「小農の権利宣言」とは? その意義と乗り越えるべき課題
2018年11月、国連で採択された「小農の権利宣言」は、これまで人類が営々と受け継いできた農業のあり方を大きく問い直すきっかけとなった。
この権利宣言の内容は、農村社会を維持、発展させていくために小農の重要性を再認識し、その価値を高めることが、都市の発展につながるとした。法的拘束力はもたないものの、世界の農業に重要な意義をもつこととなった宣言である。
圧倒的多数の賛成をもって採択されたものだが、実は日本は棄権票を投じている。さらに、アメリカやイギリス、オーストラリアといった先進国も反対にまわった。
この「小農の権利宣言」とは何なのだろうか。なぜ、日米欧をはじめとした国々は世界的な意義をもつ宣言に背を向けるのだろうか。

この宣言の第一条には小農の定義が掲げられている。このなかで小農は、以下のように説明されている。
権利宣言のなかで、特に注目されるべき条文としてよく挙げられているのは次のようなものだ。
さらには女性差別の撤廃(四条)、農作業の安全(十四条)、教育などの権利(二十五条など)といった幅広い分野において、家族農業や地域農業を守るために必要な権利について言及されている。
(参考:farmlandgrab.org「【国連宣言】小農の権利(案・和訳)」(PDF)より/ 原文(PDF))
産業としての農業、つまり「産業農業」と、暮らしとしての農、「生活農業」だ。戦後の農業政策は、主に前者の産業農業の発展に重きを置いてきた。その結果、専業農家の育成が進められてきたのである。
ところが、今日においても、農家の多くは兼業農家である。日本の農家は、家族を養うため、小さな農地を守り、他産業でも働く形で生き延びてきた。こうした小さな農家、あるいは兼業農家を「小農」と呼び、日本の農村社会は彼らによって支えられてきたといえる。
今回の「小農の権利宣言」の特徴のひとつは、「小農」の範囲を広げたことにある。
つまり、上述した家族経営の農業にとどまらず、農林水産業全体に、さらにはこれを支える地域にまで広げたのだ。世界的にかつてない人口増加が見込まれるなか、食料の安定供給は喫緊の課題。国連は、小規模・家族農業を積極的に支援することが課題解決につながると考え、議論を重ねてきたのである。
アメリカの政府代表は、「個人の権利が優先されるべき」との反対表明を行ったといわれる。ここでいう個人とは、決して農家を指すものではない。大企業における企業利益を守ろうという意図に基づいたものである。
一方、日本の外務省は棄権した理由として「農村の人々の権利は既存の仕組みの活用によって保護される。固有の権利の存在があるかについては、国際社会での議論が未成熟」と説明しているという。
これらはつまり、農業経営を営む大企業にとって、地域に根ざした伝統を守り続ける家族農業の権利を保証することは、(大企業による)農業発展において阻害要因に過ぎないということを示唆したものと受け取ることができる。非常にわかりづらい日本の棄権理由にいたっては、アメリカの意見に追従するための方便とみる向きが大半だ。

そもそも、この宣言を中心になって提言してきたのはボリビア政府である。
その背景にあるのは、先進国が開発途上国の田畑にしてきた、経済至上主義に基づく大規模開発。そして、それによってもたらされてきた、ボリビアをはじめとする小さな農家たちの危機感である。
グローバル化による輸出型農産品の開発モデルは、土地の収奪や格差の拡大を生み出してきた。
例えば、どこで何をどう育てるかは、企業側によって選択される。現地の小農たちがまるで奴隷のように低賃金で働かされるばかりか、知らず知らずのうちに、遺伝子組換え作物を栽培していたり、それが地元の国民の食卓にあがるようになったりしてきた。このことにより、農村は疲弊し、田畑は化学薬品にまみれ、それまで保たれてきた生物多様性が損なわれてきたのである。
こうした小さな農家の訴えに耳を傾け、小農民のみならず、先住民や牧畜民の権利を確立し、土地や水など自然資源を守り、巨大資本による過剰な大規模開発から、文化のアイデンティティや生物多様性を守ろうという願いが、今回の権利宣言につながっている。
経済効率のみを考えた農業開発では、生物多様性に適した環境やそこで働く人々の人権を犠牲にする状況に陥りやすい。
大型農機や最新の農薬など、科学技術によって社会課題を解決しようとする考えと、自然と人間の調和に根ざした考えとが真っ向から対立する格好だが、これまで虐げられてきた弱者の立場である小農の訴えが国際的に認められ、権利宣言にまで至った意義は大きい。
世界の農業の潮流が、小農を重んじる流れに明らかに変わり始めたことは、家族経営の農家が大半である日本においても真摯に受け止める必要があるだろう。
<参考URL>
一般社団法人日本食農連携機構「小農権利宣言が国連で採択 121カ国が賛成、日本は棄権」
NHK解説アーカイブス「いま なぜ『小農』なのか」
この権利宣言の内容は、農村社会を維持、発展させていくために小農の重要性を再認識し、その価値を高めることが、都市の発展につながるとした。法的拘束力はもたないものの、世界の農業に重要な意義をもつこととなった宣言である。
圧倒的多数の賛成をもって採択されたものだが、実は日本は棄権票を投じている。さらに、アメリカやイギリス、オーストラリアといった先進国も反対にまわった。
この「小農の権利宣言」とは何なのだろうか。なぜ、日米欧をはじめとした国々は世界的な意義をもつ宣言に背を向けるのだろうか。

「小農の権利宣言」とはなにか
「小農の権利宣言」は、「小農と農村で働く人びとの権利に関する国連宣言」が正式名称だ。「小農宣言」「小農権利宣言」「小農の権利宣言」とも呼ばれている。この宣言の第一条には小農の定義が掲げられている。このなかで小農は、以下のように説明されている。
1. 本宣言において、小農とは、自給のためもしくは販売のため、またはその両方のため、一人もしくはほかの人びととともに、またはコミュニティとして、小規模農業生産を行っているか、行うことを目指している人で、家族および世帯内の労働力ならびに貨幣で支払を受けないほかの労働力に対して、それだけにというわけではないが、大幅に依拠し、土地に対して特別な依拠、結びつきを持った人を指す。
権利宣言のなかで、特に注目されるべき条文としてよく挙げられているのは次のようなものだ。
- 自らの食料や農業に関する政策や制度を自ら決定する権利である食料主権(十五条)
- 適切な生活水準を維持できる価格で生産物を販売する権利(十六条)
- 自家採種を行う権利、手頃な価格で種子を手に入れる権利(十九条)
さらには女性差別の撤廃(四条)、農作業の安全(十四条)、教育などの権利(二十五条など)といった幅広い分野において、家族農業や地域農業を守るために必要な権利について言及されている。
(参考:farmlandgrab.org「【国連宣言】小農の権利(案・和訳)」(PDF)より/ 原文(PDF))
日本の農業における「小農」とは誰か
日本の農業には2つの側面がある。産業としての農業、つまり「産業農業」と、暮らしとしての農、「生活農業」だ。戦後の農業政策は、主に前者の産業農業の発展に重きを置いてきた。その結果、専業農家の育成が進められてきたのである。
ところが、今日においても、農家の多くは兼業農家である。日本の農家は、家族を養うため、小さな農地を守り、他産業でも働く形で生き延びてきた。こうした小さな農家、あるいは兼業農家を「小農」と呼び、日本の農村社会は彼らによって支えられてきたといえる。
今回の「小農の権利宣言」の特徴のひとつは、「小農」の範囲を広げたことにある。
つまり、上述した家族経営の農業にとどまらず、農林水産業全体に、さらにはこれを支える地域にまで広げたのだ。世界的にかつてない人口増加が見込まれるなか、食料の安定供給は喫緊の課題。国連は、小規模・家族農業を積極的に支援することが課題解決につながると考え、議論を重ねてきたのである。
先進国が「小農の権利宣言」に反対する理由
ではなぜ、日米欧をはじめとした先進国は、この宣言に反対するのだろうか。アメリカの政府代表は、「個人の権利が優先されるべき」との反対表明を行ったといわれる。ここでいう個人とは、決して農家を指すものではない。大企業における企業利益を守ろうという意図に基づいたものである。
一方、日本の外務省は棄権した理由として「農村の人々の権利は既存の仕組みの活用によって保護される。固有の権利の存在があるかについては、国際社会での議論が未成熟」と説明しているという。
これらはつまり、農業経営を営む大企業にとって、地域に根ざした伝統を守り続ける家族農業の権利を保証することは、(大企業による)農業発展において阻害要因に過ぎないということを示唆したものと受け取ることができる。非常にわかりづらい日本の棄権理由にいたっては、アメリカの意見に追従するための方便とみる向きが大半だ。

そもそも、この宣言を中心になって提言してきたのはボリビア政府である。
その背景にあるのは、先進国が開発途上国の田畑にしてきた、経済至上主義に基づく大規模開発。そして、それによってもたらされてきた、ボリビアをはじめとする小さな農家たちの危機感である。
グローバル化による輸出型農産品の開発モデルは、土地の収奪や格差の拡大を生み出してきた。
例えば、どこで何をどう育てるかは、企業側によって選択される。現地の小農たちがまるで奴隷のように低賃金で働かされるばかりか、知らず知らずのうちに、遺伝子組換え作物を栽培していたり、それが地元の国民の食卓にあがるようになったりしてきた。このことにより、農村は疲弊し、田畑は化学薬品にまみれ、それまで保たれてきた生物多様性が損なわれてきたのである。
こうした小さな農家の訴えに耳を傾け、小農民のみならず、先住民や牧畜民の権利を確立し、土地や水など自然資源を守り、巨大資本による過剰な大規模開発から、文化のアイデンティティや生物多様性を守ろうという願いが、今回の権利宣言につながっている。
世界の潮流を真摯に受け止めるべき
権利宣言に反対あるいは棄権した先進国は、現地の農業開発や農地投資、貿易などを通じて途上国とのビジネスを抱えた国ばかりだ。小農の権利を完全否定するまでではないものの、農業における主権を小農に渡してしまうことでビジネスが大きく後退するのを危惧しているというのが、偽らざる本音といえよう。経済効率のみを考えた農業開発では、生物多様性に適した環境やそこで働く人々の人権を犠牲にする状況に陥りやすい。
大型農機や最新の農薬など、科学技術によって社会課題を解決しようとする考えと、自然と人間の調和に根ざした考えとが真っ向から対立する格好だが、これまで虐げられてきた弱者の立場である小農の訴えが国際的に認められ、権利宣言にまで至った意義は大きい。
世界の農業の潮流が、小農を重んじる流れに明らかに変わり始めたことは、家族経営の農家が大半である日本においても真摯に受け止める必要があるだろう。
<参考URL>
一般社団法人日本食農連携機構「小農権利宣言が国連で採択 121カ国が賛成、日本は棄権」
NHK解説アーカイブス「いま なぜ『小農』なのか」
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