日本のコメ生産者だけが知らない、海外の日本産米マーケットの現実【田牧一郎の「世界と日本のコメ事情」vol.21】
前回のコラム『世界のコメ生産における日本の強みを知ろう』では、世界と比べた場合の日本のコメ生産の強みと、二本のコメを世界に売りたいのであれば、世界に気を配るコメ作りをすべきだと提言しました。
今回はより具体的に、日本のコメを輸出産業として確立させるために、どんなことが必要かを考えてみたいと思います。
これまで日本のコメ生産者は、「自分たちが作ったコメをどうしたら海外の人に買ってもらえるか」ということに注力してきたと思います。今回は「日本の(いま作っている)コメを売る方法」ではなく、「誰がどんなコメなら買ってくれるのか」を考えていきます。
コメに限らず、モノを売る時にはさまざまな条件を調査しなければなりません。では、日本で生産されたコメについての現状はどうでしょうか?
計画通りに生産・販売ができているでしょうか? 「どこの誰に」「何をいくらで」「どうやって売るのか」は明確でしょうか?
地元の農協や企業に対して売るコメも、海外の国を相手にした輸出用のコメも、販売先が外国になり商品の販売地域が異なるだけで、考えるべきこと自体は同じです。
特に、2022年前半からの急激な円安により、為替も米ドルに対して円安の傾向はまだまだ強く、2023年現在も輸出しやすい条件下にあると言えます。この円安の環境がうまく機能すれば、日本からの輸出量は格段に増やせるはずです。
実は、政府の方針で2019年から国産米の輸出施策が本格的に始まっています。コメ生産の多い地方自治体では、管内の経営規模の比較的大きなコメ生産者を中心に、輸出の取り組みが始まりました。地域ごとのJAとJAの全国組織の連携により、海外への売り込みも行われています。
ただ、今のままでの日本産米の輸出は、うまくいかないと私は考えています。
輸出対策として、生産者には生産費の低減のために、輸出業者には海外の新しい市場開拓のために、それぞれ助成金が支給されています。しかしそれらは、助成金の目的である国産米の輸出拡大には寄与しない、残念な支援になってしまうと思います。
日本向けに生産して余った農産物を輸出するのは、買い手の必要としているものを輸出して販売することとは、意味が異なるからです。
“コメ”と一口に言っても、食料として人間が直接食べるコメもあれば家畜の飼料としての穀物のコメもあり、消費のされ方も消費量も大きく異なります。
また、国が取り組んでいる日本産米の輸出は、国際相場でのバラ輸送での売買(スポット取引)による短期的・少量な取引ではありません。本格的に日本産米を輸出するとなれば、食糧としての長期的な輸出販売、生産国内での長期的な生産と保管・流通計画を持ち、人に消費してもらうための輸出にしなければならないでしょう。
ひるがえって、日本の現在のコメづくりは、国内消費を満たすために行うのが本来の目的となっていると思います。この目的が達成されたその先に、さらに生産を拡大し、海外で消費してもらうために、今までとは目的の異なるコメづくりを行うことになります。将来にわたってコメ生産の維持と拡大を続けていくためには、新しい市場の開拓が必要です。
その目的の達成のためには、輸入国の潜在的な需要を発掘し、輸出拡大に寄与することが必要になります。
先にご紹介した新規市場開拓のための補助金は、こうした新しい日本のコメづくりの目的達成のためのものなのか? 私には少し違っているように思うのです。
日本のコメ生産の目的が、「海外での日本的な“炊飯米”需要の掘り起こし」と、消費量の拡大により日本のコメづくりと関連産業の発展成長につながるならば、それは非常に良いことです。
しかし、現状の輸出対策の補助金は、日本の生産者が従来と同じように栽培することに対するものばかり。それでは海外で利益を得られる農産物を作るため、とは言えません。輸出先でどんな農産物が求められているのか、確かな情報がない状態では、現地で食べる人に必要とされるコメの生産をすることは無理でしょう。
では、日本産米を輸出して海外で販売し、安定した消費の拡大を目指すためには、何をどうすればよいのでしょうか?
まず、私は海外での新市場開拓と宣伝広告のためにこそ助成金を使うべきだと考えます。それにより、新しい市場への商品紹介と、販売スタートのための対策が実施できます。
現物がなくとも、販売しようとするエリアにある宣伝・広告媒体に費用を支払い、販売対象エリアでの新商品販売の開始案内をすれば、店頭に並べる前に販売する商品の名前を知らせることはできます。
また、海外の食品小売店の棚に日本産米を置いてもらうためには、営業努力はもちろんのこと、さまざまな対策が必要になります。国や地域ごとに日本とは違った商習慣や輸入に対する規制もあるでしょう。さらに、販売国のコメ販売業者や小売店との協議をして、日本とは異なる商習慣や取扱関連法令に沿った販売活動も求められます。
また、現地のマーケットリサーチも、新市場への進出には不可欠な作業です。可能であれば生産者自ら市場を見て、ユーザーや流通業者の話を聞き、競合する商品を炊飯・試食して、きちんと確かめることが大事です。
そうして、日本産米と競合するコメの味と品質を比べた結果、売価が競争できる価格なのか? 小売店の棚に並んだ時に、自分たちの商品がどのように見えるのか? などを考えなくてはいけません。
日本の輸出業者や輸入販売している流通業者が事情をわかっているからと、彼らだけに販売を任せてしまうと、生産者の思いを食べる人にまで伝えることは難しいでしょう。それはこれまでの日本産米の輸出の実態を見ればわかることです。
私自身のカリフォルニアでの米販売の経験上、日本産の“日本で美味しいコメだと言われている品種”は、喜ばれない国や地域もあるのです。日本食や寿司ように、コメを使った食事は世界中で人気ですが、それらに日本産のコメはほとんど使われていないのが実情です。
では、海外ではどのような米が求められているのか──。次回は、世界の日本食のコメを供給し、日本産米の輸出の大きな可能性があるカリフォルニアのマーケットやニーズについて、お話ししていきたいと思います。
今回はより具体的に、日本のコメを輸出産業として確立させるために、どんなことが必要かを考えてみたいと思います。
売れる商品は、買い手が欲しがるもの
これまで日本のコメ生産者は、「自分たちが作ったコメをどうしたら海外の人に買ってもらえるか」ということに注力してきたと思います。今回は「日本の(いま作っている)コメを売る方法」ではなく、「誰がどんなコメなら買ってくれるのか」を考えていきます。
コメに限らず、モノを売る時にはさまざまな条件を調査しなければなりません。では、日本で生産されたコメについての現状はどうでしょうか?
計画通りに生産・販売ができているでしょうか? 「どこの誰に」「何をいくらで」「どうやって売るのか」は明確でしょうか?
地元の農協や企業に対して売るコメも、海外の国を相手にした輸出用のコメも、販売先が外国になり商品の販売地域が異なるだけで、考えるべきこと自体は同じです。
特に、2022年前半からの急激な円安により、為替も米ドルに対して円安の傾向はまだまだ強く、2023年現在も輸出しやすい条件下にあると言えます。この円安の環境がうまく機能すれば、日本からの輸出量は格段に増やせるはずです。
日本で余った日本産米の消費者はどこにいる?
実は、政府の方針で2019年から国産米の輸出施策が本格的に始まっています。コメ生産の多い地方自治体では、管内の経営規模の比較的大きなコメ生産者を中心に、輸出の取り組みが始まりました。地域ごとのJAとJAの全国組織の連携により、海外への売り込みも行われています。
ただ、今のままでの日本産米の輸出は、うまくいかないと私は考えています。
輸出対策として、生産者には生産費の低減のために、輸出業者には海外の新しい市場開拓のために、それぞれ助成金が支給されています。しかしそれらは、助成金の目的である国産米の輸出拡大には寄与しない、残念な支援になってしまうと思います。
日本向けに生産して余った農産物を輸出するのは、買い手の必要としているものを輸出して販売することとは、意味が異なるからです。
“コメ”と一口に言っても、食料として人間が直接食べるコメもあれば家畜の飼料としての穀物のコメもあり、消費のされ方も消費量も大きく異なります。
また、国が取り組んでいる日本産米の輸出は、国際相場でのバラ輸送での売買(スポット取引)による短期的・少量な取引ではありません。本格的に日本産米を輸出するとなれば、食糧としての長期的な輸出販売、生産国内での長期的な生産と保管・流通計画を持ち、人に消費してもらうための輸出にしなければならないでしょう。
ひるがえって、日本の現在のコメづくりは、国内消費を満たすために行うのが本来の目的となっていると思います。この目的が達成されたその先に、さらに生産を拡大し、海外で消費してもらうために、今までとは目的の異なるコメづくりを行うことになります。将来にわたってコメ生産の維持と拡大を続けていくためには、新しい市場の開拓が必要です。
その目的の達成のためには、輸入国の潜在的な需要を発掘し、輸出拡大に寄与することが必要になります。
先にご紹介した新規市場開拓のための補助金は、こうした新しい日本のコメづくりの目的達成のためのものなのか? 私には少し違っているように思うのです。
輸出対策の補助金が、国内での生産に使われているという矛盾
日本のコメ生産の目的が、「海外での日本的な“炊飯米”需要の掘り起こし」と、消費量の拡大により日本のコメづくりと関連産業の発展成長につながるならば、それは非常に良いことです。
しかし、現状の輸出対策の補助金は、日本の生産者が従来と同じように栽培することに対するものばかり。それでは海外で利益を得られる農産物を作るため、とは言えません。輸出先でどんな農産物が求められているのか、確かな情報がない状態では、現地で食べる人に必要とされるコメの生産をすることは無理でしょう。
では、日本産米を輸出して海外で販売し、安定した消費の拡大を目指すためには、何をどうすればよいのでしょうか?
まず、私は海外での新市場開拓と宣伝広告のためにこそ助成金を使うべきだと考えます。それにより、新しい市場への商品紹介と、販売スタートのための対策が実施できます。
現物がなくとも、販売しようとするエリアにある宣伝・広告媒体に費用を支払い、販売対象エリアでの新商品販売の開始案内をすれば、店頭に並べる前に販売する商品の名前を知らせることはできます。
また、海外の食品小売店の棚に日本産米を置いてもらうためには、営業努力はもちろんのこと、さまざまな対策が必要になります。国や地域ごとに日本とは違った商習慣や輸入に対する規制もあるでしょう。さらに、販売国のコメ販売業者や小売店との協議をして、日本とは異なる商習慣や取扱関連法令に沿った販売活動も求められます。
生産者自身が現地のマーケットを知ることが大切
また、現地のマーケットリサーチも、新市場への進出には不可欠な作業です。可能であれば生産者自ら市場を見て、ユーザーや流通業者の話を聞き、競合する商品を炊飯・試食して、きちんと確かめることが大事です。
そうして、日本産米と競合するコメの味と品質を比べた結果、売価が競争できる価格なのか? 小売店の棚に並んだ時に、自分たちの商品がどのように見えるのか? などを考えなくてはいけません。
日本の輸出業者や輸入販売している流通業者が事情をわかっているからと、彼らだけに販売を任せてしまうと、生産者の思いを食べる人にまで伝えることは難しいでしょう。それはこれまでの日本産米の輸出の実態を見ればわかることです。
私自身のカリフォルニアでの米販売の経験上、日本産の“日本で美味しいコメだと言われている品種”は、喜ばれない国や地域もあるのです。日本食や寿司ように、コメを使った食事は世界中で人気ですが、それらに日本産のコメはほとんど使われていないのが実情です。
では、海外ではどのような米が求められているのか──。次回は、世界の日本食のコメを供給し、日本産米の輸出の大きな可能性があるカリフォルニアのマーケットやニーズについて、お話ししていきたいと思います。
【連載】田牧一郎の「世界と日本のコメ事情」
- アメリカでEC販売を開始した「会津産こしひかり白米」の反響 【田牧一郎の「世界と日本のコメ事情」vol.32】
- 「会津産こしひかり白米」のアメリカ販売がスタート 最初の販路は……?【田牧一郎の「世界と日本のコメ事情」vol.31】
- アメリカで見た日本産米の海外輸出の現状【田牧一郎の「世界と日本のコメ事情」vol.30】
- 日本と異なる輸出商品の決まりごと【田牧一郎の「世界と日本のコメ事情」vol.29】
- いよいよ始まった福島県産白米のアメリカ輸出 【田牧一郎の「世界と日本のコメ事情」vol.28】
- 食味の高い日本産米がなぜアメリカでは売れないのか?【田牧一郎の「世界と日本のコメ事情」vol.27】
- 福島県産米を世界で売るための「ブランド戦略」【田牧一郎の「世界と日本のコメ事情」vol.26】
- 日本産米が世界で売れる余地はあるのか? カリフォルニア現地調査レポート【田牧一郎の「世界と日本のコメ事情」vol.25】
- 日本人の常識は当てはまらない「海外で売れる米商品」とは【田牧一郎の「世界と日本のコメ事情」vol.24】
- “海外で売れる”日本産米輸出の考え方【田牧一郎の「世界と日本のコメ事情」vol.23】
- 日本産米の輸出を阻む「輸送コスト」の解決策【田牧一郎の「世界と日本のコメ事情」vol.22】
- 日本のコメ生産者だけが知らない、海外の日本産米マーケットの現実【田牧一郎の「世界と日本のコメ事情」vol.21】
- 世界のコメ生産における日本の強みを知ろう【田牧一郎の「世界と日本のコメ事情」vol.20】
- コメ生産を諦めないための「低コスト生産」の条件を考える(後編) 【田牧一郎の「世界と日本のコメ事情」vol.19】
- コメ生産を諦めないための「低コスト生産」の条件を考える(前編)【田牧一郎の「世界と日本のコメ事情」vol.18】
- カリフォルニアのコメ生産に学ぶ日本の低コスト栽培に必要なこと【田牧一郎の「世界と日本のコメ事情」vol.17】
- カリフォルニアでの大区画水田作業は、実は効率が悪い?【田牧一郎の「世界と日本のコメ事情」vol.16】
- ドローン直播栽培が日本産米の輸出競争力を高める切り札になる【田牧一郎の「世界と日本のコメ事情」vol.15】
- ドローンによる直播栽培を日本で成功させるために必要なこと【田牧一郎の「世界と日本のコメ事情」vol.14】
- 発芽種子によるドローン直播実現のための「理想の播種床」とは【「世界と日本のコメ事情」vol.13】
- 日本の環境に適したドローン用播種装置を開発するまで【田牧一郎の「世界と日本のコメ事情」vol.12】
- 日本のコメ生産コスト低減のカギは農作業用ドローンによる直播に【田牧一郎の「世界と日本のコメ事情」vol.11】
- カリフォルニアのコメビジネスの基礎を作ったのは、若い大規模生産者だった【田牧一郎の「世界と日本のコメ事情」vol.10】
- 日本の「おいしいコメ」を世界で売るためのアイデアとは?【田牧一郎の「世界と日本のコメ事情」vol.9】
- なぜ日本の生産者はコメを世界に売ろうとしないのか【田牧一郎の「世界と日本のコメ事情」vol.8】
- 日本の品種が世界で作れないわけ その3【田牧一郎の「世界と日本のコメ事情」vol.7】
- 日本の品種が世界で作れないわけ その2【田牧一郎の「世界と日本のコメ事情」vol.6】
- 日本の品種が世界で作れないわけ その1【田牧一郎の「世界と日本のコメ事情」vol.5】
- オリジナルブランド“田牧米”が世界のブランド米になるまで【田牧一郎の「世界と日本のコメ事情」 vol.4】
- 籾で流通させるアメリカのコメ流通事情【田牧一郎の「世界と日本のコメ事情」 vol.3】
- カリフォルニア州でのコメの生産環境とは【田牧一郎の「世界と日本のコメ事情」 vol.2】
- アメリカで日本のコメ作りに挑戦した理由【田牧一郎の「世界と日本のコメ事情」vol.1】
SHARE