肥料取締法が改正される理由

肥料の規格や登録、検査などについて定めた肥料取締法が早ければ2019年秋にも改正される見込みだ。制度が長年見直されないままで、時代に合わない部分が出てきているためである。

改正の議論が始まったきっかけの一つは、全国的にたい肥の投入量が下がっており、地力の低下がみられること。農作物の生産の根本となる「土づくり」を見直す時期に来ている。

安全性と効果の担保をより確実に

肥料取締法は肥料の品質と安全性を担保し、公正な取引と適切な施用ができるようにと定められたものだ。肥料は、農作物を作るうえでなくてはならない存在である。そうでありながら、その管理は容易ではない。

まず、見た目では成分の判別がしにくく、品質をごまかすことが容易にできる。また、ほとんどの肥料は産業副産物や産業廃棄物から作られる。食品工場から出た食品くずや畜産から出る糞尿、下水処理場から出る汚泥といった具合に。もともと肥料の生産を目的にしたものではないため、有害物質が含まれたり、肥料効果のないものが出回ったりしないよう注意する必要がある。

安全で利用者の求める効果が得られるよう肥料の規格や登録、保証の制度などを定めるのが肥料取締法だ。農林水産省消費・安全局は「制度の目的や意義は変化していないが、時代の変化に伴いさまざまな制度上の課題も生じている」として見直しを進める。安全性が確保され、良質で価格の低廉な肥料を供給すると掲げる。

水田に入れるたい肥の量が30年で4分の1に

冒頭で紹介したように地力の下がった土壌が増えていることが見直しの要因の一つだ。農水省の農業経営統計調査によると、水田のたい肥の投入量は30年間で約4分の1に減少した。


植物の生育に必須の元素で、含有量が0.01%以下の元素は微量要素と呼ばれる。鉄やマンガン、ホウ素などがそれで、この微量要素が施用されないために作物の病害や収量低下、生理障害が発生している。肥料の要素の組み合わせや濃度に制限があり、こうした制約をより実情とニーズに合った形に直すことが求められている。成分の不足とは逆に、リン酸やカリといった一部の成分が過剰に投入され、病害が発生することもある。

こうした地力の低下や栄養バランスの偏りに対処するのに加え、原料の安定供給のために海外依存度を下げ、国内で調達できる産業副産物を活用したいという思惑もある。2008年に肥料の原料供給がひっ迫し、価格が高騰した。肥料の需要が世界的に伸びる中、再び高騰する事態は避けたいところだ。原料コストが安い食品廃棄物や家畜糞尿、汚泥を使い、より廉価な肥料の供給を目指す。

見直しのポイントには以下のようなものがある。

  • 肥料業者による原料帳簿などの作成や定期的な重金属の検査といった製造工程管理を徹底する
  • たい肥と化学肥料の配合を柔軟にできるようにし、たい肥と化学肥料を一緒に散布できるようにする
  • 微量要素の組み合わせや濃度の規格上の制約を見直す
  • 肥料の保証票上の表示を必要最低限にする一方、農家が求める場合は詳細な情報にアクセスできるようにする

製造工程管理を徹底するのは、混入した場合表示の必要な汚泥が原料に入っているのに気付かず、汚泥と表示せずに販売したり、故意に原料を偽装したりするケースが続いているからだ。特に産業廃棄物を原料にする場合、重金属をはじめとする有害物質が基準値を超えないよう注意しなければならない。消費・安全局農産安全管理課長の安岡澄人さんは言う。

「肥料の登録をする際には基準値を下回っていても、原料の入れ替わりがあって、業社の方でちゃんとチェックできていなくて基準を超過してしまうものがある。そうならないよう、業者自身も自主的に重金属を測るというように、自主管理をきちんとしてもらう。また、どの業者も原料は帳簿をつけて管理しているはずだけれども、制度上きちんと帳簿をつけることを義務付けるような形にすることを考えている」

たい肥は品質が一定せず、含有すべき成分の最小量などを定める公定規格を設定できないため「特殊肥料」に分類される。特殊肥料とそれ以外の普通肥料を配合することは、ごく一部でしか認められていなかった。そのため、農家はたい肥と普通肥料を別々に散布することになり、このことがたい肥の施用を妨げる一因だと指摘されてきた。たい肥と化成肥料の配合肥料が手軽に使えるようになれば、施用は容易になる。

簡素化の一方でこれまで以上の情報提供も

最後の表示については、配合肥料の原料が頻繁に変わると、その都度包材の表示を変えなければならず、コストがかさむ。そのため、現状のかなり細かい表示を簡素化する。一方で、農家によっては原料はもちろん、原料の発生過程、畜産堆肥なら抗生物質の投与といったことまで気にする人もいる。そのため、より詳しい情報にまでアクセスできる方法を検討する見込みだ。

このところ問題になっている新たな有害物質にクロピラリドがある。米国、カナダ、オーストラリアなどで牧草や穀類に使われる除草剤だ。輸入飼料を食べた家畜の糞に由来するたい肥に含まれる。人畜への毒性が低く、健康への悪影響はなく、多くの作物は施用しても生育に問題はない。ただ、トマトやスイートピーなど特定の作物では極めて低濃度でも生育障害を起こす。こうした一部の作物に影響の大きい物質は、一律の基準で規制するのではなく、対象農家が含有の状況を把握できるような表示なり周知の仕方を検討する。

制度の見直しの理由について、安岡さんは「規制が壁になっているようなところは規制の見直しをして、土づくりをしやすい環境づくりをしようというのが大きい」と話す。

「肥料の制度というのは20年くらい見直していないので、いろいろな課題がある。これを機にさまざまな論点を見直そうとやっている」(安岡さん)

このタイミングでの見直しは、食と農の根本にある土がそれだけ危機的状況に置かれていることの証左だとも言えるかもしれない。

チッソ、リン酸、カリという肥料の三要素が含まれ、かつ廉価なたい肥をより使いやすくするといった方針をはじめ、もっともだと感じる見直し内容が多い。ただし、畜産産地の偏りに伴う家畜糞尿の地域的偏在が顕著で、コストを考えると長距離輸送が難しいといった課題もある。法改正を理念倒れにしないためには、より多くの消費者と農家が土づくりを我が事としてとらえる必要があるだろう。


クロピラリド関連情報:農林水産省
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  1. 田牧一郎
    田牧一郎
    日本で15年間コメ作りに従事した後、アメリカに移り、精米事業、自分の名前をブランド化したコメを世界に販売。事業売却後、アメリカのコメ農家となる。同時に、種子会社・精米会社・流通業者に、生産・精米技術コンサルティングとして関わり、企業などの依頼で世界12カ国の良質米生産可能産地を訪問調査。現在は、「田牧ファームスジャパン」を設立し、直接播種やIoTを用いた稲作の実践や研究・開発を行っている。
  2. 福田浩一
    福田浩一
    東京農業大学農学部卒。博士(農業経済学)。大学卒業後、全国農業改良普及支援協会に在籍し、普及情報ネットワークの設計・運営、月刊誌「技術と普及」の編集などを担当(元情報部長)。2011年に株式会社日本農業サポート研究所を創業し、海外のICT利用の実証試験や農産物輸出などに関わった。主にスマート農業の実証試験やコンサルなどに携わっている。 HP:http://www.ijas.co.jp/
  3. 石坂晃
    石坂晃
    1970年生まれ。千葉大学園芸学部卒業後、福岡県の農業職公務員として野菜に関する普及指導活動や果樹に関する品種開発に従事する一方、韓国語を独学で習得(韓国語能力試験6級)。退職後、2024年3月に玄海農財通商合同会社を設立し代表に就任、日本進出を志向する韓国企業・団体のコンサルティングや韓国農業資材の輸入販売を行っている。会社HP:https://genkai-nozai.com/home/個人のブログ:https://sinkankokunogyo.blog/
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    川島礼二郎
    1973年神奈川県生まれ。筑波大学第二学群農林学類卒業。フリーラインスの編集ライターとして、テクノロジーをキーワードに、農業雑誌・自動車雑誌などで執筆・編集活動中。
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    堀口泰子
    栄養士、食アスリートシニアインストラクター、健康・食育シニアマスター。フィットネスクラブ専属栄養士を経て独立。アスリートの食事指導や栄養サポートの他、離乳食から介護予防まで食を通じて様々な食育活動を行う。料理家としても活動し、レシピ提案、商品開発も担う。食事は楽しく、気負わず継続できる食生活を伝えることを信条とする。スポーツの現場ではジュニアの育成、競技に向き合うための心と体の成長に注力している。HP:https://eiyoushiyakko.jimdofree.com/
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