草刈り、水路清掃、地域の共同作業など、栽培以外の仕事も少なくありません。見回り作業の中には、ネットワークカメラやセンサーなどのスマート農業を活用できるケースもあるでしょう。

親が現場を離れた後、平日の昼間に誰が田んぼを見るのか。

その答えを、親が元気なうちから探しておく必要があります。



頼みたくても、地域に人がいないという現実


親に代わって農作業を担ってくれる地域の人を探せばいい、と思われるかもしれません。

ですが、実際にはそう簡単ではありません。農林水産省の2025年農林業センサス(確定値)によると、全国の農業経営体数は83万6000経営体で、5年前から22.3%減少しており、地域の担い手自体が減少の一途をたどっています。

現役で頑張っている農家も高齢化し、自分の農地を維持するだけで精一杯です。先ほどの飯島町の同じ懇談会でも、「草刈りの負担は限界に達しており、定年退職者などが地域の業務を支援してくれるシルバー人材センターでさえも人手不足」という意見が出ています。

いざ近隣の現役農家に頼もうとしても、農繁期は誰もが忙しいもの。小さな圃場が点在していたり、管理に手間がかかったりすれば、引き受け手を見つけるのはさらに難しくなります。

誰かに任せたくても、任せられる人がいない。

それが、今の農村が抱える現実です。

だからこそ、親の引退が迫ってから慌てるのではなく、地域のJAや農業委員会などに、今後の農地利用について相談しておくことにも意味があります。


「農業支援サービス」という新たな選択肢


農業を生業とする担い手が減るなか、作業受託や機械のシェアリングなどを行う「農業支援サービス」も広がっています。農林水産省によると、2025年(令和7年)の農業支援サービス事業者数は6316経営体で、5年前から615経営体も増加しました。

前述の飯島町の懇談会でも、役場に勤めながら週末に農業を続け、一部の作業を地域の「本郷農産」という業者に委託した例が紹介されています。

こうした農作業代行サービスは、農業に使える時間が限られる人にとって、一つの選択肢になります。

ただ、サービス事業者が増えているといっても、全国どこでも利用できるわけではありません。地域の農家が近隣の作業を請け負うようになり、サービス事業者になったケースが多く、地域や圃場条件によって利用できる作業などもさまざま。田植えや収穫は頼めても、日常の水管理までは任せられないといったケースもあります。

大切なのは、委託できることを前提にするのではなく、実家の地域で利用できるサービスがあるか、どの仕事を任せられるかを確かめることです。

農作業代行サービス「アグリポン」のように、全国規模で各地の専門家が代行してくれるようなサービスもある

自分にできることを整理しよう──時間と費用の上限


仮に農作業を委託できたとしても、費用の問題は残ります。

現在の親の農業収支が成り立っていても、そこに親の無償の労働が含まれていれば、引退後は数字が変わります。さらに、委託費や機械の修繕費、帰省の往復交通費などを加えれば、これまでと同じ面積を維持するのが難しくなるかもしれません。

そして、お金と同じくらい大切なのが、自分の時間です。

毎週末を農作業に使い、繁忙期には何度も休暇を取るようでは、本業に影響が出てしまうかもしれません。転勤や昇進など、仕事上の変化によって対応できなくなることも。それでは、自分のキャリアを守りながら農業を続けるという、当初の希望から離れてしまいます。

年間何日なら帰省できるか、いくらまでなら農地の維持に使えるか。先に自分の生活と仕事の条件を決め、その範囲でできる方法を探すという順番でもよいはずです。

例えば、親が元気なうちに、一部の作業を委託してみる。その際、自分は遠方からの連絡調整や費用負担を担当し、親の仕事を少し減らしてみる。そんな小さな試みが、後を継がずに農地を守れるかどうかの判断材料にもなるでしょう。



「簡単には継げない」親への思い、農家の責任


農業は、土地と機械があれば誰にでもできるといった仕事ではありません。天候を読み、作物の状態を見極め、限られた時期の中で仕事を終える。その判断や技術が一朝一夕に身につかないことを、親の姿を見てきた人ほど実感しているのではないでしょうか。

「農家に生まれた者の責任として、田んぼを守りたい」──そんな気持ちがある一方で、自分にも時間をかけて築いてきた仕事や、守るべき家族との暮らしがあります。

すぐに農業を継げない理由は、「収入が減るから、将来の見通しが立たないから」という理由だけではありません。親が積み重ねてきたものを自分が責任を持って続けられるのか。農業の大変さを知っているからこそ、軽々しく「継ぐ」とは言えないという、後継ぎならではの思いもあります。

だからこそ、これからの時代は親と同じ水準で農業を続けるだけが継承の道ではないとも言えます。

親の負担を少しずつ減らす。利用できる農作業代行サービスがあれば頼る。自分が営農するのが難しければ、農地を地域の担い手に託す──。どれも簡単な手続きや作業ではなく、すべての田んぼを希望どおりに残せるとは限りません。

それでも、今すぐ会社を辞めて実家に戻ることだけが、田んぼを継承する唯一の方法ではないはずです。

自分で営農することは難しくても、農地を残すためにできることはあるかもしれません。

まずは次に帰省したとき、親がどの仕事を負担に感じているのか、将来は田んぼをどうしたいのか、話をしてみてはいかがでしょうか。今のキャリアも、親が大切にしてきた田んぼも、どちらかをすぐに手放すのではなく、家族でこれからの守り方を考える。そこから始まる継承の形もあります。

100人の農家がいれば、100通りの後継ぎの課題があります。簡単に解決できるマニュアルなどありません。

だからこそ、お互いが元気な今のうちに将来のこと、家や後継ぎのことを話し合うだけでも、閉塞感のある日本の農業が少しずつ上向いていくきっかけになるでしょう。

後継ぎだからこそできる、農作業の外注
農業を続けるために、一部の作業を委託する方法もあります。
実家の地域で対応できる作業や圃場条件
費用について、まずは確認してみてはいかがでしょうか。
▶ 農作業代行サービス「アグリポン」のメニューを見る相談・問い合わせフォーム

参考資料
農林水産省「2025年農林業センサス結果の概要(確定値)」
農林水産省「令和7年度 食料・農業・農村白書 第4節 生産性向上に向けた取組」
長野県飯島町「地区懇談会レポート 本郷地区」
農林水産省「農地中間管理機構」

【特集】水稲栽培のノウハウ集
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  1. 福田浩一
    福田浩一
    東京農業大学農学部卒。博士(農業経済学)。大学卒業後、全国農業改良普及支援協会に在籍し、普及情報ネットワークの設計・運営、月刊誌「技術と普及」の編集などを担当(元情報部長)。2011年に株式会社日本農業サポート研究所を創業し、海外のICT利用の実証試験や農産物輸出などに関わった。主にスマート農業の実証試験やコンサルなどに携わっている。 HP:http://www.ijas.co.jp/
  2. 北島芙有子
    北島芙有子
    トマトが大好きなトマト農家。大学時代の農業アルバイトをきっかけに、非農家から新規就農しました。ハウス栽培の夏秋トマトをメインに、季節の野菜を栽培しています。最近はWeb関連の仕事も始め、半農半Xの生活。
  3. 柏木智帆
    柏木智帆
    米・食味鑑定士/お米ライター/ごはんソムリエ神奈川新聞の記者を経て、福島県の米農家と結婚。年間400種以上の米を試食しながら「お米の消費アップ」をライフワークに、執筆やイベント、講演活動など、お米の魅力を伝える活動を行っている。また、4歳の娘の食事やお弁当づくりを通して、食育にも目を向けている。プロフィール写真 ©杉山晃造
  4. 鈴木かゆ
    鈴木かゆ
    1993年生まれ、お粥研究家。「おかゆ好き?嫌い?」の問いを「どのおかゆが好き?」に変えるべく活動中。お粥の研究サイト「おかゆワールド.com」運営。各種SNS、メディアにてお粥レシピ/レポ/歴史/文化などを発信中。JAPAN MENSA会員。
  5. 田牧一郎
    田牧一郎
    日本で15年間コメ作りに従事した後、アメリカに移り、精米事業、自分の名前をブランド化したコメを世界に販売。事業売却後、アメリカのコメ農家となる。同時に、種子会社・精米会社・流通業者に、生産・精米技術コンサルティングとして関わり、企業などの依頼で世界12カ国の良質米生産可能産地を訪問調査。現在は、「田牧ファームスジャパン」を設立し、直接播種やIoTを用いた稲作の実践や研究・開発を行っている。