優れた農業経営者は産地に何をもたらすのか〜固形培地は規模拡大への備え(後編)

佐賀県伊万里市でキュウリを養液栽培する中山道徳さん(33)は、土耕から固形培地に、整枝法は摘心からつる下ろしに刷新した。

佐賀県伊万里市でキュウリを養液栽培する中山道徳さん
従来の方法で反収40tを超えながらも栽培法の変更にあえて挑んだのは、生産の安定と省力化のため。

そこには規模拡大への備えとともに、産地の発展に向けた思いがあった。


土づくりや太陽熱消毒を省略したい


伊万里市大川町に広がる水田の一角に立つ軒高2.4mのハウス。入ってすぐに気づくのは、地面のどこにも土が見えないことだ。代わって敷いてあるのは白い防草シート。その上にココナッツの繊維を素材にした固形培地が一定の間隔で整然と並べてある。シートからの反射もあり、光が作物にまんべんなく当たっているのが印象的である。

省力化と規模拡大のため導入した固形培地
中山さんが土耕を止めたのは、6~8月の土づくりや太陽熱消毒をしないで済ませたかったから。

「暑い夏の時期に土づくりのためといって、大量の麦わらや米ぬかを入れるのはめちゃくちゃきつい。太陽熱消毒にしても同じ。自分でもそうなのに、従業員はそんな作業はしたくないですよね」


規模拡大の壁を取り払う


土耕栽培で収量を落とさないためには、土づくりも太陽熱消毒も欠かせない。ただ、それができるのは「若くて体力があるから」。いずれ年齢を重ねていったとき、満足のいく作業ができるか自信はない。

しかも農家が今後も減る中、残る農家は経営面積を拡大するのが望ましい。前回紹介した通り、中山さんはJA伊万里きゅうり部会に所属している。部会の主な出荷先は市場である以上、産地の維持と発展のためには生産量の確保が求められるからだ。

では、その時に従業員が自分と同じように土づくりや太陽熱消毒をこなしてくれるだろうか。中山さんはそうなるとは思えなかった。


常識はひっくり返されるもの


固形培地には周囲から疑問視する声が挙がった。佐賀県では誰も試したことがなく、全国でも取り組んだ事例が少なかったからだ。

ただ、自信はあった。一つは施設園芸の先進国では固形培地を使うのは一般的だから。もう一つは過去の経験から、常識はいつかひっくり返されるものだということを学んだからだ。

「一例を挙げると、以前のキュウリづくりは根をとにかく広く生やしたほうが収量が上がるというので、辺り一帯に灌水することが常識やったですね。でも、海外では灌水する範囲は小さい根圏で構わない。むしろ適期に適量をまくことが大事。実際に試したところ、そっちのほうが取れたんです。それなら固形培地でもいけると思いました」

同時に整枝法は経験値が求められる摘心から、初心者でも適期だけ逃さなければこなせるつるおろしに変えた。つるおろしは産地として取り組みが少なく、個人として初めてだったものの、初年度に10a当たりの収量で40tを挙げた。

「この40tは土耕と固形培地では違う意味を持つ」と中山さん。

既述の通り、土耕は経験がものをいう。一方、固形培地は養液の供給量と排出量、培地の重量、pHやECなどをデータで確認できるようになった。「見える化」したことで、中山さんは「自分以外でも管理しやすくなった。つまり面積を広げていける素地ができた」と語る。


従業員が働きやすい環境づくり


中山さんは軒高が4mに及ぶ23aのハウスを建て、2020年産からキュウリの栽培を始めている。重視したのは従業員が働きやすい環境づくりだ。「軒が高い分だけ換気が良く、作業しやすくなっています」

ハウス内の特徴を挙げれば、さまざまな工夫から、人が重量物を持ち運びしないで済むようになっていることである。入り口の向こうにあるのは管理棟。施設内環境の制御盤や養液の貯留槽などを備えた場所だ。ここから栽培棟に向かって真っすぐなレールが敷いてある。収穫物を詰め込むコンテナを載せる台車を行き来させるためだ。

ハウスの中央を走るレール
栽培棟に入ると、レールの左右にキュウリが植えてある。片側の直線距離は32m。この数字には意味があるそうだ。「奥からキュウリを収穫していくと、レールのところまで来た時にちょうどコンテナが一杯になるんです」

イチゴの収穫用の四輪車をキュウリの初期の摘葉に使っている
畝間で作業をする従業員を見ると、大人の膝上くらいの位置に椅子を搭載した小型の四輪車に座っていた。これはイチゴを収穫するために開発された台車。初期の摘葉に使っている。台車にはコンテナを載せられ、摘んだ葉を入れていく。

別の畝間には昇降台車があった。人が台車に乗って立ち、ハイワイヤーに巻きついたつるを下ろす。立った時に手元にあるレバーを動かせば、車体が前後に移動する。

つるおろしのための昇降台車
「これもそうです、コーティングさせたんです」

そう言って中山さんが指さした先の鉄骨は白色だった。特殊な塗料で白色にした目的は二つある。一つは光を反射させて作物に当てること。もう一つは鉄骨に熱を持たせないことで、夏場に室温の上昇を抑えることだ。

ちなみにこのハウスでは補助金の申請の関係で土耕を採用しているものの、近いうちに固形培地に変更するという。

「水田にハウスを建てているので、土耕だと場所によって排水性や肥沃度が違う。一方、固形培地は再現性がある。もう一つは作業性を改善。作業環境が悪いところは誰もしたがらないですよね。面積をさらに拡大するための雇用を増やすのであれば、まずはいかに良い作業環境を作れるが経営者には問われてくると思います」

中山さんが2020年から栽培を始めた軒が高いハウス
中山さんは2022年までに30a強のハウスを増設する予定だ。JA伊万里管内ではその先駆的な取り組みに刺激を受け、キュウリの栽培で環境制御技術を導入する農家が増えている。同JAによると、2021年産では一戸の農家が固形培地を試すという。一人の優れた経営者によって産地に変革の気運が高まっている。



【事例紹介】スマート農業の実践事例
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WRITER LIST

  1. 堀口泰子
    栄養士、食アスリートシニアインストラクター、健康・食育シニアマスター。フィットネスクラブ専属栄養士を経て独立。アスリートの食事指導や栄養サポートの他、離乳食から介護予防まで食を通じて様々な食育活動を行う。料理家としても活動し、レシピ提案、商品開発も担う。食事は楽しく、気負わず継続できる食生活を伝えることを信条とする。スポーツの現場ではジュニアの育成、競技に向き合うための心と体の成長に注力している。HP:https://eiyoushiyakko.jimdofree.com/
  2. 大槻万須美
    管理栄養士・フードスタイリスト。楽しく食べて健康に。食の大切さを伝えるため、料理教室、バレエダンサーやアスリートのパーソナル栄養サポート、レシピ・コラムの提供など幅広く活動。子どもの頃の毎年の米作り経験から、身近な食体験の重要性についても実感し、おとなと子どもの食育サポートにも力を注いでいる。
  3. 田牧一郎
    たまきいちろう。68歳。日本で15年間コメ作りに従事した後、アメリカに移り、精米事業、自分の名前をブランド化したコメを世界に販売。事業売却後、アメリカのコメ農家となる。同時に、種子会社・精米会社・流通業者に、生産・精米技術コンサルティングとして関わり、企業などの依頼で世界12カ国の良質米生産可能産地を訪問調査。現在は、「田牧ファームスジャパン」を設立し、直接播種やIoTを用いた稲作の実践や研究・開発を行っている。
  4. 田中克樹
    たなかかつき。32年間の農業出版社勤務を経て、2020年末、故郷の八ヶ岳南麓に帰郷。仲間と共に農業・福祉系NPOを立ち上げ、遊休農地・耕作放棄地を再生し、心身の癒しや健康づくりにつながる有機無農薬の体験型農園づくりに取り組む。NPOでは田んぼ除草にホバークラフトを活用したスマート技術を開発中。農と風土(フード)を愛する人たち向けのブックカフェ・居酒屋を開くのが夢。
  5. 山田正美
    大阪工業大学大学院修了。福井県職員として、農業試験場研究員、専門技術員、農業技術経営課長、農林水産部技幹を経て退職。現在、日本生産者GAP協会常務理事、日本農業サポート研究所主席コンサルタント。
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