日本の環境に適したドローン用播種装置を開発するまで【田牧一郎の「世界と日本のコメ事情」vol.12】

海外産コシヒカリの栽培に30年前から米国・カリフォルニア州で挑戦しながら、オリジナルブランドを開発し定着・普及させた株式会社田牧ファームスジャパンの代表取締役、田牧一郎さんによるコラム

前回、カリフォルニアでの飛行機による播種と日本でのドローンによる播種のコストや作業時間を比較し、ドローン播種の可能性を示唆していただきました。

実は、田牧さんは実際にドローンを使用した「空から」の農業を日本で実現すべく、開発・試作を重ねてきました。イネの播種を実現するまでの試行錯誤と、今後の展開についてご紹介いただきます。


播種装置を装備したドローンでイネの種まきが成功するまで


日本では数年前から小型ドローンが農業に使われ始めました。主な用途は農薬の液剤散布と作物の画像解析です。イネの種まきや粒状の除草剤、肥料散布なども試されてきましたが、形も比重も異なる粒状物を均一に散布するための散布装置として、まだ改良の余地があると思います。

最近、16リットルや22リットルのタンクも開発されていますが、散布用としての主流は10リットル前後の散布装置のタンク。しかし、容積が小さいので散布材の積み込みの頻度が高くなり、期待したほど作業の能率が上がらないと感じることもあります。長時間の継続飛行で作業をしたいときには、充電した予備のバッテリーをたくさん用意するか、充電機を常に動かしながら予備バッテリーに充電を繰り返さないと、作業が中断してしまいます。

ドローンでの作業を効率よく継続して行うには、なるべく多くの種子や粒剤が積めるタンクが搭載できる散布装置や、長時間作業に対応可能なバッテリーの開発・改良などが必要だと思います。


イネの種まき用ドローンとして使うための対策


私は2019年から、メーカーが開発し販売しているドローンを借りて、資格のある操縦者にイネの種まきを依頼してきました。

「コメ作りにドローンがどう使えるのか」「どうすれば期待する作業ができるのか」など、段階を追って試験を重ねましたが、メーカーの農業用ドローンに装着された粒剤散布装置。

では、「時間当たりに可能な散布量が少ない」「常に安定した量の散布が難しい」などを確認。私が期待したようなイネの種まきには不向きなことがわかりました。

実際に飛行しながらイネの種子をまくには解決すべき問題があったので、粒剤散布装置による散布試験を繰り返し、イネの種を期待通りに播くことのできる散布装置にならないのかを常に考えていました。

室内での播種テスト用に手を加えたコントローラー

ドローン播種の性能目標は10aあたり5kg


メーカーのドローンでのイネの種まき装置で、第一に「改良したい」と思った点は時間当たりの播種量の増加でした。

使用していた粒剤散布装置は比重の大きい、粒状の丸い化成肥料のようなものを散布するのには良くできた装置でした。タンクの底にあるシャッターを開けると、乾燥した粒状の化成肥料がきれいに散粒盤に落ち、散粒盤の回転によってほぼすべて散布できました。

しかしイネの種子は比重が比較的小さく、球状でなく、さらに籾ガラに細かいトゲトゲの突起物があり滑りにくく動かしにくい物です。この籾に枝梗(しこう)が残っていると枝梗同士絡み合い、さらに動きが悪くなってタンクの中から出てこなくなります。

そこでまず、イネの種まき用ドローンの性能目標を立てることにしました。

面積当たりの播種量を5㎏/10a(一般的な品種の収量構成要素である、株数・分ケツ数と穂数、一穂着粒数と登熟歩合、玄米千粒重などから、多少多めの目標値です)とし、その地方での平均的な反収を得るために、目安となる面積当たりの播種量を算出し、目標値を出しました。

一度の飛行で、10aの水田に5㎏の播種量を均一に散布できるまでにかなり時間がかかりました。また、時間をかければ解決するような単純な問題ではなく、タンクも含めた散布装置そのものの改良が必要だとわかりました。


種子の乾燥状態や枝梗の有無による散布能力の確認


まずは問題点を確認することから始めました。室内で散布装置だけを動かすようにして、タンクにイネの種子を入れ、散布試験を繰り返しました。

イネの種子をスムーズに散布プレート上に落とすため、散布装置の底についている開閉シャッターと散布プレートの回転数を調整。さらに、関連している条件の組み合わせを変えて試しました。

また、種子の乾燥状態を変えることでも種子の動きは変化します。乾燥状態を確かめながら試験を繰り返し、その中でベストの組み合わせを見つけ出しました。

ドローン播種用に使用した芽と根が伸びすぎた種子
タンク内の種子の動きについても、本来動きにくい種子に期待通りの動きをさせるためにはどうしたら良いかを考え、試しました。「散布用種子の乾燥状態」「枝梗の有無」などの異なる試料を作り、何度も散布試験を繰り返しながら改良点を見つけ出し、可能な対策を考え、工夫し、試験を繰り返しました。

気が付けば2020年の夏はこの作業を繰り返すことで、過ぎてしまいました。


技術者への依頼と試験


室内で試行錯誤を繰り返し、満足できる状態にまできた段階で、独自の試験で考え出した改良対策をドローン販売店の技術専門家に相談してみました。そして、タンクと散布装置に改良したものを施してもらいました。

まずは室内にて飛行しない状態で「改良イネ種子播種装置」をドローン本体にセットしての散布能力の確認です。こちらは設定した時間で、予定通りの量を散布できることが確認できました。

次はいよいよ実際に飛行させての散布試験です。ハプニングもなく期待通りに種子が散布でき、ようやく私が期待していた通りの装置になりました。

さらに実際の圃場で条件の異なる種子を散布し、起こりうる予想外のことにも対応しながら、より確かなイネの種まき装置として完成度を高めてきました。


「イネの発芽種子の散布装置」での初作業


テストを重ね、ようやくドローンでの種まきができるまでになりました
2021年5月、ついに本番を迎えました。この装置を使ったイネの種を播き栽培です。本番では、今までの経験からイネの種子は温湯浸法による種子消毒を行い、発芽した状態の種子を用意して散布してもらいました。

散布当日は、朝からの比較的強い風が吹いていたので、風力や風向きにドローンの動きを合わせ、種まき作業を行いました。

飛行高度による種子の散布範囲の確認や、水田の枕地の散布方法などを確認しながらの、仕上げの試験でもありました。

ドローン操縦のベテランパイロットも、この機体でのイネの種まきは初めての経験でしたが、私の要求にそって試験飛行作業を行ってくれました。播種密度も作業に慣れてくると、期待値に近い量である10a当たり5㎏の散布ができるようになりました。

30 a区画×2の水田、合計60アールの種まき作業を行いました。1回の飛行で約7.5㎏の種子をタンク積み込み、種まき作業時間は10aあたり約90秒で播くことができました。


土の状態は代かきあり/なしでの比較も


実は過去のドローンでのイネ種子の直播試験を行った際、水田の状態について、代かきをした水田に種をまくことがいいのかどうか疑問を持っていました。代かき作業をすることのメリットとデメリットを再検討し、まずは無難に長年行ってきた、「なじみ」のある代かきをしてからの種まきにしました。

いろいろなテストを行いたかったのですが、ドローン操縦士さんに協力していただいているので、できるだけ安全な方法を選択しながらの試験になりました。その中でも理論と実際の違いを考え、今までのさまざまな結果を整理し、今年は何とか違いが出せる試験にトライしてみました。

今年も多くのテーマを考え、ドローンでイネの種をまいての栽培にチャレンジしました。その代表的なものが播種装置の改良であり、さらに以前、試験を行った「代かきをしない水田にドローンで種を播く」ことも一部の水田で実施し、代かきした場合と比較できるようにしました。

播種後の水管理についても試験中で、水深さについては鳥害(スズメ・カモ)対策と合わせて、さらに実験が必要だと認識しています。


ドローン播種が低コストのコメ作りを加速する


日本やアジアでの「高生産性コメ作り」のスタート位置に着くためのツールである、「空からイネの種を播く装置」が開発できた事で期待が大きく広がります。

日本でのイネの直播栽培による生産性向上対策を目指し、真摯に取り組んできた結果「農業用ドローンで空から発芽種子を播く装置」を、生産のための道具として現場で使えるものにしました。この散布装置の改良は、2021年8月に特許出願も完了しています。農業用ドローン本体とタンク、改良播種装置は、ドローン取り扱い専門店から2022年に向けて販売を開始する予定にもなっています。

室内散布試験用のタンク。何度も試行錯誤を繰り返しました
これに留まることなく、農業用ドローンを使ったイネ栽培作業にかかるコストの低減可能な、合理的な作付け方法と栽培方法を考えるも必要もあります。

数年後には、このドローン直播栽培の技術を使って安定収量を得ながら、低コスト生産の実現を可能とすることができるはずです。

新しい道具とそれを使った生産技術の普及によってドローン直播栽培面積が増加し、低コスト生産のコメつくりが日本に定着すると思います。
【連載】田牧一郎の「世界と日本のコメ事情」
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WRITER LIST

  1. 田牧一郎
    田牧一郎
    日本で15年間コメ作りに従事した後、アメリカに移り、精米事業、自分の名前をブランド化したコメを世界に販売。事業売却後、アメリカのコメ農家となる。同時に、種子会社・精米会社・流通業者に、生産・精米技術コンサルティングとして関わり、企業などの依頼で世界12カ国の良質米生産可能産地を訪問調査。現在は、「田牧ファームスジャパン」を設立し、直接播種やIoTを用いた稲作の実践や研究・開発を行っている。
  2. 福田浩一
    福田浩一
    東京農業大学農学部卒。博士(農業経済学)。大学卒業後、全国農業改良普及支援協会に在籍し、普及情報ネットワークの設計・運営、月刊誌「技術と普及」の編集などを担当(元情報部長)。2011年に株式会社日本農業サポート研究所を創業し、海外のICT利用の実証試験や農産物輸出などに関わった。主にスマート農業の実証試験やコンサルなどに携わっている。 HP:http://www.ijas.co.jp/
  3. 石坂晃
    石坂晃
    1970年生まれ。千葉大学園芸学部卒業後、福岡県の農業職公務員として野菜に関する普及指導活動や果樹に関する品種開発に従事する一方、韓国語を独学で習得(韓国語能力試験6級)。退職後、2024年3月に玄海農財通商合同会社を設立し代表に就任、日本進出を志向する韓国企業・団体のコンサルティングや韓国農業資材の輸入販売を行っている。会社HP:https://genkai-nozai.com/home/個人のブログ:https://sinkankokunogyo.blog/
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    川島礼二郎
    1973年神奈川県生まれ。筑波大学第二学群農林学類卒業。フリーラインスの編集ライターとして、テクノロジーをキーワードに、農業雑誌・自動車雑誌などで執筆・編集活動中。
  5. 堀口泰子
    堀口泰子
    栄養士、食アスリートシニアインストラクター、健康・食育シニアマスター。フィットネスクラブ専属栄養士を経て独立。アスリートの食事指導や栄養サポートの他、離乳食から介護予防まで食を通じて様々な食育活動を行う。料理家としても活動し、レシピ提案、商品開発も担う。食事は楽しく、気負わず継続できる食生活を伝えることを信条とする。スポーツの現場ではジュニアの育成、競技に向き合うための心と体の成長に注力している。HP:https://eiyoushiyakko.jimdofree.com/
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