日本の品種が世界で作れないわけ その1【田牧一郎の「世界と日本のコメ事情」vol.5】

海外産コシヒカリの栽培に30年前から米国・カリフォルニア州で挑戦しながら、オリジナルブランドを開発し定着・普及させた株式会社田牧ファームスジャパンの代表取締役、田牧一郎さんによるコラム

なぜ世界各地で日本米が作れないのかを3回に分けて連載。今回はその第1弾です。世界のコメ作りを実際に見てきた田牧さんだからこその情報がたくさん詰まっています。


日本とアメリカで培ったコメ作りの経験をいかしてコンサルタント業を開始


「NISHIKI」「BOTAN」「玉錦」など日本をイメージしたお米がスーパーに並んでいる

いつも食べていた物を食べたい願望


海外で生活を始める時、日本人に限らず第一に心配するのは「食事」ではないでしょうか。「普段食べている食材が手に入るのか」「その味はどうなのか」普段からおいしいお米を食べている日本人は、海外でも「同じようなお米が食べられるのか」を心配しながら、海を渡ります。

現在はアメリカでも、インターネットを使えば日本食を扱うスーパーのチラシを入手できます。そして、チラシのお米の画像から、「どのようなコメ」が「いくらで販売」されているかもわかります。米袋の画像だけでは味がわからず、実際に食べてみるまで安心できない人たちは、食べた人のお米の評価やランキングサイトを見て参考にしているようです。

私が直接栽培や商品作りに携わり、自社ブランド米を販売していた頃は、今のように便利な評価ツールはありませんでした。現在はコメを生産・販売している側もお米の評価やランキングサイトを見ています。実際に食べた人の良い評価を期待しつつ、競争相手の製品についての評価も興味深く見守っているのです。

評価サイトがない時代は、商品を販売させてもらったスーパーや日本食材の小売店、そしてレストランでの評判が大変重要でした。さらに、機会を作って大消費地であるアメリカ東海岸のニューヨークやボストン、そして中西部の大都市シカゴのお客さんを訪問しながら、生の声を聞き、情報収集していました。

カリフォルニアでの稲刈りの作業風景

カリフォルニアのコメ業界との関わりの変化


昔も今も自分の作ったコメが評価される本当の場所は「家庭の食卓」です。袋詰めをして販売されるまでにかけた多くの手間が、「ご飯の味」として評価されます。

2000年代に入ってから、私はコメの品質向上対策や新しいコメ商品の開発のため、日本とアメリカのコメ作りで得た経験と知識を使い、カリフォルニア州内でコンサルタント業を始めました。

ターゲットは、今まで競争相手として戦ってきた「精米会社」や、長く続く独自のブランド米を持ち、世界の日本食市場で大規模にコメ販売をしている「輸出会社」です。

まず、日本品種の短粒種やカリフォルニア州内の中粒品種を使い、新たなブランド米や白米・玄米の新商品を作りました。さらに、その商品の販売量が増えているのか減っているのか、生産面での対策や精米加工の工程で改良点はないかなどを考えます。

コメの評価が仕事のベースになるので、生産や販売に関わった商品が良い評価であり続けることを願いますが、そうでないときは悩みます。何が悪かったのかを突き止め、その対策をすることも私の仕事でした。



世界で日本品種栽培に挑戦した事例


日本の品種は、海外のコメ産地で栽培するのは非常に難しく、大量生産とその製品化に成功した例はごくわずかしかありません。

アメリカ(カリフォルニア州とアーカンソー州)で「コシヒカリ」や「あきたこまち」を栽培し、そのコメを白米製品として販売していますが、生産量と販売量は全部合わせても推定2万トン前後で止まっていると思います。

日本品種は、世界のどこでも栽培ができて、誰にでも良い商品が作れるような「簡単なコメ」ではないため、いまだにその生産は増えていないのです。


カリフォルニアでの試作水田田植えの様子

ここで、私が世界各地で体験・試作した結果をご紹介します。

パラグアイの日本品種

南半球では南回帰線に近い、パラグアイの稲作地帯で日本品種の試作を見ました。パラグアイ産短粒種の白米商品は、都会にある日本食レストランなどで、ごく少量ですが使われています。品種名ははっきりせず、昔パラグアイに持ち込まれた品種だと聞きました。

試作の日本品種は現地の初夏である11月に種を播き、1月上旬に穂が出ました。イネの背丈は短く分ケツも少なく、商業ベースでの栽培は無理でした。

チリでの試み

現地の生産者グループが、チリでも日本品種を輸出商品にしたいと試作をしていました。

チリの首都サンティアゴの南300kmにあるアンデス山脈麓のコメ産地では、長粒種と大粒の短粒種を生産しています。ここでも、正体不明の日本品種に似たイネの収穫作業に遭遇しました。

試作田で栽培されていたイネは、種子の入手先や品種などの情報がありませんでした。稔った粒を見ると、日本的な短粒種でしたが分ケツは少なく、小さな穂についた粒は実ってはいるものの反収は非常に少なく、商業栽培ができるかは疑問でした。

商品にするためには、反収が高く生産コストを低くできる品種かどうか、そして栽培面積の拡大が可能なのかを考えなくてはなりません。栽培を予定していた産地は緯度が高く、チリの一般的な品種の種まき時期である10月でも水温が低いので、直播栽培での多収は難しいことがわかりました。チリの高緯度地帯では秋も早く気温が下がるため、稔りに必要な積算温度が十分に確保できそうにありませんでした。


イタリアの「あきたこまち」

ヨーロッパ各地での販売促進の一環として、現地の販売スタッフに商品説明や炊飯の指導をするために出張した際、イタリアの米作地帯にも行きました。

イタリア北部の育種試験場(札幌の少し北の緯度)で、「あきたこまち」の試作をしている研究者の話では、「コマーシャルベースで生産できるほどの反収は期待できない」との見解でした。

また、イタリア中部のコメ産地では、収穫後の乾燥作業とリゾット用短粒種精米の様子も精米工場の訪問時に見せてもらいました。ご飯の味を追求する日本品種の栽培と商品作りのためには、南米と同様、乾燥や精米に大きな投資と技術の導入がないとつくれないことを感じました。


台湾での試作

台湾でも日本品種の試作に関わったことがあります。場所は台湾南部の稲作地帯で北回帰線のすぐ近く。この産地で日本的な育苗をし、田植え機による移植栽培のアドバイスをしました。

移植や収穫の時期が、現地の栽培品種とかち合わないように配慮して栽培を始めてもらいましたが、日本の出穂時期よりも早くなってしまいました。イネの体が十分に育たないうちに穂が出てしまい、反収は期待していたよりも低くなりました。

ちなみに、台湾で生産されている品種は短粒品種が多く、台湾の気候に合った品種が開発・改良されてきた歴史があります。大型台風の被害も度々あるため、倒伏に強い品種が一般的に生産されています。


その他アジア各地の日本品種

日本の本州のコメ産地で、移植栽培によって10アールあたり玄米600㎏前後の反収を安定して得られる品種は、地球上の一定の緯度の幅でのみ本来の生育をして稔ります。

ベトナムやタイなど気温も高く、栽培用の水も平らな土地も豊富にある広大な稲作地帯でも、日本品種栽培の取り組みは長く試されてきました。一部の地域では日本品種の商品も流通していますが、その反収は低いと聞いています。

中国東北部のコメ産地でも「あきたこまち」や「コシヒカリ」が栽培され、日本にも輸出されていた時期がありました。しかし、反収は決して高くはなく、中国国内市場では日本の「品種名」が付いていることで高価に販売されていました。けれどその品質は決しては良いとは思えません。まだまだ良い製品を安定して作るには、技術も設備も必要です。


日本品種が日本以外で作れない理由


日本でもっとも生産量が多く、世界でも有名な「コシヒカリ」「あきたこまち」などが、世界中のコメ産地で試作されていますが、本来の反収を得られません。

その大きな理由は、イネの種子の「モト」が作られて育ち出穂するタイミングにあります。

イネは水温や栄養状態、そして日の長さに反応して出穂します。イネの体内時計が種子の「モト」を作り始めるスイッチを入れます。イネが成長し種子を作るためには栄養を吸収し、成長に適した気温が必要です。さらに、日照が十分にないと光合成ができずイネが育ちません。穂が出るまでにイネの体が十分に育ち、種子をたくさん作っておくことが必要になります。

それから、穂を出して花を開き受粉して稔らなければなりません。このプロセスのためには、種が播かれてからの温度や、肥料などの生育環境が整うこと、そしてイネが種をつくるための「スイッチ」を入れる日の長さが、日本と同じように変化しなければなりません。

緯度の違いにより、日の出と日の入りの時間は異なります。イネは育っている場所の日の長さに合わせて穂を出します。日の長さが短くなると気温が下がり、日照時間も短くなって栄養も十分に吸収できなくなります。

日が短くなり始めるとイネが種子の「モト」を作り始め穂を出す現象は、「日長感受性」と言われています。

日本の本州で開発された品種は、その場所の日長も含めた環境で生育・登熟するようにできています。赤道に近い低緯度地帯では、年間を通して温度も日照も十分にあることから、種まき時期を調整して出穂期をもっとも良い時期に合わせることで、それなりの反収を期待できます。

逆に高緯度地帯では出穂のタイミングを調整する時間的余裕がなく、出穂しても稔るための時間が足りません。

日本品種が栽培できる場所が限られ、世界中のどこででもできない大きな理由は、「日長感受性」なのです。


つづく
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WRITER LIST

  1. 田牧一郎
    たまきいちろう。68歳。日本で15年間コメ作りに従事した後、アメリカに移り、精米事業、自分の名前をブランド化したコメを世界に販売。事業売却後、アメリカのコメ農家となる。同時に、種子会社・精米会社・流通業者に、生産・精米技術コンサルティングとして関わり、企業などの依頼で世界12カ国の良質米生産可能産地を訪問調査。現在は、「田牧ファームスジャパン」を設立し、直接播種やIoTを用いた稲作の実践や研究・開発を行っている。
  2. 田中克樹
    田中克樹(たなかかつき)。32年間の農業出版社勤務を経て、2020年末、故郷の八ヶ岳南麓に帰郷。仲間と共に農業・福祉系NPOを立ち上げ、遊休農地・耕作放棄地を再生し、心身の癒しや健康づくりにつながる有機無農薬の体験型農園づくりに取り組む。NPOでは田んぼ除草にホバークラフトを活用したスマート技術を開発中。農と風土(フード)を愛する人たち向けのブックカフェ・居酒屋を開くのが夢。
  3. 山田正美
    大阪工業大学大学院修了。福井県職員として、農業試験場研究員、専門技術員、農業技術経営課長、農林水産部技幹を経て退職。現在、日本生産者GAP協会常務理事、日本農業サポート研究所主席コンサルタント。
  4. 福田浩一
    ふくだこういち。東京農業大学農学部卒。博士(農業経済学)。大学卒業後、全国農業改良普及支援協会に在籍し、普及情報ネットワークの設計・運営、月刊誌「技術と普及」の編集などを担当(元情報部長)。2011年に株式会社日本農業サポート研究所を創業し、海外のICT利用の実証試験や農産物輸出などに関わった。現在は主にスマート農業の実証試験やコンサルなどに携わっている。http://www.ijas.co.jp/
  5. 中村圭佑
    なかむらけいすけ。明治大学農学部卒業後、日本農薬株式会社に約7年勤務。その後、大手経営コンサルティング会社を経て、FOOD BOX株式会社を2019年7月に起業。Facebook:https://www.facebook.com/foodboxjp/、Instagram:https://www.instagram.com/foodbox_jp/
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