ドローンによる直播栽培を日本で成功させるために必要なこと【田牧一郎の「世界と日本のコメ事情」vol.14】

海外産コシヒカリの栽培に30年前から米国・カリフォルニア州で挑戦しながら、オリジナルブランドを開発し定着・普及させた株式会社田牧ファームスジャパンの代表取締役、田牧一郎さんによるコラム

昨今まで日本の稲作は、「空から種を播く」方式の直播栽培が普及しませんでした。なぜなら、戦後「多収品種」がメインでその研究が行われていなかったからです。

今回は、なぜ日本では空からの直播栽培が普及しなかったのか、水田が小さく大型機械が使用できない稲作はどうすべきか、そしてドローン播種のための今後の栽培技術について語っていただきました。


日本が空から種を播くことを考えなかった理由


カリフォルニアでは、飛行機から種を撒いて栽培する方法が一般的な栽培技術として普及しているのに、日本ではなかなか実現できていません。

それはなぜかというと、日本の水田区画は小さいながら所有者が異なり、さらに栽培する品種も水田によって違うので、カリフォルニアでのコメ栽培のようにはいかないからです。

カリフォルニアの大区画水田の様子。畔の水漏れ防止にディスク耕を行っている

試験的ですが、空からの種まきによる稲作は動力噴霧機を使用して畔から種を水田に飛ばし、栽培をしたという事例を聞いたことはあります。試験的だったので小面積直播栽培に止まっていましたが、コマーシャルベースでの空から種を播く直播栽培は日本では行われていなかったと言えます。

水田の区画をはじめ用水と排水の制約などもあり、個別農家による移植栽培だけが、イネの現実的な栽培技術になったのも当然のことだと思います。

空からではない直播栽培も長年研究されてきました。しかし、実際に直播方式でイネが栽培されていたのはごくわずかの面積。そのほとんどは、乾田状態の水田でトラクターにイネの専用播種装置を牽引させ、酸素供給材や鉄粉をコーティング剤として種子にまぶして土の中に種を播くものでした。

例外としてラジコンヘリを使った直播栽培でも、コーティングした種子を空から播くのは、ごく一部の水田で実施されているだけです。

収穫後に代かきを行い、気温の上がる春に水田に深い溝を作り、その中に種を播き、覆土までの一連の工程を行う作業機をトラクターに牽引させる直播方式もあります。


移植栽培が重視されたのは時代の要請だった


日本で直播栽培が普及しなかった原因はいくつか考えられます。

コメ栽培は移植栽培を基本に研究・開発され、栽培に関する機械も使用する資材もすべて移植栽培のイネに対応した物でした。1945年の太平洋戦争の終結に伴い、海外からの引揚者による急激な人口増加と、1947~1949年ごろまでの第一次ベビーブームの到来でコメ消費量が増加しました。

稲の収量性や各種栽培に関する作業性を考慮すると、移植栽培以外の生産方式では主食のコメの需要に追い付くことができず、それ以外の栽培方法を行うメリットが見いだせなかったのだと思います。しかし国と生産者が努力し、戦後急ピッチで水田を増反したことでコメを増産することに成功しました。

と同時に、コメ以外の輸入穀物の消費も年々増し、コメ政策はこれまで増やしてきた国内のコメ生産量の調整へと転換し、減反政策が行われました。そのため「多収品種」から、味が良く市場で高く販売できる「良食味品種」の作付けにシフトしていったのです。

結果として、コメの販売単価は年々上がりましたが、物価上昇とともにコメの生産費も上昇しました。しかし、この段階ではコメの生産コストを削減するという強い動機にはならなかったのかもしれません。

移植栽培が100%の面積で行われていた時代に、直播栽培の開発と普及に取り組むことは政策目的に合致しないので、予算措置(コメの育種をはじめ種子生産、栽培方式などの技術対策には巨額の国費が投入されていました)されず、取り組みすらできない状況であったと推測できます。

そんな状況下でも、いくつかの直播栽培の研究は民間ベースで農機具メーカーと都道府県の研究機関との共同研究などにより現在も継続しています。


直播栽培普及のカギは直播に適した品種開発


日本での直播栽培は、低コストコメ作りの「切り札技術」だと思います。しかし、直播栽培技術があまり普及しないのには、大きな理由が考えられます。中でも一番の理由は「直播栽培に適した品種が開発されなかった」ことです。

日本で開発された直播栽培は「乾田直播栽培」という、乾いた土の中に専用播種機を使って種を埋め、発芽したら水を入れてイネを育てる方式です。移植栽培で田植えをするために行う「代かき」と「田植え」をせず、イネを発芽させてそのまま収穫まで成長させます。

したがって、移植栽培用に開発された品種を乾田状態の水田の土の中に直接播く方式しかあり得なかったのだと思います。

一方、直播栽培のように土に直接種を播く方式は「ばらまき」や「すじまき」、最近では「点ぱ(1カ所に5粒程度の種を置く)」方式があります。中でも移植栽培と同様に分ケツして株となって育つと倒伏しにくくなることから、「点ぱ」が少しずつですが普及しています。

しかし、「点ぱ」のデメリットは点播専用の播種機が高額なこと。自走式はなく、トラクターに専用機を牽引させることになるのですが、コメ以外の生産物で使用する人は日本では非常に少なく、稲作専用の播種機となっているのが現状です。当然、機械メーカーが製造コストを下げられるほどの普及台数には至っていません。

このような状況もあり、低コストで実現できるドローン直播が注目されているのです。


ドローンでの稲作に不可欠な「理想の播種床」とは


植物の種を播く際、その播種床づくりは非常に重要な作業ですが、ドローン直播でもそれは同様です。イネの種まきも野菜を育てるのと同じように丁寧に播き床を作り、“種”周辺の環境を良く整えておきます。

カリフォルニアの水田にて。田んぼを耕した後、種子生産用と栽培試験用に分けて生育させたのだとか

田牧流播種床づくり作業の手順

(1)水田の土が乾いている時にプラウで10㎝程度に浅く土を反転。イネ刈りあとの切株やイネわらにも土をかぶせるように反転させる。

(2)反転した土の表面が乾くのを待ち、乾いた土を小さく砕きながらレーザーレベラーで均一にする。乾いた土がレベラーの排土板で砕かれながら移動し、プラウで反転された土塊のすき間がふさがれて土がならされる。
(※レーザーレベラーが使えない場合の対応は別途検討中。2022年作付けシーズン前にその試験を行う予定)

(3)水田の表面の土が乾いた時に、ギザギザローラーをトラクターで引っ張り、水田の表面に山と谷を造っていく。

(4)水を入れて10㎝前後(山が水にくぐる)の深さに保つ。

このやり方で播種床を作るには、30馬力程度のトラクターで牽引できる、幅2m前後の作業機が理想です。

都市近郊の30~60アール区画に整備されていない圃場や、中山間地の元々小さい水田では、トラクターの旋回も容易にできず、作業機をつないで圃場に入ることも困難な場合があります。小さい水田では昔ながらの手押し耕運機やバインダーを使って作業することになりますが、耕作者の高齢化に伴い現実的な対策ではないと思います。

そこで、幅の狭い作業機を小さい馬力のトラクターで引っ張り、区画の小さな水田も道路も、そして圃場も乾いた状態で出入りができれば、安全に播種床づくりの作業が可能になります。

今年、実際に播種床を作り、水を溜めた田んぼにドローンで種まきをしてみたところ、10アールあたり3~5㎏の種子を1分で播き終えました。種は温湯で消毒して発芽処理をして播くことで、水田に貯めた水に入るとすぐに成長をはじめ、しっかりと根を張り強い稲になるでしょう。

平地の大きい区画の水田であれば、大型トラクターに作業幅の広い大きなリバーシブルプラウで浅く反転耕を行い、幅の広いレーザーレベラーと広い幅のギザギザローラー(筆者造語。鎮圧ローラーにギザギザをつけた機械)を使用すれば、短時間で播種床づくりを終えて播種ができます。


ドローン直播により栽培計画や請負作業も普及する

飛行機で種子散布したイネの生育を調査

今までの移植栽培では、田植え用の苗つくりや水田の耕起作業後、水を入れての代かき作業など準備作業が多く、田植え作業を終えるまで夜の寝る時間を惜しんでの作業が続きました。

しかし、移植栽培から発芽種子のドローン直播栽培に切り替えることで、作業計画は立てやすくなります。時間当たりの作業処理面積は大きく、いままで受託を断ってきた水田も作業を請け負うことで、地域全体の作付面積を維持することも可能になることでしょう。

ドローンなどの新しいツールや、空からの作物の解析など今までなかった新しい技術を取り入れることで、より良いコメ作りが実現できればと、考えています。最近のコメ価格の低下に対しても、低コスト生産が解決策の重要なポイントになります。日本産のコメの販売先として世界に目を向ければ、大きなマーケットが広がっています。


【連載】田牧一郎の「世界と日本のコメ事情」
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  1. 田牧一郎
    田牧一郎
    日本で15年間コメ作りに従事した後、アメリカに移り、精米事業、自分の名前をブランド化したコメを世界に販売。事業売却後、アメリカのコメ農家となる。同時に、種子会社・精米会社・流通業者に、生産・精米技術コンサルティングとして関わり、企業などの依頼で世界12カ国の良質米生産可能産地を訪問調査。現在は、「田牧ファームスジャパン」を設立し、直接播種やIoTを用いた稲作の実践や研究・開発を行っている。
  2. 福田浩一
    福田浩一
    東京農業大学農学部卒。博士(農業経済学)。大学卒業後、全国農業改良普及支援協会に在籍し、普及情報ネットワークの設計・運営、月刊誌「技術と普及」の編集などを担当(元情報部長)。2011年に株式会社日本農業サポート研究所を創業し、海外のICT利用の実証試験や農産物輸出などに関わった。主にスマート農業の実証試験やコンサルなどに携わっている。 HP:http://www.ijas.co.jp/
  3. 石坂晃
    石坂晃
    1970年生まれ。千葉大学園芸学部卒業後、福岡県の農業職公務員として野菜に関する普及指導活動や果樹に関する品種開発に従事する一方、韓国語を独学で習得(韓国語能力試験6級)。退職後、2024年3月に玄海農財通商合同会社を設立し代表に就任、日本進出を志向する韓国企業・団体のコンサルティングや韓国農業資材の輸入販売を行っている。会社HP:https://genkai-nozai.com/home/個人のブログ:https://sinkankokunogyo.blog/
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    川島礼二郎
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    堀口泰子
    栄養士、食アスリートシニアインストラクター、健康・食育シニアマスター。フィットネスクラブ専属栄養士を経て独立。アスリートの食事指導や栄養サポートの他、離乳食から介護予防まで食を通じて様々な食育活動を行う。料理家としても活動し、レシピ提案、商品開発も担う。食事は楽しく、気負わず継続できる食生活を伝えることを信条とする。スポーツの現場ではジュニアの育成、競技に向き合うための心と体の成長に注力している。HP:https://eiyoushiyakko.jimdofree.com/
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