新規就農者の35%が離農する現実──未来の農業の担い手を定着させる方法とは?

2019年3月22日、総務省(行政評価局)は、「農業労働力の確保に関する行政評価・監視─新規就農の促進対策を中心として─」の結果をまとめ、農林水産省に対して次のように勧告した。

総務省から農水省への改善勧告
  1. 新規参入希望者への農業機械の取扱いや農業経営に関する研修も含めた研修内容の充実
  2. 普及指導センターが新規参入者に重点的な指導等を行うよう必要な助言等の実施
  3. 新規雇用就農者の離農理由の的確な把握及び関係者への情報提供

これらを受け、農水省は勧告に沿った対応を検討したいと応じている。総務省がこのような勧告に至ったのはなぜなのか。「農業労働力の確保に関する行政評価・監視─新規就農の促進対策を中心として─」のレポートから考察する。

高齢化に伴う農業従事者の減少傾向は喫緊の課題


あらためて言うまでもなく、農業従事者の数は減り続けている。減少傾向に歯止めがかからない最も大きな要因に挙げられるのは少子高齢化だが、その流れが今後ますます加速していくことが懸念されている。

総務省の発表によれば、1995(平成7)年に約256万人だった農業従事者は、2018(平成30)年には約145万人。約20年の間に約43%減少したことになる。

平均年齢も59.6歳(1995年)から66.6歳(2017年)と7歳も上昇しており、減り続けているばかりか、高齢化に拍車がかかっている。これから高齢によるリタイヤが相次ぐことは必至で、農業従事者を少しでも増やしていくことは喫緊の課題とされている。

そのため、農水省では「地域の活力創造プラン」と題した施策を用意。2023年までに40歳代以下の農業従事者を40万人に引き上げる目標を掲げ、農業に足を踏み入れようとする人々への必要な技術習得の研修や、経営の不安定な新規就農者への補助金等による支援などの対策を講じるとしている。


新規就農研修生の高い離農率が明らかに


新規就農者の抱える課題の大きなものは「資金」と「技術の習得」である。こうした状況を踏まえ、農水省は研修を受ける者に対して最長で2年間、年間150万円の補助金を交付したり(農業次世代人材投資資金。旧青年就農給付金)、あるいは新規に雇用した農業法人で行われる研修を支援したりするなどしている。

こうした対策が功を奏し、40歳代以下の農業従事者は、2013(平成25)年の31万1000人から2017(平成29)年には32万6000人と微増したが、あと3〜4年で40万人という目標には程遠い数字といわざるを得ない。

「農業労働力の確保に関する行政評価・監視-新規就農の促進対策を中心として-」によれば、全国にある都道府県農業会議のうち、18の団体を対象とした調査を行ったところ、農の雇用事業の研修生の離農率が35.4%だったことがわかった。調査対象となった1591人の研修生のうち、564人が離農したことになる。

研修生が挙げた離農の理由として最も多く挙がったのが、「業務内容が合わない、想定と違っていた」というもの。彼らは給与や勤務時間などに不満をもっており、これらは事業の実施主体らの努力次第で、一定程度解消し得るものとしている。

こうした研修生の実態が明らかになった一方、離農理由を詳細に把握していない件数が132件もあったことから、勧告(3)の「新規雇用就農者の離農理由の的確な把握及び関係者への情報提供」に至った。


行き届かない支援も要因のひとつ


さらに、新規参入を希望する者を受け入れている59の農家のすべてで、栽培の技術に関する研修は行われているものの、農業機械の取り扱いや農業経営にまつわる研修を行っていない実態が確認されている。

農業機械の取り扱いに関する研修を行っていないのは、全体の1割強。販売や流通経路など、経営にまつわる研修を行っていないのは、全体の3分の1にも及ぶという。これは、総務省の勧告のうちの(1)にあたる。

一方、都道府県には普及指導員、普及指導センターが設置されており、農業者に直接、生産性の向上のための技術的な指導を行ったり、農業を経営していく上での効率的かつ安定的な経営の支援を行ったりしている。こうした普及指導活動の対象として、新規参入者を重点的にするよう定めているのが、農水省の「協同農業普及事業の運営に関する指針」だ。

ところが、調査対象とした35の普及指導センターのうち、15のセンターで重点化されていなかったことが明らかになっている。重点指導を行っているセンターの方が、行っていないセンターよりも離農率が低かったことから、適切な指導が行われるよう勧告したのが(2)にあたる。

新規就農者が安定的に定着するために必要なこととは


40代以下の新規就農者全体における新規参入者の割合は1割程度であるものの、年々増加傾向にあることから、農業の今後の担い手として期待されていることに変わりはない。

今回の「農業労働力の確保に関する行政評価・監視─新規就農の促進対策を中心として─」において調査対象となった35市町村において見られた、新規参入者の目標とする所得は、最高で275万円、最低で140万円であった。

このうち、所得目標を達成できたのは14.3%。未達となった理由を分析すると、病害虫被害など栽培管理上の課題や、計画以上の規模拡大による経費の増加など、経営にまつわる課題が散見された。彼らはいずれも新規参入者に対する研修を受けており、今後さらなる研修の強化、あるいは選択と集中による普及センターなどの指導・助言をきめ細かく行っていく必要がありそうだ。

こうした調査を踏まえて、新規就農者が安定的に定着するよう、講ずるべき対策として総務省が出した所見は下記の通りである。

(1) 農の雇用事業において、i )農業法人等が行う離農抑制策に資するよう、研修生の離農理由の的確な把握に努め、主な離農の要因とその解消方法に関する情報を指導者養成研修会や事業説明・研修会などの場で提供する取組を推進すること。また、ii )研修生の離農抑制を指向しつつ丁寧にフォローしている都道府県農業会議の取組例を把握し、周知を図ること。

(2) 従業員を雇用している農業経営体の就業環境を改善することを目的として、変形労働時間制の採用等、就業環境の改善に必要となる具体的な情報などを改めて周知すること。
引用元:総務省「農業労働力の確保に関する行政評価・監視-新規就農の促進対策を中心として-」[PDF]

これまでの農水省の取り組みは、例えば、農業高校生と研修生との交流の場を設けることで就農意欲の向上につなげたり(秋田県)、新規就農者の就農前後に年間最大で150万円を交付する支援対象を、原則45歳未満から50歳未満へと拡大したり(2019年度から)するなどといった形で、新規就農者の定着を図るための施策は、これまでもさまざまに打ってきた。

「農業労働力の確保に関する行政評価・監視─新規就農の促進対策を中心として─」では、農業の人手不足解消のためには、労働時間の見直しにも踏み込まなければならないとしている。農業は労働基準法の定める労働時間等の規定の適用外ではあるが、研修生の離農理由のひとつである「想定と違う勤務時間」を無視していては前進しない。

そのためには、先進的な科学技術を取り入れたスマート農業の導入を新規就農者も取り入れやすくするなどの対策も、今後は検討の余地があると考えられる。

新規就農者にとって農地の確保が難しいという課題も残されている。農地バンクなどの仕組みはあるものの、土地の持ち主の思いとして、先祖から授かった土地をなかなか貸し出すことが難しく、結果として休耕田や耕作放棄地になってしまっているという現実も見過ごせない。労力を軽減し、経験と勘を技術でカバーするスマート農業の活用により、農業とは別の仕事を持ち、働きながら徐々に農業に軸足を移すような緩やかな仕組みを広げていくことも、今後は考えてもいいのかもしれない。

農業に夢を持ち、意欲と使命を感じている新規就農者たちの挑戦を認め、失敗してもそれを支えられるような社会を考えていくことも、いまいる農家を楽にすることと同じように考えていかなければならない課題だろう。


<参考URL>
総務省「農業労働力の確保に関する行政評価・監視-新規就農の促進対策を中心として-」[PDF]

<参考図書>
「週刊行政評価」2019年3月28日号
【コラム】これだけは知っておきたい農業用語
SHARE

最新の記事をFacebook・メールで
簡単に読むことが出来ます。

RANKING

WRITER LIST

  1. 田牧一郎
    田牧一郎
    日本で15年間コメ作りに従事した後、アメリカに移り、精米事業、自分の名前をブランド化したコメを世界に販売。事業売却後、アメリカのコメ農家となる。同時に、種子会社・精米会社・流通業者に、生産・精米技術コンサルティングとして関わり、企業などの依頼で世界12カ国の良質米生産可能産地を訪問調査。現在は、「田牧ファームスジャパン」を設立し、直接播種やIoTを用いた稲作の実践や研究・開発を行っている。
  2. 福田浩一
    福田浩一
    東京農業大学農学部卒。博士(農業経済学)。大学卒業後、全国農業改良普及支援協会に在籍し、普及情報ネットワークの設計・運営、月刊誌「技術と普及」の編集などを担当(元情報部長)。2011年に株式会社日本農業サポート研究所を創業し、海外のICT利用の実証試験や農産物輸出などに関わった。主にスマート農業の実証試験やコンサルなどに携わっている。 HP:http://www.ijas.co.jp/
  3. 石坂晃
    石坂晃
    1970年生まれ。千葉大学園芸学部卒業後、九州某県の農業職公務員として野菜に関する普及指導活動や果樹に関する品種開発に従事する一方で、韓国語を独学で習得する(韓国語能力試験6級取得)。2023年に独立し、日本進出を志向する韓国企業・団体のコンサル等を行う一方、自身も韓国農業資材を輸入するビジネスを準備中。HP:https://sinkankokunogyo.blog/
  4. 川島礼二郎
    川島礼二郎
    1973年神奈川県生まれ。筑波大学第二学群農林学類卒業。フリーラインスの編集ライターとして、テクノロジーをキーワードに、農業雑誌・自動車雑誌などで執筆・編集活動中。
  5. 堀口泰子
    堀口泰子
    栄養士、食アスリートシニアインストラクター、健康・食育シニアマスター。フィットネスクラブ専属栄養士を経て独立。アスリートの食事指導や栄養サポートの他、離乳食から介護予防まで食を通じて様々な食育活動を行う。料理家としても活動し、レシピ提案、商品開発も担う。食事は楽しく、気負わず継続できる食生活を伝えることを信条とする。スポーツの現場ではジュニアの育成、競技に向き合うための心と体の成長に注力している。HP:https://eiyoushiyakko.jimdofree.com/
パックごはん定期便