農家がグーグルのAIエンジン「Tensor Flow」でキュウリの自動選果を実現

1カ月ほど前、果樹の大きな産地でスマート農業について講演した際、会場からこんな質問をもらった。

「労働力不足の問題が深刻なので、スマート農業はぜひやってみたい。でも、果樹ではまだ実用化されているサービスや製品は非常に少ないから実践できない。どうしたらいいのか」

農林水産省に取材した限り、果樹にかかわるスマート農業で特筆すべきものは防除と防草を一台でこなせる自動走行ロボットの開発がなされているくらい。

しかもそのロボットは、改植、つまり果樹の植え直しを前提にしている。


果樹について詳しくない方のために説明すれば、果樹の仕立て方は品目ごとに違うだけではなく、同じ品目でも地域や農家個々によって異なる。ある園地で使えるロボットを造ったところで、別の園地ではまるで使えないということが起こりうる。だから古い樹を伐採して新たに果樹を植え直し、走行や作業の邪魔をしない樹形にする必要に迫られる。

しかしそれでも問題は残る。果樹を植え直すことで今度は果実が実るまでの5年以上の歳月を要し、その間は収益を望めないからだ。

もちろん、そのようなロボットを活用できる環境が実現できるのは、果実が成る5年以上先の話。では、メーカーがロボットを発売するまで待つしかないのかといえば、そんなことはない。私は先の質問に対してこんなふうに答えた。

「技術の壁は低くなっているから、どうしても必要であれば、自分でつくってみるのも手なのではないか」

事例として挙げたのは、静岡県湖西市の農家・小池誠さんが開発しているキュウリの自動選果機。元システムエンジニアの小池さんは、ディープラーニングを使って、専門家の手を借りずに選別機を作ってしまったのだ。

キュウリ農家がグーグルのAI技術を活用して選別機を製作

キュウリの選別は厄介だ。長さと太さ、色つやや質感、凹凸や傷、病気の有無といった組み合わせで9つの等級に分けねばならない。キュウリを見て一瞬のうちにどの等級かを判断するのは、ベテランの仕事領域。小池家ではこの道30年の母親の仕事となっている。しかも、その作業時間はといえば、繁忙期には8時間にも及ぶ。


そこで小池さんはこの選別作業を機械に任せようと考えた。利用したのが、グーグルが2015年11月に誰もが機械学習を好きなように使えるようにしたことで世界中を驚かせたソフトウェアライブラリー「Tensor Flow(テンサーフロー)」。テンサーフローの登場によって、関心のある人であれば誰しもがAIを活用してさまざまなシステムを構築できるようになった。

小池さんはこのテンサーフローを使って、キュウリの等級ごとの写真を一万枚も撮影。その画像をディープラーニングで選別機に半年かけて覚え込ませ、キュウリの仕分けに関してベテランのレベルにまで引き上げようとしている。

「農家が人工知能を使いこなして、野菜の選別をつくれる時代はもうきています」


これからは農家自らがスマート農業に取り組める時代に

これは一例に過ぎない。自分でセンサーやクラウドサービスを使って、独自の収穫予測システムを構築している農家はいる。キャベツのコーティング種子選別機を3Dプリンターで造った研究者もいる。

そもそも農業は市場が小さい。マイナーな品目に至ってはメーカーの開発意欲が薄いのは当然だ。座して待つよりほかないのか。

やるか、やらないか――。キュウリの事例は、スマート農業が待っているだけでは始まらないことを教えてくれている。


<参考URL>
Tensor Flow(テンサーフロー)
【事例紹介】スマート農業の実践事例
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  1. 田牧一郎
    田牧一郎
    日本で15年間コメ作りに従事した後、アメリカに移り、精米事業、自分の名前をブランド化したコメを世界に販売。事業売却後、アメリカのコメ農家となる。同時に、種子会社・精米会社・流通業者に、生産・精米技術コンサルティングとして関わり、企業などの依頼で世界12カ国の良質米生産可能産地を訪問調査。現在は、「田牧ファームスジャパン」を設立し、直接播種やIoTを用いた稲作の実践や研究・開発を行っている。
  2. 福田浩一
    福田浩一
    東京農業大学農学部卒。博士(農業経済学)。大学卒業後、全国農業改良普及支援協会に在籍し、普及情報ネットワークの設計・運営、月刊誌「技術と普及」の編集などを担当(元情報部長)。2011年に株式会社日本農業サポート研究所を創業し、海外のICT利用の実証試験や農産物輸出などに関わった。主にスマート農業の実証試験やコンサルなどに携わっている。 HP:http://www.ijas.co.jp/
  3. 石坂晃
    石坂晃
    1970年生まれ。千葉大学園芸学部卒業後、福岡県の農業職公務員として野菜に関する普及指導活動や果樹に関する品種開発に従事する一方、韓国語を独学で習得(韓国語能力試験6級)。退職後、2024年3月に玄海農財通商合同会社を設立し代表に就任、日本進出を志向する韓国企業・団体のコンサルティングや韓国農業資材の輸入販売を行っている。会社HP:https://genkai-nozai.com/home/個人のブログ:https://sinkankokunogyo.blog/
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    川島礼二郎
    1973年神奈川県生まれ。筑波大学第二学群農林学類卒業。フリーラインスの編集ライターとして、テクノロジーをキーワードに、農業雑誌・自動車雑誌などで執筆・編集活動中。
  5. 堀口泰子
    堀口泰子
    栄養士、食アスリートシニアインストラクター、健康・食育シニアマスター。フィットネスクラブ専属栄養士を経て独立。アスリートの食事指導や栄養サポートの他、離乳食から介護予防まで食を通じて様々な食育活動を行う。料理家としても活動し、レシピ提案、商品開発も担う。食事は楽しく、気負わず継続できる食生活を伝えることを信条とする。スポーツの現場ではジュニアの育成、競技に向き合うための心と体の成長に注力している。HP:https://eiyoushiyakko.jimdofree.com/
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