キュウリの反収アップに連なる「土は根を生やす培地」という考え

2020年11月から、キュウリの施設栽培について生産現場の様子をたびたび紹介してきた。

そんな取材の中で行きついた人物が、全国でいち早く反収で20tや30t、40tという壁を超えていった佐賀県武雄市の山口仁司さんだった。

これだけの実績を上げてきた要因は、誰よりも作物の生理を知り、その能力が最大限に発揮できる環境を作ろうとしてきた探求心の強さである。気温や湿度などの環境データを収集するセンサーが満足にない時代にあって、作物の反応を丹念に見ながら、環境制御機器の使い方を探ってきた。

取材をしていて印象的だったのは、40tを超えながらも「何が正解かは分からない」と素直に語ったことだ。山口さんの誠実さが伝わるこの言葉が意味することは、新しい品種や栽培技術が次々に生まれてきていることで、探求心が刺激され続けているということだと感じた。

そんな山口さんが2年前に建てた31aの施設で試していることの一つが、施設全体ではなく「畝だけを耕起すること」。

トラクターではなく歩行型管理機で耕す。かん水に使うのは日射比例制御装置であり、この装置はハウスに設置したセンサーで日射量を集積する。そして、事前に設定した積算量に達すると、自動的に給水する仕組みとなっている。


品種も技術も、進化していくからこそのチャンス

なぜ、山口さんは畝だけを耕すのか。

「以前は根元に水を正確に施すことができなかったんです。でも今は日射比例制御装置で正確に根元に水やりができるようになっています。だったら根が張るところだけ耕せばいいんではないでしょうか」

畝だけを耕している山口さんの園地畝だけを耕している山口さんの園地
山口さんは「土は根を生やす培地」と考えている。そういう意味では固形培地も同じ。ただ、固形培地の場合は作を変えるたびに取り替えないといけないほか、費用も余計にかかる。もし反収が同程度であるなら、固形培地を導入するよりも畝だけを耕す方が有益である。

ちなみに、この施設では他にも複数の環境制御技術を試したことで、反収は48tまで達したことは別の記事で述べた通りだ。

とはいえ、この方法も「絶対ではない」と山口さん。栽培技術も品種も、共に改良が進んでいる。しかも各種センサーが登場して環境や生体、管理のデータが取れるようになっている。

「どの方法が良いかは分かりません。だから特に若い人はチャンスなんです。昔の人は経験と勘で作ってきたわけですから」

山口さんが「特に若い人はチャンス」だと語るのは、データに基づく環境制御技術の重要さを諭している。

以前の記事でも紹介した通り、独立1年目であってもベテラン農家を反収で抜いていくことは起こりうる時代だ。これは施設園芸のほかの品目でも言えることだろう。

【コラム】窪田新之助のスマート農業コラム
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  1. 田牧一郎
    たまきいちろう。68歳。日本で15年間コメ作りに従事した後、アメリカに移り、精米事業、自分の名前をブランド化したコメを世界に販売。事業売却後、アメリカのコメ農家となる。同時に、種子会社・精米会社・流通業者に、生産・精米技術コンサルティングとして関わり、企業などの依頼で世界12カ国の良質米生産可能産地を訪問調査。現在は、「田牧ファームスジャパン」を設立し、直接播種やIoTを用いた稲作の実践や研究・開発を行っている。
  2. 山田正美
    大阪工業大学大学院修了。福井県職員として、農業試験場研究員、専門技術員、農業技術経営課長、農林水産部技幹を経て退職。現在、日本生産者GAP協会常務理事、日本農業サポート研究所主席コンサルタント。
  3. 福田浩一
    ふくだこういち。東京農業大学農学部卒。博士(農業経済学)。大学卒業後、全国農業改良普及支援協会に在籍し、普及情報ネットワークの設計・運営、月刊誌「技術と普及」の編集などを担当(元情報部長)。2011年に株式会社日本農業サポート研究所を創業し、海外のICT利用の実証試験や農産物輸出などに関わった。現在は主にスマート農業の実証試験やコンサルなどに携わっている。http://www.ijas.co.jp/
  4. 中村圭佑
    なかむらけいすけ。明治大学農学部卒業後、日本農薬株式会社に約7年勤務。その後、大手経営コンサルティング会社を経て、FOOD BOX株式会社を2019年7月に起業。Facebook:https://www.facebook.com/foodboxjp/、Instagram:https://www.instagram.com/foodbox_jp/
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    趣味は料理、漫画、読書のミドルの男です。商社勤務で全国や海外を転々しているうちに、故郷に哀愁を覚え、約10年前に地元の農業関連会社にとらばーゆ。