農作物の体調を“リアルタイム”で診断する新技術とは?
生育中の植物の体調をじかに知り、栽培の管理や病気の予防につなげたい──。
農家のそんな切なる願いをかなえるため、名古屋大学生物機能開発利用研究センターの野田口理孝准教授(植物科学)らの研究チームは、植物の葉から搾り取る微量の液体から、植物の栄養や健康の状態を短時間で診断する方法を開発した。本研究は国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)が科学技術イノベーションの源泉となる成果を創出するために用意した研究プログラム「さきがけ」での成果となっている。
今後は診断の利便性を上げて、まずは研究者向けに3年後の実用化を目指す。
ただ、これらは教科書的な説明に過ぎない。最近の研究では導管にも師管にも植物の栄養や健康の状態に関する情報を伝達する役割があることがわかり、植物科学者の間では常識になりつつある。
このうち研究チームが対象としたのは師管。中には師管液が流れており、そこには情報伝達の役目を負うさまざまな分子が存在する。研究チームはその分子を調べ上げ、リスト化した。野田口准教授は「たとえば、植物体の中でも肥料を消費している部位が『肥料が足りない』と判断すれば、その情報を師管に投げて、根に肥料をもっと吸ってくださいと伝える」と説明する。
研究チームは葉の搾り汁から特定の分子を同時に検出するキットも開発。このキットの流路に搾り汁を流すと、目的の分子があれば蛍光を発する仕組みになっている。これで先ほどのマイクロRNAとタンパク質を検出できるようにした。
プロトタイプでは診断に必要なのは葉から搾り取った液体の量が20μリットルで、検出時間が2時間以内。実用化に当たってはそれぞれ2μリットル、20分以内を目標にしている。
今後いずれの分子の役割を優先的に解明して、キットで検出できるようにするのか。野田口准教授は「種苗会社や県の農業試験場などのニーズを聞きながら決めていきたい。おそらく病気に関するものになるのではないか」と話している。
病気を早期に防いだり肥料の過不足を判断したりするという点では、AIなどを用いた画像診断による試みがすでに始まっている。見た目に現れる症状や葉色を画像診断するわけだ。ただ、これだと事後対応になってしまう。
一方、今回の技術では、症状が外観に現れる前に特定の分子を検出し、栽培の管理や病気の予防につなげられる。
実用段階では、JAや県の普及員らが農家の圃場でこのキットを使って植物を診断し、そのデータを分析センターに送って解読。その結果に応じて適切な栽培法や予防法を農家にフィードバックするような仕組みを考えている。
現状の育種では交配した数多くの系統が、置かれた栽培環境の中でどう生育していくかを最後までみながら、選抜を繰り返していく。一方、今回の技術を使えば、狙った特性を持っているかどうかは、植えてからすぐに分子レベルで判断できる。「この技術を使えば育種はかなり加速するでしょう」とみている。
農業のデータには大きく分けて三つある。「環境情報」と「管理情報」、そして「生体情報」だ。このうち収集が遅れているのが作物の生育状態に関する「生体情報」。「環境情報」と「管理情報」を知るためのセンシング技術は発達してきたものの、これらはあくまでも外観から作物の状態を間接的に知る手段に過ぎない。作物の中で何が起きているのかをリアルタイムに知る方法はほとんどなく、それだけに今回の研究が秘めている可能性は大きい。
【野田口 理孝】農作物の早期診断技術の創出と栽培法の最適化|さきがけ
農家のそんな切なる願いをかなえるため、名古屋大学生物機能開発利用研究センターの野田口理孝准教授(植物科学)らの研究チームは、植物の葉から搾り取る微量の液体から、植物の栄養や健康の状態を短時間で診断する方法を開発した。本研究は国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)が科学技術イノベーションの源泉となる成果を創出するために用意した研究プログラム「さきがけ」での成果となっている。
今後は診断の利便性を上げて、まずは研究者向けに3年後の実用化を目指す。
情報伝達の役割を持つ「師管液」中の分子を解析
植物の茎や根を輪切りしてみると、その断面には導管と師管が束になった繊管束が存在する。導管は水や水に溶けた土中の肥料の通り道。一方、師管は光合成によって葉で作られる養分の通り道である。ただ、これらは教科書的な説明に過ぎない。最近の研究では導管にも師管にも植物の栄養や健康の状態に関する情報を伝達する役割があることがわかり、植物科学者の間では常識になりつつある。
このうち研究チームが対象としたのは師管。中には師管液が流れており、そこには情報伝達の役目を負うさまざまな分子が存在する。研究チームはその分子を調べ上げ、リスト化した。野田口准教授は「たとえば、植物体の中でも肥料を消費している部位が『肥料が足りない』と判断すれば、その情報を師管に投げて、根に肥料をもっと吸ってくださいと伝える」と説明する。
リン不足とウイルス感染を検出し「診断」から「予防」へ
現時点で情報伝達の役割を果たしていることを突き止めたのは、特定のマイクロRNA(リボ核酸)とタンパク質について。このマイクロRNAはリンの吸収を根に促し、タンパク質は植物がウイルスに感染していることを伝える役目を持っている。研究チームは葉の搾り汁から特定の分子を同時に検出するキットも開発。このキットの流路に搾り汁を流すと、目的の分子があれば蛍光を発する仕組みになっている。これで先ほどのマイクロRNAとタンパク質を検出できるようにした。
プロトタイプでは診断に必要なのは葉から搾り取った液体の量が20μリットルで、検出時間が2時間以内。実用化に当たってはそれぞれ2μリットル、20分以内を目標にしている。
今後いずれの分子の役割を優先的に解明して、キットで検出できるようにするのか。野田口准教授は「種苗会社や県の農業試験場などのニーズを聞きながら決めていきたい。おそらく病気に関するものになるのではないか」と話している。
病気を早期に防いだり肥料の過不足を判断したりするという点では、AIなどを用いた画像診断による試みがすでに始まっている。見た目に現れる症状や葉色を画像診断するわけだ。ただ、これだと事後対応になってしまう。
一方、今回の技術では、症状が外観に現れる前に特定の分子を検出し、栽培の管理や病気の予防につなげられる。
実用段階では、JAや県の普及員らが農家の圃場でこのキットを使って植物を診断し、そのデータを分析センターに送って解読。その結果に応じて適切な栽培法や予防法を農家にフィードバックするような仕組みを考えている。
育種の加速にも貢献
野田口准教授は今回の研究成果は育種の効率化にも寄与できるとみている。現状の育種では交配した数多くの系統が、置かれた栽培環境の中でどう生育していくかを最後までみながら、選抜を繰り返していく。一方、今回の技術を使えば、狙った特性を持っているかどうかは、植えてからすぐに分子レベルで判断できる。「この技術を使えば育種はかなり加速するでしょう」とみている。
農業のデータには大きく分けて三つある。「環境情報」と「管理情報」、そして「生体情報」だ。このうち収集が遅れているのが作物の生育状態に関する「生体情報」。「環境情報」と「管理情報」を知るためのセンシング技術は発達してきたものの、これらはあくまでも外観から作物の状態を間接的に知る手段に過ぎない。作物の中で何が起きているのかをリアルタイムに知る方法はほとんどなく、それだけに今回の研究が秘めている可能性は大きい。
【野田口 理孝】農作物の早期診断技術の創出と栽培法の最適化|さきがけ
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