「経験と勘」に頼らない安定的なトマトの生産を目指して──AIでつくる高糖度トマト(前編)
フルーツトマトとも呼ばれる高糖度トマトづくりの成否の鍵を握るのは、潅水(かんすい)の制御だ。
生育を阻害しない紙一重の線を狙って水やりを極力控えるこの技術は、これまで農家の経験と勘が頼りの世界だった。静岡県袋井市で共同してトマトの生産と流通に取り組む二つの法人が、そこに風穴を開けた。
葉のしおれや茎の太さの具合から、植物がどれだけ水分ストレスを感じているかを人工知能(AI)で判定し、高糖度トマトを安定的に生産するかん水の制御法を導入した。
サンファーム中山株式会社の玉井大悟さん(右)と、株式会社Happy Qualityの宮地誠さん(左)
では、どうやって水を切っているかといえば、土壌中で根が伸びるのを抑えたり、養液の量を点滴で調整したりしている。
今回の主役であるサンファーム中山株式会社の場合、6センチメートル四方のロックウールで根域を制限しながら、中玉トマトを養液栽培している。養液の量を点滴で調整するため、使っているのは日射比例式の制御装置。ハウスに設置したセンサーで日射量を集積。事前に設定した積算量に達すると、自動的に給水する仕組みとなっている。
ただ、実際に植物が必要としている時に適量の水を与えているかといえば、「そんなことはない」、こう言い切るのは同社代表の玉井大悟さん。静岡大学農学部を卒業後、大学院に通いながら同大発の農業ベンチャー・株式会社静岡アグリビジネス研究所の社員として、同社が開発したロックウール「Dトレイ」を使ったトマトの低段密植栽培の研究と普及に携わってきた。そんなトマトづくりに長けた玉井さんはこう打ち明ける。
「かん水するタイミングで考慮しているのは日射量だけ。ただし、温度や湿度なども蒸散に影響しているので、それらを考慮しないと植物にとって最適な環境は作り出せないはず。だから従来のやり方では植物と対話できていないと思ってきました」
そんな悩みを抱えていたとき、玉井さんはある新聞記事に目を奪われた。「高糖度、AIにお任せ」「葉の状態監視、かん水調節」。
この見出しがついた記事には、静岡大学がAIを活用して、高糖度トマトを安定的に生産するかん水の制御法を開発する、と書かれていた。しかも「現地試験を進める予定」ともある。
■参考記事
AIによる灌水制御で高糖度トマトの大量安定生産に成功──静岡大学
玉井さんはすぐさま、事業提携している株式会社Happy Qualityの宮地誠さんに伝えた。宮地さんは地元の青果市場に20年以上務めた経験を基に、現在は農産物流通業を経営。サンファーム中山のトマトはすべてHappy Qualityが飲食店やスーパーに直接売っている。
記事の内容に関心を持った二人は静岡大学に連絡し、その研究をしていた峰野博史教授と接触。サンファーム中山で現地試験をしてもらうよう熱望し、それが2017年から始まった。
そこで現地試験では、ハウスに定点カメラと環境センサーを設置することになった。AIを活用して、時系列で得られるデータを融合し、葉のしおれ具合に関する特徴を効率的に取り出そうとした。
さらにしおれについては、葉だけではなく、吸水できないと細くなっていく茎の太さの変化も推定できるようにした。これと葉のしおれ具合との相関関係を見ながら、植物のしおれ具合と将来的にそれがどう変化するかを高精度に予測することに成功。さらに、その予測を踏まえ、かん水を制御する技術を作り上げた。現地試験が始まって2年が経ち、平均糖度では8.87(最大16.9)を達成している。
ところで、そもそも「糖度」とは何か。スーパーで売っている「糖度8」と書かれた野菜や果物はどれも同じ甘さなのだろうか。この点を追究していくと、新たな価値を生み出せる可能性が出てくることがわかった。次回、さらに詳しく触れていく。
<参考URL>
株式会社Happy Quality
生育を阻害しない紙一重の線を狙って水やりを極力控えるこの技術は、これまで農家の経験と勘が頼りの世界だった。静岡県袋井市で共同してトマトの生産と流通に取り組む二つの法人が、そこに風穴を開けた。
葉のしおれや茎の太さの具合から、植物がどれだけ水分ストレスを感じているかを人工知能(AI)で判定し、高糖度トマトを安定的に生産するかん水の制御法を導入した。
サンファーム中山株式会社の玉井大悟さん(右)と、株式会社Happy Qualityの宮地誠さん(左)
植物と対話できていなかった
トマトは土壌の水分を切らして栽培すると、糖度が高まることが知られている。一般には糖度7、あるいは8以上が「高糖度トマト」や「フルーツトマト」と呼ばれ、高単価を狙う農家の間で栽培されてきた。露地だと降雨の影響で土壌の水分を管理しにくいので、基本的にはハウスで作ることになる。では、どうやって水を切っているかといえば、土壌中で根が伸びるのを抑えたり、養液の量を点滴で調整したりしている。
今回の主役であるサンファーム中山株式会社の場合、6センチメートル四方のロックウールで根域を制限しながら、中玉トマトを養液栽培している。養液の量を点滴で調整するため、使っているのは日射比例式の制御装置。ハウスに設置したセンサーで日射量を集積。事前に設定した積算量に達すると、自動的に給水する仕組みとなっている。
ただ、実際に植物が必要としている時に適量の水を与えているかといえば、「そんなことはない」、こう言い切るのは同社代表の玉井大悟さん。静岡大学農学部を卒業後、大学院に通いながら同大発の農業ベンチャー・株式会社静岡アグリビジネス研究所の社員として、同社が開発したロックウール「Dトレイ」を使ったトマトの低段密植栽培の研究と普及に携わってきた。そんなトマトづくりに長けた玉井さんはこう打ち明ける。
「かん水するタイミングで考慮しているのは日射量だけ。ただし、温度や湿度なども蒸散に影響しているので、それらを考慮しないと植物にとって最適な環境は作り出せないはず。だから従来のやり方では植物と対話できていないと思ってきました」
そんな悩みを抱えていたとき、玉井さんはある新聞記事に目を奪われた。「高糖度、AIにお任せ」「葉の状態監視、かん水調節」。
この見出しがついた記事には、静岡大学がAIを活用して、高糖度トマトを安定的に生産するかん水の制御法を開発する、と書かれていた。しかも「現地試験を進める予定」ともある。
■参考記事
AIによる灌水制御で高糖度トマトの大量安定生産に成功──静岡大学
玉井さんはすぐさま、事業提携している株式会社Happy Qualityの宮地誠さんに伝えた。宮地さんは地元の青果市場に20年以上務めた経験を基に、現在は農産物流通業を経営。サンファーム中山のトマトはすべてHappy Qualityが飲食店やスーパーに直接売っている。
記事の内容に関心を持った二人は静岡大学に連絡し、その研究をしていた峰野博史教授と接触。サンファーム中山で現地試験をしてもらうよう熱望し、それが2017年から始まった。
葉のしおれ具合の分析により、平均糖度8.87を達成
玉井さんが見た新聞記事にある通り、峰野教授が技術を開発するうえで注目したのは「葉」。これは、高糖度トマトを作る熟練の農家に聞き取りをしていった結果、かん水のタイミングを見極めるのに葉の下向き加減、つまり葉のしおれ具合で決定していることがわかったためである。そこで現地試験では、ハウスに定点カメラと環境センサーを設置することになった。AIを活用して、時系列で得られるデータを融合し、葉のしおれ具合に関する特徴を効率的に取り出そうとした。
さらにしおれについては、葉だけではなく、吸水できないと細くなっていく茎の太さの変化も推定できるようにした。これと葉のしおれ具合との相関関係を見ながら、植物のしおれ具合と将来的にそれがどう変化するかを高精度に予測することに成功。さらに、その予測を踏まえ、かん水を制御する技術を作り上げた。現地試験が始まって2年が経ち、平均糖度では8.87(最大16.9)を達成している。
ところで、そもそも「糖度」とは何か。スーパーで売っている「糖度8」と書かれた野菜や果物はどれも同じ甘さなのだろうか。この点を追究していくと、新たな価値を生み出せる可能性が出てくることがわかった。次回、さらに詳しく触れていく。
<参考URL>
株式会社Happy Quality
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