スマート農機は安くないと普及しない?【生産者目線でスマート農業を考える 第3回】

皆さん、こんにちは。日本農業サポート研究所の福田浩一です。

前回は、生産者に寄り添うベンチャー企業について執筆させていただきました。私の意見に賛同するとの感想をいただくこともでき、ありがたく思っています。

今回は、生産者の目線から、水管理システムを例に挙げてスマート農機のコストパフォーマンスについて、考えてみたいと思います。


生産者からの言葉


先日、三重県伊賀市を訪問した際、米生産者の株式会社ヒラキファーム取締役専務の平木伸二さんから「スマート農機は安くないと普及しない」と言われました。

ヒラキファームでは、水田の水管理に「ファーモ」(株式会社ぶらんこ)を導入しています。平木さんは、「ファーモは、他の一般的な水管理システムに比べると、場合によっては半額ぐらいの価格だ」とおっしゃられていました。

「ファーモ」の水位センサー(筆者撮影)
種子生産対象の水田13ha、約50枚の水管理のために、「ファーモ」を圃場1枚ごとに水位センサーと給水ゲートを導入。主な目的は、圃場の見回り時間の短縮によるコストダウンと、精密な水管理を行うことによって、高品質の水稲種子を生産することです。

水田に水位センサーを設置すれば、水周りのしにくい場所や離れた田んぼなどでもスマホから水位が見られるようになり、水管理にかかる時間を削減できます。

また、水位センサーと連携させ、水入口から流れる水の給水・止水をスマートフォンから行えます。設置も付属のホースを取り付け給水ゲートで挟むだけですので、シンプルにさまざまな開水路で利用できます。

一方、価格は、水位センサー1台1万8000円(税別)、給水ゲート1台4万8000円(税別)です。(以上、株式会社ぶらんこのホームページより)

三重県では、水位センサーと給水ゲートをセットで使うことによって、水管理時間が、平成30年10a当たり年間4時間(県指標値)から、令和4年には年間2.4時間と4割削減できると見込んでいます。

「ファーモ」と連動する自動給水ゲート(筆者撮影)
ヒラキファームでは、2020年度より、農研機構が行っている「スマート農業実証プロジェクト」に参画し、「三重県スマート水田農業コンソーシアム」(代表機関:三重県農林水産部農産園芸課、進行管理役:三重県中央農業改良普及センター普及企画室)の実証経営体になっています。

今回は、平木さんが言う「安くないと普及しない」という意味について、「ファーモ」から考えてみたいと思います。


三重県伊賀市のスマート農業実証プロジェクトの概要


まずは、今回の実証プロジェクトについてご紹介しましょう。

三重県では、県の種子生産を支えていた中山間地において、高齢化などによる離農により採種面積が減少していました。そのため、担い手や新規就農者でも容易に多品種の種子生産に取り組めるようにすることが大きな課題になっていました。

そこで、これまで機械化が遅れていた種子生産に特有の精密管理作業や、優良種子生産のための生育管理、適期収穫判断にスマート農業技術を導入するために、農林水産省が公募した「スマート農業実証プロジェクト」に応募し、採択されました。弊社もコンソーシアムメンバーになっており、経営評価などを担当しています。

このプロジェクトでは、種子生産に要する作業時間の飛躍的な削減を可能とする体系を実証することを目標としています。「ファーモ」はこのうちの3番目で導入されています。

具体的には、以下の内容を実施しています。

  1. 直進アシスト田植機による高精度な田植え作業
  2. 地力による生育ムラや倒伏を回避するため可変施肥田植機を用いた施肥量の制御
  3. 水田センサーを活用した省力高精度水管理
  4. GPSガイダンス等による雑草や異株の省力高精度機械除草
  5. 畦畔や法面の草刈りの労力軽減のためのラジコン草刈機導入
  6. 作業、資材、さらには作物の生育データ等を営農管理システムで一括管理するとともに作業計画支援や生育予測の実施

GPSガイダンス付き除草機を説明する平木さん(筆者撮影)
以上のスマート農機を導入した技術体系により、水稲種籾合格率 92%→100%、水稲種籾の作業時間35%削減を成果目標としています。そして、中山間地において多様な種子生産を可能とするスマート農機一貫体系を構築することで、産地へ波及させることを狙っています。

ヒラキファームは、63.1ha(うち、水稲33.8㏊、水稲種子12.6ha、小麦9.0ha、トマト0.2ha、その他16.5ha)、社員7名、パート4名と三重県では、比較的大規模な経営体です。JGAPも取得され、県GAP認証農場にもなっています。営農管理ソフトの「フェースファーム」(ソリマチ株式会社)を使って、約63haの作業記録を毎日記帳されています。

就農前は農外に勤めていた平木さんは、「日々の作業記録の記帳などは他産業では当たり前と思ってやっていたこと。何の抵抗感もなかった」そうです。

ヒラキファームの看板(筆者撮影)
現在、このプロジェクトの対象である種子生産圃場については、営農支援システム・KSAS(株式会社クボタ)も併せて使われています。KSAS導入の理由について、「クボタ社が販売しているドローンと連動してデータを取ってくれるし、サポート体制がしっかりしている」ことを挙げられていました。

「困った時に、気軽に聞け、すぐに教えてくれないとスマート農機は安心して使えない」と平木さん。サポート体制の充実は、生産者がスマート農機を選択する場合の重要なポイントであることを強調されていました。

なお、代表機関は三重県庁ですが、スマート農業実証プロジェクトの日頃のサポートは、主に三重県農業研究所 伊賀農業研究室 主幹研究員兼課長の中山幸則さんと、普及指導員である伊賀農林事務所・伊賀地域農業改良普及センター主幹の宮本啓一さんが当たっています。ヒラキファーム農場長の森大輔さんも「近くの公的機関が面倒を見てくれるので、ありがたい」と評価されています。


見回り時間は削減できるものの、収益増加が課題


「水稲作において水管理の軽労化は大きな課題。水管理システムに対する期待は大きい」と、代表機関の三重県農林水産部 農産園芸課主任の高橋勇歩さんは語ってくれました。

このように期待されて導入したファーモですが、ヒラキファームが中山間地にあるためか、LPWA(Low Power Wide Area:「低消費電力による長距離通信」)による無線通信が正常に作動しない事態が生じました。中継用通信装置の場所を変えることによって、改善しています。しかし、水管理システムが十分に稼働していないこともあったため、見回り時間が減ったかどうかは、すぐには判断できないそうです。

また、前述のとおり三重県では水管理に要する作業時間をファーモにより40%削減できると見込んでいます。ただし、比較的安価なこの水管理システムも、年間の減価償却費に60万円ほどかかります。

見回り時間の削減効果は大きいものの、これだけで減価償却費を賄うのは難しいのが現状です。収量増や高品質化、規模拡大等による収益の増加がないと減価償却費は回収できません。高橋さんも、「水管理システムによってきめ細かい水管理が可能になる。これが機能すれば、種子生産における労働生産性が改善され、種子生産に取り組む農家が増えるのではないか」と期待しています。


導入費用だけでなくサポートも含めたコスパも重要


以上のような試算結果は、スマート農機を導入する場合、採算が取れる価格の製品を選択することが極めて重要であることを意味しています。つまり、「安くないと普及しない」というのは、単に安ければ良いということではなく、コストパフォーマンスを指しているのです。平木さんはそれが十分にわかった上で、「安くないと普及しない」と言われていたのだと思います。

生産者がスマート農機を導入する場合、過剰投資に陥らないように、普及指導員や営農指導員の助言も必要になってきます。

また、スマート農機はまだ発展段階で、故障や不具合などが起きがちです。十分なサポート体制も、価格とともにスマート農機普及の鍵になると言えそうです。

※本実証課題は、農林水産省「スマート農業実証プロジェクト(課題番号:水2E06、実証課題名:多様な品種供給を可能にする中山間水稲採種産地向けのスマート採種技術の実証、事業主体:国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構)」の支援により実施されています。


farmo
https://farmo.info/
株式会社ヒラキファーム
http://hiraki-farm.com/

【連載】“生産者目線”で考えるスマート農業
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  1. 田牧一郎
    田牧一郎
    日本で15年間コメ作りに従事した後、アメリカに移り、精米事業、自分の名前をブランド化したコメを世界に販売。事業売却後、アメリカのコメ農家となる。同時に、種子会社・精米会社・流通業者に、生産・精米技術コンサルティングとして関わり、企業などの依頼で世界12カ国の良質米生産可能産地を訪問調査。現在は、「田牧ファームスジャパン」を設立し、直接播種やIoTを用いた稲作の実践や研究・開発を行っている。
  2. 福田浩一
    福田浩一
    東京農業大学農学部卒。博士(農業経済学)。大学卒業後、全国農業改良普及支援協会に在籍し、普及情報ネットワークの設計・運営、月刊誌「技術と普及」の編集などを担当(元情報部長)。2011年に株式会社日本農業サポート研究所を創業し、海外のICT利用の実証試験や農産物輸出などに関わった。主にスマート農業の実証試験やコンサルなどに携わっている。 HP:http://www.ijas.co.jp/
  3. 石坂晃
    石坂晃
    1970年生まれ。千葉大学園芸学部卒業後、九州某県の農業職公務員として野菜に関する普及指導活動や果樹に関する品種開発に従事する一方で、韓国語を独学で習得する(韓国語能力試験6級取得)。2023年に独立し、日本進出を志向する韓国企業・団体のコンサル等を行う一方、自身も韓国農業資材を輸入するビジネスを準備中。HP:https://sinkankokunogyo.blog/
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    川島礼二郎
    1973年神奈川県生まれ。筑波大学第二学群農林学類卒業。フリーラインスの編集ライターとして、テクノロジーをキーワードに、農業雑誌・自動車雑誌などで執筆・編集活動中。
  5. 堀口泰子
    堀口泰子
    栄養士、食アスリートシニアインストラクター、健康・食育シニアマスター。フィットネスクラブ専属栄養士を経て独立。アスリートの食事指導や栄養サポートの他、離乳食から介護予防まで食を通じて様々な食育活動を行う。料理家としても活動し、レシピ提案、商品開発も担う。食事は楽しく、気負わず継続できる食生活を伝えることを信条とする。スポーツの現場ではジュニアの育成、競技に向き合うための心と体の成長に注力している。HP:https://eiyoushiyakko.jimdofree.com/
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