ついに発効された「日米貿易協定」、日本の農業・農産物への影響は?

政府は日本とアメリカの2国間の貿易協定について国会で承認されたことを受け、2020年1月1日に「日米貿易協定」を発効した。

不平等条約ともいわれる日米貿易協定。具体的な内容を紹介しながら、日本の農業生産者や農業界、消費者にどんな影響があるのか、デメリットだけでなくメリットもあるのか、などを解説していく。



「日米貿易協定」と「TPP」の違いとは?

日米貿易協定とは、日本とアメリカの2国間での関税や輸入割当などの制限的な措置を、一定の期間内に撤廃もしくは軽減することのできる取り決めである。これにより貿易を拡大させ、日本とアメリカ、両国の経済成長に繋げるのが狙いだ。

そもそも日本とアメリカを含む12カ国は「環太平洋パートナーシップ協定(TPP)」にて、経済の自由化を目指し協定を結んでいた。しかし、アメリカのドナルド・トランプ大統領が2017年1月にTPPを離脱することを表明。これにより、日本とアメリカの間での協定は先送りになっていた。

その後、アメリカはカナダやメキシコとの貿易協定である「USMCA」、韓国との「米韓FTA」など、少数国間での貿易協定を推進。日本もアメリカとの貿易交渉を開始し、2019年末に国会で承認され、2020年1月1日に日米貿易協定が発効となった。その合意内容は以下の通りだ。

日米貿易協定の主な合意内容

  • コメの関税撤廃・削減は除外される
  • 脱脂粉乳、バターなどはTPPワイド枠(TPP参加国が利用可能な関税割当枠)が設定されている33品目について新たな米国枠は設けない
  • 関税の撤廃、削減をする品目はTPPと同じ内容
  • 牛肉についてはTPPと同様の関税削減、2020年のセーフガードの発動基準数量を昨年度の米国輸入実績より低く設定
  • 農林水産品についてTPPの範囲内に抑制。TPPの関税撤廃率約82%より大幅に低い約37%にとどめた
  • 牛肉の輸出について、現行の日本枠である200トンと複数国枠を合わせ複数国枠65005トンへのアクセスを確保
  • 醤油、長いも、切り花、柿など輸出関心の高い品目に関しては関税撤廃・削減を獲得

日本がもっとも重要視しているコメに関しては保護している一方で、乳製品や牛肉などに関しては日本に対して輸入が迫られている。すべての品目について自国にだけ有利な条件にはできないのが国際関係の基本となっている。


「FTA」「EPA」「TPP」はなにが違う?

元々貿易のルールというのはWTO(世界貿易機関)という国際機関が定めていたが、各国での折り合いがつかなかったり、自国の産業を守るために全体では話がまとまらないことも多かった。そこで、交易のある国同士での独自の協定を結ぶ流れから、「FTA」(自由貿易協定)、「EPA」(経済連携協定)、「TPP」(環太平洋経済連携協定)といった協定が生まれた。1月1日に発効された日米貿易協定は、このうちの「FTA」にあたる。

大きく分けると、FTAは関税に関する撤廃・削減といった輸出入のビジネスや産業に関わる協定、EPAは関税に加えて知的財産の保護なども含めたより広範囲に関わる協定で、いずれも2国間での交渉が基本となっている。それに対して、TPPは太平洋を囲む複数の国が参加する地域間交渉と呼ばれるもので、多くの国で共通の協定を結び、経済圏をまとめることを目的としている。日本と欧州を対象とする日EU・EPAなども、地域間交渉のひとつだ。

今回の日米貿易協定は、関税に関する部分のみなので、FTAとなっている。



「日米貿易協定」による日本のメリット/デメリット


では、この日米貿易協定は日本にとってどんなメリット/デメリットがあるかを考えてみよう。

メリット

まず、日米貿易協定により、アメリカ産の牛肉や乳製品などの関税が軽減されることで、アメリカ産の食品を安く購入できるのは、消費者にとっては喜ばしいことである。

また、Amazonなどアメリカの通販サイトから個人輸入をする際に、今までは値段や品目によってかかっていた関税がかからなくなる。世界最大規模の市場であるアメリカに関税なしでアクセスできるのは、アメリカをビジネスの場として視野に入れている場合などにも大きなメリットだ。

貿易を自由化することにより、安く輸入されるアメリカ製品に対抗し、国内でも自由競争が活発になり、日本企業の成長と経済の活性化につながるという見方もある。

デメリット

最大のデメリットは、生産額の最も影響が大きいと思われる畜産業の競争の激化だ。現在牛肉にかけられている関税の38.5%が段階的に引き下げられ、最終的には9%まで下がることが決まっている。

アメリカは農業においても畜産においても、大規模経営でコスト面で優位であり、飼料価格が上昇傾向の中で経営コストがかかる日本の畜産農家では、事業継承が危うくなる可能性もあるのだ。

関税が下がり海外製品が安く手に入るとなれば、消費者はありがたいことかもしれない。しかし競争力のない企業や農家にとってはかなりの打撃となり、農業や自動車産業などの重要な産業が衰退して日本の経済発展が衰退する恐れもある。


農産物の生産額について


日米貿易協定の影響でアメリカ産の農産物が入ってくることにより、生産額の減少は生じるものの、体質強化対策による生産コストの軽減や品質向上、経営安定対策などの国内対策により、国内生産量は維持される見込みだ。

具体的な政策は明記されていないが、農林水産省の試算によると、小麦で約34億円、かんきつ類で約19~39億円、牛肉では約237~474億円の生産額減少が予想されていて、全品目合わせると600~1100億円となる。しかし、特に大きな影響を受けると予想されている畜産業には、飼育頭数が一定未満の畜産農家への補助金を出すなどして中小の畜産農家に配慮をするという。

逆に、輸出の拡大については地域の国際交渉などを担う指令組織を農林水産省に新設し、地域の農協や観光協会との連携を強化。特産品の輸出につなげるほか、日本の特産品を扱うネットショッピング「ジャパンモール」を開設し、国産品の販売を支援する仕組みを整える。

なお、TPPでは撤廃するとされていた自動車と自動車部品の関税に関しては、関税撤廃期間や原産地規則などは協定に規定せず「さらなる交渉による関税撤廃」として今後も協議が行われる予定だ。


今後の交渉次第ではさらなる負担も

2020年1月時点の日米貿易協定で合意が得られている項目は、主に農産物などの物品に関する関税撤廃だ。発効から4カ月以内に「第2段階の交渉」を始めるとの見通しで、先送りされた自動車やサービスなど、より包括的な貿易の協定について話し合うこととなる。

現状、日米貿易協定による農業界へのメリットはほとんどなく、影響の大きい畜産農家への具体的な対策など不明点も多い。また、アメリカ産牛肉へのホルモン剤や遺伝子組み換え作物使用の問題など、食の安全に関しても不安が残るのが正直なところだ。

とはいえ、日米貿易協定はまだまだ発効したばかりであり、日本とアメリカの関係性や世界情勢などに合わせて、今後も調整が続いていく。経済的に日本との関係性が強いアメリカだけに、生産者だけでなく消費者ひとりひとりも知識を持ち、政府の動きなどを注意してみておく必要があるだろう。引き続き、日米貿易協定について注目していきたい。


農林水産省 日米貿易協定について
https://www.maff.go.jp/j/kokusai/tag/index.html
農林水産省 農林水産品関連合意の概要
https://www.maff.go.jp/j/kokusai/tag/attach/pdf/index-31.pdf
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WRITER LIST

  1. よないつかさ
    1994年生まれ、神奈川県横浜市出身。恵泉女学園大学では主に有機栽培について学び、生活園芸士の資格を持つ。農協に窓口担当として5年勤め、夫の転勤を機に退職。アメリカで第一子を出産し、子育てをしながらフリーライターとして活動。一番好きな野菜はトマト(アイコ)。
  2. syonaitaro
    1994年生まれ、山形県出身、東京農業大学卒業。大学卒業後は関東で数年間修業。現在はUターン就農。通常の栽培よりも農薬を減らして栽培する特別栽培に取り組み、圃場の生産管理を行っている。農業の魅力を伝えるべく、兼業ライターとしても活動中。
  3. 槇 紗加
    1998年生まれ。日本女子大卒。レモン農家になるため、大学卒業直前に小田原に移住し修行を始める。在学中は、食べチョクなど数社でマーケティングや営業を経験。その経験を活かして、農園のHPを作ったりオンライン販売を強化したりしています。将来は、レモンサワー農園を開きたい。
  4. 沖貴雄
    1991年広島県安芸太田町生まれ。広島県立農業技術大学校卒業後、県内外の農家にて研修を受ける。2014年に安芸太田町で就農し2018年から合同会社穴ファームOKIを経営。ほうれんそうを主軸にスイートコーン、白菜、キャベツを生産。記録を分析し効率の良い経営を模索中。食卓にわくわくを地域にウハウハを目指し明るい農園をつくりたい。
  5. 田牧一郎
    日本で15年間コメ作りに従事した後、アメリカに移り、精米事業、自分の名前をブランド化したコメを世界に販売。事業売却後、アメリカのコメ農家となる。同時に、種子会社・精米会社・流通業者に、生産・精米技術コンサルティングとして関わり、企業などの依頼で世界12カ国の良質米生産可能産地を訪問調査。現在は、「田牧ファームスジャパン」を設立し、直接播種やIoTを用いた稲作の実践や研究・開発を行っている。