肥料高騰のなか北海道で普及が進む「衛星画像サービス」の実効性【生産者目線でスマート農業を考える 第26回】
こんにちは。日本農業サポート研究所の福田浩一です。
JA全農が2023年5月までに肥料価格を最大31%値上げすると発表しました。2022年7月には化学肥料の2割低減に取り組む農家に対し、肥料コスト上昇分の7割を補填する「肥料高騰対策事業」を決定しましたが、農業を経営している方は肥料コストの削減に頭を抱えているのではないでしょうか。
どうしたら肥料コストを下げることができるのか? 農林水産省は「化学肥料の代わりに堆肥などを活用する」「土壌の成分にあった適切な量の肥料を与える」などを挙げていますが、実際にどうしたらよいのでしょう。
そこで今回は、私が北海道を視察した際に出会った、衛星画像サービスを活用して肥料の削減に力を入れている北海道の事例をご紹介します。
「昨年に比べ肥料代が2倍になっています。このサービスを使用することで1万円でも肥料代が安くなるといいのですが……」北海道美瑛町にて46haの畑作を家族経営している大西ファームの大西啓友さんが切り出しました。
“このサービス”とはドイツに本社を持つBASFデジタルファーミング社(以下、BASF社)が開発し、JA全農と販売・普及を進める衛星画像サービスを使った「ザルビオ・フィールドマネージャー」(以下、ザルビオ)のことです。
圃場内の稲、大豆、小麦、大麦などの生育状態や土壌等の状況を下の画像のようにスマホやパソコンで確認できます。サービス自体は後継者である息子の敦士さんが使用しているそうですが、「アプリなど新しいものは若いものに任せる」と語る大西啓友さんも、かなり興味を持たれていました。
また、北海道雨竜郡北竜町でお会いした川田透さんの圃場は、下の写真のように肉眼で見ても小麦の生育にバラツキがありました。
そこで、「ザルビオ」を使用してこの圃場の地力マップを確認したところ、「これはすごい! 自分でも、生育があまり良くない箇所は地力が低いと判断し、多く追肥をしていましたが、生育結果から想像して施肥していました」と語ってくれました。
つまり、勘に頼るのではなく「ザルビオ」の生育マップと地力マップを組み合わせることによって、より正確に施肥することが可能になり、従来に比べ、肥料の量を減らすことが期待できるのはないかと川田さんは考えているようでした。
実はこの「ザルビオ」は比較的安価に導入でき、肥料などの資材高騰に苦しむ生産者にとって強い味方になる可能性があると、筆者は感じています。
「ザルビオ」は、衛星画像×AI分析によって、今まではできなかった「圃場の状況を真上から見る」ことができるサービスです。どのようなサービスがあるのか見ていきます。
BASF社のホームページによると以下の説明があります。
主な3つの機能である「フィールドモニター」「施肥管理支援」「病害虫雑草防除支援」により、データに基づいた栽培管理の最適化をサポートしてくれます。
BASF社が保有する過去15年分の衛星画像をAIを活用して解析し、地力を可視化したマップを閲覧できます。緑色が濃いほど、地力が高いことを示します。
また、日々更新される衛星画像データを元に圃場内の生育状況を可視化したマップも作成してくれます。下の画像では、赤いところは生育が弱く、緑が濃いところは生育が良いことを示しています。
前述の川田さんの圃場の例では、日々変化する生育マップと現在の生育状況が一致し、地力マップも生産者が考えていた地力とほぼ同じだったのです。
ホームページでは、「人工知能(AI)が品種・天候等を分析して生育や病害リスクを予測。適切な作業をアラート通知して農家の『頭(判断)』をサポート」すると説明されています。
地域・品種・天気など、さまざまな情報をAIが解析してリアルタイムな生育ステージを予測。例えば水稲栽培であれば、幼穂形成期・穂ばらみ期・出穂期の細かな生育段階が予測されるため、水管理や基幹防除などの適切な時期を見極める判断材料になるのです。
そのほか、病害防除推奨アラート(水稲向け)、雑草管理プログラム(大豆向け)など、生育ステージ予測と同様、AIが判断してアラートを通知します。
さらに、衛星マップを用いて可変施肥を行うためのマップ生成を行います。具体的には、自動生成された地力マップ・生育マップをベースに施肥量を設定し、スマート農機に連携するための散布マップデータを作成できます。
秋田県では、可変施肥田植機などのスマート農機に「ザルビオ」の散布マップファイルを読み込むことで、可変施肥・可変散布の実証を、2022年に行っていました。この実証では、「ザルビオ」のデータをUSBにエクスポートし、直進アシスト・可変施肥機能付き田植機とデータ連携。減肥や収量増加を目的としています。
上記で紹介した、北海道北竜町でお会いした川田透さんに「小麦の生育が悪い圃場は以前は米を作付していたはず。その時から圃場の中央部分は過湿などの影響で生育が悪かったのではないでしょうか?」などの問題提起を行いました。
川田さんは10年ほど前に就農したため、「20年前の圃場のことはわからない」としながらも、「ザルビオ」を使うことで自分が知らない過去の圃場の状態や親も把握しきれていない部分を、地力マップなどで確認できることから、生育不良対策の糸口が見えたような、すっきりした表情で語ってくれました。
これらの「ザルビオ」で提供された生育マップと地力マップとともに、JAの営農指導員や道の普及指導員など、専門家の助言などがあるとさらに効果的なようです。
今回、北海道で出会った生産者たちは40~50haほどの経営耕地を所有していますが、そのほとんどが家族経営でした。スマート農業の導入状況をうかがったところ、農作業の記帳サービスや後付けの自動操舵システムは導入されています。
このような経営体は、本州などに比べれば大規模経営とは言うものの、むやみにスマート農業を導入しているわけではなく、当然費用対効果を検証して、効果が見込めるものだけを補助金などをうまく活用して導入しているようです。
特に、昨今の肥料費など資材費が高騰するなか、「少しでもコストを下げたい」と、生産者の切実な思いが強くなっているという印象を持ちました。
このような状況下で、「ザルビオ」のような衛星画像サービスは、肥料費などコストを下げる可能性があると生産者から注目されているのです。なお、「ザルビオ」以外にも、国際航業の「天晴れ」やスペースアグリ株式会社の「スペースアグリサービス」などで衛星画像サービスが提供されています。
スマート農業の利活用は、便利な農機という目新しさからだけではなく、肥料高騰下の中、衛星画像の利用など低コストなサービスの普及が始まっています。この衛星画像サービスは、国が進めるデジタル化や「みどりの食料システム戦略」にも合致しており、筆者は、スマート農業の普及段階が新たなステージに入っていると強く感じています。
xarvio(ザルビオ)フィールドマネージャー
https://www.xarvio-japan.jp/
JA全農が2023年5月までに肥料価格を最大31%値上げすると発表しました。2022年7月には化学肥料の2割低減に取り組む農家に対し、肥料コスト上昇分の7割を補填する「肥料高騰対策事業」を決定しましたが、農業を経営している方は肥料コストの削減に頭を抱えているのではないでしょうか。
どうしたら肥料コストを下げることができるのか? 農林水産省は「化学肥料の代わりに堆肥などを活用する」「土壌の成分にあった適切な量の肥料を与える」などを挙げていますが、実際にどうしたらよいのでしょう。
そこで今回は、私が北海道を視察した際に出会った、衛星画像サービスを活用して肥料の削減に力を入れている北海道の事例をご紹介します。
今回の事例:北海道での衛星画像サービスによる地力マップ・生育マップを活用した肥料コスト削減の取り組み
「昨年に比べ肥料代が2倍になっています。このサービスを使用することで1万円でも肥料代が安くなるといいのですが……」北海道美瑛町にて46haの畑作を家族経営している大西ファームの大西啓友さんが切り出しました。
“このサービス”とはドイツに本社を持つBASFデジタルファーミング社(以下、BASF社)が開発し、JA全農と販売・普及を進める衛星画像サービスを使った「ザルビオ・フィールドマネージャー」(以下、ザルビオ)のことです。
圃場内の稲、大豆、小麦、大麦などの生育状態や土壌等の状況を下の画像のようにスマホやパソコンで確認できます。サービス自体は後継者である息子の敦士さんが使用しているそうですが、「アプリなど新しいものは若いものに任せる」と語る大西啓友さんも、かなり興味を持たれていました。
また、北海道雨竜郡北竜町でお会いした川田透さんの圃場は、下の写真のように肉眼で見ても小麦の生育にバラツキがありました。
そこで、「ザルビオ」を使用してこの圃場の地力マップを確認したところ、「これはすごい! 自分でも、生育があまり良くない箇所は地力が低いと判断し、多く追肥をしていましたが、生育結果から想像して施肥していました」と語ってくれました。
つまり、勘に頼るのではなく「ザルビオ」の生育マップと地力マップを組み合わせることによって、より正確に施肥することが可能になり、従来に比べ、肥料の量を減らすことが期待できるのはないかと川田さんは考えているようでした。
実はこの「ザルビオ」は比較的安価に導入でき、肥料などの資材高騰に苦しむ生産者にとって強い味方になる可能性があると、筆者は感じています。
ザルビオとは
「ザルビオ」は、衛星画像×AI分析によって、今まではできなかった「圃場の状況を真上から見る」ことができるサービスです。どのようなサービスがあるのか見ていきます。
BASF社のホームページによると以下の説明があります。
- 初級者は、農家の目確認をスマートに
- 中級者は、農家の頭判断をスマートに
- 上級者は、農家の手作業をスマートに
主な3つの機能である「フィールドモニター」「施肥管理支援」「病害虫雑草防除支援」により、データに基づいた栽培管理の最適化をサポートしてくれます。
(1) 地力マップを使って 元肥の可変施肥
BASF社が保有する過去15年分の衛星画像をAIを活用して解析し、地力を可視化したマップを閲覧できます。緑色が濃いほど、地力が高いことを示します。
また、日々更新される衛星画像データを元に圃場内の生育状況を可視化したマップも作成してくれます。下の画像では、赤いところは生育が弱く、緑が濃いところは生育が良いことを示しています。
前述の川田さんの圃場の例では、日々変化する生育マップと現在の生育状況が一致し、地力マップも生産者が考えていた地力とほぼ同じだったのです。
(2) AIによるサポート
ホームページでは、「人工知能(AI)が品種・天候等を分析して生育や病害リスクを予測。適切な作業をアラート通知して農家の『頭(判断)』をサポート」すると説明されています。
地域・品種・天気など、さまざまな情報をAIが解析してリアルタイムな生育ステージを予測。例えば水稲栽培であれば、幼穂形成期・穂ばらみ期・出穂期の細かな生育段階が予測されるため、水管理や基幹防除などの適切な時期を見極める判断材料になるのです。
そのほか、病害防除推奨アラート(水稲向け)、雑草管理プログラム(大豆向け)など、生育ステージ予測と同様、AIが判断してアラートを通知します。
(3)可変施肥支援
さらに、衛星マップを用いて可変施肥を行うためのマップ生成を行います。具体的には、自動生成された地力マップ・生育マップをベースに施肥量を設定し、スマート農機に連携するための散布マップデータを作成できます。
秋田県では、可変施肥田植機などのスマート農機に「ザルビオ」の散布マップファイルを読み込むことで、可変施肥・可変散布の実証を、2022年に行っていました。この実証では、「ザルビオ」のデータをUSBにエクスポートし、直進アシスト・可変施肥機能付き田植機とデータ連携。減肥や収量増加を目的としています。
生産者の評価
上記で紹介した、北海道北竜町でお会いした川田透さんに「小麦の生育が悪い圃場は以前は米を作付していたはず。その時から圃場の中央部分は過湿などの影響で生育が悪かったのではないでしょうか?」などの問題提起を行いました。
川田さんは10年ほど前に就農したため、「20年前の圃場のことはわからない」としながらも、「ザルビオ」を使うことで自分が知らない過去の圃場の状態や親も把握しきれていない部分を、地力マップなどで確認できることから、生育不良対策の糸口が見えたような、すっきりした表情で語ってくれました。
これらの「ザルビオ」で提供された生育マップと地力マップとともに、JAの営農指導員や道の普及指導員など、専門家の助言などがあるとさらに効果的なようです。
今後のスマート農業を考える
今回、北海道で出会った生産者たちは40~50haほどの経営耕地を所有していますが、そのほとんどが家族経営でした。スマート農業の導入状況をうかがったところ、農作業の記帳サービスや後付けの自動操舵システムは導入されています。
このような経営体は、本州などに比べれば大規模経営とは言うものの、むやみにスマート農業を導入しているわけではなく、当然費用対効果を検証して、効果が見込めるものだけを補助金などをうまく活用して導入しているようです。
特に、昨今の肥料費など資材費が高騰するなか、「少しでもコストを下げたい」と、生産者の切実な思いが強くなっているという印象を持ちました。
このような状況下で、「ザルビオ」のような衛星画像サービスは、肥料費などコストを下げる可能性があると生産者から注目されているのです。なお、「ザルビオ」以外にも、国際航業の「天晴れ」やスペースアグリ株式会社の「スペースアグリサービス」などで衛星画像サービスが提供されています。
スマート農業の利活用は、便利な農機という目新しさからだけではなく、肥料高騰下の中、衛星画像の利用など低コストなサービスの普及が始まっています。この衛星画像サービスは、国が進めるデジタル化や「みどりの食料システム戦略」にも合致しており、筆者は、スマート農業の普及段階が新たなステージに入っていると強く感じています。
xarvio(ザルビオ)フィールドマネージャー
https://www.xarvio-japan.jp/
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