米穀店も稲作経営を始める時代【窪田新之助の農業コラム】

高齢を理由に農村で大勢が離農する時代に入った中、水田をどう維持していくかに真剣に悩むのは既存の農家だけではない。地方の米穀店の社長もまたその一人である。

模索すべきは地方の農業商社としての可能性


彼らは顧客が農業から離れる現実に直面し、量が確保できなくなるという経営的な危機感ということを要因とし、代わって農作業を請け負うことを決意。その先に、米を集荷して販売するだけにとどまらない、地方の農業商社としての新たな可能性を模索している。

そんな実態を知ったのは、少し前にとある米どころの米穀店に講演で呼ばれたとき。講演よりもむしろこちらが本番というにぎやかな懇親会で、その社長と耳打ちするように雑談していて興味を抱いたのは、7年前に地元の農事組合法人の代表に就いたという話だった。同法人は12haで米を生産し、社長は田植え機もコンバインも自ら運転する。地域で農家が相次いで離農する中、自ら作り、売ることを買って出ている。自ら耕作しないと、米が十分に確保できないのだ。

自ら生産することで、「農家」を知っていく

といっても、単に農業の生産をするだけでは利益はあがらない。そこで「農家」としての立場から、役立つ肥料を選び抜き、その販売も手がけている。そうして周囲の農家の信頼を勝ち取り、本業である集荷と販売の実績につなげている。自ら生産することは強みにもなる。社長はこう語った。


「これからの時代は農家が作った分を売るだけでは駄目。米についての物語が話せるようにならないと思ったこともあり、百姓を始めた」

私が米穀店が稲作に乗り出したことに興味を示すと、この社長は親切なことに、隣町の知り合いだという米穀店まで車で送ってくれた。この米穀店の若社長も2019年から稲作を始めたそうだ。除草剤を散布するホバークラフトの購入をきっかけに、社長が個人として作業受託の注文を取り始めたところ、それ以外の農作業もしてほしいと要望が寄せられるようになった。結果的に全面受託する面積が増えていったことから、会社として受注することにした。

今後も見逃せない米穀店の動向

2019年の耕作面積は5ha。向こう5~10年で離農が加速し、受託面積は20~30haになると見込む。しかし、近い将来に100haにしたいという。

もちろん受託面積を増やすのは慈善ではない。量販店や卸、飲食が産地に直接買い付けに入っている中、地元に根差した米穀店として量を持てないのは致命傷だ。ゆえに自ら生産に乗り出し、既存の農家との付き合いを深めながら、何とか量を確保しようとする。それでも離農は進む。代わって自ら作るのはそのためだ。

同時に肥料や農薬で独自の商品を開発し、既存の農家に営業する。より長く経営し、米を生産してもらうためである。稲作経営の将来をみるうえで、米穀店の動向は無視できない。
【コラム】窪田新之助のスマート農業コラム
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  1. 福田浩一
    福田浩一
    東京農業大学農学部卒。博士(農業経済学)。大学卒業後、全国農業改良普及支援協会に在籍し、普及情報ネットワークの設計・運営、月刊誌「技術と普及」の編集などを担当(元情報部長)。2011年に株式会社日本農業サポート研究所を創業し、海外のICT利用の実証試験や農産物輸出などに関わった。主にスマート農業の実証試験やコンサルなどに携わっている。 HP:http://www.ijas.co.jp/
  2. さとうまちこ
    さとうまちこ
    宮城県の南の方で小さな兼業農家をしています。りんご農家からお米と野菜を作る農家へ嫁いで30余年。これまで「お手伝い」気分での農業を義母の病気を機に有機農業に挑戦すべく一念発起!調理職に長く携わってきた経験と知識、薬膳アドバイザー・食育インストラクターの資格を活かして安心安全な食材を家族へ、そして消費者様に届けられるよう日々奮闘中です。
  3. 北島芙有子
    北島芙有子
    トマトが大好きなトマト農家。大学時代の農業アルバイトをきっかけに、非農家から新規就農しました。ハウス栽培の夏秋トマトをメインに、季節の野菜を栽培しています。最近はWeb関連の仕事も始め、半農半Xの生活。
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    川島礼二郎
    1973年神奈川県生まれ。筑波大学第二学群農林学類卒業。フリーラインスの編集ライターとして、テクノロジーをキーワードに、農業雑誌・自動車雑誌などで執筆・編集活動中。
  5. 柏木智帆
    柏木智帆
    米・食味鑑定士/お米ライター/ごはんソムリエ神奈川新聞の記者を経て、福島県の米農家と結婚。年間400種以上の米を試食しながら「お米の消費アップ」をライフワークに、執筆やイベント、講演活動など、お米の魅力を伝える活動を行っている。また、4歳の娘の食事やお弁当づくりを通して、食育にも目を向けている。プロフィール写真 ©杉山晃造
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