なぜ日本の生産者はコメを世界に売ろうとしないのか【田牧一郎の「世界と日本のコメ事情」vol.8】
海外産コシヒカリの栽培に30年前から米国・カリフォルニア州で挑戦しながら、オリジナルブランドを開発し定着・普及させた株式会社田牧ファームスジャパンの代表取締役、田牧一郎さんによるコラム。
新型コロナの影響で2020年から日本に戻って仕事をしている田牧さん。日本にいるからこそ日本のコメ作り政策や、国内の生産者の方々に思うところがあるようです。
コロナの影響でカリフォルニアでの仕事が延期になり、2020年はじめから日本に帰国して仕事をしていました。約30年ぶりに日本で大規模コメ生産者の方々に会いましたが、みなさんしっかり利益を享受しているように見えました。
多くの小規模稲作農家は高齢化と後継者の不足によって、体力的にもコメ作りの継続が困難となっています。農機具の買い替え時期に新しい機械を購入し運転しても、事故を起こしてはいけないとの理由で、自ら作業をする事をあきらめる生産者も多くなりました。
まさに30年前に予測されていた通り、栽培作業を委託に出してコメ作りを止める事を決めざるを得ない状況です。
大規模生産者の方は、地域の事情などもあって耕作可能な面積を超えても作業を受け入れざるを得ない環境に置かれています。そのため、受託依頼面積の増加にともない管理作業に手が回らず、新規の委託作業は断らざるを得ない状況にもなっています。これは日本のコメ生産地帯に限らず、全国的に見られる現象です。
日本の大規模稲作経営は先祖代々の土地でコメ作りを継続し、経営の拡大を図ってこられました。作業のための大型機械やその格納庫・乾燥施設・調整設備も、国や自治体の補助事業によって少ない自己資金で取得できています。
生産にかかる減価償却費は非常に小さく、一定の規模の稲作作業を受託する事で、機械や施設の建設費は支払いを済ませる事ができます。生産したコメの販売もJAに出荷するのはそれなりの量で、その他の玄米は大手の卸業者などと交渉し、商談がまとまれば庭先販売で現金決済が可能となります。
コメの生産調整のための転作政策についても、自分の経営面積に割り当てられた減反面積を消化し、さらに地域の減反面積消化に協力することで地域全体の目標を達成できます。それが各種補助事業の採択に有利に働き、経営に有利な情報と実利を得る機会が増えます。
今の大規模経営を堅実に継続すれば、この先どんな変化が起こってもびくともしない優良企業になっているか、なりつつある経営です。
批判され続けてきた日本政府が推進してきたコメ政策の成功例が、今この時代に現出したと言えます。政府は、毎年多額の国家予算をコメの生産抑制対策に使い、コメ価格を維持するために余剰米を市場から買い上げ、倉庫に隔離する対策にも使ってきました。
コメ生産抑制策の一環で、「エサ米」と称して人の食べないコメを作らせる事にも、多額の予算をつぎ込んでいます。その結果あるいは途中経過として、現在の状況があります。
食用米を減らす一方で、うどん・そば・パスタなどの麺類などの輸入穀物製品は、1㎏あたり200円前後。国内産米店頭小売価格1㎏あたり300円前後と比較すると、1.5倍もする国内産のコメはその消費が増えるはずもありません。
毎年コメ消費量は減少の一途を辿っており、近年は人口の減少傾向も合わせて大きな消費量の減少となっています。本来自由市場では、生産過剰な食料は価格が下がり、買いやすくなる事で加工品にも外食産業でも積極的に使っていただけることから、国内全体として消費量が伸びます。
長年、国のコメ政策の恩恵を受けて消費が減って過剰生産状態になっていても、米の販売単価は暴落しません。結果として生産者への直接的な収入に影響はなく、安定した経営が続いています(一方では、小規模生産者が放棄した耕作放棄地も虫食い状に増え続けていますが)。
農業に限らず、利益を出している一般企業は新商品や生産のための新技術開発に積極的に取り組み、その利用による生産性の向上を図りながら、生き残りを目指してきました。それが今の世界の産業界の姿だと言えます。
実際に日本では精米・販売業の経験がない素人の私がカリフォルニアで起業し、小さい会社ながらもこだわって手間暇かけて作った商品が「田牧米」です。これが1年後にはアメリカで最も「美味しいごはん」になる米と高い評価をもらい、販売量も順調に伸びました。
さらにシンガポールや香港などアジアでの消費地や、南米のブラジルへの輸出でさらなる生産の拡大を行い対応してきました。目的としていた「コメの新ブランド立ち上げ」による販売は、考えていたよりも短い期間で体験でき、成功しました。
振り返ってみると「田牧米」ブランドの成功はひとえに、多くの知人・友人、そして関係してくれた人々の協力と、市場の求める商品を作って安定供給ができた結果だったと思います。
良い原料籾を生産してもらう事は、生産者とのコミュニケーションと、ポストハーベスト技術で対応しました。市場への安定供給は、エンドユーザーまでの距離が長いアメリカでは、商品販売のために卸売り業者が主要地域ごとにいる事が重要でした。
西海岸、シカゴを中心とした中西部、大消費地のニューヨーク・ボストンからマイアミまでの東海岸、そしてハワイと、各地にコメの販売をお願いする食品卸売り業者を確保して、そこからレストランやスーパーへと販売を拡大していただきました。
また、ブランドオーナーであり生産者として商品の品質維持と安定生産はもちろんですが、生産者にしかできない消費者へのアピールも含めた情報提供が必要だと考えていました。消費のターゲットを絞っての、ブランド確立戦略を立てて販売をしていました。
カリフォルニアでブランド米を立ち上げることは、日常茶飯事です。コメ業界では「年間100種類程度は出ては消える」と言われています。私もコンサルタントをしていたクライアントの依頼で、多い年は10前後のブランド米の立ち上げをした事もありました。しかし、日本の生産者や日本のコメ業界に関係する企業が試した例は聞いたことがありません。
英語も満足に話せず、コメ事業に関する特別な経験も技術もなく、事業資金もない……何もなかった私にできた事であり、誰にでもできることだと思っていました。そのうち誰かが私より良いものを作り、新たなブランド米になり、それと競争せざるをえないのかと気にしていました。しかし、まだ誰も行っていようです。
最近では、日本政府は日本産米の輸出を推進しています。各種補助もついているので、簡単にビジネスができる、大きなチャンスだと思います。ですが、豊かな日本のコメ生産者にはあえてやる必要もなければ、やる気もないのかもしれないと勝手に納得しています。
日本のコメ作りのおかれている環境から鑑みて、日本国内でこのまま尻すぼみの産業にならないために最も大事な事は「日本は世界一のコメ生産技術を持ち、世界一高品質のコメを生産している」ということに疑いを持つ事です。世界から多くを学び自ら試すことで、将来が見えると思います。
世界一のコメ生産技術を誇る日本のコメ作りにも、世界から学ぶことがたくさんあります。それらを学び、自ら試すことで、役立つ知識や技術となり明日を開く力となるでしょう。
新型コロナの影響で2020年から日本に戻って仕事をしている田牧さん。日本にいるからこそ日本のコメ作り政策や、国内の生産者の方々に思うところがあるようです。
元気な日本の大規模稲作経営者
コロナの影響でカリフォルニアでの仕事が延期になり、2020年はじめから日本に帰国して仕事をしていました。約30年ぶりに日本で大規模コメ生産者の方々に会いましたが、みなさんしっかり利益を享受しているように見えました。
多くの小規模稲作農家は高齢化と後継者の不足によって、体力的にもコメ作りの継続が困難となっています。農機具の買い替え時期に新しい機械を購入し運転しても、事故を起こしてはいけないとの理由で、自ら作業をする事をあきらめる生産者も多くなりました。
まさに30年前に予測されていた通り、栽培作業を委託に出してコメ作りを止める事を決めざるを得ない状況です。
大規模生産者の方は、地域の事情などもあって耕作可能な面積を超えても作業を受け入れざるを得ない環境に置かれています。そのため、受託依頼面積の増加にともない管理作業に手が回らず、新規の委託作業は断らざるを得ない状況にもなっています。これは日本のコメ生産地帯に限らず、全国的に見られる現象です。
地域の優良企業である大規模稲作経営
日本の大規模稲作経営は先祖代々の土地でコメ作りを継続し、経営の拡大を図ってこられました。作業のための大型機械やその格納庫・乾燥施設・調整設備も、国や自治体の補助事業によって少ない自己資金で取得できています。
生産にかかる減価償却費は非常に小さく、一定の規模の稲作作業を受託する事で、機械や施設の建設費は支払いを済ませる事ができます。生産したコメの販売もJAに出荷するのはそれなりの量で、その他の玄米は大手の卸業者などと交渉し、商談がまとまれば庭先販売で現金決済が可能となります。
コメの生産調整のための転作政策についても、自分の経営面積に割り当てられた減反面積を消化し、さらに地域の減反面積消化に協力することで地域全体の目標を達成できます。それが各種補助事業の採択に有利に働き、経営に有利な情報と実利を得る機会が増えます。
今の大規模経営を堅実に継続すれば、この先どんな変化が起こってもびくともしない優良企業になっているか、なりつつある経営です。
日本政府が推奨してきたコメ政策。その成功がもたらしたもの
批判され続けてきた日本政府が推進してきたコメ政策の成功例が、今この時代に現出したと言えます。政府は、毎年多額の国家予算をコメの生産抑制対策に使い、コメ価格を維持するために余剰米を市場から買い上げ、倉庫に隔離する対策にも使ってきました。
コメ生産抑制策の一環で、「エサ米」と称して人の食べないコメを作らせる事にも、多額の予算をつぎ込んでいます。その結果あるいは途中経過として、現在の状況があります。
食用米を減らす一方で、うどん・そば・パスタなどの麺類などの輸入穀物製品は、1㎏あたり200円前後。国内産米店頭小売価格1㎏あたり300円前後と比較すると、1.5倍もする国内産のコメはその消費が増えるはずもありません。
毎年コメ消費量は減少の一途を辿っており、近年は人口の減少傾向も合わせて大きな消費量の減少となっています。本来自由市場では、生産過剰な食料は価格が下がり、買いやすくなる事で加工品にも外食産業でも積極的に使っていただけることから、国内全体として消費量が伸びます。
長年、国のコメ政策の恩恵を受けて消費が減って過剰生産状態になっていても、米の販売単価は暴落しません。結果として生産者への直接的な収入に影響はなく、安定した経営が続いています(一方では、小規模生産者が放棄した耕作放棄地も虫食い状に増え続けていますが)。
アメリカで「田牧米」が成功した理由
実際に日本では精米・販売業の経験がない素人の私がカリフォルニアで起業し、小さい会社ながらもこだわって手間暇かけて作った商品が「田牧米」です。これが1年後にはアメリカで最も「美味しいごはん」になる米と高い評価をもらい、販売量も順調に伸びました。
さらにシンガポールや香港などアジアでの消費地や、南米のブラジルへの輸出でさらなる生産の拡大を行い対応してきました。目的としていた「コメの新ブランド立ち上げ」による販売は、考えていたよりも短い期間で体験でき、成功しました。
振り返ってみると「田牧米」ブランドの成功はひとえに、多くの知人・友人、そして関係してくれた人々の協力と、市場の求める商品を作って安定供給ができた結果だったと思います。
良い原料籾を生産してもらう事は、生産者とのコミュニケーションと、ポストハーベスト技術で対応しました。市場への安定供給は、エンドユーザーまでの距離が長いアメリカでは、商品販売のために卸売り業者が主要地域ごとにいる事が重要でした。
西海岸、シカゴを中心とした中西部、大消費地のニューヨーク・ボストンからマイアミまでの東海岸、そしてハワイと、各地にコメの販売をお願いする食品卸売り業者を確保して、そこからレストランやスーパーへと販売を拡大していただきました。
また、ブランドオーナーであり生産者として商品の品質維持と安定生産はもちろんですが、生産者にしかできない消費者へのアピールも含めた情報提供が必要だと考えていました。消費のターゲットを絞っての、ブランド確立戦略を立てて販売をしていました。
なぜ日本米で世界に打って出ないのか
カリフォルニアでブランド米を立ち上げることは、日常茶飯事です。コメ業界では「年間100種類程度は出ては消える」と言われています。私もコンサルタントをしていたクライアントの依頼で、多い年は10前後のブランド米の立ち上げをした事もありました。しかし、日本の生産者や日本のコメ業界に関係する企業が試した例は聞いたことがありません。
英語も満足に話せず、コメ事業に関する特別な経験も技術もなく、事業資金もない……何もなかった私にできた事であり、誰にでもできることだと思っていました。そのうち誰かが私より良いものを作り、新たなブランド米になり、それと競争せざるをえないのかと気にしていました。しかし、まだ誰も行っていようです。
最近では、日本政府は日本産米の輸出を推進しています。各種補助もついているので、簡単にビジネスができる、大きなチャンスだと思います。ですが、豊かな日本のコメ生産者にはあえてやる必要もなければ、やる気もないのかもしれないと勝手に納得しています。
日本のコメ作りのおかれている環境から鑑みて、日本国内でこのまま尻すぼみの産業にならないために最も大事な事は「日本は世界一のコメ生産技術を持ち、世界一高品質のコメを生産している」ということに疑いを持つ事です。世界から多くを学び自ら試すことで、将来が見えると思います。
世界一のコメ生産技術を誇る日本のコメ作りにも、世界から学ぶことがたくさんあります。それらを学び、自ら試すことで、役立つ知識や技術となり明日を開く力となるでしょう。
【連載】田牧一郎の「世界と日本のコメ事情」
- アメリカでEC販売を開始した「会津産こしひかり白米」の反響 【田牧一郎の「世界と日本のコメ事情」vol.32】
- 「会津産こしひかり白米」のアメリカ販売がスタート 最初の販路は……?【田牧一郎の「世界と日本のコメ事情」vol.31】
- アメリカで見た日本産米の海外輸出の現状【田牧一郎の「世界と日本のコメ事情」vol.30】
- 日本と異なる輸出商品の決まりごと【田牧一郎の「世界と日本のコメ事情」vol.29】
- いよいよ始まった福島県産白米のアメリカ輸出 【田牧一郎の「世界と日本のコメ事情」vol.28】
- 食味の高い日本産米がなぜアメリカでは売れないのか?【田牧一郎の「世界と日本のコメ事情」vol.27】
- 福島県産米を世界で売るための「ブランド戦略」【田牧一郎の「世界と日本のコメ事情」vol.26】
- 日本産米が世界で売れる余地はあるのか? カリフォルニア現地調査レポート【田牧一郎の「世界と日本のコメ事情」vol.25】
- 日本人の常識は当てはまらない「海外で売れる米商品」とは【田牧一郎の「世界と日本のコメ事情」vol.24】
- “海外で売れる”日本産米輸出の考え方【田牧一郎の「世界と日本のコメ事情」vol.23】
- 日本産米の輸出を阻む「輸送コスト」の解決策【田牧一郎の「世界と日本のコメ事情」vol.22】
- 日本のコメ生産者だけが知らない、海外の日本産米マーケットの現実【田牧一郎の「世界と日本のコメ事情」vol.21】
- 世界のコメ生産における日本の強みを知ろう【田牧一郎の「世界と日本のコメ事情」vol.20】
- コメ生産を諦めないための「低コスト生産」の条件を考える(後編) 【田牧一郎の「世界と日本のコメ事情」vol.19】
- コメ生産を諦めないための「低コスト生産」の条件を考える(前編)【田牧一郎の「世界と日本のコメ事情」vol.18】
- カリフォルニアのコメ生産に学ぶ日本の低コスト栽培に必要なこと【田牧一郎の「世界と日本のコメ事情」vol.17】
- カリフォルニアでの大区画水田作業は、実は効率が悪い?【田牧一郎の「世界と日本のコメ事情」vol.16】
- ドローン直播栽培が日本産米の輸出競争力を高める切り札になる【田牧一郎の「世界と日本のコメ事情」vol.15】
- ドローンによる直播栽培を日本で成功させるために必要なこと【田牧一郎の「世界と日本のコメ事情」vol.14】
- 発芽種子によるドローン直播実現のための「理想の播種床」とは【「世界と日本のコメ事情」vol.13】
- 日本の環境に適したドローン用播種装置を開発するまで【田牧一郎の「世界と日本のコメ事情」vol.12】
- 日本のコメ生産コスト低減のカギは農作業用ドローンによる直播に【田牧一郎の「世界と日本のコメ事情」vol.11】
- カリフォルニアのコメビジネスの基礎を作ったのは、若い大規模生産者だった【田牧一郎の「世界と日本のコメ事情」vol.10】
- 日本の「おいしいコメ」を世界で売るためのアイデアとは?【田牧一郎の「世界と日本のコメ事情」vol.9】
- なぜ日本の生産者はコメを世界に売ろうとしないのか【田牧一郎の「世界と日本のコメ事情」vol.8】
- 日本の品種が世界で作れないわけ その3【田牧一郎の「世界と日本のコメ事情」vol.7】
- 日本の品種が世界で作れないわけ その2【田牧一郎の「世界と日本のコメ事情」vol.6】
- 日本の品種が世界で作れないわけ その1【田牧一郎の「世界と日本のコメ事情」vol.5】
- オリジナルブランド“田牧米”が世界のブランド米になるまで【田牧一郎の「世界と日本のコメ事情」 vol.4】
- 籾で流通させるアメリカのコメ流通事情【田牧一郎の「世界と日本のコメ事情」 vol.3】
- カリフォルニア州でのコメの生産環境とは【田牧一郎の「世界と日本のコメ事情」 vol.2】
- アメリカで日本のコメ作りに挑戦した理由【田牧一郎の「世界と日本のコメ事情」vol.1】
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