農業ベンチャーによる生産管理と物流制御を可能にしたシステムとは?〜農業総合研究所【中編】
スーパーのインショップ「農家の直売所」を運営する株式会社農業総合研究所は、市場を経由せず、どうやって農産物を安定的に流通させているのか。
そこには緻密に構築されてきた物流網に加えて、生産に関するデータの管理システムがあった。
農業総合研究所の本社がある和歌山市の集荷場を訪ねた。
到着したのは午前10時過ぎで、集荷場にはすでに多くの農産物が並んでいた。集荷場は細かく区切られ、それぞれのエリアにはスーパーとその店舗名が書かれた札が掲げられている。
ちょうど軽トラックに乗った農家の男性がやって来た。聞けば、荷台にあるのは早朝収穫したばかりの野菜を入れたコンテナだという。
男性はまず、集荷場の入り口にある事務所に入っていった。そこにある発券機で販売価格などのデータを入力した後にバーコードのシールを発券し、商品に貼っていく。最後に自分が出荷したいスーパーの店舗名の札が掲げてあるエリアにコンテナを置く。
案内してくれた農業総合研究所のスタッフによると、農家は毎日、自分が出荷したい店舗を決めことができるという。そうして積まれた農産物をいっせいに各店舗へと配送する仕組みなのだ。
バーコードのシールとPOSレジで、会員農家ごとに売り上げが把握できる。バーコードのシールについているのはQRコードだ。買い手はそのコードを読み込むことで、生産した農家の情報や履歴をたどることができる。
気になるのは農家がその日出荷する店舗を、何を頼りに決めるのかということだ。
これは会員の農家向けに開発した「農直」という独自のアプリケーションで公開している店舗ごとデータを見て判断するらしい。
そのデータとは店舗の外観や内観、ロードサイドや駅前といった立地条件に加えて、前日の売れ行きの動向などである。データの精度は店舗が備えるPOSレジの性能の優劣に応じて違ってくる。
トマトやキュウリなどの野菜や果物の品目や種類ごとに売り上げ全体に占める割合を出せる店舗があれば、野菜と果物という大枠だけの割合しか出せない店舗もある。
ただし、農家が出荷先を好きに決めてしまえば、店舗によって品目や量に偏りが生じることは避けられない。
そこでPOSデータから店舗ごとに販売が見込める品目ごとの総量を算出し、そこから逆算して全国にある集荷場ごとに個々の店舗に出荷できる量の上限を割り振っている。
毎日、上限に達した段階で、その店舗向けの集荷は打ち止めにする。といっても集荷場では一日当たり100~150店舗へ農産物を供給するので、農家にとって売り先がなくなるという事態は起こりえない。
毎日出荷される農産物の安全を担保する手段として、「畑メモ」の活用がある。農家が「農家の直売所」の会員になる条件としている、生産に関するデータを管理するシステムのことだ。
これはウォーターセル株式会社(新潟市)がサービスを提供するICTによる農業生産の管理システム「アグリノート」の機能のうち、農薬の使用履歴を記録する点だけにほぼ搾ってカスタマイズしたもの。農家は自分のスマートフォンやタブレット、パソコンで「畑メモ」にアクセスし、畑ごとに使用した農薬の種類と対象の作物を入力する。
「畑メモ」には農薬取締法に基づく農薬の使用基準に関するデータが網羅されている。農家が農薬を使うに当たって使用量が過剰だったり、その農薬が対象とする作物として適性でなかったりすれば、データを入力した時点で警告が出るようになっている。
フード・バリュー・チェーンという観点からもう一つ注目したいのは、2017年から運用を開始した生産と出荷、販売の一元管理システム「農直」だ。
まずはざっとこのシステムの概要を説明しよう。
利用する農家に、それぞれに会員番号を割り振る。そして、「農直」のソフトがダウンロードされたタブレットに加え、希望者にはバーコードの発券機も貸し出す。いずれも有料だ。
将来的には個々が所有するスマートフォンなどでもダウンロードできるようにするらしい。
他に特徴的なのはスーパーのバイヤーと消費者も参加できるプラットフォームにしているということ。「農直」では、農家とバイヤーや消費者が直接・間接的にデータを交換し、出荷する日にちや品目、食べてみての感想を伝えあえる。機能は以下の8つである。
それに応えるため、バーコードの発券機を販売している。インターネットが使える環境にあれば、「農直」を操作して発券できるようにしている。
「農直」では会員農家にコンテナを借りた数と返した数をその都度入力してもらい、管理する。
加えて売り上げについては全国と集荷場別に自分の分だけランクを把握できる。自分がどの位置にいるかを把握することで、競争意識をもってもらえる。
このほか品目ごとに在庫の多寡を示し、農家が翌日にその品目を出荷するかどうかの判断の材料にしている。
「農直」では以上のサービスに加えて、資材メーカーと連携して、農薬や肥料などの農業資材が購入も可能。発注した商品を集荷場で受け取る仕組みとなっている。
また、消費者が一度購入してみて気に入った農家のその商品について、次回の入荷日を知ることのできるアプリケーションも提供している。商品に張られたバーコードのシールのQRコードをスマートフォンで読み取るだけでいい。
数年前と比べると、農業におけるデータの活用は、生産現場ではよく見られるようになってきた。
ただ、一方で流通や小売りとともにデータを共有したり交換したりしながら農業経営を発展させる取り組みはまだまだ少ないように感じる。
それだけに農業総合研究所の「農直」を巡るデータの活用がこれからどう発展するかは注視すべきだろう。
株式会社農業総合研究所
https://www.nousouken.co.jp/
そこには緻密に構築されてきた物流網に加えて、生産に関するデータの管理システムがあった。
店舗の売れ行きデータを基に農家が出荷先を決める
農業総合研究所の本社がある和歌山市の集荷場を訪ねた。
到着したのは午前10時過ぎで、集荷場にはすでに多くの農産物が並んでいた。集荷場は細かく区切られ、それぞれのエリアにはスーパーとその店舗名が書かれた札が掲げられている。
ちょうど軽トラックに乗った農家の男性がやって来た。聞けば、荷台にあるのは早朝収穫したばかりの野菜を入れたコンテナだという。
男性はまず、集荷場の入り口にある事務所に入っていった。そこにある発券機で販売価格などのデータを入力した後にバーコードのシールを発券し、商品に貼っていく。最後に自分が出荷したいスーパーの店舗名の札が掲げてあるエリアにコンテナを置く。
案内してくれた農業総合研究所のスタッフによると、農家は毎日、自分が出荷したい店舗を決めことができるという。そうして積まれた農産物をいっせいに各店舗へと配送する仕組みなのだ。
バーコードのシールとPOSレジで、会員農家ごとに売り上げが把握できる。バーコードのシールについているのはQRコードだ。買い手はそのコードを読み込むことで、生産した農家の情報や履歴をたどることができる。
気になるのは農家がその日出荷する店舗を、何を頼りに決めるのかということだ。
これは会員の農家向けに開発した「農直」という独自のアプリケーションで公開している店舗ごとデータを見て判断するらしい。
そのデータとは店舗の外観や内観、ロードサイドや駅前といった立地条件に加えて、前日の売れ行きの動向などである。データの精度は店舗が備えるPOSレジの性能の優劣に応じて違ってくる。
トマトやキュウリなどの野菜や果物の品目や種類ごとに売り上げ全体に占める割合を出せる店舗があれば、野菜と果物という大枠だけの割合しか出せない店舗もある。
ただし、農家が出荷先を好きに決めてしまえば、店舗によって品目や量に偏りが生じることは避けられない。
そこでPOSデータから店舗ごとに販売が見込める品目ごとの総量を算出し、そこから逆算して全国にある集荷場ごとに個々の店舗に出荷できる量の上限を割り振っている。
毎日、上限に達した段階で、その店舗向けの集荷は打ち止めにする。といっても集荷場では一日当たり100~150店舗へ農産物を供給するので、農家にとって売り先がなくなるという事態は起こりえない。
会員になるには管理データの入力が義務
毎日出荷される農産物の安全を担保する手段として、「畑メモ」の活用がある。農家が「農家の直売所」の会員になる条件としている、生産に関するデータを管理するシステムのことだ。
これはウォーターセル株式会社(新潟市)がサービスを提供するICTによる農業生産の管理システム「アグリノート」の機能のうち、農薬の使用履歴を記録する点だけにほぼ搾ってカスタマイズしたもの。農家は自分のスマートフォンやタブレット、パソコンで「畑メモ」にアクセスし、畑ごとに使用した農薬の種類と対象の作物を入力する。
「畑メモ」には農薬取締法に基づく農薬の使用基準に関するデータが網羅されている。農家が農薬を使うに当たって使用量が過剰だったり、その農薬が対象とする作物として適性でなかったりすれば、データを入力した時点で警告が出るようになっている。
生産・出荷・販売を農家自身が一元管理できるシステム
フード・バリュー・チェーンという観点からもう一つ注目したいのは、2017年から運用を開始した生産と出荷、販売の一元管理システム「農直」だ。
まずはざっとこのシステムの概要を説明しよう。
利用する農家に、それぞれに会員番号を割り振る。そして、「農直」のソフトがダウンロードされたタブレットに加え、希望者にはバーコードの発券機も貸し出す。いずれも有料だ。
将来的には個々が所有するスマートフォンなどでもダウンロードできるようにするらしい。
他に特徴的なのはスーパーのバイヤーと消費者も参加できるプラットフォームにしているということ。「農直」では、農家とバイヤーや消費者が直接・間接的にデータを交換し、出荷する日にちや品目、食べてみての感想を伝えあえる。機能は以下の8つである。
1. 畑メモの記帳や閲覧
2. バーコードシールの発券
バーコードシールの発券は集荷場に常備してある発券機を使う。ただし、中には数百の商品を毎日のように出荷する農家もいることから、自分の作業場で発券して商品に貼りたいという要望があった。それに応えるため、バーコードの発券機を販売している。インターネットが使える環境にあれば、「農直」を操作して発券できるようにしている。
3. コンテナの貸し出し
主に経営が大規模な農家を対象にコンテナを貸し出す。「農直」では会員農家にコンテナを借りた数と返した数をその都度入力してもらい、管理する。
4. 店舗の振り分け
店舗ごとに出荷した品目や量を入力してもらう。売り上げのデータはスーパーのPOSレジのデータからわかる。5. 売り上げ情報
自分の販売金額と販売点数、出荷金額と出荷点数、金額販売率、点数販売率を月別、年別に閲覧できるようにしている。売り上げや支払いの明細書もダウンロードできる。加えて売り上げについては全国と集荷場別に自分の分だけランクを把握できる。自分がどの位置にいるかを把握することで、競争意識をもってもらえる。
6. 店舗情報
店舗の外観や内観のほか、ロードサイドや駅前といった立地条件などを提供している。7. 相場情報
店舗で「農家の直売所」とは別に通常の棚に並ぶ商品の価格に加え、集荷場でほかの農家が値付けしている品目ごとの価格といったデータを紹介している。8. イベントカレンダー
店舗ごとのイベントに関する情報が一覧できるようにしている。「お客様感謝デー」などの特売日はよく売れるので、会員の農家にとって出荷先や出荷量を決める判断材料になる。このほか品目ごとに在庫の多寡を示し、農家が翌日にその品目を出荷するかどうかの判断の材料にしている。
「農直」では以上のサービスに加えて、資材メーカーと連携して、農薬や肥料などの農業資材が購入も可能。発注した商品を集荷場で受け取る仕組みとなっている。
また、消費者が一度購入してみて気に入った農家のその商品について、次回の入荷日を知ることのできるアプリケーションも提供している。商品に張られたバーコードのシールのQRコードをスマートフォンで読み取るだけでいい。
数年前と比べると、農業におけるデータの活用は、生産現場ではよく見られるようになってきた。
ただ、一方で流通や小売りとともにデータを共有したり交換したりしながら農業経営を発展させる取り組みはまだまだ少ないように感じる。
それだけに農業総合研究所の「農直」を巡るデータの活用がこれからどう発展するかは注視すべきだろう。
株式会社農業総合研究所
https://www.nousouken.co.jp/
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