シニアでも使える農業IoTを実現するためには?──山梨市アグリイノベーションLabの取り組み

JA、行政、NTT東日本などが連携し20%の省力化

シニアも含めた農家が、データを活用した農業に参入しやすくする仕組みが、山梨市で構築されている。

民間企業に行政、そしてJAが、山梨市全体をラボ(試験圃場)と見立て、農業の課題解決のための連携組織「山梨市アグリイノベーションLab」を2017年に設立した。これは、山梨県IoT推進ラボの農業分野のワーキンググループ。2018年1月には、実証から生まれた農業向けのIoTパッケージが製品化されるなど、成果を生んでいる。


産地の競争力向上に“データ農業”を導入

圃場でさまざまなデータを収集し、クラウドにアップし、異常があればアラートで通知する。スマートフォンやタブレット、パソコンから、どこにいても圃場が監視できる──こうした“データ農業”に関心を持つのは若手で、農業の主な担い手である60歳以上の世代(販売農家のうち、60歳以上は実に8割を占める)は、データを活用する農業とは遠いところにいると思われがちだ。

だが、労働負担の軽減という点では、60歳以上の農家こそデータを最も必要としているともいえる。点在する圃場の見回りだけでも、年齢を重ねると体力的に辛い作業になり得るからである。このことに着目し、官民が連携して、高齢農家であっても“データ農業”に参入できるよう支援する試みが山梨市で行われてきた──。

市内の畑と住居が混在するエリアにある5アールほどの連棟のビニールハウス。中に入ると、シャインマスカットの木々が一面に枝を広げている。まず目に飛び込んできたのは、白いWi-Fiの受信機だった。そのわきには、圃場内を撮影するカメラが設置されている。ハウスの中央近くには、室温や湿度、照度、土中水分量、地温などの環境データを取得するセンサーがある。

このハウスを所有する手島宏之さん(62)は、周辺に計3ヘクタールの農地を持つ。JAフルーツ山梨(山梨県甲州市)から栽培データを遠隔地にいても確認できるシステムを、実証のために導入しないかと声をかけられ、2017年4月から使用している。

手島さんのハウスに設置されたWi-Fiの受信機とカメラ

「シャインマスカットは全国に産地があって、かつ中国といった外国でも栽培されている。競争のある中で、勘に頼っていたのをデータ化し、栽培技術を確立して、安定した品質の高いものを提供したり、労力を分散したりできれば」

こうした思いから実証への協力を決めた。もともとスマホを使いこなしていたため、導入にあたっての苦労は「特になかった」という。ハウス内の環境データとカメラで撮影している画像は、ふだんスマホからも確認している。


高齢者でも使いやすい農業IoTの仕様に

ハウスの屋根には手動で開閉する天窓がついていて、温度調整に使っている。システムの導入前は、今日は暑そうだと感じる日は何度もハウスに通って、開閉の調整をしていた。ハウスの室温が上がり高温障害が出ると、最悪の場合、ブドウがすべてダメになってしまうためである。雨が木に当たると、病害の発生につながりやすいため、雨が降ると天窓を閉める必要がある。閉めた後に太陽が照り付けると、ハウス内の気温が急上昇してしまうこともあった。

しかし、このシステムを導入したことで、スマホから室温を確認でき、設定している閾値を超えると、アラートメールが届くようになった。

「これまで頻繁にハウスに通っていたのを、いちいち行かなくてもわかるようになり、見回りの時間をほかの仕事に振り分けられるようになった」

高温障害の回避と、カメラによる監視で鳥獣害や盗難に対応できるようになったこと、環境データと栽培の基準を照らし合わせてより精密な管理ができるようになったこと。手島さんはこの三つが大きなメリットだと語る。

使っているシステムは、山梨市とJAフルーツ山梨、NTT東日本山梨支店(甲府市)、バイオベンチャーのシナプテック株式会社(甲府市)が連携し、実証を進めた。40代から60代の市内の熟練農家10人が協力。対象は、マスカットやピオーネなどのブドウと、モモの露地の圃場とハウスだ。

ハウス内に設置された各種センサー

このシステムで取得したデータと県やJAでつくる栽培基準を照らし合わせて栽培指導もしており、環境データの取得に加え、夜間も撮影できるカメラで、盗難や鳥獣害などの異常を感知するとアラートも発してくれる。ブドウの色づき具合もカメラで撮影している。

特に、データや写真を確認する画面は視覚的なわかりやすさを追求し、高齢者でも使いやすいように改良を加えてきた。山梨市では農業経営者の高齢化率が2015年時点で64.1%と高い比率になっているからだ。導入した結果、全体で20%の省力化になった。

ちなみに山梨市によると、収量についてはシステムの使用による効果は算出できていない(2017年のデータ)。ただしこれは、産地全体で前年比の収量が上がったためだという。

確認画面のサンプル。データと画像を直感的に見やすく配置


450万円の損失を農業IoTパッケージで回避

実証に加わったある農家では、換気用の窓を、照度センサーを使って、明るくなると自動で開き、暗くなると閉まるように設定していた。

ところが、鳥のフンがセンサーを直撃し、明るくなっても開かなくなってしまった。ハウス内の温度が閾値を超えて上昇したため、アラートメールが農家に届き、ハウスに駆けつけて換気をすることができた。もし気付かずに温度が上昇を続け、ブドウがすべてダメになったとしたら、450万円の損失が出るところだったという。

NTT東日本では、実証実験に基づき、農業向けのIoTパッケージのサービスを2018年1月に提供を始めた。センサー装置やネットワークカメラ、クラウドを提供し、運用上の支援もする。農業IoT機器に不慣れでも使えるよう、トラブルのあった場合に電話対応もしてくれる。

手島さんのハウスは今秋で実証期間が終わるため、2019年に向けてNTT東日本とパッケージサービスの契約をした。「月々の運用コストは、それほど大きな負担ではない」という。装置は実証で使ったものをそのまま引き継ぐ。実証に協力したほかの9人も、使用を続けていく見込みだ。

手島さんはシステムを使っているハウスとは別の場所に、今は使っていないハウスも所有している。使用を再開する場合は、センサーやネットワークカメラ購入などの初期費用がかかっても、システムの導入を前向きに検討したいという。「ITに不慣れな高齢者であっても、機器の設置やスマホの設定は導入時にしてもらえるので、使いやすいと思う」と手島さんは語る。

手島さんのハウス

Wi-Fiの使えない場所でも使え、省電力で長距離の通信ができるLPWA(Low Power Wide Area)という省電力かつ広域の無線通信技術を使った実証も、5人の農家の協力を得て始まっている。ソーラー電池を電源とするため、山の上などの立地の悪い圃場でも使え、電気代がかからない。

シニア農家のデータ活用には課題も

シニアがデータを活用した農業をする意義は、省力化だけではない。長年の経験に基づいて蓄積した栽培のノウハウを、データを取ることで「見える化」できれば、若い世代への技術の継承がより円滑に進む。特に年間1作しかできないような作目では、新規参入であってもデータに基づいて初年から一定レベルの生産ができるとなれば、参入のハードルが下がる。篤農家のデータを産地で共有すれば、全体のレベルアップにもなり得る。

山梨市政策秘書課で農業IoTを担当する小林弘さんは、「熟練農家のデータの産地としての活用は、データの所有権が誰にあるかといった問題があり、まだ取り組めていない」としつつも、産地全体の振興につながるので、今後検討していきたいと話していた。

山梨市の小林弘さん

<参考URL>
山梨県アグリイノベーションLab

サポート付きでお手軽なIoTパッケージの提供開始 | NTT東日本
地域活性化をつなぐ技術の「農業IoT」トライアル(NTT東日本グループCSR報告書2018)

【事例紹介】スマート農業の実践事例
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WRITER LIST

  1. 堀口泰子
    栄養士、食アスリートシニアインストラクター、健康・食育シニアマスター。フィットネスクラブ専属栄養士を経て独立。アスリートの食事指導や栄養サポートの他、離乳食から介護予防まで食を通じて様々な食育活動を行う。料理家としても活動し、レシピ提案、商品開発も担う。食事は楽しく、気負わず継続できる食生活を伝えることを信条とする。スポーツの現場ではジュニアの育成、競技に向き合うための心と体の成長に注力している。HP:https://eiyoushiyakko.jimdofree.com/
  2. 大槻万須美
    管理栄養士・フードスタイリスト。楽しく食べて健康に。食の大切さを伝えるため、料理教室、バレエダンサーやアスリートのパーソナル栄養サポート、レシピ・コラムの提供など幅広く活動。子どもの頃の毎年の米作り経験から、身近な食体験の重要性についても実感し、おとなと子どもの食育サポートにも力を注いでいる。
  3. 田牧一郎
    たまきいちろう。68歳。日本で15年間コメ作りに従事した後、アメリカに移り、精米事業、自分の名前をブランド化したコメを世界に販売。事業売却後、アメリカのコメ農家となる。同時に、種子会社・精米会社・流通業者に、生産・精米技術コンサルティングとして関わり、企業などの依頼で世界12カ国の良質米生産可能産地を訪問調査。現在は、「田牧ファームスジャパン」を設立し、直接播種やIoTを用いた稲作の実践や研究・開発を行っている。
  4. 田中克樹
    たなかかつき。32年間の農業出版社勤務を経て、2020年末、故郷の八ヶ岳南麓に帰郷。仲間と共に農業・福祉系NPOを立ち上げ、遊休農地・耕作放棄地を再生し、心身の癒しや健康づくりにつながる有機無農薬の体験型農園づくりに取り組む。NPOでは田んぼ除草にホバークラフトを活用したスマート技術を開発中。農と風土(フード)を愛する人たち向けのブックカフェ・居酒屋を開くのが夢。
  5. 山田正美
    大阪工業大学大学院修了。福井県職員として、農業試験場研究員、専門技術員、農業技術経営課長、農林水産部技幹を経て退職。現在、日本生産者GAP協会常務理事、日本農業サポート研究所主席コンサルタント。
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