中玉トマトで国内トップの反収を上げる最先端園芸施設──北杜市農業企業コンソーシアムの実践<上>
山梨県北杜市で農業団地が誕生している。企業が次々に農業へと参入し、環境制御型の園芸施設を設置しているのだ。
それぞれの企業は資本や労働を集約させた経営を展開すると同時に、労働者の不足や農業残渣の処理、商品の輸送といった共通の課題を克服するための「北杜市農業企業コンソーシアム」を形成している。同地を訪れたのでレポートする。
今回最初に訪れたのは、広大な敷地面積の中に2haの環境制御型の園芸施設を運用している有限会社アグリマインド。もともとは大豆の生産と、それを原料にした豆腐づくりを主な事業としてきた。それが2014年、突如としてカゴメ株式会社と契約し、中玉トマトの生産に着手。いまや10a当たりの平均収量は65トンと国内トップレベル。
経験値がなかったトマトの栽培で、参入から数年にして、なぜこれだけの実績を上げられるようになったのか。
ひとつは、国内では導入事例のなかった世界最先端の園芸施設をいきなり建てたことにある。
環境制御型の園芸施設といえば「フェンロー型」が一般的。フェンロー型というのは、施設園芸の先進国であるオランダ発祥の園芸施設を指す。軒高は5m以上で、内部の骨材が細いために採光性が高い。
一方、アグリマインドが北杜市に建てたのは、その進化版ともいえる「セミクローズド型」。アメリカはカリフォルニアの大規模生産者と、オランダの温室メーカー、Kubo社が開発したものだ。
フェンロー型では、室内の温度や湿度の調整を天窓の開閉にゆだねている。室内の栽培環境は開閉の度合いによって微妙にコントロールするわけだが、それでも突然の強い風や風向きの急速な変化にはどうしても影響されてしまう。その変化が大きいと、植物体はそれについていけず、たとえば外気の影響で室内が過度に乾燥すれば葉が萎れる。
さらに、天窓を開けておけば、害虫の侵入も許してしまう。もちろん天窓にネットを張れば防げるが、そうなると今度は換気しにくくなる。
こうした問題を一挙に解決したのが、アグリマインドが今回導入したセミクローズド型だ。
セミクローズド型は、天窓の面積がフェンロー型と比べてかなり小さい。それも外気を取り込むためではなく、あくまでも温室内の空気を逃がすためだけに存在する。では、温室内の空気はどこから来ているのか。ここが重要なポイントになる。
セミクローズド型では、温室に隣接する「空気の調合室」とでも言うべき別の部屋がある。ここでトマトの生育にとって最適な空気を作り出しているのだ。
施設内に入れてもらって、ヤシ殻が培地になっている養液栽培のベッドの下を見ると、長細い風船のような格好をした透明のエアダクトがある。エアダクトには細かな穴が無数に空いており、最適な空気が吐き出される。ここからはボイラー燃焼時に発生する二酸化炭素も供給される。
暑さ対策では「パッド&ファン」も設置している。これは栽培室の側面に張った網目状のパッドに外側からファンで送風する際、パッドに水をたらして、その気化熱で室内を冷却するもの。ただし、藤巻公史社長は「湿度が上がるので気を付けないといけない」と語る。
最新鋭の設備が整ったところで、そこで働く人に技術が伴わなければ、国内トップクラスの収量は上げられない。
この園芸施設を稼働させる前、アグリマインドの社員は、1年に渡ってカゴメの直営農場や契約農場で研修を受けている。もちろんそれだけでは心許ない。そこでカゴメは、アグリマインドに営農指導をする専門のスタッフを無償で送り込んだ。そのスタッフは1年間アグリマインドに常駐し、ガラス温室の制御方法や病害虫の管理などあらゆる場面で面倒を見てきたのだ。
栽培室には気温や湿度などの環境を計測するセンサーを設置し、加温機の稼働やカーテンの開閉などすべてコンピューターで制御している。収量や品質の結果のデータを見ながら、よりよい環境を設定しているのだ。外気の影響という不確定要因が少ない分、PDCAのサイクルを回しやすいのかもしれない。
課題は年明けの出荷量が減ること。現状は12月に株を入れ替えるため、1〜2月はどうしても生産量がぐっと落ちてしまう。
これを解消するために今年試しているのが、10月になったら古い株が植えてある培地に新しい株を植えて同時に育て、12月になったら古い株だけを取り除く方法だ。新しい株は2カ月もすれば本格的に収穫できるようになるので、出荷量の谷間をなくすことができるのではないかとみている。
(後編へ続く)
<参考URL>
北杜市農業企業コンソーシアム
有限会社アグリマインド
それぞれの企業は資本や労働を集約させた経営を展開すると同時に、労働者の不足や農業残渣の処理、商品の輸送といった共通の課題を克服するための「北杜市農業企業コンソーシアム」を形成している。同地を訪れたのでレポートする。
フェンロー型を進化させたセミクローズド型
北杜市の農業企業コンソーシアムの会員となっているのは17企業。その顔ぶれを見ると、イオンアグリ創造株式会社や株式会社明野九州屋ファーム、株式会社村上農園など、すでに農業外で馴染みとなっている法人に加え、ディズニーランドを運営する株式会社オリエンタルランドや日通ファーム株式会社といった意外な名前もある。今回最初に訪れたのは、広大な敷地面積の中に2haの環境制御型の園芸施設を運用している有限会社アグリマインド。もともとは大豆の生産と、それを原料にした豆腐づくりを主な事業としてきた。それが2014年、突如としてカゴメ株式会社と契約し、中玉トマトの生産に着手。いまや10a当たりの平均収量は65トンと国内トップレベル。
経験値がなかったトマトの栽培で、参入から数年にして、なぜこれだけの実績を上げられるようになったのか。
ひとつは、国内では導入事例のなかった世界最先端の園芸施設をいきなり建てたことにある。
環境制御型の園芸施設といえば「フェンロー型」が一般的。フェンロー型というのは、施設園芸の先進国であるオランダ発祥の園芸施設を指す。軒高は5m以上で、内部の骨材が細いために採光性が高い。
一方、アグリマインドが北杜市に建てたのは、その進化版ともいえる「セミクローズド型」。アメリカはカリフォルニアの大規模生産者と、オランダの温室メーカー、Kubo社が開発したものだ。
害虫の侵入を防ぎ、外気に影響されにくい栽培環境を実現
セミクローズド型はフェンロー型の2つの欠点を克服している。1つは害虫の侵入を防ぐこと。もう1つは室内の栽培環境が外気に影響されにくいこと。フェンロー型では、室内の温度や湿度の調整を天窓の開閉にゆだねている。室内の栽培環境は開閉の度合いによって微妙にコントロールするわけだが、それでも突然の強い風や風向きの急速な変化にはどうしても影響されてしまう。その変化が大きいと、植物体はそれについていけず、たとえば外気の影響で室内が過度に乾燥すれば葉が萎れる。
さらに、天窓を開けておけば、害虫の侵入も許してしまう。もちろん天窓にネットを張れば防げるが、そうなると今度は換気しにくくなる。
こうした問題を一挙に解決したのが、アグリマインドが今回導入したセミクローズド型だ。
セミクローズド型は、天窓の面積がフェンロー型と比べてかなり小さい。それも外気を取り込むためではなく、あくまでも温室内の空気を逃がすためだけに存在する。では、温室内の空気はどこから来ているのか。ここが重要なポイントになる。
セミクローズド型では、温室に隣接する「空気の調合室」とでも言うべき別の部屋がある。ここでトマトの生育にとって最適な空気を作り出しているのだ。
施設内に入れてもらって、ヤシ殻が培地になっている養液栽培のベッドの下を見ると、長細い風船のような格好をした透明のエアダクトがある。エアダクトには細かな穴が無数に空いており、最適な空気が吐き出される。ここからはボイラー燃焼時に発生する二酸化炭素も供給される。
暑さ対策では「パッド&ファン」も設置している。これは栽培室の側面に張った網目状のパッドに外側からファンで送風する際、パッドに水をたらして、その気化熱で室内を冷却するもの。ただし、藤巻公史社長は「湿度が上がるので気を付けないといけない」と語る。
人材の育成
アグリマインドの藤巻公史社長最新鋭の設備が整ったところで、そこで働く人に技術が伴わなければ、国内トップクラスの収量は上げられない。
この園芸施設を稼働させる前、アグリマインドの社員は、1年に渡ってカゴメの直営農場や契約農場で研修を受けている。もちろんそれだけでは心許ない。そこでカゴメは、アグリマインドに営農指導をする専門のスタッフを無償で送り込んだ。そのスタッフは1年間アグリマインドに常駐し、ガラス温室の制御方法や病害虫の管理などあらゆる場面で面倒を見てきたのだ。
栽培室には気温や湿度などの環境を計測するセンサーを設置し、加温機の稼働やカーテンの開閉などすべてコンピューターで制御している。収量や品質の結果のデータを見ながら、よりよい環境を設定しているのだ。外気の影響という不確定要因が少ない分、PDCAのサイクルを回しやすいのかもしれない。
課題は年明けの出荷量が減ること。現状は12月に株を入れ替えるため、1〜2月はどうしても生産量がぐっと落ちてしまう。
これを解消するために今年試しているのが、10月になったら古い株が植えてある培地に新しい株を植えて同時に育て、12月になったら古い株だけを取り除く方法だ。新しい株は2カ月もすれば本格的に収穫できるようになるので、出荷量の谷間をなくすことができるのではないかとみている。
(後編へ続く)
<参考URL>
北杜市農業企業コンソーシアム
有限会社アグリマインド
【事例紹介】スマート農業の実践事例
- きゅうりの国内最多反収を達成し、6年目を迎えた「ゆめファーム全農SAGA」が次に目指すこと
- 豪雨を乗り越えてキュウリの反収50トンを実現した、高軒高ハウスでの養液栽培メソッド
- 2024年度に市販化予定のJA阿蘇「いちごの選果ロボット」はどこまできたか
- リーフレタスを露地栽培比で80倍生産できる「ガラス温室」の革命 〜舞台ファーム(仙台市)
- ロボトラでの「協調作業」提案者の思いと大規模化に必要なこと 〜北海道・三浦農場
- 大規模畑作の経営者が“アナログなマニュアル化”を進める理由 〜北海道・三浦農場
- 女性だけのドローンチームが農薬散布を担う! 新潟県新発田市の「スマート米」生産者による新たな取り組み
- 野菜の「美味しさ」につなげるためのスマート農業の取り組み〜中池農園(前編)
- ドローン自動飛行&播種で打込条播! アシスト二十一&オプティムが挑む新栽培技術の現状
- 22haの果樹経営で「最も機械化を果たした」青森県のリンゴ農家(前編)
- 優れた農業経営者は産地に何をもたらすのか〜固形培地は規模拡大への備え(後編)
- 優れた農業経営者は産地に何をもたらすのか〜キュウリで反収44tを達成した佐賀の脱サラ農家(前編)
- 耕地面積の7割が中山間地の大分県で、なぜスマート農業がアツいのか
- 農業法人で穀粒判別器を導入した理由 〜新型は政府備蓄米で利あり
- 大分高専と組んで「芽かきロボット」を開発する菊農家
- スマホひとつで気孔の開度を見える化し灌水に活用する「Happy Quality」の技術
- 目視外補助者なしでのドローン飛行の現実度【オプティムの飛行実証事例レポート】
- 「自動飛行ドローン直播技術」をわずか2年で開発できた理由【石川県×オプティムの取り組み 後編】
- 自動飛行ドローンによる水稲直播 × AI解析ピンポイント農薬散布に世界で初めて成功!【石川県×オプティムの取り組み 前編】
- 300haの作付を1フライトで確認! 固定翼ドローン「OPTiM Hawk」目視外自動飛行実験レポート
- スマート米 玄米でクラフトビールを醸造!? 青森でのスマート農業×地産都消の取り組み
- 宇宙から稲の生育を監視し、可変施肥で最高品質の「山田錦」を目指す
- 農業関係者がスマート農業事例を交流するFacebookコミュニティ「明るく楽しく農業ICTを始めよう! スマート農業 事例集」とは?
- 日本のフェノミクス研究は「露地栽培」分野で【ゲノム編集研究の発展とフェノミクス(後編)】
- 農業における「フェノミクス」の意義とは? ゲノム編集研究の発展とフェノミクス(前編)
- 糖度と大きさのバランスを制御して“トマトの新基準”を打ち立てたい──AIでつくる高糖度トマト(後編)
- 「経験と勘」に頼らない安定的なトマトの生産を目指して──AIでつくる高糖度トマト(前編)
- 【スマート農業×ドローン】2機同時の自動航行で短時間で農薬散布──DJI×シンジェンタ実証実験レポート
- 画像認識とAIで柑橘の腐敗を選別、防止──愛媛県のスマート農業事例
- 農業ICTやロボットを取り入れるべき農家の規模とは──有限会社フクハラファーム
- ICTで大規模稲作経営の作業時間&効率を改善──有限会社フクハラファーム
- 農家のスマート農業導入を支援する全国組織を──株式会社ヤマザキライス(後編)
- 農家が求める水田センサーを農家自ら企画──株式会社ヤマザキライス(前編)
- inahoのアスパラガス自動収穫ロボットの仕組みとは?──inaho株式会社(前編)
- シニアでも使える農業IoTを実現するためには?──山梨市アグリイノベーションLabの取り組み
- 農業参入企業が共通課題を解決する、北杜市農業企業コンソーシアムの実践<下>
- 中玉トマトで国内トップの反収を上げる最先端園芸施設──北杜市農業企業コンソーシアムの実践<上>
- 農家がグーグルのAIエンジン「Tensor Flow」でキュウリの自動選果を実現
SHARE