「遺伝的多様性」に学ぶ、日本の農業の多様性【藤本一志の就農コラム 第6回】
岡山県真庭市の兼業農家、藤本一志です。
慌ただしい田植えも無事に終わり、いよいよ夏がやってきます。2つの拠点を毎週行き来していましたが、7月からは2週間に1回程度と、生活も少し落ち着きを取り戻しそうです。
さて、今回は田植えの中で考えていたことを記事にしました。
半年ほど前に突き付けられた課題に対する自分なりの答えを記していきます。
私も田植えのために、メイン拠点の真庭市から毎週岡山市に通う生活をしていました。
わが家では、田植えの時は祖父、父親、私の3人で作業します。父親も私もサラリーマンですので、作業は土日に限られます。
3haの農地を持つ我が家では、田植えは2週にわたって行われます。そのため、6月の土日は田んぼに出ずっぱりです。
作業自体も大変で、3週間前に播種した苗は立派に育ち、苗箱はずっしりと重いです。田んぼの中を歩くときは、田靴を履いて1歩1歩しっかりと歩かなくてはいけません。
しかし、私は田植えという作業が大好きです。なぜだかわかりませんが、水の入った田んぼに入ると気持ちが高まります。おそらく、この時期しか見られない風景を見られるからだと思います。
田んぼの中から見る大きく広がる空
水面に映る雲の流れ
田んぼを泳ぐカエルや小魚
田植え機の上からしか見られない風景
そして植え付けた後の細くてもたくましい稲
このような風景を見るのが楽しいから、田植えが楽しくなるのだと思います。稲作農家が辞められない、一つの理由でもあります。
大変な作業も多いですが、それ以上に田植えは私にとって楽しい作業です。
以前のコラムでも、兼業農家として生きる意味は書きました。しかし、あと一つだけ、自分の中で腑に落ちないことがありました。
それは、半年前にとある専業農家さんに言われたひとことです。
「兼業農家をするのなら、他の仕事で稼いだお金を農業機械に回せるか?」
この問いを投げかけられて、私は何も答えられませんでした。
その方は米とブドウを栽培しており、脱サラして実家の農園を継ぎ、減農薬や販路開拓などに積極的に取り組まれていました。
専業農家になって2、3年でしたが、長年手伝いをされており、農業歴は長めでした。
私は「いいじゃないか。農業もそれ以外の仕事もやりたいんだからやらせてくれ。」そう思っていましたが、質問に対する自分なりの答えが全く思い浮かばなかったこと、そして自分の思いの甘さを痛感したことから、自分が情けなくなりました。
稲作は特に、機械に莫大な費用がかかります。1年に1シーズンしか使わない機械がほとんどです。最近では農業機械のシェアリングなどもあるものの、まだまだ普及していません。それに、作業が土日に限られる兼業農家同士となれば、機械のシェアは厳しいのが現実です。
また、生産とは逆に、消費の面でも、私のような小規模農家が農業を続ける意味を同時に考えさせられました。
私という稲作農家がなくなったとして、それに気づく消費者がいるのでしょうか?
おそらく、わが家が稲作から離れることになったら、地域の大規模農家に土地を譲るでしょう。近所では、「藤本さんのところは田んぼをやめた」と広まるでしょう。
しかし世間的に見ると、「大規模集約化が進んでよかった」という見方が大半でしょう。そして、世界から私の作る米が消えたところで、それに気づく人はいません。1軒の農家が消えることなど、世間的には大したことではないのです。
そんな中で、わざわざ「兼業」で続ける意味は何か。満足の行く答えを得られないまま、半年が過ぎ、例年通り田植えをしていました。
その中で、ふと「遺伝的多様性」という言葉が浮かんできました。大学時代のゼミで学んだ言葉です。
遺伝的多様性とは、一つの種の中で、遺伝子が多様であることです。遺伝子が多様であることで、環境の変化に適応でき、その種が生存できる可能性が高まるというメリットがあります。
例えば、現在蔓延している「新型コロナウイルス」のようなウイルスを例に挙げます。未知のウイルスがその種の間で流行すると、抗体を持たない個体は当然ウイルスに侵され、死んでしまいます。
しかし、未知のウイルスに対抗できる遺伝子を持つ個体が一定数存在すれば、その種はウイルスに対抗でき、種として存続できます。
このように、遺伝子が多様であれば、環境の変化にも対応でき、種として存続することが可能になります。
私はこの「遺伝的多様性」という言葉が、農業にも当てはまるのではないかと考えました。そして、それが私の抱える課題に対して、自分なりに納得のいく答えに導いてくれると確信しました。
田植え機を運転しながら、美しい夕日に染まる空や小さな稲、田んぼを眺めていたときのことです。
例えば、世の中の農業がすべて専業農家になったとしましょう。
農業がしたければ専業農家になるしか道はない世の中だったとします(あくまで例であるため、専業農家がいけないということではありません)。
そうなると、農業へのハードルは高くなります。
自分の農場を持ちたいと思う人は、多額の投資をする必要があります。農業だけで生活していかなければならないという大きな覚悟が必要です。技術を習得するのも一苦労なうえに、自分で経営もしなければなりません。そして、苦労して農場や機械を手に入れても、天候に泣かされることもあります。
効率面では良くなるでしょう。しかし、農業の門戸は狭くなります。
同じように、兼業農家だけだったらどうなるでしょうか。また、有機農法や農薬の使用が禁止された世の中ならどうなるでしょうか。
おそらく、農業をする人は激減するでしょう。
私は、農業への関わり方が一つしかなかったら、農業はいずれなくなってしまうと、遺伝的多様性という自然界の理から考察しました。
さまざまな関わり方があってこそ、農業は発展しますし、農業をやろうと思う人は増えると思います。
専業でやりたい人は専業農家に、他の仕事もしたければ兼業農家に。自分で食べるものだけ作りたいという人は、プランター栽培などで自給的な農業をするのもいいでしょう。
農法も、慣行農法や有機農法、農薬不使用にこだわる農法とたくさんあって、その中で農業をする人が自分の納得いく方法を見つけられれば、それでいいと思います。
いろんな形の農業があってこそ、農業は発展する。
私の役割は、農業には「兼業という関わり方もできるよ」というように、農業の多様性を発信することなのかもしれません。
農業にはさまざまな関わり方があって、人によって好きな農業ができる。そんなふうに農業が親しまれるよう、農業に触れ合う人が増えるよう、私の生き方を貫いていこうと、田植えをしていく中で思いました。
さて、今までは私の考えを紹介してきましたが、7月は、他の農家さんを取材して、その農家さんの考えや思いを紹介しようと思います。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
慌ただしい田植えも無事に終わり、いよいよ夏がやってきます。2つの拠点を毎週行き来していましたが、7月からは2週間に1回程度と、生活も少し落ち着きを取り戻しそうです。
さて、今回は田植えの中で考えていたことを記事にしました。
半年ほど前に突き付けられた課題に対する自分なりの答えを記していきます。
大変だけど楽しい田植え
6月半ばになると、私のサブ拠点である岡山市でも田植えが始まります。いっせいに田んぼに水が入り、あたり一面鏡のような風景が広がります。私も田植えのために、メイン拠点の真庭市から毎週岡山市に通う生活をしていました。
わが家では、田植えの時は祖父、父親、私の3人で作業します。父親も私もサラリーマンですので、作業は土日に限られます。
3haの農地を持つ我が家では、田植えは2週にわたって行われます。そのため、6月の土日は田んぼに出ずっぱりです。
作業自体も大変で、3週間前に播種した苗は立派に育ち、苗箱はずっしりと重いです。田んぼの中を歩くときは、田靴を履いて1歩1歩しっかりと歩かなくてはいけません。
しかし、私は田植えという作業が大好きです。なぜだかわかりませんが、水の入った田んぼに入ると気持ちが高まります。おそらく、この時期しか見られない風景を見られるからだと思います。
田んぼの中から見る大きく広がる空
水面に映る雲の流れ
田んぼを泳ぐカエルや小魚
田植え機の上からしか見られない風景
そして植え付けた後の細くてもたくましい稲
このような風景を見るのが楽しいから、田植えが楽しくなるのだと思います。稲作農家が辞められない、一つの理由でもあります。
大変な作業も多いですが、それ以上に田植えは私にとって楽しい作業です。
考え続けた、「兼業」である意味
今年の田植えの中で、考え続けていたことがあります。それは、「兼業農家として生きていく意味」です。以前のコラムでも、兼業農家として生きる意味は書きました。しかし、あと一つだけ、自分の中で腑に落ちないことがありました。
それは、半年前にとある専業農家さんに言われたひとことです。
「兼業農家をするのなら、他の仕事で稼いだお金を農業機械に回せるか?」
この問いを投げかけられて、私は何も答えられませんでした。
その方は米とブドウを栽培しており、脱サラして実家の農園を継ぎ、減農薬や販路開拓などに積極的に取り組まれていました。
専業農家になって2、3年でしたが、長年手伝いをされており、農業歴は長めでした。
私は「いいじゃないか。農業もそれ以外の仕事もやりたいんだからやらせてくれ。」そう思っていましたが、質問に対する自分なりの答えが全く思い浮かばなかったこと、そして自分の思いの甘さを痛感したことから、自分が情けなくなりました。
稲作は特に、機械に莫大な費用がかかります。1年に1シーズンしか使わない機械がほとんどです。最近では農業機械のシェアリングなどもあるものの、まだまだ普及していません。それに、作業が土日に限られる兼業農家同士となれば、機械のシェアは厳しいのが現実です。
また、生産とは逆に、消費の面でも、私のような小規模農家が農業を続ける意味を同時に考えさせられました。
私という稲作農家がなくなったとして、それに気づく消費者がいるのでしょうか?
おそらく、わが家が稲作から離れることになったら、地域の大規模農家に土地を譲るでしょう。近所では、「藤本さんのところは田んぼをやめた」と広まるでしょう。
しかし世間的に見ると、「大規模集約化が進んでよかった」という見方が大半でしょう。そして、世界から私の作る米が消えたところで、それに気づく人はいません。1軒の農家が消えることなど、世間的には大したことではないのです。
そんな中で、わざわざ「兼業」で続ける意味は何か。満足の行く答えを得られないまま、半年が過ぎ、例年通り田植えをしていました。
作物が持つ「遺伝的多様性」
不思議なもので、田んぼに出て作業をしていると、頭の中にあれこれ浮かんでくるものがあります。執筆作業も、田植え機の上でできたらいいなと思うくらいです。その中で、ふと「遺伝的多様性」という言葉が浮かんできました。大学時代のゼミで学んだ言葉です。
遺伝的多様性とは、一つの種の中で、遺伝子が多様であることです。遺伝子が多様であることで、環境の変化に適応でき、その種が生存できる可能性が高まるというメリットがあります。
例えば、現在蔓延している「新型コロナウイルス」のようなウイルスを例に挙げます。未知のウイルスがその種の間で流行すると、抗体を持たない個体は当然ウイルスに侵され、死んでしまいます。
しかし、未知のウイルスに対抗できる遺伝子を持つ個体が一定数存在すれば、その種はウイルスに対抗でき、種として存続できます。
このように、遺伝子が多様であれば、環境の変化にも対応でき、種として存続することが可能になります。
私はこの「遺伝的多様性」という言葉が、農業にも当てはまるのではないかと考えました。そして、それが私の抱える課題に対して、自分なりに納得のいく答えに導いてくれると確信しました。
田植え機を運転しながら、美しい夕日に染まる空や小さな稲、田んぼを眺めていたときのことです。
農業には多様な関わり方ができる
遺伝的多様性が示すのは、「多様性を失ったものは滅びる」ということだと思います。この自然界の法則は、農業をはじめ、さまざまな人間活動に当てはまるのではないでしょうか。例えば、世の中の農業がすべて専業農家になったとしましょう。
農業がしたければ専業農家になるしか道はない世の中だったとします(あくまで例であるため、専業農家がいけないということではありません)。
そうなると、農業へのハードルは高くなります。
自分の農場を持ちたいと思う人は、多額の投資をする必要があります。農業だけで生活していかなければならないという大きな覚悟が必要です。技術を習得するのも一苦労なうえに、自分で経営もしなければなりません。そして、苦労して農場や機械を手に入れても、天候に泣かされることもあります。
効率面では良くなるでしょう。しかし、農業の門戸は狭くなります。
同じように、兼業農家だけだったらどうなるでしょうか。また、有機農法や農薬の使用が禁止された世の中ならどうなるでしょうか。
おそらく、農業をする人は激減するでしょう。
私は、農業への関わり方が一つしかなかったら、農業はいずれなくなってしまうと、遺伝的多様性という自然界の理から考察しました。
さまざまな関わり方があってこそ、農業は発展しますし、農業をやろうと思う人は増えると思います。
専業でやりたい人は専業農家に、他の仕事もしたければ兼業農家に。自分で食べるものだけ作りたいという人は、プランター栽培などで自給的な農業をするのもいいでしょう。
農法も、慣行農法や有機農法、農薬不使用にこだわる農法とたくさんあって、その中で農業をする人が自分の納得いく方法を見つけられれば、それでいいと思います。
いろんな形の農業があってこそ、農業は発展する。
私の役割は、農業には「兼業という関わり方もできるよ」というように、農業の多様性を発信することなのかもしれません。
農業にはさまざまな関わり方があって、人によって好きな農業ができる。そんなふうに農業が親しまれるよう、農業に触れ合う人が増えるよう、私の生き方を貫いていこうと、田植えをしていく中で思いました。
さて、今までは私の考えを紹介してきましたが、7月は、他の農家さんを取材して、その農家さんの考えや思いを紹介しようと思います。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
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