農業向け「収入保険制度」を活用する方法 2020年分はコロナ禍特例として除外
2019年1月に農業者向けの新しい保険としてスタートした「農業収入保険」の2021年分の加入申請が、10月より始まった。これまでも農業共済など似た制度はあったがそれらとはどう違うのか、新型コロナウイルスの影響による収入減への国の対応、保険の考え方や補償内容などの最新情報をわかりやすくまとめてみよう。
保険料率は1.08%で、収入保険に加入することで平均収入の8割以上の収入を確保することができるという。作物に関係なく全体の収入を見るので、新しい作物や販路開拓などで収入が一時的に下がってしまった場合にも補償されることから、意欲的なチャレンジを後押ししてくれるという側面もあるのだ。
収入保険に加入するには、まず確定申告の際に「青色申告」をしている必要がある。
基準となる収入を見るため、青色申告を5年間継続して行っている農家が対象というのが基本であるが、青色申告の実績が1年分しかない場合でも加入はできるようになっているので、就農して間もない農家でも入ることは可能だ。その場合には、青色申告の実績が5年以上ある農家との差を考慮し、補償限度額の上限を段階的に調整している。
また、不正受給を避けるため、農作業日誌を付ける必要がある。これについては手軽に使うことのできる農業日誌アプリがあるので、それらを活用することをおすすめする。
収入保険がスタートする以前の農業向けの保険と言えば、「農業共済」が代表的であった。これは自然災害や鳥獣害などで作物に被害が及んだ農家を補償する制度で、農作物、家畜、果樹、畑作、園芸施設、農機と6つのカテゴリーに分かれている。年に2回以上作付けできる葉物などは一切対象から外れているなど、すべての作物をカバーしているわけではない。
また、収入保険が全体の収入で判断するのに対し、農業共済は収穫量が例年の7~9割を下回った場合に補償されるというもの。農業共済以外に通称「ナラシ対策(収入減少影響緩和対策)」と呼ばれるものや、「野菜価格安定制度」など収入に対する補償を行う制度もあるが、作物や産地が限定されていたりするので対象にならない農家も多いのが現状だ。
その点、収入保険は基準もわかりやすく、多様化した農業経営にも対応可能な保険となっている。ただし前述のとおり、肉用牛、肉用豚、鶏卵など畜産農家に対しては、他の経営安定対策制度の方が優れているため対象外となっている。
収入保険では「所得」ではなく、農産物販売の「全体の収入」が対象となっている。最近では6次産業化ブームということもあって加工品を販売している農家も多くなってきているが、基本的に加工品については収入に含むことができない。
ただし、下記のような生産者本人が作った簡易的な加工品であれば、販売収入に含めることができる。
また、農業では国からの補助金や助成金などが支払われていることがあるが、それらについても販売収入に含むことができないので注意が必要だ。
保険料については、収入減少にならないように努力している農家とそうでない者が同じ保険料では公平性が保たれないことから、保険料率が危険段階別に設定されている。そのため保険金の受け取り額が少ない方の保険料率は段階的に下がり、保険金の受け取りが多い方は保険料率が上がる仕組みになっている。
自動車などの任意保険と同様で、加入1年目は「区分0」となり、それ以降は保険金の受取実績などから区分が決定される。
農家ごとに設定した基準収入の9割を下回った場合に、下回った額の9割について掛捨ての保険方式と積立保険方式を組み合わせて補てんされるが、積立方式は選択制となっている。
また補てんの発動ラインとなる補償限度額や、補てんの幅となる支払率の割合についても90%を上限として農家が選べるようになっているため、保険料や補償内容は一律ではない。
例えば、基準収入が1000万円で保険方式と積立方式のセットを選択し、補償限度額90%、支払率90%の最大補償を選択した場合、加入1年目にかかる保険料は32万5000円(保険料7万8000円・積立金22万5000円・事務費2万2000円)となる。
保険期間の収入が700万円(30%)になってしまった場合に受け取れる保険金は、180万円(保険方式から90万円・積立方式から90万円)となり、880万円まで収入を底上げすることができる。
また2020年1月から保険料が安く抑えられるタイプの収入保険もスタートしたので、保険料が高いなと感じている方は問い合わせてみるといいだろう。
ここまで述べてきたように、収入保険は過去5年間の年収から基準収入を確定するが、2020年は新型コロナウイルスの影響により、大幅に収入が減り、倒産などの可能性も高まっている。
そこで農水省は、減少した2020年の収入を算定に含めず、2016〜2019年の4年から平均年収を割り出すことに決めた。これは2020年のみの次元措置としている 。
例えば2016年から2019年までの収入が1000万円、2020年が半額にも満たない500万円の場合、通常であれば4500万円/5年で基準収入は900万円となるが、特例により4000万円/4年=1000万円となる。
なお、この措置はあくまで2020年のみのものであり、2021年以降も2020年分は対象外となる。
収入保険は、品目にとらわれず補填範囲も広いので、指定産地・品目以外の作物を作っている場合など、今までの農業共済や価格安定制度では対象にならなかった農家にとってはメリットが大きいだろう。
また、需要が伸び始めている野菜を作りたい、JA以外の売り先を見つけたいなど、新しく何かに挑戦する際にはリスクが付き物であるが、収入保険を利用することによってそのリスクを軽減できる可能性があるので、検討する余地はあるのではないだろうか。
逆に、少量多品目栽培で万が一のときでも他の野菜でカバーできたり、やり直しが効くような農家は、あえて入る必要はないかもしれない。
今まであった農業向けの保険と比べると条件や基準がわかりやすく、広くカバーされている点は画期的とも言える収入保険。ただし保険料はそれなりにかかってくる分、誰が入ってもお得というわけではないので注意が必要だ。
また、青色申告や毎日の農業日誌が必要であったりと、農家自身の作業負担が増えるのも事実。ただしこうした作業を行うことで、栽培にかかるコスト、人件費、資材コストなどをしっかり把握することで、経営状況を把握して改善策を練ることもできる。
その辺りを加味しても、高収益作物への挑戦や販路の多角化などを視野に入れている方にとっては、収入保険に入ることで安心して規模の拡大に取り組めるようになるだろう。
収入保険を検討しているという方や迷っているという方は、各都道府県の農業共済組合に相談してみよう。エクセルファイルを利用したシミュレーションも行えるので試してみるのもいいかもしれない。
収入保険シミュレーション説明書
農林水産省収入保険制度の導入と農業共済の見直し
https://www.maff.go.jp/j/keiei/nogyohoken/syu_kyosai.html
「収入保険」の基本的な考え方
「収入保険」とは農業経営を行っていくうえで避けることのできない自然災害をはじめ、作物の価格の低下などさまざまな要因で収入が減少した部分を補償してくれるというもの。過去5年間の平均収入が基準収入となり、収入が基準収入の9割を下回った場合に補償される仕組みだ。基本的にはすべての農産物が対象となっているが、肉用牛、肉用豚、鶏卵は対象外となっている。保険料率は1.08%で、収入保険に加入することで平均収入の8割以上の収入を確保することができるという。作物に関係なく全体の収入を見るので、新しい作物や販路開拓などで収入が一時的に下がってしまった場合にも補償されることから、意欲的なチャレンジを後押ししてくれるという側面もあるのだ。
加入条件
収入保険に加入するには、まず確定申告の際に「青色申告」をしている必要がある。
基準となる収入を見るため、青色申告を5年間継続して行っている農家が対象というのが基本であるが、青色申告の実績が1年分しかない場合でも加入はできるようになっているので、就農して間もない農家でも入ることは可能だ。その場合には、青色申告の実績が5年以上ある農家との差を考慮し、補償限度額の上限を段階的に調整している。
また、不正受給を避けるため、農作業日誌を付ける必要がある。これについては手軽に使うことのできる農業日誌アプリがあるので、それらを活用することをおすすめする。
類似制度との違い
収入保険がスタートする以前の農業向けの保険と言えば、「農業共済」が代表的であった。これは自然災害や鳥獣害などで作物に被害が及んだ農家を補償する制度で、農作物、家畜、果樹、畑作、園芸施設、農機と6つのカテゴリーに分かれている。年に2回以上作付けできる葉物などは一切対象から外れているなど、すべての作物をカバーしているわけではない。
また、収入保険が全体の収入で判断するのに対し、農業共済は収穫量が例年の7~9割を下回った場合に補償されるというもの。農業共済以外に通称「ナラシ対策(収入減少影響緩和対策)」と呼ばれるものや、「野菜価格安定制度」など収入に対する補償を行う制度もあるが、作物や産地が限定されていたりするので対象にならない農家も多いのが現状だ。
その点、収入保険は基準もわかりやすく、多様化した農業経営にも対応可能な保険となっている。ただし前述のとおり、肉用牛、肉用豚、鶏卵など畜産農家に対しては、他の経営安定対策制度の方が優れているため対象外となっている。
対象収入について
収入保険では「所得」ではなく、農産物販売の「全体の収入」が対象となっている。最近では6次産業化ブームということもあって加工品を販売している農家も多くなってきているが、基本的に加工品については収入に含むことができない。
ただし、下記のような生産者本人が作った簡易的な加工品であれば、販売収入に含めることができる。
また、農業では国からの補助金や助成金などが支払われていることがあるが、それらについても販売収入に含むことができないので注意が必要だ。
保険料や補償内容
保険料については、収入減少にならないように努力している農家とそうでない者が同じ保険料では公平性が保たれないことから、保険料率が危険段階別に設定されている。そのため保険金の受け取り額が少ない方の保険料率は段階的に下がり、保険金の受け取りが多い方は保険料率が上がる仕組みになっている。
自動車などの任意保険と同様で、加入1年目は「区分0」となり、それ以降は保険金の受取実績などから区分が決定される。
農家ごとに設定した基準収入の9割を下回った場合に、下回った額の9割について掛捨ての保険方式と積立保険方式を組み合わせて補てんされるが、積立方式は選択制となっている。
また補てんの発動ラインとなる補償限度額や、補てんの幅となる支払率の割合についても90%を上限として農家が選べるようになっているため、保険料や補償内容は一律ではない。
農林水産省が公開している保険料・補てん金額のモデルケース
例えば、基準収入が1000万円で保険方式と積立方式のセットを選択し、補償限度額90%、支払率90%の最大補償を選択した場合、加入1年目にかかる保険料は32万5000円(保険料7万8000円・積立金22万5000円・事務費2万2000円)となる。
保険期間の収入が700万円(30%)になってしまった場合に受け取れる保険金は、180万円(保険方式から90万円・積立方式から90万円)となり、880万円まで収入を底上げすることができる。
また2020年1月から保険料が安く抑えられるタイプの収入保険もスタートしたので、保険料が高いなと感じている方は問い合わせてみるといいだろう。
コロナ禍特例により2020年は平均収入から除外
ここまで述べてきたように、収入保険は過去5年間の年収から基準収入を確定するが、2020年は新型コロナウイルスの影響により、大幅に収入が減り、倒産などの可能性も高まっている。
そこで農水省は、減少した2020年の収入を算定に含めず、2016〜2019年の4年から平均年収を割り出すことに決めた。これは2020年のみの次元措置としている 。
例えば2016年から2019年までの収入が1000万円、2020年が半額にも満たない500万円の場合、通常であれば4500万円/5年で基準収入は900万円となるが、特例により4000万円/4年=1000万円となる。
なお、この措置はあくまで2020年のみのものであり、2021年以降も2020年分は対象外となる。
どんな農家が利用すべき?
収入保険は、品目にとらわれず補填範囲も広いので、指定産地・品目以外の作物を作っている場合など、今までの農業共済や価格安定制度では対象にならなかった農家にとってはメリットが大きいだろう。
また、需要が伸び始めている野菜を作りたい、JA以外の売り先を見つけたいなど、新しく何かに挑戦する際にはリスクが付き物であるが、収入保険を利用することによってそのリスクを軽減できる可能性があるので、検討する余地はあるのではないだろうか。
逆に、少量多品目栽培で万が一のときでも他の野菜でカバーできたり、やり直しが効くような農家は、あえて入る必要はないかもしれない。
様々なリスクに対応できる新しい農業保険のカタチ
今まであった農業向けの保険と比べると条件や基準がわかりやすく、広くカバーされている点は画期的とも言える収入保険。ただし保険料はそれなりにかかってくる分、誰が入ってもお得というわけではないので注意が必要だ。
また、青色申告や毎日の農業日誌が必要であったりと、農家自身の作業負担が増えるのも事実。ただしこうした作業を行うことで、栽培にかかるコスト、人件費、資材コストなどをしっかり把握することで、経営状況を把握して改善策を練ることもできる。
その辺りを加味しても、高収益作物への挑戦や販路の多角化などを視野に入れている方にとっては、収入保険に入ることで安心して規模の拡大に取り組めるようになるだろう。
収入保険を検討しているという方や迷っているという方は、各都道府県の農業共済組合に相談してみよう。エクセルファイルを利用したシミュレーションも行えるので試してみるのもいいかもしれない。
収入保険シミュレーション説明書
農林水産省収入保険制度の導入と農業共済の見直し
https://www.maff.go.jp/j/keiei/nogyohoken/syu_kyosai.html
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