「JGAP」「ASIAGAP」とは|東京五輪で懸念される国産食材の立場

2020年に開催される東京オリンピック・パラリンピック(以下、東京五輪)が、いよいよ間近に迫ってきた。出場を目指すアスリートたちはもちろんのこと、彼らを迎えるためのインフラ設備を整えるべく、建築業界の慌ただしさも佳境に差し掛かっている。

東京五輪への期待が高まる一方、一部でひっそりと心配されていることがある。オリンピック選手を通じて世界にPRする絶好の機会であるにもかかわらず、選手村で提供される料理に国産の食材が使えないかもしれないという懸念だ。


そもそも「GAP」とはなにか?

2018年3月、東京五輪の選手村で提供される食材の調達基準にGAP認証が加えられた。

GAPとは、「Good Agricultural Practices」の頭文字をとったもの。直訳すると「良い農業の実践」ということになるが、つまりは「適切な農場管理とその実践」という意味合いである。

農業においては、田植えや収穫といった作業だけでなく、土壌や水といった生産環境もよい農作物を作る上での重要なポイントとなる。安全な農作物を作るために、これら生産工程のすべてをしっかりと管理し、それを第三者が確認して評価できるようにしたものが、GAP認証だ。農林水産省によれば、食品安全、環境保全、労働安全などの持続可能性を確保するための取り組みである。

そもそも、世界では1997年に欧州小売業組合の策定した「EUREPGAP」がGAP認証の始まりだ。EUREPGAPは欧州のスーパーマーケットを中心に広がり、現在ではグローバルGAPと名を変えて世界120カ国以上で活用されている。

グローバルGAPを実践することにより、農業生産者には、国内外への輸出などの販路拡大、生産工程を見直すことで生産性向上をはじめとした経営改善、新人や外国人労働者に対するトレーニングでもたらされる教育効果、生産者としての責務を明確にするリスク管理、などのメリットが挙げられている。

日本でのGAP認証の現状|取得生産者は1%に満たない

グローバルGAP取得のためには、約200項目にわたるチェック項目をクリアし、その通りに行われているかどうかを第三者機関に審査してもらう必要がある。審査費用は25万〜55万円で、その内訳は運営会社への登録料と審査経費となっている。

しかし現状、グローバルGAPを取得した国内の農家は圧倒的に少ない。農林水産省の調査によれば、2018年6月現在で取得しているのは632経営体(GAPをめぐる最近の状況とJGAP/ASIAGAP認証制度の概要 2018年10月)。この数字は全体の農家の1%に遠くおよばないものとなっており、そのために東京五輪を迎えても食材が足らず、GAP認証を取得した海外の食材を調達するしかないのでは、との心配が広がっているのだ。

これを受けて、農林水産省は日本発のGAPとして立ち上げている「JGAP」の取得を後押ししてきた。ちなみに、このJGAPを「JGAP Basic」として、リスク管理などの項目を追加し、日本からアジア地域までを見据えたGAP認証「JGAP Advance」を「ASIAGAP」とし、現在は「ASIAGAP」を推進している。

そもそも日本でも欧州での高まりを受けて、GAP認証そのものは古くから存在している。それは主に食品の安全に特化した認証制度で、特に各都道府県で独自に取り組んでいるものが多い。日本の農産物は高品質で安全である、とはよくいわれるものの、各都道府県で取り組む独自のGAP認証は、それを裏打ちするような制度にはなっていない。第三者による審査や評価がされる仕組みになっていないため、国際基準のGAPとは似て非なるものなのだ。

そこで、2007年11月に国際基準に準拠するような第三者認証制度を盛り込んでスタートしたのが「JGAP」だ。日本GAP協会の統計によれば、JGAPの認証を受けた農場の数は4100程度(2017年3月現在)。グローバルGAPを取得した農家と合わせても、まだ国内全体の1%に届かない。

そんな状況を改善するために、JGAPを管轄する日本GAP協会は、気候風土が似ているアジア地域のGAPを日本から規格化することで、アジアの農産物の安全を広い地域にわたって保証すべく、「JGAP」から「ASIAGAP」へと、さらなる展開を目指している。

GAP認証を広げるために

基本的に、これまでのJGAPを取得するためには各地で随時開催されている研修に参加するか、JGAP指導員の指導を受けることが必須となっている。それから基準書に沿って生産手順を文書化し、「見える化」していく。その後、認証機関の審査を受けて適合と認められると、晴れてJGAP認証が与えられる。審査費用は、運営会社への登録料と審査経費で10万円程度。

必須要件ではないが、認証取得をサポートするコンサルタントも存在している。茨城県に大手コンサルタント会社が1社あるほか、中小の規模で茨城県や静岡県に数社あるようだ。

グローバルGAPもJGAPも、食材の安全性を保証する証明として同等のものだが、前者は環境保全に重きを置いている一方、後者は農薬や衛生管理を重視しているという違いがあるのだ。

JGAP認証をサポートするクラウドアプリ

一般的に認知度が低いとはいえ、メリットの多いGAP認証には課題もある。個人経営の小規模な農家では、独力で認証を受けるのはハードルが高い。基準書の項目が多岐にわたる上に、それなりに費用もかかるからだ。

それをサポートする施策もある。

例えば、JGAP認証に対応したかたちで日々の作業を記録できるクラウドサービスが登場している。株式会社オプティムの開発した農作業記録サービス「Agri Assistant」は、JGAPの取得支援を目的としたサービスで、自動音声入力で手軽に農作業記録をすることができる。JGAP取得に必要な農作業情報をスマートフォンやタブレット、パソコンなどで共有して、レポートを作成することが可能で、日本GAP協会がJGAP推奨システムとして認定しているものだ。


また、団体認証という制度も個人経営の生産者をサポートしてくれる。JA(農業協同組合)の品目別部会などの団体で、JGAPへの対応を役割分担することができるので、費用や認証への負担をある程度軽減することが可能だ。

東京五輪では、グローバルGAP、JGAPに加えて、都道府県単位でのGAPに関しても調達基準として広く含ませている。オリンピックはアスリートの活躍を間近に見られるほか、さまざまな経済効果も期待されている。選手村で提供される食材に国産が使われることは、日本の農作物を世界にPRする絶好の機会。高品質である上に安全である国産の農作物を世界のアスリートに味わってもらうことは、国際的な競争力を高めることにもつながる。

そのため、国内のGAP認証を取得する農家を早急に増やす必要がある。今後ますます取得のための環境整備が進んでいくだろう。

■関連リンク
日本GAP協会「JGAPを知りたい」
http://jgap.jp/navi_01/index.html
農林水産省「農業生産工程管理(GAP)に関する情報
http://www.maff.go.jp/j/seisan/gizyutu/gap/
GAP普及推進機構/GLOBALG.A.P.協議会「GGAPとは」
https://www.ggap.jp/?page_id=35
株式会社オプティム「農作業記録・GAP取得支援サービス Agri Assistant
https://www.optim.co.jp/agriculture/agri-assistant.php
持続可能性に配慮した畜産物の調達基準 解説|東京五輪(PDF)
https://tokyo2020.org/jp/games/sustainability/sus-code/wcode-timber/data/explanation-7.pdf

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  1. 田牧一郎
    田牧一郎
    日本で15年間コメ作りに従事した後、アメリカに移り、精米事業、自分の名前をブランド化したコメを世界に販売。事業売却後、アメリカのコメ農家となる。同時に、種子会社・精米会社・流通業者に、生産・精米技術コンサルティングとして関わり、企業などの依頼で世界12カ国の良質米生産可能産地を訪問調査。現在は、「田牧ファームスジャパン」を設立し、直接播種やIoTを用いた稲作の実践や研究・開発を行っている。
  2. 福田浩一
    福田浩一
    東京農業大学農学部卒。博士(農業経済学)。大学卒業後、全国農業改良普及支援協会に在籍し、普及情報ネットワークの設計・運営、月刊誌「技術と普及」の編集などを担当(元情報部長)。2011年に株式会社日本農業サポート研究所を創業し、海外のICT利用の実証試験や農産物輸出などに関わった。主にスマート農業の実証試験やコンサルなどに携わっている。 HP:http://www.ijas.co.jp/
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    石坂晃
    1970年生まれ。千葉大学園芸学部卒業後、九州某県の農業職公務員として野菜に関する普及指導活動や果樹に関する品種開発に従事する一方で、韓国語を独学で習得する(韓国語能力試験6級取得)。2023年に独立し、日本進出を志向する韓国企業・団体のコンサル等を行う一方、自身も韓国農業資材を輸入するビジネスを準備中。HP:https://sinkankokunogyo.blog/
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    川島礼二郎
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    堀口泰子
    栄養士、食アスリートシニアインストラクター、健康・食育シニアマスター。フィットネスクラブ専属栄養士を経て独立。アスリートの食事指導や栄養サポートの他、離乳食から介護予防まで食を通じて様々な食育活動を行う。料理家としても活動し、レシピ提案、商品開発も担う。食事は楽しく、気負わず継続できる食生活を伝えることを信条とする。スポーツの現場ではジュニアの育成、競技に向き合うための心と体の成長に注力している。HP:https://eiyoushiyakko.jimdofree.com/
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