キャベツ栽培を「見える化」へ導く「クロノロジー型危機管理情報共有システム」とは?【生産者目線でスマート農業を考える 第9回】

こんにちは。日本農業サポート研究所の福田浩一です。

前回は、「ブロッコリー収穫機で見た機械化と栽培法との妥協方法」と題して、農業現場の機械化には栽培方法などの見直しが必要であることを紹介しました。記事公開後、ご興味を持たれた各方面の方々から連絡をいただきました。ありがとうございます。

今回は「クロノロジー型危機管理情報共有システム」をキャベツやレタスなどの生育情報に利用している、クラカグループの倉敷青果荷受組合をご紹介します。

「クロノロジー型危機管理情報共有システム」とは、クロノロジー(=時系列)に沿って記録していくだけで、「今」「どこで」「何が起きているのか」がリアルタイムに把握できるシステムです。災害対応やインシデント対応の場面ですでに多くの企業や官公庁・自治体等に採用され、熊本地震や北海道胆振東部地震、2019年の台風15号・19号をはじめとする水害の際にも活用されています。

倉敷青果荷受組合はこのシステムを利用し、加工用の業務用キャベツ栽培の様子を「見える化」することで「生産者」「中間業者」「実需者」と情報を共有し、プラットフォーム化することを目指しています。

今回の事例:岡山県倉敷市の加工用キャベツ出荷予測システム

 

西日本最大級のカット野菜工場、倉敷青果荷受組合は、キャベツやレタスをはじめ、加工・業務用需要の増加に対応するために、地元産野菜の取り扱いを拡大しています。

倉敷青果荷受組合の若手職員の皆さん(ホームページより)

外食産業や小売店に安定した青果物を販売するには計画的に集荷する必要があり(下図参照)、現地の様子を確認する方法は、現在でも電話などが使われています。

「“どの生産者さんから” “いつ” “どのくらい”収穫できるかの情報が不明だと、実需者への出荷調整作業に苦慮します」と話すのは、倉敷青果荷受組合情報管理室システム課主任の片岡亮さん。キャベツやレタスなどの生育情報を確認するため生産者さんに電話をしたり、実際に足を運んで見に行ったりすることもあるそうです。


出典:倉敷青果荷受組合ホームページより

2019年に倉敷青果荷受組合は、国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構、および日本ユニシス株式会社が国立研究開発法人情報通信研究機構の委託研究「データ連携・利活用による地域課題解決のための実証型研究開発(第2回)」に応募。無事に採択され、日本ユニシス株式会社が開発した“クロノロジー型危機管理情報共有システム”を活用して、生産地の様子を「見える化」することを試みました。

構想をまとめたのは農研機構 西日本農業研究センター 傾斜地園芸研究領域 園芸環境工学グループ上級研究員 植山秀紀さんと、同センターの水田作研究領域 栽培管理グループ長 高橋英博さんです。また、広島県西部農業技術指導所 チームリーダー 大内浩司さん、JA全農ひろしまICT担当課長 堂本達彦さん、JA全農ひろしま園芸部園芸課 上木啓史さんなどがこの実証試験を支援しています。


農研機構 西日本農業研究センターの植山秀紀さん(左)と高橋英博さん(右)

災害対応のためのクロノロジーシステムを出荷予測に応用


日本ユニシス株式会社のスマートフードチェーンビジネス企画チームでは、クロノロジー型危機管理情報共有システムが青果物のサプライチェーン上での情報共有ツールとして活用できるのではないかと考えていました。まず、2019~2020年にかけて、システムの構築を行い、キャベツ栽培用に修正したものが下のシステム画面です。


登録するデータは、生産者が入力する必要があります。そこで既存の「キャベツ出荷予測システム」(日本農業サポート研究所 設計)を現地情報の入力用に活用することにしました。

利用方法のフローは以下の通りです。

生産者がスマートフォンなどで圃場の様子を撮影。その画像を登録すると、倉敷青果荷受組合でも閲覧できるようになります。そして、2020年9月に実証試験を開始しました。



出荷2週間前までの生育状況が需給予測に重要


2021年1月、実証試験に参加した倉敷青果荷受組合や生産者さんなど4名の方にクロノロジー型危機管理情報共有システムを使ったキャベツ出荷予測システムの評価などについてアンケートとヒアリング調査を実施しました。まずは、利用頻度を見てみましょう。



次に、生産者は70歳以上の方もいらっしゃいますが、20~30代と比較的若い方が多いことが分かります。利用頻度を聞いたところ、4人中1名のみ週に1回利用。他の3人は「ほとんど見なかった」と回答しました。これは、ネット環境が悪かったり、キャベツの栽培自体に問題がありシステムの利用に至らなかったりしたためです。

週に1回利用されていたのは、倉敷青果荷受組合と取引がある間口アグリファクトリー株式会社の松本哲司さん。作業日誌の記帳には営農管理アプリの「アグリノート」を使い、さらに週1回程度、クロノロジーシステムのキャベツ出荷予測システムを利用しているそうです。

間口アグリファクトリー株式会社の松本 哲司さん
「アグリノートには画像データを登録せず、文字と数値だけ記入しています。クロノロジーシステムのキャベツ出荷予測システムには社員2名で圃場の写真とコメントを登録しました。1回の登録は5分程度の時間で済み、社員間で情報共有もできます。アグリノートとは登録しているデータが異なるので、負担感はありませんでした」と松本さん。

北広島町の山間にある間口アグリファクトリー株式会社の圃場(弊社撮影)
間口アグリファクトリー株式会社のキャベツ圃場(弊社撮影)
倉敷青果荷受組合の方によると、出荷2週間前までのキャベツの生育状況が重要であり、それ以前の情報は参考程度に閲覧しているそうです。「ある産地からの入荷不足が分かる場合、他の産地に依頼する段取りに2週間は必要です」と片岡さん。業務に対する有効性については、全ての契約取引先との共有が可能になれば、状況確認作業の効率化につながるのではないか、ということで「やや有効」と期待感が示されました。

他に「圃場全体の画像ではなく“日々の生育状況” “個々の大きさが分かる” 画像があると良い。苗や定植の状態は不要で、出荷の2週間前の状態が分かれば良い」といった意見もありました。

また、「現状では利用している経営体が一つなので評価が難しい。利用されてない生産者の方にはメール等で作物の画像を送ってもらうことがあります。当社と契約されている全てのキャベツ生産者の情報が見られるようになると、さらに活用できます。主要品目で契約しているので、理想はそれらの全情報が閲覧できるようになることですが、そうなると整理の仕方が課題になると思います」というお話も出ました。


「中間業者や実需者からの信用度アップ」については、松本さんのみ「とてもそう思う」と回答。「担当者の方は現場の状況が気になっているだろうし、圃場の情報を定期的に知らせることで安心してもらえると思います」と効果を評価しています。


キャベツ出荷予測システムの課題と今後の方向性


今回実証したクロノロジーシステムを用いたキャベツ出荷予測システムについて、実際に利用している生産者はメリットを感じているものの、利用していない生産者は情報を登録するメリットが分かりにくいといった意見が聞かれました。

 

今後、さらに出荷予測を進めるには、倉敷青果荷受組合としては取引のある、多くのキャベツ生産者に利用してもらう必要があります。多くの方が利用することで、システムのプラットホームが完成します。

まずは、情報を登録することを負担に思わない生産者をターゲットにしてシステムの利用、データを継続的に登録してもらうことが必須です。すると必然的に倉敷青果荷受組合の担当者も、クロノロジーシステムを閲覧することが通常業務になります。

 

現在、キャベツ出荷予測システムのデータをCSVファイルに転換して使用しています。今後の実証試験では、システムに直接登録できるように改良するなど、社会実装につなげていくべきだと感じています。

農業経営は農産物を販売しないことには持続できません。これからは、この実証試験のように生産現場だけでなく、実需者を巻き込むICT化やスマート農業が不可欠になっていくと考えています。


※本実証課題は、国立研究開発法人情報通信研究機構「研究開発課題名:データ連携・利活用による地域課題解決のための実証型研究開発(第2回)提案課題名:中国中山間地域の農業振興に資する地産地消型スマートフードチェーン構築のためのクロノロジー(時系列)型危機管理情報共有技術の開発」の一環として実施されています。



倉敷青果荷受組合
https://kuraka-g.com/
日本ユニシス株式会社
https://www.unisys.co.jp/
【連載】“生産者目線”で考えるスマート農業
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  1. 田牧一郎
    田牧一郎
    日本で15年間コメ作りに従事した後、アメリカに移り、精米事業、自分の名前をブランド化したコメを世界に販売。事業売却後、アメリカのコメ農家となる。同時に、種子会社・精米会社・流通業者に、生産・精米技術コンサルティングとして関わり、企業などの依頼で世界12カ国の良質米生産可能産地を訪問調査。現在は、「田牧ファームスジャパン」を設立し、直接播種やIoTを用いた稲作の実践や研究・開発を行っている。
  2. 福田浩一
    福田浩一
    東京農業大学農学部卒。博士(農業経済学)。大学卒業後、全国農業改良普及支援協会に在籍し、普及情報ネットワークの設計・運営、月刊誌「技術と普及」の編集などを担当(元情報部長)。2011年に株式会社日本農業サポート研究所を創業し、海外のICT利用の実証試験や農産物輸出などに関わった。主にスマート農業の実証試験やコンサルなどに携わっている。 HP:http://www.ijas.co.jp/
  3. 石坂晃
    石坂晃
    1970年生まれ。千葉大学園芸学部卒業後、九州某県の農業職公務員として野菜に関する普及指導活動や果樹に関する品種開発に従事する一方で、韓国語を独学で習得する(韓国語能力試験6級取得)。2023年に独立し、日本進出を志向する韓国企業・団体のコンサル等を行う一方、自身も韓国農業資材を輸入するビジネスを準備中。HP:https://sinkankokunogyo.blog/
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    川島礼二郎
    1973年神奈川県生まれ。筑波大学第二学群農林学類卒業。フリーラインスの編集ライターとして、テクノロジーをキーワードに、農業雑誌・自動車雑誌などで執筆・編集活動中。
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    堀口泰子
    栄養士、食アスリートシニアインストラクター、健康・食育シニアマスター。フィットネスクラブ専属栄養士を経て独立。アスリートの食事指導や栄養サポートの他、離乳食から介護予防まで食を通じて様々な食育活動を行う。料理家としても活動し、レシピ提案、商品開発も担う。食事は楽しく、気負わず継続できる食生活を伝えることを信条とする。スポーツの現場ではジュニアの育成、競技に向き合うための心と体の成長に注力している。HP:https://eiyoushiyakko.jimdofree.com/
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