センサーの向こうにある野菜の本質とは何か──NKアグリの例<後編>

既存の野菜の流通規格は消費者の需要とミスマッチ?

農業法人NKアグリが全国の農家と契約栽培するニンジン「こいくれない」で問いかける問題の本質とは何か、というのが今回のテーマだ。


一つは既存の流通規格への疑問。一般的に市場に出荷するニンジンは、形状が曲がっていないか、重量が一定範囲内かといったことが絶対視される。

一方、「こいくれない」はそのいずれも問わない。契約分はすべてを買い取り、リコピンの含有量が基準を満たしていればすべて「こいくれない」として販売する。それでも店頭に置けば売れていく。「外観」や「重量」ではなく、「味」や「機能性」を大事にしている消費者がいるのだ。既存の流通規格は多様化する消費者の需要のひだにまで入り込めていないと考えられる。

スマート農業は、生産現場ではなく収量予測などにこそ有効

もう一つはスマート農業の役割。「おんどとり」というセンサーや、サイボウズがサービスを提供するクラウドサービス「Kintone(キントーン)」を使うのは、単位面積当たりの収穫量の向上よりも、需給調整に向けた関係者間のコミュニケーションのためだという。三原洋一社長はこう説明する。

「農家は野菜を作るプロなので、ITを使っても生産量は倍にはならない。それよりも、できた野菜をきちんと売り切ることにITを活用したほうがいい」

前回ご紹介した通り、NKアグリは「おんどとり」を使うなどして、全国の契約先で収穫の適期と量を予測している。社員はキントーンで一連のデータを確認できる。利用者がアプリケーションを自由に作れるキントーンではコメント欄を用意。生産現場や営業の担当者は互いにそこに所感を書き込みながら、計画通りに生産が進んでいるかどうかについて情報や意見の交換もできる。

「日本中に契約農家がいるので、社員はあちこちに出張しており一緒に集まることが少なく、社員同士のコミュニケーション不足の問題が発生する。それを解決してくれるのがキントーンなんです。

野菜は予定していた時期に予定していた量が出荷できない場合、直前であればバイヤーに怒られる。ただ、1週間とか10日とか早めに相談すれば、なんとか許してくれる。もし過剰生産でダブついてきそうなら、特売チラシに載せてもらって、多く売ることができる。作った分をきれいに売るオペレーションが農業をやるうえで大事で、ITはそのためのツールです」


流通側から農家へ──サプライチェーンの最適化という改革

振り返って農業界を見渡せば、予定した時期に予定した量を出荷することには重きを置いていない。その理由について三原社長はこうみている。

「多くの農家がJAに出荷するのは、JAが委託流通だから。JAはいつでも引き取ってくれる。ただ、日本の農業を産業として発展させるなら、こうした状況のままでは駄目で、あらかじめ出荷する時期や量、取引価格を決めないといけない。そうでないと商談にならないですよね。

商談できる材料を提示できないから農家はJAに出す、だからいい値段が付かない。農家にとっては、いつ、どれだけの量を出せるかは課題ではないんです。さらにいえばJAも委託流通なので、その課題を持っていない。こうした産業構造が値決めをしない背景になっています。

だから農家に対して、ITを使って生産に関する精度を上げるべきだと主張しても意味がない。そこに農家の需要はないのですから。事態を変えるには、我々のように流通側から農家にアプローチしていくしかないと考えています」

NKアグリは、2018年に「こいくれない」の契約面積を前年の37haから50haにまで広げ、1000トンの総生産量を見込む。といっても、機能性ニンジンだけで尖っていくつもりはない。

「社員からは『ニンジン王』になるんですかと聞かれるんですが(笑)、そんなつもりはまったくない。むしろ横展開したい。検討しているのはトマトやほうれんそう、こまつな。トマトはリコピンに着目した商品展開ですね。ほうれんそうやこまつなは、既存の流通規格より大きく育てたほうがうまいんです。今年はその実証試験をしたいですね」

三原社長は涼やかにこう語るが、狙っているのはサプライチェーンの最適化という大きな改革である。それに向けて流通業界を巻き込んだ新たな連携を検討しているが、それに関してはまたいずれかの機会にご紹介したい。

【コラム】窪田新之助のスマート農業コラム
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  1. 加藤拓
    加藤拓
    筑波大学大学院生命環境科学研究科にて博士課程を修了。在学時、火山噴火後に徐々に森が形成されていくにつれて土壌がどうやってできてくるのかについて研究し、修了後は茨城県農業総合センター農業研究所、帯広畜産大学での研究を経て、神戸大学、東京農業大学へ。農業を行う上で土壌をいかに科学的根拠に基づいて持続的に利用できるかに関心を持って研究を行っている。
  2. 槇 紗加
    槇 紗加
    1998年生まれ。日本女子大卒。レモン農家になるため、大学卒業直前に小田原に移住し修行を始める。在学中は、食べチョクなど数社でマーケティングや営業を経験。その経験を活かして、農園のHPを作ったりオンライン販売を強化したりしています。将来は、レモンサワー農園を開きたい。
  3. 沖貴雄
    沖貴雄
    1991年広島県安芸太田町生まれ。広島県立農業技術大学校卒業後、県内外の農家にて研修を受ける。2014年に安芸太田町で就農し2018年から合同会社穴ファームOKIを経営。ほうれんそうを主軸にスイートコーン、白菜、キャベツを生産。記録を分析し効率の良い経営を模索中。食卓にわくわくを地域にウハウハを目指し明るい農園をつくりたい。
  4. 田牧一郎
    田牧一郎
    日本で15年間コメ作りに従事した後、アメリカに移り、精米事業、自分の名前をブランド化したコメを世界に販売。事業売却後、アメリカのコメ農家となる。同時に、種子会社・精米会社・流通業者に、生産・精米技術コンサルティングとして関わり、企業などの依頼で世界12カ国の良質米生産可能産地を訪問調査。現在は、「田牧ファームスジャパン」を設立し、直接播種やIoTを用いた稲作の実践や研究・開発を行っている。
  5. 福田浩一
    福田浩一
    東京農業大学農学部卒。博士(農業経済学)。大学卒業後、全国農業改良普及支援協会に在籍し、普及情報ネットワークの設計・運営、月刊誌「技術と普及」の編集などを担当(元情報部長)。2011年に株式会社日本農業サポート研究所を創業し、海外のICT利用の実証試験や農産物輸出などに関わった。主にスマート農業の実証試験やコンサルなどに携わっている。 HP:http://www.ijas.co.jp/
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