発芽種子によるドローン直播実現のための「理想の播種床」とは【「世界と日本のコメ事情」vol.13】

海外産コシヒカリの栽培に30年前から米国・カリフォルニア州で挑戦しながら、オリジナルブランドを開発し定着・普及させた株式会社田牧ファームスジャパンの代表取締役、田牧一郎さんによるコラム

今回は、ドローンを使用した空からの播種後、苗立ちが確立し安定するまでの方法と、播種床のつくり方についてです。

田牧さんのドローン直播は、発芽させた種子をまく方式ですが、空からの播種は種を落とすだけなので、水を張った田んぼでは種が流れてしまいます。そこで考え出したのが、土で防波堤を作る「播種床」を活用すること。

さらに、代かきをするかどうかでも、根の張り方に変化が現れることもわかりました。どのような田んぼにするのが一番いいのか、テストを重ねる中で見えてきた苦悩と工夫を語っていただきました。


30aあたり5分でドローン播種が完了


前回の連載
で書いた、ドローンを使用した空からの直播栽培用「発芽種子散布装置」を、22リットルの発芽種子散布用タンク(特許出願済み)にしたことで、時間あたりの発芽種子の播種量を確保しながら、均一な散布ができるようになりました。

これにより、1回の飛行で10a当たり5~7㎏の発芽種子散播を、60~90秒前後の散布作業時間で実現。日本の標準的な水田区画である30aでの播種作業では、タンクへの発芽種子の補給作業、ドローンのバッテリー交換時間を含めても5分前後で完了します。

この装置が発芽種子の安定的な散布を可能にしたことで、播種後の発芽と、直播栽培最大の問題だった「苗立ち数の確保」も解決することができました。温湯浸法による種子消毒後に一定時間の加温による発芽処理を行い、確実に発芽させた種子を湛水状態の圃場に播種することで、散布された種子はただちに芽と根を伸ばし、結果として苗立ちまでの時間も早く進みます。

また、最終的な収量計算を行うことで、必要とする面積当たりの“苗立ち数”、期待する“分ケツ数”、そして“穂数”を確保するためにまく“播種量”まで、簡単に算出できます。

ドローン播種に必要な播種量は、品種の特徴による“分ケツ数”と一穂あたりの“着粒数”を考慮して計算。イネ栽培で最初に数える“苗立ち数”と“播種量”の数値が近いので、収量計画をベースにした栽培計画も立てやすくなりました。


風に流されない、直播のための防波堤づくり


ただ、播種後に苗立ちが確立し、安定するまでの間にも大きな問題がありました。

それは、代かきをした水田では、弱い風が吹いただけでも苗が動いてしまうことです。

5cm前後に育ったイネが、風で打ち寄せられて集まってしまった様子

水田表面に播かれた種が成長して葉が出てきた状態でも、種は風で動いてしまいます。田んぼの水温度が高い状態だと、イネは播種後2~3日で3~5cmまで育ちますが、この勢いよく育ち始めたイネであっても、強風の後は風下の畔ぎわに大量に寄せられてしまいました。

気温にもよりますが、ドローンで散布した発芽種子が根を土中に強く張り広げるまでには、播種後早くとも7日程度かかります。その間、少しの風でも種子は動いてしまうので、空からの直播栽培での発芽種子は、風が吹いても動かないようにする対策が必要でした。

そこで、発芽種子を定着させる対策として、水田の表面に「防波堤」の役割をするものを置くのが効果的だと考えました。作業のタイミングとして、「水を入れる前」か「播種直後」かで悩みましたが、後者は種子を踏み込み、育ち始めたイネの苗を踏みつぶすことになってしまうので現実的ではありません。そのため、種をまく前に水田の表面に山と谷をつくるようにしました。


圃場に築いた谷の部分で種子が定着


水を入れた水田に空から発芽種子を落とすテストを繰り返して気が付いたのは、「水田に沈む発芽種子は、田面の低いところに落ち着く」ということです。谷に落ちた発芽種子は風が吹いて波が立っても簡単には動きません。これは、山になっている部分の土が水で溶けて少しだけ種子を覆う、「覆土効果」があるからだと思います。

鎮圧した土の表面に種をまくことで、芽と根の伸長が助長され、苗立ちの確立が促進されます。播種前に水田表面の土を細かく砕き、よく鎮圧しながら深さ10cmの溝を作りました。溝は突起のついた鎮圧ローラーをトラクターで引くことで、簡単に規則的に作ることができます。

この状態にしてから湛水し、空から水田に発芽種子をまくと、多くの種子は水田表面につくられた谷に向かって水の中をゆっくりと移動します。谷は約15cm間隔とし、底に集まった種子が苗立ちをする時期には、条に種を播いたように緑色のイネの線が見えてきます。


海外で行われている「代かきをしない」コメ作りとは


単純で簡単な対策をとることで、若いイネが風で流される問題は解決しましたが、さらにこの播種床には期待以上の良い効果がありました。

南米やオーストラリア、そしてアメリカ南部のコメ産地など、直播栽培をしている地域では、“谷”をつくる方法として「グレインドリル」を当たり前のように使用しています。

グレインドリル播種方式では、代かきをしない「乾田状態の水田」にイネの種を播きます。海外の直播栽培では、種まき前の通常作業工程の一つとして「直播イネの根の生育を助ける環境」を自然に取り入れているのです。

カリフォルニアの種まき準備が完了した水田。後は水を入れて、飛行機で種まきをするだけ

グレインドリルで播種した土は、砕土を鎮圧することで土中の水分を種子が吸収しやすくなりますが、水が入っている圃場に種を長く置くと、酸欠を起こして腐って発芽してくれません。そのため、発芽中の種の近くに水分を補給したらすぐに水を抜き、発芽と発根に必要な水分だけを補給する「フラッシング」という水管理を行います。

逆に、雨の多い年は圃場の表面水を抜くための排水作業をします。圃場の水分をコントロールすることで必要な酸素を供給でき、イネは育つのです。

水管理はグレインドリルで行うイネの直播栽培の基本ですが、播種時期の気温が低い場合、イネを保温し成長を促進するためにあえて深水にする方法もあります。しかし、水中で長く育てるとイネは徒長して倒伏しやすくなります。

よく見ると空から播いた種が成長し、防波堤(V字型の溝の谷)に沿って列を成しています

特に「コシヒカリ」などの日本の品種は、直播栽培をすると倒伏しがちです。雑草対策のためにも深水にしておきたいところですが、その場合、苗立ちを確認できたら水を抜いて圃場を乾かし、根の伸長を促させ、さらに生育に合わせて除草剤の散布タイミングを計る、といった繊細な水管理が求められます。


代かきを「する」「しない」で変わる根の育ち具合


この3年間、ドローン直播のイネの分ケツ期および幼穂形成期と出穂期の根の状態を観察していて面白いことに気が付きました。2020年に代かきをして直播栽培をしていたイネと、2019年に代かきをしないでドローンで直播をしたイネでは、生育中のイネの根の発育が違っていたのです。同じ品種を同程度の播種密度で栽培を行ったのですが、幼穂形成期のイネを引き抜いてみたときに、根の色とその量の違いに驚きました。

無代かき直播イネは、収穫時期まで根が白く、1株ごとに多くの根を持っていました。できるだけ根を切らないように、株の周り土を水で洗いながら引き抜いてみましたが、どの株にもたくさんの根が生え、株元から根全体がふくらんで見えます。さらに株元には真っ白な新しい短い根がたくさん出ており、これらの根が次々と育って穂を作り、登熟させるための水と養分を吸収し、穂に送り続けていることがわかりました。

代かきをして播種したイネは、分ケツ数の多少にかかわらず褐色の根が多いです

対して代かきをした水田のイネは、初期成育時期には分ケツも旺盛で根も多く出ていましたが、生育が進むにつれてその根がしだいに褐色になり、白い根の数が極端に少なくなっていきました。さらに、株元からの白く若い根の数も非常に少なくなって、結果として穂の少ない株になってしまいました。

無代かき圃場のイネは、「分ケツ後期」「分ケツの少ない株」「分ケツの多い株」から白い元気な根がたくさん出ています

通常の移植栽培でも、無効分ケツを少なくするために、間断灌漑や中干しなどを行いながらしっかりとした穂を確保して、多収のための管理を必要としています。特に日本品種の空からの直播栽培は、その栽培管理の方法については未知の世界であり、今後の肥培管理の確立が求められます。

2021年のドローン直播栽培では、さらに注意深く観察と比較をしてきましたが、結果は予測通りでした。根の量と色の違いは、「代かきをして播いた圃場」と「代かきをしないで直播をした圃場」ではっきりと出ました。収穫時期のイネの形態調査と収量調査はこれからですが、この差は反収に出てくると思います。

次回は、無代かきによる直播栽培用の播種づくりについて、具体的な方法について、紹介する予定です。
【連載】田牧一郎の「世界と日本のコメ事情」
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WRITER LIST

  1. 田牧一郎
    田牧一郎
    日本で15年間コメ作りに従事した後、アメリカに移り、精米事業、自分の名前をブランド化したコメを世界に販売。事業売却後、アメリカのコメ農家となる。同時に、種子会社・精米会社・流通業者に、生産・精米技術コンサルティングとして関わり、企業などの依頼で世界12カ国の良質米生産可能産地を訪問調査。現在は、「田牧ファームスジャパン」を設立し、直接播種やIoTを用いた稲作の実践や研究・開発を行っている。
  2. 福田浩一
    福田浩一
    東京農業大学農学部卒。博士(農業経済学)。大学卒業後、全国農業改良普及支援協会に在籍し、普及情報ネットワークの設計・運営、月刊誌「技術と普及」の編集などを担当(元情報部長)。2011年に株式会社日本農業サポート研究所を創業し、海外のICT利用の実証試験や農産物輸出などに関わった。主にスマート農業の実証試験やコンサルなどに携わっている。 HP:http://www.ijas.co.jp/
  3. 石坂晃
    石坂晃
    1970年生まれ。千葉大学園芸学部卒業後、福岡県の農業職公務員として野菜に関する普及指導活動や果樹に関する品種開発に従事する一方、韓国語を独学で習得(韓国語能力試験6級)。退職後、2024年3月に玄海農財通商合同会社を設立し代表に就任、日本進出を志向する韓国企業・団体のコンサルティングや韓国農業資材の輸入販売を行っている。会社HP:https://genkai-nozai.com/home/個人のブログ:https://sinkankokunogyo.blog/
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    川島礼二郎
    1973年神奈川県生まれ。筑波大学第二学群農林学類卒業。フリーラインスの編集ライターとして、テクノロジーをキーワードに、農業雑誌・自動車雑誌などで執筆・編集活動中。
  5. 堀口泰子
    堀口泰子
    栄養士、食アスリートシニアインストラクター、健康・食育シニアマスター。フィットネスクラブ専属栄養士を経て独立。アスリートの食事指導や栄養サポートの他、離乳食から介護予防まで食を通じて様々な食育活動を行う。料理家としても活動し、レシピ提案、商品開発も担う。食事は楽しく、気負わず継続できる食生活を伝えることを信条とする。スポーツの現場ではジュニアの育成、競技に向き合うための心と体の成長に注力している。HP:https://eiyoushiyakko.jimdofree.com/
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