「業務用米」は本当に味が劣る? インバウンド需要や外食産業を支える品種・流通・食味の最新事情

業務用米はブランド米・銘柄米より味が劣る?


そんなイメージを持っている方は、実は多いのではないでしょうか。

飲食店では「新潟産コシヒカリ」「国産米使用」と表示されることもありますが、あえて銘柄を明記していないお店では、用途や価格のバランスを考えて「業務用米」が使われるケースもあります。

ただ「業務用=美味しくない」というイメージは誤解です。外食するときに「米がまずい…」と感じる場面はほとんどありませんよね。では、家庭で食べるコシヒカリなどの銘柄米と、飲食店で使われる業務用米は何が違うのでしょうか?

本稿では、インバウンド需要や米不足などで注目されるようになってきた、外食・中食の現場で広く使われている「業務用米」について、その特徴や味の違いをわかりやすく解説します。


私たちが普段食べている米の3割は「業務用米」


農林水産省が平成27年度に行った調査によると、中食・外食産業で消費される米の割合は全体の31%にも達します。私たちは気にしていないようで、業務用米を頻繁に食べているのです。

実は、「業務用米」について法律等による明確な定義はありません。ただ、農水省の資料「米をめぐる状況について」では、「業務用米等(米粉用、加工用を含む)」という表現が使われており、業務用米は主食用だけを指すわけではありません。

一方、実際の流通では、銘柄米の一部が業務用として使われるケースも珍しくありません。というのも、同じ品種でも、
  • 等級
  • 粒のそろい
  • 価格帯
  • 需要とのバランス
によって一般家庭に販売されている米としては流通せず、業務用ルートに入ることがあります。

そのため、本稿では業務用米を「外食・中食で食べられる主食用米」として、話を進めて行きます。

出典:県産米に占める販売先割合(平成27年産米) 農水省「米に関するマンスリーレポート」平成29年2月号より


「業務用米」はどんな品種?


では、業務用米にはどのような品種が使われているのでしょうか。

具体的な業務用米の品種としては、「ハイブリッドとうごう」、「にじのきらめき」、「ゆきさやか」、「しふくのみのり」、「つやきらり」なども、業務用米として使われています。


共通する特徴のひとつが「多収性」、つまり収穫量の多さです。外食や中食の需要に応えるためには、大量に安定して供給できることが重要だからです。

もう1つの特徴が「安定した食味」。味の評価は人それぞれですが、一般的な米の食事において「美味しい」と感じられるような米を使うのは、次も購入してもらうために重要なのは当然です。特に業務用途では「冷めても美味しい」「大量炊飯しても品質がぶれにくい」など、家庭で求められるのとは少し違う米の性質が求められます。

「にじのきらめき」を例に取ると、コシヒカリと比較して、標準施肥で15%、多肥栽培では29%も多収であることがわかります。

出典:「にじのきらめき」と「コシヒカリ」の収量性の比較 農研機構「(研究成果)高温耐性に優れた多収の極良食味水稲新品種 『にじのきらめき』」より

また一般的に業務用米は一粒一粒がしっかりとしていて、炊飯後も粒立ちが良いという特徴を持ちます。外食産業では大量炊飯しても品質が安定し、時間が経っても美味しさが維持されることが評価されています。


食味は本当に銘柄米に劣らない?


例えば「にじのきらめき」は、食味評価では「コシヒカリと同等」とされています。

実際に、ある専門家の調査によれば「一般の人が『日本晴』(日本で3番目に広く作付けされている品種)と『コシヒカリ』とを目隠しをして食べ比べても、ほとんど違いがわからない。ただし、一週間ほどトレーニングを積んで味覚を研ぎ澄ませていくと、違いがわかるようになる」という結果だったと言います。

大きな違いがあると思われている「日本晴」と「コシヒカリ」でもその程度の差なのですから、「にじのきらめき」と「コシヒカリ」の違いを一般人が知覚するのは容易ではないでしょう。それくらい、近年の業務用米の食味は向上しています。

出典:「にじのきらめき」と「コシヒカリ」の食味評価の比較 農研機構「(研究成果)高温耐性に優れた多収の極良食味水稲新品種 『にじのきらめき』」より

また、業務用米は単一品種で使われることもありますが、多くの場合は複数品種のブレンド米して利用されます。安定供給が求められる業務用米においては、食味と価格、そして供給力のバランスを取ることが重視されます。

つまり、業務用米は「品質が劣る」のではなく、「安定した提供を可能にする」ために選ばれているのです。


「業務用米」はどうやって作られ、流通しているの?


業務用米は、その多くが「契約栽培によって作られています。

商社・卸業者・外食チェーンなどが、生産者や産地とあらかじめ栽培契約を結び、必要な数量を安定的に確保する仕組みです。

契約栽培では、
  • どの品種を
  • どれだけの量を
  • どの価格帯で
  • どの品質基準で
取引するかを事前に取り決めます。これにより、外食産業側は安定的に米を調達でき、生産者側は計画的に販売先を確保できます。

また、生産者や産地にとって、業務用米は作業の分散化にもメリットがあります。

農家が主力として育てている品種が中生(なかて)であれば、早生(わせ)や晩生(おくて)の業務用米を組み合わせることで、田植えや収穫のピークをずらす「作期分散」が可能になります。

業務用米は、外食産業側は安定供給を実現でき、消費者にとっては「安くて美味しい米を食べられる」というメリットがあり、生産者にとっては「安定した収入源」や「栽培の効率化」を可能にする存在なのです。


「業務用米」の可能性


近年、業務用米はさらに注目を集めつつあります。その背景には、インバウンド需要の拡大があります。

日本を訪れる外国人旅行者が年々増え、和食人気が世界中で高まる中、外食産業では日本米を使った料理が広く提供されています。こうした流れは、日本米の美味しさを海外に発信するきっかけとなり、海外でも日本産の米を食べたいという声がより高まれば、輸出拡大にもつながる可能性があります。

こうした流れを受けて、主食用米はかつては「コシヒカリ一強」とも言える時代がありましたが、その「コシヒカリ神話」は終わりを迎えつつあります。

米価の高止まりが続く今、これまで一般には広く知られていなかった各地で親しまれている銘柄の米でも、かなりの高値がつく時代となりました。私たち一般消費者も「コシヒカリだけが美味しい米」ではないことに気づき始めています。これからは業務用米を含めて、多様な品種がそれぞれの特徴を生かしながら市場に広がっていくでしょう。

関連記事:“コシヒカリ一強”がもたらす影響とは? 私たちがいろいろな品種を食べる意味を考える【ライター柏木の「お米沼にようこそ」第9回】


業務用米は「縁の下の力持ち」


業務用米は、私たちが日常的に口にしているにもかかわらず、その存在はあまり意識されていません。しかし、外食やお弁当、給食といった生活に欠かせない場面で重要な役割を果たしています。

「業務用米は銘柄米より味が劣る」というイメージは誤解であり、むしろ価格と供給力、そして食味のバランスに優れた米だと言えます。これからも日本の食文化を支える「縁の下の力持ち」として、業務用米の存在はますます大きなものになっていくでしょう。


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  1. 福田浩一
    福田浩一
    東京農業大学農学部卒。博士(農業経済学)。大学卒業後、全国農業改良普及支援協会に在籍し、普及情報ネットワークの設計・運営、月刊誌「技術と普及」の編集などを担当(元情報部長)。2011年に株式会社日本農業サポート研究所を創業し、海外のICT利用の実証試験や農産物輸出などに関わった。主にスマート農業の実証試験やコンサルなどに携わっている。 HP:http://www.ijas.co.jp/
  2. 北島芙有子
    北島芙有子
    トマトが大好きなトマト農家。大学時代の農業アルバイトをきっかけに、非農家から新規就農しました。ハウス栽培の夏秋トマトをメインに、季節の野菜を栽培しています。最近はWeb関連の仕事も始め、半農半Xの生活。
  3. 柏木智帆
    柏木智帆
    米・食味鑑定士/お米ライター/ごはんソムリエ神奈川新聞の記者を経て、福島県の米農家と結婚。年間400種以上の米を試食しながら「お米の消費アップ」をライフワークに、執筆やイベント、講演活動など、お米の魅力を伝える活動を行っている。また、4歳の娘の食事やお弁当づくりを通して、食育にも目を向けている。プロフィール写真 ©杉山晃造
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    鈴木かゆ
    1993年生まれ、お粥研究家。「おかゆ好き?嫌い?」の問いを「どのおかゆが好き?」に変えるべく活動中。お粥の研究サイト「おかゆワールド.com」運営。各種SNS、メディアにてお粥レシピ/レポ/歴史/文化などを発信中。JAPAN MENSA会員。
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    田牧一郎
    日本で15年間コメ作りに従事した後、アメリカに移り、精米事業、自分の名前をブランド化したコメを世界に販売。事業売却後、アメリカのコメ農家となる。同時に、種子会社・精米会社・流通業者に、生産・精米技術コンサルティングとして関わり、企業などの依頼で世界12カ国の良質米生産可能産地を訪問調査。現在は、「田牧ファームスジャパン」を設立し、直接播種やIoTを用いた稲作の実践や研究・開発を行っている。
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