農薬の使用も、結局はバランスが大切【藤本一志の就農コラム 第12回】

こんにちは。岡山県真庭市の兼業農家、藤本一志です。


私の暮らしている岡山県真庭市では、9月末現在、稲刈りの最盛期を迎えています。

あちらこちらの田んぼで、週末になると稲刈りが行われています。

一方、私の田んぼのある岡山市の稲刈りは、10月中旬頃からのスタートです。新米が待ち遠しい今日この頃です。

さて、今回も「農薬」に関する話題を取り上げていきたいと思います。私は学生時代から、生産者や消費者の声はたくさん聞いてきました。しかし、農薬開発にたずさわる人の声は、一切聞いたことがありません。

そこで、農薬開発に関わる友人に現場の声・思いを聞いてみました。私自身の経験や考えも織り交ぜながら、農薬開発について記します。


消費者としての私

農薬開発に関して聞いた話の前に、消費者、そして生産者としての私の経験・考えを整理しておこうと思います。

私が消費者として重要視していることは「産地」です。つまり、「国産」か「海外産」かということ。実は、学生時代の私はオーガニック食品を選んでいました。

調味料・野菜・加工食品はなるべくオーガニックのものを、とオーガニックのお店で購入。オーガニックに関する本を読んだり、勉強会に参加したりして、農薬や食品添加物について勉強していました。

しかし、農家さんにアルバイトに行くようになって、その意識も徐々に変化していきます。みなさんとても広い面積を管理されていて、管理の一環として当たり前に農薬を使用されていました。私も実際に作業をしてみると、「この面積を農薬を使わずに管理するのは厳しい」と感じたのです。

その経験以降、「この人が作った野菜・果物だから安心して食べられる」という意識が強くなりました。そして、その意識は広がり、「日本の農家さんは基準値を守って農薬を使っているから、国産の農産物であれば安心して食べられる」と変化します。

現在では、農産物や肉、魚といった生鮮食品は、国産のものを買うようにしています。

「日本の農家さんを応援する」という気持ちを込めて。


生産者としての私


生産者としては、農薬に非常に助けられています。農薬を使わないと、とても兼業農家としてはやっていけません。しかし、使うときは必ず希釈濃度を守り、決まった時期に決まった量だけ散布しています。

ただ、将来的には、使う農薬の量を減らしたいと考えています。いわゆる「減農薬」です。

これには2つの理由があります。

1つは、「食べてくれる人のため」。

決められた量の農薬を使っていれば、農薬が作物に残留し、人の口に入るようなことはほとんどありません。それでも、万が一のことを考えて、なるべく使用量は減らしたいと思っています。そのためにも「本当に必要な農薬は何か? 」を考えて、適切なものだけを散布したいと考えています。

そして、もう1つは経営的な理由です。

使用する農薬の量を少なくすれば、当然農薬の購入にかかる出費も減ります。出費が減った分、経営にも少し余裕が出るので、なるべく量は減らしたいのです。

しかし、農薬の使用量をゼロにすることは、今のところ考えていません。むしろ、農薬を使わずにお米を育てている自分を想像することができません。

そこまでの技術と知識を身に着けるのに、何年かかるでしょうか。稲の様子、環境の変化、その日の天気など、考えることが多すぎて、兼業農家である自分には到底不可能なことのように感じます。

だから、目標は「減農薬」。

実際、スマート農業機器を使って病害虫の予測をし、被害が予想されそうな場所、もしくは被害が発生している場所にのみ、農薬を散布するといった方法もあります。

まずは減農薬でも栽培ができることを目指して、少しずつ進んでいこうと思います。

先月の講習会で展示してあった、ドローン用の農薬と肥料。ドローンを使うと、散布量を抑えることができる

開発の現場はどうなのか?


さて、そんな私の考え・思いを踏まえたうえで、農薬開発に関わる友人に話を聞いてみました。

まず、農薬は必要かどうかと聞いてみると、「必要だと思う」とのこと。回答自体は私と同じですが、生産者でない彼は、「農薬がないと日本、そして世界の人口を養うだけの食料を生産できないから」と続けます。

実際、日本で有機JASに認定されている農地の面積は、2017年の農水省の統計でわずか0.23%です。有機JASの認定を受けていないながらも有機栽培をしているという農地を含めても、0.5%にしかなりません。残りの99.5%は慣行栽培で生産が行われているのが現状です。

さらに、農家が減っている現状では、生産性の維持に加え、農地保護といった観点からも、農薬は必要です。農業において非常に重要な役割を果たしているのです。

そして、私が特に驚いたのが、化学物質が農薬として世の中に出る確率です。

例えば、ある化学物質が害虫に有効だとしましょう。そうなると、その化学物質は次のような観点から厳しい試験を受けることになります。

  • 虫・病気に対して本当に効果があるのか?
  • 農作物には安全か? 残留しないか?
  • 環境への悪影響はないか?
  • 人への悪影響はないか?
  • 製剤化できるか?

化学物質がこれらの厳しい試験をクリアし、基準値が決まって農薬になる確率は、一説によると14万分の1だというのです。

彼によると、化学物質が医薬品になる確率が2万5千分の1といいますから、農薬になる確率がいかに低いかがわかります。ちなみに、14万分の1という確率は、人の頭から、特定の髪の毛を見つける確率と同じくらいです。

この確率を聞いて、私は試験から農薬開発に至るまでが、予想している以上に厳しいものなのだと感じました。そして、環境や人、農産物への影響試験は予想していましたが、製剤化という視点は新たな発見でした。

いくら成分が有効で、安全性が確保されても、農薬という形で世の中に出回らなければ意味がありません。農家の方々に安全に、そしておいしい農作物を作ってもらうために、開発者や農薬開発メーカーの方々が日々努力されているということが、この話を聞いて伝わってきました。

8月の農薬散布の様子

すべてはバランスが重要


友人に話を聞いて、思ったのは「結局はバランスが大事」だということ。

私たちは病気になると薬を飲みますが、薬は飲む量が決められています。それは、一度にたくさん飲むと危険だからだと誰もがわかることでしょう。

農薬も同じです。

たくさん使えば環境や人、農作物に悪影響が出るのは当たり前。しかし、基準値を守って、バランスよく使用すれば、安心でおいしい農作物が作ることができるのです。

自然は、絶妙なバランスで成り立っています。

我々農家は、自然と農作物と人との関係を、うまくバランスをとりながら活動していくことが大切なのだと、彼と話していて感じました。

最後に、彼は「農家さんにすごく感謝している」と言っていました。

自然と戦いながら、農作物を作ることがどれだけ大変なことか。そんな厳しい環境の中でも、おいしい農作物を作ってくれる。そのおかげでこうして生きていられる。本当に感謝していると語ってくれました。

そして、もう一つ言っていたのは「多くの方に農業の仕事について知ってほしい」ということ。その言葉は、こうして記事を書いている私への思いなのかもしれません。

真庭市ではすでに稲穂が実っている。岡山市はもう少し先

有機農業をめぐる我が国の現状について - 農林水産省[PDF]
https://www.maff.go.jp/primaff/koho/seminar/2019/attach/pdf/190726_01.pdf
農薬開発では日本が最強‐“成功体験”を武器に | 薬剤師のエナジーチャージ 薬+読
https://yakuyomi.jp/industry_news/農薬開発では日本が最強‐成功体験を武器に/
【農家コラム】地域づくり×農業ライター 藤本一志の就農コラム
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  1. 福田浩一
    福田浩一
    東京農業大学農学部卒。博士(農業経済学)。大学卒業後、全国農業改良普及支援協会に在籍し、普及情報ネットワークの設計・運営、月刊誌「技術と普及」の編集などを担当(元情報部長)。2011年に株式会社日本農業サポート研究所を創業し、海外のICT利用の実証試験や農産物輸出などに関わった。主にスマート農業の実証試験やコンサルなどに携わっている。 HP:http://www.ijas.co.jp/
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    さとうまちこ
    宮城県の南の方で小さな兼業農家をしています。りんご農家からお米と野菜を作る農家へ嫁いで30余年。これまで「お手伝い」気分での農業を義母の病気を機に有機農業に挑戦すべく一念発起!調理職に長く携わってきた経験と知識、薬膳アドバイザー・食育インストラクターの資格を活かして安心安全な食材を家族へ、そして消費者様に届けられるよう日々奮闘中です。
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    北島芙有子
    トマトが大好きなトマト農家。大学時代の農業アルバイトをきっかけに、非農家から新規就農しました。ハウス栽培の夏秋トマトをメインに、季節の野菜を栽培しています。最近はWeb関連の仕事も始め、半農半Xの生活。
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    川島礼二郎
    1973年神奈川県生まれ。筑波大学第二学群農林学類卒業。フリーラインスの編集ライターとして、テクノロジーをキーワードに、農業雑誌・自動車雑誌などで執筆・編集活動中。
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    柏木智帆
    米・食味鑑定士/お米ライター/ごはんソムリエ神奈川新聞の記者を経て、福島県の米農家と結婚。年間400種以上の米を試食しながら「お米の消費アップ」をライフワークに、執筆やイベント、講演活動など、お米の魅力を伝える活動を行っている。また、4歳の娘の食事やお弁当づくりを通して、食育にも目を向けている。プロフィール写真 ©杉山晃造
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