浜松市の中山間地で取り組む「スモールスマート農業」【生産者目線でスマート農業を考える 第1回】

皆さん、こんにちは。株式会社日本農業サポート研究所代表の福田浩一と申します。

日本農業サポート研究所は、農産物輸出支援やスマート農業導入などのコンサルティングを主に行っています。私が農産物輸出など海外関係の業務を、県職員OB(元普及指導員や専門技術員)の方々が経営分野の支援を中心に、活動しています。

私は現在、10件弱のスマート農業に関するプロジェクト(スマート農業実証プロジェクトを含む)を統括しています。今回ご縁があり、「SMART AGRI」で連載をさせていただくことになりました。

スマート農業の良い点だけでなく、課題も含めて、私の経験を通じて垣間見た「スマート農業の現場のリアルな情報」をお届けしたい、と考えています。

最近のスマート農業について感じること


農林水産省は昨年くらいから、中山間地でも普及するスマート農業を推進しています。しかし、全般的には大規模農家対象の大型スマート農機の導入事例が多いと感じています。

大規模な投資を伴うスマート農業は、コスト増大などのリスクも存在し、小規模農家にはなかなか手が出せないのではないでしょうか。

講演会や現地調査などで現場を訪問してよく伺うのは、「スマート農業の重要性は理解できるものの、費用対効果を考えると導入には二の足を踏んでしまう」という生産者の言葉です。

今回の事例:浜松市天竜区春野町での「スモールスマート農業」


そんななか、浜松市中山間地スモールスマート農業実証コンソーシアム(代表機関・進行管理役:浜松市役所)が「スモールスマート農業」の実証試験を行っています。

静岡県浜松市北東部の天竜区春野町は、中山間地で水田や茶葉の栽培を基幹としています。平均約50aの小規模経営で、高齢化や茶の価格低迷により、後継者不足や離農が進んで遊休農地が増えつつあります。

中山間地の水田でもダイコンを育てています(筆者撮影)
中心になっている生産者は、「笑顔畑の山ちゃんファーム」代表の山下光之さん。東京農業大学卒業の元プロボクサーですが、柔和な笑顔が印象的です。

遊休農地を利用して水戻し不要の切り干し大根を新規に開発、ブランド化して、生産拡大に取り組んでいます。しかし、今までは機械化が不十分で多労なことから、規模拡大や販売増加の妨げになっていました。

そんな2019年12月、浜松市役所の「今後、浜松市の農業発展には中山間地の農業振興が極めて重要」との一声で、春野町が実証試験の候補地として選ばれました。浜松市役所から山下さんを紹介され、農研機構が公募したスマート農業実証プロジェクトに提案するため、提案書の取りまとめが始まりました。

コンセプトは、80aほどの農地を対象にした「スモールスマート農業」。従来のスマート農業のアンチテーゼとして名付けられました。

難航した計画作成


コンセプトは決まったものの、山下さんが考える「中山間地の農家誰もが取り組めるスマート農業」を考えるのは容易ではありませんでした。

スマート農業はコストダウンに寄与すると一般的には言われていますが、スマート農機の多くは高価格で減価償却費が高くつき、逆に高コストになってしまいます。

そこで考えたのが、山下さんが中心になって活動している「春野耕作隊」のメンバーによる農機のシェアリングです。

「春野耕作隊」の当初メンバー。左端が山下さん

「春野耕作隊」は、耕作放棄地再生のため、若手農家グループ4名による借地と作業受託を中心に経営を展開しています。この春野耕作隊のメンバー間で、自動操舵トラクター、ラジコン草刈り機やドローンをシェアリングすることを考えました。

逆に言えば、シェアリングなしには、中山間地での持続可能なスマート農業は不可能と言えました。

機器選定も低コストを前提に


山下さんと農機を選定する際も、低コストを重視。トラクターは自動運転トラクターではなく、21馬力と小型の自動操舵トラクター「クボタトラクタ NB21GS」を選びました。ラジコン草刈り機も他社の商品に比べれば、低価格帯のものを選定しました。

自動操舵トラクターに乗る山下氏(山下氏提供)
また、深刻化している獣害対策についても、高価なドローン利用やIoT利用の檻などは検討の段階で除外し、協和テクノ株式会社が販売している低コストのIoTカメラとIoT電気柵の組み合わせを考えました。スマホで電気柵が通電しているかどうかを判断でき、遠方の圃場の見回り時間の短縮を狙いました。

実証圃場(秋からダイコンが栽培される予定。筆者撮影)

さらに、高品質な切り干し大根を生産するため、リースで乾燥センサー付き食品用乾燥機を導入することにしました。

最終的には農機の価格は、1000万円近くになりましたが、シェアリングを最大限利用することで、減価償却費を年60万円以下に抑え、山下さん以外の農家でも導入可能な計画を作り上げました。

販売まで含めたスマート農業はまだまだ少ない


ただし、課題も明らかになってきました。切り干し大根の販売が拡大しない限り、このスモールスマート農業のビジネスモデルは成り立ちません。トレーサビリティシステムの導入も検討しましたが、システム構築費が高価格で手が出ませんでした。現状のICTシステムでは、ホームページやSNSなどで地道に拡販するしかありません。

山のするめ大根(ふじのくに新商品セレクション受賞)
また、加工・販売まで視野に入れたスマート農業の必要性は政府も推奨しているものの、いざ導入しようとすると、具体的に導入可能な商品が少ないのです。

スマート農業の導入において大切なこと


「スマート農業導入で重要なことは何でしょうか?」と、県職員である普及指導員さんなどから聞かれることがあります。

私が重視しているのは、生産者と徹底的に議論することです。なぜなら、スマート農業を導入するのは生産者自身ですし、優秀で良識のある生産者であればあるほど、コストパフォーマンスを重視して、スマート農業の導入を決めるからです。

私は民間のコンサルタントですが、公的な立場の普及指導員や、JAの営農指導員の方々にとっても手法は同じだと思っています。

生産者と何度も何度も話し合い、そのスマート農業が実現可能で、生産者の経営にプラスになるかどうか、生産者目線で検討するしか、スマート農業成功への王道はないと信じています。

スモールスマート農業の成功に向けて


現在、このスマート農業実証事業は動き出しています。山下さんも「ラジコン草刈り機は、酷暑のなかでかなり作業が楽になりそう」と手ごたえを口にします。

ラジコン草刈り機(山下氏提供)
ただし、このシステムが生産から販売まで効果的に連動し、高品質の切り干し大根の販売が伸びないことには、スマート農機の導入コストを回収できません。

「大好きな春野町を元気にしたい」(山下さん)との夢を乗せ、中山間地でも導入可能な「田舎のスマート農業」プロジェクトは今始まったばかりです。

農業は、生産物を買ってくれる消費者がいなくては成り立ちません。ぜひ読者のみなさんにも、「山のするめ大根」を購入して、このプロジェクトを応援してほしいと願っています。

※本実証課題は、農林水産省「スマート農業実証プロジェクト(課題番号:露2C04、実証課題名「東海地域の中山間地小規模野菜産地におけるスモールスマート農業による持続可能な地域振興のビジネスモデルの確立、事業主体:国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構)」の支援により実施されています。


笑顔畑の山ちゃんファーム
http://www.yamanosurume.com/?mode=f4
水戻し不要のドライベジ 山のするめ大根公式サイト
http://www.yamanosurume.com/
日本農業サポート研究所
http://www.ijas.co.jp/


【連載】“生産者目線”で考えるスマート農業
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  1. 田牧一郎
    田牧一郎
    日本で15年間コメ作りに従事した後、アメリカに移り、精米事業、自分の名前をブランド化したコメを世界に販売。事業売却後、アメリカのコメ農家となる。同時に、種子会社・精米会社・流通業者に、生産・精米技術コンサルティングとして関わり、企業などの依頼で世界12カ国の良質米生産可能産地を訪問調査。現在は、「田牧ファームスジャパン」を設立し、直接播種やIoTを用いた稲作の実践や研究・開発を行っている。
  2. 福田浩一
    福田浩一
    東京農業大学農学部卒。博士(農業経済学)。大学卒業後、全国農業改良普及支援協会に在籍し、普及情報ネットワークの設計・運営、月刊誌「技術と普及」の編集などを担当(元情報部長)。2011年に株式会社日本農業サポート研究所を創業し、海外のICT利用の実証試験や農産物輸出などに関わった。主にスマート農業の実証試験やコンサルなどに携わっている。 HP:http://www.ijas.co.jp/
  3. 石坂晃
    石坂晃
    1970年生まれ。千葉大学園芸学部卒業後、九州某県の農業職公務員として野菜に関する普及指導活動や果樹に関する品種開発に従事する一方で、韓国語を独学で習得する(韓国語能力試験6級取得)。2023年に独立し、日本進出を志向する韓国企業・団体のコンサル等を行う一方、自身も韓国農業資材を輸入するビジネスを準備中。HP:https://sinkankokunogyo.blog/
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    川島礼二郎
    1973年神奈川県生まれ。筑波大学第二学群農林学類卒業。フリーラインスの編集ライターとして、テクノロジーをキーワードに、農業雑誌・自動車雑誌などで執筆・編集活動中。
  5. 堀口泰子
    堀口泰子
    栄養士、食アスリートシニアインストラクター、健康・食育シニアマスター。フィットネスクラブ専属栄養士を経て独立。アスリートの食事指導や栄養サポートの他、離乳食から介護予防まで食を通じて様々な食育活動を行う。料理家としても活動し、レシピ提案、商品開発も担う。食事は楽しく、気負わず継続できる食生活を伝えることを信条とする。スポーツの現場ではジュニアの育成、競技に向き合うための心と体の成長に注力している。HP:https://eiyoushiyakko.jimdofree.com/
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